もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。 作:匿名。
ダンジョン10階層、『大樹の迷宮』。
湿り気を帯びた霧が立ち込めるこの階層は、視界が悪く、奇襲を得意とするモンスターの巣窟だ。
だが、今の二人にとって、そこは単なる「狩り場」でしかなかった。
「――【謳え、残響。響け、追憶】……ッ」
霧の奥から、絶え間なく少女の声が響く。
フィーナだ。
彼女は細剣(レイピア)でオークの巨躯を捌きながら、口ではブツブツと呪文を紡ぎ続けている。
魔法を発動させるわけではない。剣戟の呼吸と詠唱のリズムを同調させるための、反復練習。
脳の処理領域を「戦闘」と「詠唱」に分割し、それを無意識レベルまで落とし込む作業。
通常、魔導士が安全な後衛で何年もかけて習得する『並行詠唱(パラレル・キャスト)』を、彼女は前衛で、しかも命のやり取りの中で身につけようとしていた。
「シィッ!」
横合いからアイズが飛び出す。
黄金の軌跡。
風を纏った長剣が、オークの首を容易く跳ね飛ばした。
「……終わり」
「お疲れ様です、アイズさん。……回収、しましょう」
二人は慣れた手つきで魔石を取り出す。
だが、その選別は冷徹だった。
換金率の高いサイズのものだけをポーチへ。それ以外の、小ぶりな魔石や欠片は、別の袋へと放り込む。
「……次、作る」
アイズが視線を向けた先には、罠にかかって身動きの取れないインプがいた。
Lv.2の冒険者なら相手にするのも面倒な雑魚モンスターだ。
だが、二人の目には「良質な経験値」として映っていた。
フィーナが無造作にインプの頭を掴む。
「食え」
感情のない声。
袋から取り出した、同族たちの成れの果て――大量のクズ魔石を、インプの口へと強引にねじ込む。
「ギィ!? ギギッ……!?」
インプが苦悶に目を剥く。喉奥に硬い石が詰め込まれ、強制的に魔力が逆流する。
ドクン、ドクンと血管が波打ち、身体が内側から膨れ上がる。
「グルルルル……ガァァァァァァッ!!」
皮が裂け、筋肉が肥大化し、爪が伸びる。
人為的強化種。
本来なら自然界のイレギュラーとして恐れられる存在を、彼女たちは意図的に「養殖」していた。
理由は単純。
通常の個体よりも、経験値(エクセリア)が段違いに美味しいからだ。
「育ちましたね。……いきます!」
「ん」
暴走状態の強化種が、恐ろしい速度で飛びかかる。
その殺意に対し、フィーナとアイズは嬉々として迎撃した。
「――そこで何をしているのですかッ!!」
鋭い一喝が、霧を切り裂いた。
緑色の影が疾風のように割り込み、フィーナたちの目の前に着地する。
アストレア・ファミリアの、リュー・リオンだ。
その後ろから、赤髪の団長アリーゼ・ローヴェルと、副団長のカグヤ・ゴジョウノも姿を現した。
「……アストレア・ファミリア」
フィーナは強化種にトドメを刺し(首を切り落とし)、血振るいをしてから振り返った。
悪びれる様子など微塵もない。
「見ての通り、狩りです。何か問題でも?」
「問題大ありです!」
リューが激昂して詰め寄る。
「モンスターに魔石を喰らわせ、故意に強化種を作り出す……それは冒険者としてあるまじき禁忌です! もし制御できずに逃げられたらどうするのですか! 他の冒険者が遭遇したら、全滅しかねないのですよ!」
正論なのだろう。
ダンジョンの生態系を乱し、不確定な脅威を生み出す行為。ギルドにバレれば資格剥奪もあり得る。
だが、フィーナは冷めた瞳でリューを見返した。
「制御できています。私たちはLv.2とLv.3。上層の強化種程度、遅れは取りません。それにリューさんも後悔はしたくないなら私たちと同じようにした方がいいと私は思います」
「慢心です! その油断がいつか取り返しのつかない事態を招く!私は、私の仲間たちをそんな危険に晒すわけにはいかない!」
リューさんが言っていることは正しい。だが、それは平時であればという註がつくだろう。だが、これから訪れる大抗争を知っていたらそんなことは言えない。それにリューさんもアストレアファミリアの未来を知れば私たちと同じ手段を取るのではないのだろうか?そんな風に思えて仕方がない。
「……効率が、いいから」
アイズがボソリと口を挟んだ。
「普通に倒すより、強くなる。……早く、強くなりたい」
その言葉に、アリーゼは眉をひそめた。
(焦ってる……いや、生き急いでるなんてレベルじゃない。この子たちは、自分の命を燃料にして走ってる)
カグヤが呆れたように扇子を開く。
