もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。   作:匿名。

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第13話

 だが。

 

 「……【謳え、残響……】」

 

 血の海の中で。

 

 フィーナの顔には、痛みに歪む表情すらなかった。

 

 ひどく冷静な、ただ為すべきことを為す機械のような無表情で、自身の傷を塞ぐための魔法を紡ぎ始めたのだ。

 

 『痛み』など、とうの昔に麻痺している。彼女の頭にあるのは「自分が倒れればアイズが死ぬ」という強迫観念だけ。

 

 「……ほう」

 

 その様子を視界の端で捉えたアルフィアは、思わず感嘆の息を漏らした。

 

 (あの歳で、あの怪我で……痛みに顔を歪めず、普段と変わらない詠唱をしている。どれほどの修羅場を潜れば、どれほどの狂気に満ちれば、あんな冷静に対応できるのか。あの娘は希望になり得るかもしれないと予感する)

 

 それは、英雄となるための絶対条件――『狂気』に他ならなかった。

 

 フィーナが傷を負い、血を流して倒れる光景。

 

 それは、ただ一人の少女の心(トリガー)を、決定的にぶち壊した。

 

 「……ぁ」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの黄金の瞳から、光が消えた。

 

 頭の奥で、何かが焼き切れる音がした。

 

 また、血が流れた。

 

 また、自分の目の前で、大切な人が傷ついた。

 

 アルフィアの魔法でも、黒い怪物の触手でも、どちらでもよかった。

 

 フィーナを傷つけるものは、すべて。

 

 「全部……」

 

 アイズの唇から、呪詛のような囁きがこぼれる。

 

 「全部……消えてしまえばいいのに」

 

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 

 その瞬間、18階層の空気が凍りついた。

 

 アイズを包み込んでいた透明な風(エアリエル)が、ドロドロとした『漆黒』へと変色していく。

 

 スキル【復讐姫(アヴェンジャー)】の臨界突破。

 

 モンスターへの憎悪と、フィーナを傷つけられた絶望が混ざり合い、物理的な破壊力を伴う『黒い風』となって顕現したのだ。

 

 「……あれは」

 

 リヴェリアが息を呑む。

 

 以前、ウダイオス戦で見せた黒風。だが、今のそれは比較にならないほど深く、濃い。

 

 アイズは地面を蹴った。

 

 音すらない。

 

 黒い風を纏った彼女は、デルピュネの懐へと一瞬で侵入していた。

 

 「ギィィィ!?」

 

 怪物が反応し、巨大な鋏と触手でアイズを押し潰そうとする。

 

 これまでのアイズの攻撃(デスペレート)は、怪物の分厚い甲殻に弾かれ、浅い傷しかつけられなかった。

 

 だが。

 

 「消えろ」

 

 黒風を纏った剣が閃く。

 

 ズバァァァァァァァンッ!!

 

 豆腐でも切るように。

 

 あるいは、空間そのものを切り裂くように。

 

 デルピュネの分厚い甲殻が、強靭な触手が、容易く両断され、黒い血が間欠泉のように噴き上がった。

 

 「ギヤアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 怪物が苦悶の絶叫を上げる。

 

 「……素晴らしい」

 

 その圧倒的な暴力、復讐の刃を見たアルフィアの口から、無意識のうちに称賛がこぼれ落ちた。

 

 数多の恐怖と絶望を超えた先にある、至境の領域。

 

 数多の犠牲を乗り越え、死体の山を踏み越えてようやく辿り着く、英雄の到達点。

 

 今のアイズが纏う黒い風には、それがあった。ゼウスやヘラが求めてやまなかった「世界を救うための狂気」が、確かに宿っていた。

 

 アルフィアの灰色の瞳が、歓喜と悲哀に揺れる。

 

 「……これなら」

 

 アルフィアは、その細い腕を震わせ、まるで祈るように言った。

 

 「……黒竜(あれ)を討てる。数多の絶望を、お前なら振り払える」

 

 かつてオラリオの最強を誇った自分たち(ヘラ・ファミリア)を文字通り消し飛ばし、世界に絶望を植え付けた隻眼の黒竜。

 

 それを殺しうる『可能性』を、彼女は今、目の前の少女に見出したのだ。

 

