もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。   作:匿名。

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第2話

 ステイタス更新の日。

 

 黄昏の館、ロキの私室には、羊皮紙が擦れる音だけが響いていた。

 

 ロキ、フィン、リヴェリアの三人は、目の前の二人の少女――フィーナとアイズの背中から写し取った文字を見つめ、長く重い沈黙を落としていた。

 

 「……これ、ホンマに現実か?」

 

 ロキが呻くように呟く。その指先が、二人のステイタス欄に新しく刻まれた《スキル》をなぞる。

 

【フィーナ・アルジス】

 

《スキル》

『比翼連理』

 ・特定対象(アイズ・ヴァレンシュタイン)との共闘時、全ステイタスの成長推移(エクセリア取得率)に極大補正。

 ・対象との想いの強さ、共有する「渇望」の深度に比例して効果が上昇。

 ・共鳴現象(レゾナンス)。

 ・復讐の対象に対する憎悪の丈の上昇。

 ・復讐対象との戦闘で全ステータス超向上。

 ・復讐相手を前に敗北あるいは逃走するたびにステータスに大幅ペナルティ。

 ・対象、あるいは自身の「根源的渇望(復讐)」が成就した時、または精神的乖離が生じた時、憎悪が終了した時、このスキルは消失する。

 

【アイズ・ヴァレンシュタイン】

《スキル》

『比翼連理』

 ・(対象:フィーナ・アルジス。効果同文)

 

 「成長速度の極大補正……。過去の文献にも例がない、魂の共鳴だね」

 

 フィンが親指を疼かせながら、冷静かつ戦慄した面持ちで分析する。

 

 「二人は同じ傷を持ち、同じ方向を見ている。その『負の感情』すらも燃料にして、お互いを高みへと引き上げているんだ」

 

 「せやな。今のこいつらは、二人で一つの翼や。片方が羽ばたけば、もう片方も強制的に引き上げられる」

 

 ロキは、ベッドに並んで座る二人を見やった。

 

 フィーナとアイズ。二人は言葉を交わさずとも、互いの体温を感じ合うように寄り添っている。その姿は美しい姉妹のようでありながら、どこか近づきがたい「二人だけの世界」を形成していた。

 

 「けどな……このスキルには『終わり』がある」

 

 ロキの声が低くなる。

 

 「『根源的渇望の成就』。つまり、復讐や。どちらかが復讐を遂げた瞬間、あるいは心が救われてもう片方と違う方向を向いた瞬間……この翼は折れる」

 

 永遠ではない。

 

 傷を舐め合っている間だけの、期間限定の奇跡。

 

 それはあまりにも脆く、そして切ない契約だった。

 

 あるいは2人を物語の舞台に立たせるための舞台装置である。ロキはこのスキルが長く続くことはないだろうと、これまでの神生から直感する。

 

 「……それでも、構いません」

 

 フィーナが口を開いた。その瞳は澄んでいるが、底知れぬ闇を湛えている。

 

 「今、強くなれるなら。アイズさんと一緒に強くなれるなら、それで」

 

 「……ん。私も、フィーナと一緒なら」

 

 ロキはふぅ、と煙管の煙を吐き出すように息をついた。

 

 「しゃーないな。行けるところまで行き。ママもフィンも、ウチも、全力でサポートしたるわ」

 

ステイタス更新の後、フィーナはリヴェリアの私室を訪れていた。

 

 目的は、自己流で限界を感じていた『魔法の待機』の習得だ。

 

 「魔法を、保持したいだと?」

 

 リヴェリアは執務の手を止め、怪訝な顔をした。

 

 「はい。並行詠唱も練習していますが、詠唱完了後に発動を遅らせ、最適なタイミングで解放する技術……これを確実にしたいのです」

 

 「……フィーナよ。それは我らハイエルフの魔導士ですら、習得に数年を要する高等技術だ。精神力(マインド)の制御はもちろん、暴発(イグニス・ファトゥス)のリスクと隣り合わせの荒業だぞ」

 

 リヴェリアの言葉は警告であり、事実だった。

 

 しかし、フィーナは怯まない。

 

 「やってみます。……見ていてください」

 

 フィーナは右手を前に突き出す。

 

 「【謳え、残響。響け、追憶……】」

 

 詠唱が紡がれる。魔力が集束し、光が溢れそうになる。

 

 通常ならここで魔法が放たれる。だが、フィーナは歯を食いしばり、体内の魔力回路(パス)を強引に閉ざした。

 

 ブォン……ブォン……。

 

 光が、掌の上で脈打ちながら留まっている。

 

 汗がこめかみを伝う。脳が焼けるような負荷。

 

 だが、光は消えない。

 

 (スキルのおかげ……! 魔力が、私の意志に従順になってる……!)