「はぁ……馬鹿につける薬はないって言うけど、ここまでとはね。あんたたち、自分たちが『異常』だって自覚ある?」
「異常で結構です。まともな方法で間に合うなら、誰も苦労しませんから。それにこのままだとアリーゼさん達だって… 」
最後の方の言葉は聞こえなかったが、聞き取れた範囲のフィーナの言葉には棘があった。
「間に合わなかった正義」への当てつけ。
リューがぐっと言葉に詰まる。
膠着状態。
それを破ったのは、やはりアリーゼだった。
「……はぁ。もう、わかったわかった!」
アリーゼが頭をガシガシと掻きながら、二人の間に割って入った。
「やめろって言っても、どうせやめないんでしょ? 君たちの目は、説教で止まる目をしてないもんね」
それにリューに対して言ったあの言葉、あれ間違いなく本心からの言葉だ。この子には何が見えているのだろうか?少し興味が湧いた。
「アリーゼ!? 見逃すつもりですか!」
「違うよリュー。……だから、私たちがついていく!」
「……はい?」
フィーナが目を丸くした。
アリーゼはニカっと笑い、愛剣『紅花繁縷(ルベラ・ステラ)』の柄を叩いた。
「ふふん、私たちが、君たちの『養殖』につきあってあげる、って言ってるの! 監視役だよ、監視役! 万が一暴走しても、私たちが居れば被害は出ないでしょ?」
「それは……そう、ですが……」
「それに、君たちがそこまでして強くなりたい理由……その『執念』の行き着く先、ちょっと見てみたくなっちゃったしね」
アリーゼの瞳は笑っているようで、その奥底で冷徹に二人を値踏みしていた。
これ以上、この子供たちを野放しにするのは危険だ。
ならば、手の届く範囲に置いて管理する。それがアリーゼ流の「正義の妥協点」だった。
「……勝手にしてください。邪魔だけはしないでくださいね」
「交渉成立! よろしくね、フィーナちゃん、アイズちゃん!」
奇妙な合同パーティが結成された。
ロキ・ファミリアの二名
アストレア・ファミリアの三名
戦力としては、下層すら踏破できるほどの豪華な布陣だ。
しばらくの間、アストレア・ファミリアの監視下で強化種狩りを続けていたが、フィーナはあることに気づいた。
(……メンバーが、揃いすぎている)
アリーゼ・ローヴェル。
カグヤ・ゴジョウノ。
リュー・リオン。
そしてアイズと、ヒーラー兼、前中衛の私。
(これだけの戦力があれば……『アレ』がいけるんじゃないか?)
フィーナは脳内のカレンダーと、ギルドで小耳に挟んだ情報を照らし合わせる。
17階層の階層主(モンスターレックス)。
巨人の王、ゴライアス。
その再湧出(リスポーン)の時期が、ちょうど今、重なっているはずだ。
「……アリーゼさん。提案があります」
フィーナが足を止めた。
「ん? なあに?」
「このメンバーで、17階層へ行きませんか。……ゴライアスを、狩りたいんです」
その場の空気が凍りついた。
「……はぁ?」
カグヤが素っ頓狂な声を出す。
「ほんまにあんたら……ええ加減、調子乗るのもほどほどにしとき。ゴライアスの推奨レベルはLv.4や。あんたら、死に急ぎたいだけやないの?」
「勝算はあります。アリーゼさんとカグヤさんがいれば主火力は足ります。アイズさんもLv.3ですが火力はLv.4に届き得ます。そして、私が回復と支援を回せば……負けません」
フィーナの瞳は、欲望でギラギラと輝いていた。
階層主の経験値。それは強化種など目ではない、莫大な糧だ。
今の成長速度なら、それを食らうことで一気に次のステージへ行ける。
「……アイズはどう思う?」
アリーゼが尋ねる。
アイズは少し考え、そして静かに頷いた。
「……いける。フィーナがいれば、戦える。少なくともフィーナがいたら無事に生きて帰れる。」
フィーナに対する絶対的信頼。
フィーナの魔法なら、フィーナが生きてさえいればどのような怪我を負ったとしても治してくれるという信頼。2人ならなんでもできるという思い。2人でいた期間は短い期間はずであるものの、濃密すぎる日々、同じような境遇、ほとんどの時間を一緒に過ごし2人の仲は実際に、スキルに表れるほど深いものになっている。
アリーゼは天を仰ぎ、そして吹き出した。
「あはは! 最高だね、君たち! まさか私たちが巻き込まれる側になるなんて!」
「アリーゼ! 本気ですか!?」
「いいじゃない、リュー! ちょうど私たちも腹ごなししたかったところだし? ……それに」
アリーゼの表情が、狩人のそれに変わる。
「ここで行かせなかったら、君たち、どうせ二人だけでこっそり行こうとするでしょ?」
図星だった。フィーナとアイズは無言で視線を逸らす。