 黒い風が吹き荒れる。

 

 戦局は、一人の少女の狂気によって、完全に未知の領域へと足を踏み入れていた。

 

 黒い風が荒れ狂う中、ヘディン・セルランドの頭脳は極限まで冷却されていた。

 

 (……いけるかもな)

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの異常な力――『復讐姫(アヴェンジャー)』の黒風は、間違いなくデルピュネを凌駕している。

 

 だが、その力は諸刃の剣だ。憎悪に飲まれ、冷静さを失えば、いずれ自滅する。

 

 それに、もしこの場でアルフィアが横槍を入れれば、アイズは確実に殺される。

 

 (小娘が怪物を解体し終えるまで、数分の時間が必要だ。怪物を倒せないにせよ冷静さを取り戻させなくてはな要らない。このPTは薄氷の上をいくかの如く綱渡状態なのだ。……ならば、この女の足を止める)

 

 ヘディンは、杖を下ろし、アルフィアに向かって声を放った。

 

 「――なぜ、ここまでする」

 

 静かな、だが戦場によく響く声だった。

 

 アルフィアの視線が、ヘディンに向く。

 

 「関係のない市民を人質に取り、都市を焼き、下界(オラリオ)を恐怖のどん底に叩き落とす。……かつて英雄と讃えられ、世界を救うために戦った『ゼウス・ヘラ』の残党が、なぜそこまでしてこの都市を滅ぼそうとする」

 

 それは、単なる時間稼ぎの質問。

 

 だが、アルフィアはその問いに対し、攻撃魔法を紡ぐのをやめた。

 

 「……お前たちになら、語ってもいいかもしれない」

 

 アルフィアは、黒い風の中で怪物を切り刻むアイズを、そして血塗れになりながらも立ち上がるフィーナを見つめながら、静かに口を開いた。

 

 「……私たちは、敗北した」

 

 アルフィアの声は、ひどく透き通っていて、底知れぬ哀愁を帯びていた。

 

 「三大クエストの最後。隻眼の黒竜。……あれは、お前たちが想像するような『モンスター』という枠組みに収まる存在ではない。あれは、ただの『絶望』の化身」

 

 彼女の脳裏に、あの日の地獄が蘇る。

 

 「かつて最強を誇ったゼウス・ヘラのファミリア……Lv.8のものでさえ、あの黒い鱗の前では赤子のように散っていった。……あの、傲慢で、最強で、絶対だった私たちの主神(ヘラ)の眷属……Lv.9の『女帝』でさえも」

 

 アルフィアの唇が、自嘲の形に歪む。

 

 「いとも容易く腕を吹き飛ばされ、ただ恐怖に震え、逃げ惑うことしかできなかった。……何もできなかった。私たちは、ただ無力に、惨めに敗走した。私は私たちに深く失望している。」

 

 世界を救うと豪語し、最強を謳われた者たちが、ただの一匹の竜の前に完全な敗北を喫した。

 

 その事実が、どれほど彼らの誇りを粉々に砕いたか。

 

 「そして、オラリオに戻ってみればどうだ? 冒険者たちは『神の恩恵(ファルナ)』という温るま湯に浸かり、派閥争いという砂遊びに興じている。……あの絶望を打ち倒せる可能性の欠片すら、この都市には見つけられなかった」

 

 アルフィアの瞳に、冷たい怒りの炎が宿る。

 

 「だから、終わらせる。こんな脆弱な都市は。……世界の救済のために、世界を一度『英雄の時代』に戻す」

 

 「英雄の時代……だと?」

 

 ヘディンが眉を顰める。

 

 「ああ。神の恩恵などなくとも、人が自らの足で立ち、モンスターと渡り合った時代。……圧倒的な絶望と恐怖という『坩堝(るつぼ)』の中でしか、本物の英雄は鍛造されない」

 

 アルフィアは断言した。

 

 「オラリオを滅ぼし、人類を絶望の淵に立たせる。……その灰の中から、黒竜を討ち果たす『真の英雄』を人為的に生み出す。それが、悪に堕ちた私たちの、最後の使命だ。」

 

(……嘘だよね?)