 

 10秒。

 

 フィーナが息を吐き、魔力を散らす。

 

 「……はぁ、はぁ」

 

 「…………」

 

 リヴェリアは、数秒間言葉を失っていた。

 

 内心の驚愕は、表情に出さないようにしていても隠しきれない。

 

 (Lv.1の、魔法を覚えて一ヶ月の子供が……魔力制御の理(ことわり)を感覚だけで掴んでいるのか? いや、これは『比翼連理』による能力値の底上げだけではない。この子の、スキルである、『アウクス・マナ・ヴィーレ』そして、強さへの渇望がその意思を持って魔力そのものをねじ伏せている)

 

 「……見事だ、とは言わん。危なっかしくて見ていられん」

 

 リヴェリアは立ち上がり、フィーナの前に立った。

 

 その顔には、師としての厳しさと、親のような慈愛が入り混じっていた。

 

 「だが、筋はいい。私が教えよう。……ただし、約束しろ。私の許可なく実戦で無茶な待機は行わないと」

 

 「はい! ありがとうございます、リヴェリア様!」

 

そんな張り詰めた日々の中にも、安らぎの時間は訪れる。

 

 ある日の午後、訓練を終えたアイズが、珍しくもじもじとフィーナに話しかけた。

 

 「……フィーナ。お腹、すいた」

 

 「ふふ、そうですね。食堂に行きましょうか」

 

 「ううん。……『じゃが丸くん』」

 

 「え?」

 

 「小豆クリーム味……美味しいから」

 

 無表情なアイズの瞳が、期待に少しだけ輝いている。

 

 フィーナはその可愛らしさに、思わず頬を緩めた。原作知識として知っているその味を、自分も食べてみたいと思っていたのだ。

 

 「行きましょう! 買い食いです、アイズさん!」

 

 「……ん!」

 

 リヴェリアには内緒で、二人は街へと繰り出した。

 

 暗黒期とはいえ、日中の大通りは活気がある。

 

 屋台で買った揚げたてのじゃが丸くんを、二人は並んで頬張った。

 

 「ん……甘い。しょっぱい。美味しい」

 

 「あ、本当だ。意外と合いますね、これ!」

 

 口の端にクリームをつけたアイズを見て、フィーナが笑う。アイズもつられて、小さく口角を上げる。

 

 普通の少女のような時間。

 

 復讐も、訓練も、血の臭いもしない、平和な一時。

 

 ――そのはずだった。

 

 帰り道、人混みを避けて裏路地を通ろうとした時。

 

 フィーナの足が、凍りついたように止まった。

 

 「…………あ」

 

 視界の端。

 

 薄汚れた酒場の裏口で、数人の男たちがたむろしている。

 

 その中心にいる、左頬に大きな火傷痕のある男。

 

 下卑た笑い声。

 

 ドクン。

 

 心臓が、嫌な音を立てた。

 

 忘れるはずがない。毎晩夢に出てくる顔だ。

 

 あの日。爆炎の向こうで笑っていた、実行犯の一人。

 

 フィーナの両親を――世界で一番優しかった二人を、肉片に変えた男。

 

 「――――」

 

 音が消えた。色彩が消えた。

 

 手の中のじゃが丸くんが、握りつぶされて地面に落ちる。

 

 味もしない。あるのは、口の中に広がる鉄錆の味と、脳髄が沸騰するような殺意だけ。

 

 「……フィーナ?」

 

 アイズが異変に気づき、顔を覗き込む。

 

 フィーナは、自分の顔がどうなっているのか分からなかった。ただ、アイズにこの汚い感情を見せたくなくて、必死に口角を吊り上げた。

 

 「ご、ごめんなさいアイズさん。急にお腹が……トイレ、行ってきます」

 

 「トイレ? ……一緒に行く」

 

 「だ、大丈夫! すぐ戻りますから、先に戻ってて!」

 

 拒絶するように叫び、フィーナは走り出した。

 

 向かったのはトイレではない。

 

 魔道具屋だ。

 

 なけなしの所持金をカウンターに叩きつけ、『火炎石』――採掘用の爆破アイテムを、ありったけ買い込んだ。

 

 私は知っている… ステータスという恩恵もないただの少女がLv3の冒険者を自爆テロで殺してしまうことを。そして、それなら私にでもできるんじゃないかと… 。

 

男たちが移動を始める。

 

 フィーナは影のようにその後を追った。

 

 場所は廃棄区画の路地裏。人通りはない。絶好の狩り場だ。

 

 (殺す。殺す。殺す。殺す)

 

 思考は単純化され、鋭利な刃物になっていた。

 

 フィーナは先回りし、男たちの進行方向、私が逃げる可能性がある場所にある瓦礫の下へ、火炎石を埋めた。

 

 簡易的な地雷原。そして、この世界の人間が知らない地雷の再現。あとは、私が逃げたりしてもおかしくない怪我を負えばそれで、誘導は叶うだろう。

 

 そして、剣を抜く。

 

 「……ああん? なんだぁ、このガキは」

 

 男たち――闇派閥(イヴィルス)の下級構成員たちが、フィーナに気づく。

 

 三人の男。真ん中に、あの火傷男がいる。あの三人の中で、火傷男が一番強そうに感じる。感覚的にLv2〜3といったところか… 。他の二名は、Lv1〜2といったところであろう。その中でも最も警戒がない者に、微笑みながら近づく。これで復讐が叶うのだと… 。

 

 「死ね」

 

 挨拶はない。

 

 フィーナは地面を蹴った。

 

 Lv.1とは思えない速度で、先頭の男の懐に飛び込む。

 

 「なっ!?」

 

 ズプッ。

 

 細剣(レイピア)が喉を貫通する。

 

 正確無比な刺突。男は声も上げられず、泡を吹いて倒れた。

 

 「テメェッ! なんだこのガキ!?」

 

 残る二人が武器を抜く。

 

 やはり、腐っても闇派閥。殺気への反応は速い。

 

 特に火傷男は、動きにキレがある。Lv.2、あるいは3に近い手練だ。

 

 (……勝てない。まともには)

 

 フィーナは冷静だった。

 

 奇襲で一人減らしたが、一対二。しかも格上。

 

 だが、殺す。絶対に。

 

 その時。

 

 ヒュンッ!

 

 風を切り裂く音が響き、もう一人の男が横殴りに吹き飛ばされた。

 

 「がはっ!?」

 

 「……フィーナを、いじめるな」

 

 黄金の髪。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが、剣を構えて立っていた。

 

 「アイズさん……どうして……」

 

 「フィーナ、おかしかった。……置いていかないで」

 

 アイズは多くを語らない。だが、その瞳はフィーナの殺意を否定せず、ただ共有しようとしていた。

 

 フィーナは泣きそうになるのを堪え、火傷男を睨みつけた。

 

 「……ありがとうございます。あいつは、私がやります」

 

 「ん」

 

 一対一。

 

 フィーナ対、親の仇。

 

 「クソがぁッ! ガキ風情が調子に乗るなぁッ!」

 

 火傷男が大剣を振り回す。

 

 重い。風圧だけで肌が切れる。

 

 フィーナは紙一重で回避し続けるが、圧倒的な質量差に押されていく。

 

 (誘導する……!)

 

 フィーナはあえて隙を見せた。

 

 ドゴォッ!

 

 男の蹴りが腹に入る。内蔵が悲鳴を上げ、肋骨が軋む。骨が軋むような音を上げる。

 

 「がっ、はぁ……ッ!」

 

 「へっ、脆いなぁ! 死ねや!」

 

 フィーナは回復魔法を使わない。

 

 血を吐きながら、無様に這いつくばって逃げるふりをする。

 

 男が嗜虐的な笑みを浮かべ、追いかけてくる。

 

 フィーナが罠を張った、その場所へ。

 

 「これで終わりだァ!」

 

 男が大剣を振り上げた、その瞬間。

 

 男の足が、瓦礫の下の「異物」を踏み抜いた。

 

 フィーナは、隠し持っていた小石を指で弾く。

 

 カッ、ドォォォォォンッ!!