 

 血を流し、リヴェリアの背後に庇われながら、フィーナは自分の耳を疑っていた。

 

 目の前の『これ』は、何と言った?

 

 両親を殺し、多くの善良な人々を虐殺した復讐の相手(闇派閥)。ただの狂ったテロリストだと思っていた女。

 

 その女が、『世界の救済』を口にしている。

 

 そして何より――。

 

 (黒竜を……倒すため……?)

 

 隻眼の黒竜。

 

 それは、フィーナの最愛の少女――アイズ・ヴァレンシュタインが、人生のすべてを懸けて倒そうとしている宿敵そのものだ。

 

 フィーナの心の中で、激しいハレーションが起きた。

 

 アイズの願いを叶えるためなら、フィーナは何だってする。自分の命すら、喜んで差し出す。

 

 だとしたら。もし、アルフィアの言う「絶対的な絶望が、アイズを黒竜を倒せるほどの英雄にする」という論理が正しいのだとしたら。

 

 (私は……この人を、憎むべきなの?)

 

 憎悪の刃が、大きく揺らいだ。

 

 復讐相手の目的が、最愛の人の悲願(黒竜討伐)への極端すぎる『道作り』であったという皮肉。

 

 (だめ、考えちゃだめだ……! 今は、戦闘中……!)

 

 フィーナは無理やり頭を振り、雑念を振り払おうとした。

 

 だが、口が勝手に動いていた。

 

 傷ついた体を引きずり、フィーナはアルフィアを真っ直ぐに見据えて言い放った。

 

 「……だとしても!」

 

 少女の澄んだ声が、静寂の空間に響いた。

 

 「だとしても……貴女は、こんな強引な手段に出る前に、直接『神』に直訴すべきだったのではないですか!?」

 

 「……何?」

 

 アルフィアが、意外なものを見るように目を細めた。

 

 「貴女たちが言う言葉です。最強だったゼウスとヘラの眷属が、実際に黒竜と戦い、その絶望を肌で感じた……その生きた『体験』です。それには、何よりも重い説得力があるはずです!」

 

 フィーナは血を吐きながらも、言葉を紡ぐ。

 

 この世界の常識に染まりきっていない、ある種、異邦人としてのフラットな視点。

 

 「神様に、嘘は通じません! 貴女たちが真実を語り、その絶望の大きさを神々に伝えれば……神々が協力し、オラリオ全体が黒竜討伐に向けて変わる可能性だってあったはずです!」

 

 フィーナの瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。

 

 「それをしないで……勝手に見限って、関係ない人たちを巻き込んで殺して……! そんなの…」

 

 アルフィアは、フィーナの言葉を聞いて、ピクリと肩を震わせた。

 

 「……そんなものでは、遅すぎる」

 

 フィーナの涙ながらの直訴。

 

 異邦の魂がぶつけた、正論にして痛烈な糾弾。

 

 それを受けたアルフィアの答えは、ひどく冷たく、そして酷薄なまでの「現実」だった。

 

 「神に直訴して、どうなる? 悠長に会議を重ね、派閥間で利益を調整し、冒険者たちが重い腰を上げる……その間に、どれほどの時間が過ぎると思っている」

 

 アルフィアの灰色の瞳が、フィーナを射抜く。

 

 「黒竜は待ってくれない。……下界が神の温るま湯に浸かっている間にも、破滅の足音は近づいている。だから、私が劇薬となる」

 

 対話など、弱者の時間稼ぎに過ぎない。

 

 最強であった彼女たち(ゼウス・ヘラ)が敗北したという事実の前では、どんな理想も言葉も無力だった。

 

 「それに……私に話を聞かせたいのなら」

 

 アルフィアは、自身の周囲に渦巻く魔力をさらに高密度へと圧縮していく。

 

 空気が軋み、18階層の空間そのものが悲鳴を上げ始めた。

 

 「言葉ではなく、力で。……無理やり聞かせるといい」

 

 交渉決裂。

 

 アルフィアは、ついにその『最悪の魔法』の詠唱を開始した。

 

 【祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪】

 

 世界から、音が消えた。

 

 アイズが黒風を纏ってデルピュネを切り刻む音すらも、遥か遠くの出来事のように感じられる。

 