 

 足元からの爆発。

 

 至近距離の衝撃波と炎が、男の下半身を呑み込む。

 

 「ギャアアアアアアアアッ!!!」

 

 絶叫。

 

 煙が晴れると、男は両足を失い、武器を持っていた右腕も吹き飛び、血の海でのたうち回っていた。

 

 虫のように。

 

 フィーナはよろりと立ち上がる。

 

 痛みはある。だが、心は冷え切っていた。

 手には、未使用の火炎石。

 

 「あ、が……足、俺の足がぁ……」

 

 男が涙と鼻水を垂らして命乞いをする視線を向ける。

 

 「……私の父さんと母さんは、もっと痛かった」

 

 「ひ、ひぃ……やめ、たすけ……」

 

 「黙れ」

 

 フィーナは男の髪を掴み、強制的に口を開かせた。

 

 そして、握りしめた火炎石を、その喉の奥へとねじ込む。

 

 「両親への、手土産にして」

 

 

 

 

 「爆発音です! 急行します!」

 

 正義の眷属、アストレア・ファミリア。

 団長のアリーゼ・ローヴェルと、リュー・リオン、カグヤたちは、爆心地へと疾走していた。

 

 (闇派閥の抗争か? 一般人が巻き込まれていなければいいが……)

 

 リューは焦燥感を胸に、路地裏へと飛び込んだ。

 

 しかし。

 

 そこで彼女たちが目撃したのは、正義も悪もない、純粋な地獄だった。

 

 血の海の中に立つ、銀髪の少女。

 

 その足元には、四肢を失った男が転がっている。

 

 少女は、男の口に何かを押し込み――。

 

 「……あ」

 

 リューが声を上げるよりも早く。

 

 少女の手の中で、火花が散った。

 

 バヂュンッ!!

 

 鈍く、湿った破裂音。

 

 男の頭部が、内側からの爆発で弾け飛んだ。

 

 肉片が、骨が、脳漿が、花火のように周囲に撒き散らされる。

 

 「――――」

 

 時が止まった。

 

 アリーゼですら、その光景に息を呑んだ。

 

 返り血で真っ赤に染まった少女――フィーナは、首のない死体を見下ろし、壊れた人形のように笑っていた。

 

 「あは……あはは……やった、やったよお父さん……お母さん……」

 

 その横には、もう一人。黄金の髪の少女が、無表情で血塗れの剣を下げて立っている。

 

 そこにあったのは、闇派閥と思わしき三人の死体であった。フィーナとの闘いで虫の息であった者、アイズが気絶させた者に、アイスば、とどめを刺していたのである。

 

 地獄絵図。

 

 子供が、人を、爆殺した現場。

 

 「……な、何を……」

 

 リューの手が震える。

 

 彼女の信じる「正義」や「法」といった概念が、目の前の凄惨な暴力によって粉々に砕かれるような感覚。

 

 「動くな!! アストレア・ファミリアだ!!」

 

 リューが叫び、我に返った団員たちが包囲する。

 

 だが、その剣先は迷っていた。相手は、あまりにも幼く、そしてあまりにも悲痛な顔をした少女たちだったからだ。

 

『星屑の庭』の尋問室。

 

 拘束されたフィーナとアイズは、アストレア神の前に座らされていた。

 

 リュー・リオンが、怒りと困惑がない交ぜになった声で詰め寄る。

 

 「答えなさい! なぜ、あのような残酷な殺し方をしたのですか! 私刑はギルド

違反、れっきとした犯罪です!」

 

 「…………」

 

 「あの男が無抵抗になった後、貴方は……ッ!」

 

 「アイズさんは、関係ありません」

 

 私とアイズに生えたスキルには、憎悪の丈の増加、魂の共有という効果がある。復讐対象が今まで以上に憎く感じ、その憎いという感情を共有する側面を持つものなのだ。なので、私もアイズのモンスターに対する憎しみを感じていた。アイズも同じで、私の想いを知っていたからトドメをさしたのであろう。

 

 フィーナが口を開いた。その声は枯れていた。

 

 「私がやりました。アイズさんは、私を止めようとしただけです」

 

 「嘘をつくな! 彼女も剣を持っていた!彼女も殺していた!」

 

 「嘘じゃない!!」

 

 フィーナが叫び、リューを睨みつけた。

 

 その瞳には、リューが怯むほどの絶望と憎悪が渦巻いていた。

 

 「あいつは……私の両親を殺したんです。目の前で、爆発で… 。目の前でゆっくりと弱っていく両親を見ました。ゆっくりと瞳からハイライトがなくなる様子を見せつけられました… 。私自身も建物の倒壊に巻き込まれて下半身が押し潰されました。」

 

 「……え?」

 

 アリーゼが息を呑む。

 