 アルフィアの口から紡がれる呪詛だけが、絶対の支配力を持って空間を満たしていく。

 

 【禊(みそぎ)はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】

 

 【神々の喇叭(らっぱ)、精霊の竪琴(たてごと)、光の旋律、すなわち罪禍の烙印】

 

 「……チッ、来るぞ!! 静寂の最強の魔法だ!!」

 

 ヘディンが血を吐くような声で叫んだ。

 

 彼にはわかっていた。今のアルフィアは、魔法無効化の付与魔法を使っていない。長期の戦闘によりかなりのデバフがアルフィアに入っているものの、三大クエストの一つリヴァイアサンすら屠った一撃。すなわち、正真正銘の本気の魔法。あの魔法が完成すれば、防御など意味を成さない。回避も不可能。

 

 ならばどうするか。

 

 ヘディンは、懐から魔道具を取り出し、地面に叩きつけた。

 

 ボフゥッ!! と、視界を完全に遮る濃密な煙幕が周囲を覆い尽くす。

 

 「アイズはそのまま怪物を削れ! 残りの三人は、フィーナの盾になれッ!!」

 

 ヘディンの号令に、ヘグニとリヴェリアが即座に反応した。

 

 彼らは煙幕の中で、フィーナを中心とした密集陣形を組んだ。

 

 前衛のヘグニ、遊撃のヘディン、そして魔導士のリヴェリア。

 

 第一級冒険者である三人の大人たちが、最もレベルの低いLv.3の少女を、文字通り「肉の盾」となって四方から抱え込むように庇ったのだ。その上で、アスフィーが作ったマジックアイテムを惜しげもなく使う。

 

 「なっ……! みなさん、何を!?」

 

 「馬鹿者、お前が死ねば我々も終わる!」

 

 リヴェリアが怒鳴りながら、翡翠の杖を天に掲げる。

 

 「【ヴィア・シルヘイム】!!」

 

 彼女の持ち得る最大の防御結界が、四人をドーム状に包み込む。

 

 「フィーナ、詠唱を始めろ!」

 

 ヘディンがフィーナの肩を掴み、鋭く命じた。

 

 「お前の『障壁』は全員に付与されているな? ならば、次は回復だ。……攻撃を受けると『同時』に発動しろ。我々の命が消え去る、その前に魔法を完成させろ!!」

 

 それは、狂気の戦術だった。

 

 アルフィアの攻撃で自分たちは確実に「死にかける」。

 

 だが、肉体が完全に消滅しない限り、フィーナの魔法なら蘇生に近い回復が可能だ。だからこそ、大人三人がかりでフィーナの肉体だけは死守する。フィーナがそのまま受ければ後も残らず即死するのは間違い無いのだ。

 

 「……ッ! はい!!」

 

 フィーナは目を閉じ、震える唇を噛み破りながら、詠唱を開始した。

 

 (魔力を練る……待機させる……! 皆さんがダメージを受ける、その瞬間に……!)

 

 そして、外の世界では、絶望の詠唱が完了を迎えようとしていた。

 

 【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる】

 

 【代償はここに。罪の証をもって万物(すべて)を滅す】

 

 【――哭け、聖鐘楼(ジェノス・アンジェラス)】

 

 天から、巨大な鐘が降ってきたかのような錯覚。

 

 緑色の閃光が、18階層のすべてを白く塗り潰した。

 

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 

 音の暴力。空間の圧砕。

 

 リヴェリアの『ヴィア・シルヘイム』が、まるで薄氷のように一瞬で粉砕される。

 

 続いて、四人を包んでいたフィーナの『ディア・ヴェール・リヴィーレ』が、凄まじい摩擦音を立てて拮抗し――そして、ついに耐えきれずに砕け散った。

 

 「ガ、ァァァァァァァァァッ!!」

 

 障壁を破った衝撃波が、大人三人を直撃する。

 

 ヘグニの腕が、あらぬ方向へへし折れる。

 

 ヘディンの肋骨が粉々に砕け、内臓が破裂する。

 

 リヴェリアのローブが引き裂かれ、全身から血が噴き出す。

 

 三人の第一級冒険者が、ただのボロ布のようにひしゃげ、折り重なるようにしてフィーナの上に倒れ込んだ。

 

 「ぅ、ぐ、ぁ……ッ!!」

 

 大人たちに庇われていたフィーナでさえ、その余波だけで全身の骨が軋み折れていく音が聞こえる、鼓膜が破れ、やがて音はなくなり、視界が血に染まった。

 

 息ができない。意識が刈り取られそうになる。

 

 三人の重みと、血の温かさが、彼らが「死にかけている」ことを雄弁に物語っていた。

 

 (だめだ……死なせ、ない……!!)