 「あいつらは生きていればまた誰かを殺す。牢屋に入っても、まだ生きている。だから私が殺した。殺さなければ終わらない。殺さなければ次の被害者が出るかもしれない。だから殺した。……これの何がいけないんですか。」

 

 フィーナは、闇派閥は全員一様に慈悲の欠片すら与えず、即座に殺すべきだと考えているのだ。それは、黒龍討伐にとっても害にしかならず、多くの冒険者や多くの一般市民を殺すからであり、闇派閥とは、生きているだけで最悪を振り撒く存在なのだ。生かしておく必要性がどこにあるというのか。

 

 フィーナは、闇派閥に人権など認められるはずがないと考えているのである。だから、闇派閥に対してはどんな風にしろ殺せれば良いと考えている。

 

 「それは……復讐は何も生まないからです! 貴方が手を汚す必要はなかった。我々やギルドに任せれば……」

 

 「任せる?」

 

 フィーナが鼻で笑った。

 

 嘲笑。

 

 「じゃあ、あなたの言う『正義』は、あの日どこにいたんですか?」

 

 「っ……」

 

 「私の両親が肉の塊になった時、私が死にかけた時、あなたたちの正義はどこで何をしていたんですか!? どうして救ってくれなかったんですか!?私と同じ被害者や、今の話を力を持たないオラリオの非戦闘要員に話を聞いてみてください!多くの人は今回の殺しに納得してくれるでしょうし、ギルドの規定の方がおかしいというでしょう」

 

 「それは……我々も、全ての現場には……」

 

 「なら、偉そうなことを言わないでよ!!」

 

 フィーナの叫びが、尋問室の空気を切り裂く。

 

 「間に合わなかった正義なんて、私にとっては偽善だ! 私が自分の手で決着をつけて、何が悪い!!」

 

 リューは言葉を失った。

 

 彼女の正義は潔癖だ。だが、被害者の慟哭の前では、その潔癖さはあまりにも無力だった。

 

 「正義」という言葉が、これほど空虚に響いたことはなかった。

 

 「……もう、いいよ、リュー。」

 

 アリーゼが静かにリューの肩に手を置いた。

 

 「リュー、下がりなさい」

 

 「し、しかしアリーゼ……」

 

 「この子の言っていることは、この子の『真実』。私たちが裁ける領域を超えている」

 

 アストレアが、静かに歩み寄る。

 

 その手は、血と煤で汚れたフィーナの頬に触れた。

 

 「……辛かったですね」

 

 「……っ、う、あぁ……」

 

 「よく、生き延びました。貴方の痛みは、誰にも否定できません」

 

 女神の慈愛に触れ、フィーナの張り詰めていた糸が切れた。

 

 殺意の仮面が剥がれ落ち、ただの傷ついた子供に戻って、彼女は泣き崩れた。

 

その後、リヴェリアが蒼白な顔で駆けつけ、二人はロキ・ファミリアへ引き渡された。

 

 リヴェリア、フィン、ロキからの説教は苛烈を極めたが、事情を知った彼らは、最後には二人を強く抱きしめることしかできなかった。

 

 部屋に戻った二人。

 

 「アイズさん……巻き込んで、ごめんなさい。……汚いところ、見せちゃった」

 

 「……ううん」

 

 アイズはフィーナの手を握る。

 

 「フィーナは、頑張った。……一つ仇、とれたね」

 

 「……うん。うん……っ」

 

 フィーナの復讐の一つは終わった。

 

 だが、スキル『比翼連理』は消えなかった。

 

 なぜなら、フィーナの心にはまだ「両親を奪った闇派閥への憎しみ」が残っており、アイズの「黒龍への憎しみ」もまた健在だからだ。

 

 二人の傷は、まだ癒えていない。

 

 翌日。

 

 ステイタス更新。

 

 「……フィーナたん、Lv.2キターーーーッ!!」

 

 ロキの絶叫が部屋に響く。

 

 格上撃破(ジャイアントキリング)。Lv.1がLv.3近い強敵を単独撃破した偉業。

 

 その経験値は、器を満たして溢れ出していた。

 

 「マジか……マジなんかこれ……」

 

 ロキが震える手で書き写す。

 

【ステイタス】ランクアップ前

名前: フィーナ・アルジス

Lv. 1

能力値(Lv.1最終):

 力:B 700

 耐久:S 999

 器用:A 810

 敏捷:S 920

 魔力:SSS 1221

《発展アビリティ》

 『精癒』(選択)