 

 肺に溜まった血を吐き出しながら、フィーナは喉の奥から、執念だけで

その言葉を絞り出した。

 

 「――【ディア・リヴィーレ】ッ!!!!」

 

 カッ!!

 

 血の海と化した瓦礫の中心から、眩いばかりの銀色の光が爆発した。

 

 それは、死の淵に立たされていた三人の肉体を、強引に現世へと引き戻す『奇跡』。万能者(アスフィー)が作ったマジックアイテムをも使い、本来の威力よりも強化された奇跡とでもいうべき魔法。

 

 「……ァ、ガッ!?」

 

 ヘグニが大きく息を吸い込み、跳ね起きた。

 

 あらぬ方向に曲がっていた腕が、瞬時に元の形へと接合されている。

 

 「……ハァッ、ハァッ……! 生き、ているか……」

 

 リヴェリアが、自分の血で濡れた顔を拭いながら立ち上がる。

 

 ヘディンもまた、ひび割れた眼鏡を捨て、無傷の肉体でゆっくりと身を起こした。

 

 ボロボロで、死体になってもおかしくなかった三人が、完全な状態で戦線に復帰したのだ。

 

 それも、アルフィアの最大魔法を真っ向から受けた直後に。

 

 「……ははっ」

 

 その光景を見たアルフィアの口から、乾いた笑いが漏れた。

 

 「ゲホッ……! カハッ……!!」

 

 直後、アルフィアの口から大量の鮮血が吐き出された。

 

 『聖鐘楼』の反動。そして、彼女の体を蝕む不治の病。

 

 その二つが同時に彼女の限界を削り取り、立っていることすら困難なほどのダメージを与えていた。

 

 「……見事だ」

 

 血まみれの口元を抑えながら、アルフィアは瓦礫の下で荒い息を吐くフィーナを見つめた。

 

 自身の命を削って放った絶対の魔法を、肉を斬らせて骨を断つ狂気の戦術と、圧倒的な回復魔法で凌ぎきってみせた。

 

 絶望を前にしても決して諦めず、他者のために自己を犠牲にできる器。絶望の前で希望となる光。

 

 「……見つけた」

 

 アルフィアは、死を目前にした者だけが浮かべるような、凄絶で、けれどどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 それは、自分たちを打ち倒し、黒竜(絶望)との戦いで希望へと至る可能性を持つ存在への歓喜。

 

 「……本物の、『聖女』候補(希望)を」

 

 静寂は破られた。

 

 限界を迎えた最強の魔女と、不屈の意志を見せた冒険者たち。

 

 戦局は、ついに最終局面へと雪崩れ込んでいく。

 

一方でアイズはというと、

 

 「――シッ!!」

 

 漆黒の風を纏ったアイズ・ヴァレンシュタインの剣撃が、デルピュネの分厚い甲殻を次々と削ぎ落としていく。

 

 憎悪と殺意の炎で練り上げられた『復讐姫(アヴェンジャー)』の力は、深層の怪物すらも圧倒していた。

 

 (あと少し……! この怪物を殺して、フィーナの元へ……!)

 

 アイズが、トドメの一撃を放とうと剣を振り上げた、まさにその瞬間だった。

 

 【――哭け、聖鐘楼(ジェノス・アンジェラス)】

 

 アルフィアの放った絶望の極大魔法が、18階層全体を無差別に蹂躙した。

 

 目標はヘディンたち後衛陣であったが、その破壊の余波は、戦場の中心にいたアイズとデルピュネにも容赦な牙を剥いたのだ。

 

 「……ッ!!」

 

 

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