 (魔力自動回復。精神力(マインド)をゆっくりと回復させる)

 

【ステイタス】更新後

名前: フィーナ・アルジス

Lv. 2

 

 力:I 0

 耐久:I 0

 器用:I 0

 敏捷:I 0

 魔力:I 0

《発展アビリティ》

 精癒I

 

《魔法》

ディア・リヴィーレ

《スキル》

アウクス・マナ・ヴィーレ

比翼連理

 

 ロキは天井を仰ぐ。

 

 「魔力SSS……1000超えなんか、見たことないで」

 

 耐久のカンスト、魔力の限界突破。

 

 それは彼女がどれだけ傷つき、どれだけ魔法にすがってきたかの証明だった。

 

 「フィーナ、おめでとう」

 

 アイズが、自分のことのように目を細める。

 

 「ありがとうございます、アイズさん。……やっと、スタートラインです」

 

 二人の少女は、血塗られた道を、それでも手を取り合って進んでいく。

 

 オラリオ最速の記録を更新しながら。

 

早朝の黄昏の館、その裏庭には、鉄と鉄がぶつかり合う音ではなく、濡れた肉を裂くような異質な音が響いていた。

 

 「――ッ!」

 

 「……ん!」

 

 剣閃が交差する。

 

 アイズの振るう長剣が、フィーナの肩口を深々と切り裂く。鮮血が噴き出し、白い肌を赤く染める。

 

 だが、フィーナは表情一つ変えない。痛みに顔を歪めるどころか、その瞳はさらに鋭く細められる。

 

 「【ディア・リヴィーレ】」

 

 怪我を負ったまま、痛みを感じさせない詠唱で魔法を唱える。すると、瞬時に傷が塞がる。

 

 フィーナは治癒した直後の、筋肉がまだ熱を持っているその一瞬の隙を突いて踏み込んだ。

 

 「遅い、ですっ!」

 

 フィーナのレイピアが、アイズの太股を突き刺す。

 

 骨に達する感触。

 

 アイズの足が止まる。普通なら悲鳴を上げて転げ回る激痛だ。

 

 けれど、アイズもまた、その痛みを無視して剣を振り下ろした。

 

 ザシュッ!

 

 今度はフィーナの左腕が半ばから断ち切られそうになる。

 

 「【癒えよ】!」

 

 痛みを感じさせず、普段と変わらない詠唱を戦いながら紡ぐ。そして、魔法が完成すると、アイズとフィーナの体を光が包む。光がやめば傷はなかったかのように元の綺麗な肌が見える。

 

 切る。治す。刺す。治す。

 

 互いが互いの肉体を破壊し、再生させ、その循環の中で耐久値(アビリティ)と精神力を極限まで削り合う。フレイヤファミリアで行われる洗礼を何倍も濃密にしたものを毎日、時間があれば永遠と繰り返す。

 

 今も、地面はすでに二人の血でぬかるんでいた。

 

 それを、執務室の窓から見下ろす人影があった。

 

 団長のフィン・ディムナだ。

 

 (……壮絶だね)

 

 フィンは親指の腹を強くこすった。

 

 アイズも先日、Lv.3へと昇格した。

 

 Lv.2のフィーナと、Lv.3のアイズ。

 

 ステイタスの差はあるはずだが、フィーナの異常な回復魔法と捨て身の戦法が、その差を埋めている。

 

 いや、それ以上に――二人の間にある『比翼連理』と、フィーナの回復魔法が、この狂気的な訓練を成立させてしまっているのだ。

 

 (本来なら止めるべきだ。これは訓練じゃない、殺し合いだ。……だが)

 

 フィンの脳裏に、連日届く闇派閥(イヴィルス)による被害報告がよぎる。

 

 綺麗事では守れない。力が必要だ。

 

 たとえその力が、少女たちの血と正気の上に成り立つものであったとしても。現状を考えると止めるわけにはいかないのだ。

 

 「……頼むよ、二人とも。壊れる前に、強くなってくれ」

 

 祈りにも似た呟きは、誰にも届くことはなかった。

 

 数日後。

 

 ロキが二つ名を決める神会(デナトゥス)へと向かった裏で、フィーナとアイズはギルド本部の一室に呼び出されていた。

 

 窓のない、圧迫感のある尋問室。

 

 対面に座るのは、ギルドの監査官だ。

 

 「……単刀直入に聞きます。アストレア・ファミリアより、あなた方が闇派閥の構成員を私刑にしたとの報告が上がっています」

 

 監査官の鋭い視線が二人を射抜く。

 

 フィーナは膝の上で拳を握りしめた。隣のアイズが、庇うように少し前に出る。

 

 「あの現場の遺体……魔法による爆殺、そして剣による斬殺。状況証拠は揃っています。……事実ですか?」

 

 フィーナが口を開こうとした時、部屋の扉が開き、太ったエルフの男が入ってきた。

 

 ギルド長、ロイマン・マルディールだ。

 

 「そこまでにしたまえ」

 

 「ギルド長!? しかし、これは重大な規約違反の可能性が……」

 

 「今のオラリオの状況を見よ。闇派閥のテロ行為により、市民の不安は頂点に達している」

 

 ロイマンはちらりとフィーナたちを見やり、冷徹に告げた。

 

 「我々ギルドに必要なのは、秩序を乱す悪を討つ『力』だ。……報告書にはこう記載しておけ。『ダンジョン内での変異種(イレギュラー)との遭遇、および討伐によるランクアップ』とな」

 

 「なっ……事実を改竄しろと!?」

 

 「アストレア・ファミリアの正義感は立派だが、時に清廉潔白だけでは都市は守れんのだよ」

 

 政治的判断。

 

 フィーナたちが「人殺し」として公表されれば、ロキ・ファミリアへの風当たりが強くなるかもしれない。それは対・闇派閥の最大戦力を削ぐことになる。

 

 闇派閥だと気づいて攻撃を仕掛ける。そして、やり過ぎてしまったらギルドから罰せられる、そんな噂がたとうものなら、冒険者の闇派閥に対する対応に委縮を生んでしまうことになる。

 

 それだけではなく、オラリオに住む一般市民からも強く批判をされることになるかもしれない。今でも不満や不安というものはとても強いのだ。今対応を間違えれば、ギルドは一般市民や冒険者から批判の的となる。

 

 そのような状況に今陥るわけにはいかないのである。今は何より対闇派閥への同盟を結束し、強固な関係を築かなくてはならないのである。

 

 ギルドは、少女たちの罪を黙認し、利用することを選んだのだ。ギルドとしても今、闇派閥を積極的に処分してくれる存在はありがたい。それも、見ていたのがアストレアファミリアだけなら口止めだろうとなんだろうと不可能ではない。

 

 彼女らだって今のオラリオの現状を客観的に見れば必要な行いだったと納得してくれるであろうとノイマンは計算する。ダメであっても、フィーナの置かれた環境から説得を試みれば良い。仮に眷属の説得に失敗しても、主審であるアストレアは理解するはずだ。

 

 今どれだけ厳しい環境に置かれているか、己の眷属らに危険が及んだり、ヘイトが行かないようにそのようなところをついてやればいい。それに、アストレアファミリアだって状況によってはやり過ぎだったと言えなくない事例はゼロではない。その矛盾をついてやるのもいいだろう。

 

 とにかくあらゆる手を使って、オラリオの分裂・分断を防がなければならない。

 

 「……行きなさい。ただし、次はもっとうまくやりたまえ。」

 

 ロイマンの言葉に、フィーナは深く頭を下げた。

 

 感謝などない。ただ、この汚れた世界で生きるための取引が成立しただけだ。

 

 部屋を出た後、フィーナは小さく息を吐いた。

 

 「……行きましょう、アイズさん」

 

 「ん。……ダンジョンへ」

 

 二人はその足で魔道具屋へ向かい、大量のマインドポーション(精神力回復薬)を買い込んだ。

 

 ランクアップの報告は終わった。

 

 今の二人には、ロキから「二人一組であること」「勝てない相手からは即座に逃げること」を条件に、18層までの探索許可が出ている。

 

 止まっている暇はない。

 

 上手くやれば闇派閥は、いくらでも倒していいという言質はもらった。(直接言及があったわけではないが)復讐もできて経験値にもなって、闇派閥という脅威を減らすことまでできる。まさに一石三鳥というべきであろう。




自傷する系ヒーラーの作品を読んでみたいと思い自分のために書いてみたものですが、皆様にも少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

筆者としては、ステータス上げのため、自身のできることの範囲の確認、歌い慣れるため、魔力、耐久を上げるために自傷はヒーラーに必須だと思ったところから始まりました。
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