「ほらね。なら、大人がついていってあげるのが道理ってものよ。……よし! 目指すは17階層! 『嘆きの壁』討伐ツアー、出発進行!」
「……全く。後で主神(アストレア)様に怒られても知りませんよ」
リューがため息をつきつつ、杖を握り直す。
カグヤもやれやれと肩をすくめた。
「死んでも骨は拾ってあげるわよ。……拾えるくらい残っていれば、だけどね」
こうして、死地に飛び込むための最強の即席パーティが、中層の深みへと歩を進めることになった。
ダンジョン17階層。
『嘆きの壁』と呼ばれる階層主(モンスターレックス)、ゴライアスが待ち受ける大空洞の前。
湿った岩肌と、奥から漏れ出る圧倒的な威圧感が、肌をチリチリと焼く。
「……アリーゼさん。最初は、私とアイズさんの二人でやらせてください」
フィーナは、腰のベルトに装着したポーションホルダーを確認しながら言った。
そこには通常の回復薬ではなく、高価な『精神力回復薬(マインド・ポーション)』がずらりと並んでいる。
「本気? ゴライアスの推奨レベルはLv.4だよ? 君たちはLv.2と3。普通ならワンパンで致命傷もありうるんだよ」
アリーゼが真剣な眼差しで問う。
「わかっています。でも、今の私たちがどこまで通じるのか、知りたいんです。……それに、私には回復魔法がありますから」
「回復魔法……?」
リューが眉をひそめる。「失礼ですが、Lv.4相当の巨人の一撃を受ければ、Lv2のあなたは、回復する間もなく肉塊になりますよ」
その時、扇子で口元を隠したカグヤが、艶やかで、それでいて冷ややかな声を響かせた。
「ええやないの、リオン。死に急ぎたい言うてはるんやし、好きにさせたら? 痛い目見んと分からん阿呆もおりますしなぁ」
京都弁に似た、独特のイントネーション。
優雅だが、その言葉の端々には棘がある。カグヤ・ゴジョウノ。彼女は理想を追うリューとは違い、現実の残酷さを誰よりも知るがゆえに、子供の無謀さに冷笑的だった。
「……カグヤ」
「ま、ウチ等は高みの見物と洒落込みましょ。死にかけたら助太刀する、そないな約束でええんとちゃいますか? アリーゼ」
カグヤの皮肉混じりの助言に、アリーゼは少し悩んでから頷いた。
「……わかった。ただし、私が『詰み』だと判断したら即介入する。いいね?」
「はい。ありがとうございます」
「……ん」
フィーナとアイズは顔を見合わせ、頷き合う。
二人は、巨大な空洞へと足を踏み入れた。
『GOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAッ!!!』
岩盤を突き破り、巨人が咆哮する。
全長20メートルを超える異形の肉体。圧倒的な質量。
その風圧だけで、Lv.1なら気絶しかねないプレッシャー。
だが、二人の少女は止まらない。
「【――風よ】」
アイズが短く詠唱する。
その身に纏ったのは、透明で清らかな風ではない。
憎悪と復讐心で濁った、荒れ狂う黒い風。
「【エアリエル】!」
ドォォン!!
地面が爆ぜる。アイズが砲弾のように射出される。
黒風を纏った一撃が、ゴライアスの分厚い皮膚を切り裂いた。
「グルァッ!?」
巨人が巨腕を振り回す。
アイズはその暴風のような腕を、紙一重で見切り、空中で軌道を変えて回避する。
その後ろには、影のように寄り添うフィーナの姿があった。
「【謳え、残響……】!」
フィーナは並行詠唱を維持しながら、アイズの死角をカバーするように動く。
アイズが右へ跳べば、フィーナは左へ。
ゴライアスの注意を分散させ、アイズの攻撃ルートをこじ開ける。
その光景を後方で見守るアストレア・ファミリアの三人は、言葉を失っていた。
「……信じられません」
リューが目を見開く。
「あの連携……まるで、お互いの思考を共有しているかのようだ。あの子たちが出会って、まだ一ヶ月も経っていないはずでしょう?」
ギルドの記録上、フィーナが冒険者になったのは一ヶ月前。それは彼女がレコードから明らかである。レベル1-2に上がるレコードホルダー。今後、越えることなど不可能に思えるそんな記録。あれを見た時にはアストレアファミリア内でも大きな話題となったものだ。
通常、パーティの連携(パス)が完成するには年単位の歳月を要する。
だというのに、彼女たちの動きには「合図」すら存在しない。呼吸をするように、互いが互いの最適解を選び続けている。
「……気持ち悪いくらい息が合うてますなぁ」
カグヤが目を細める。その瞳には、侮蔑ではなく、戦慄の色が混じっていた。
「あれは信頼なんて生易しいもんやない。『共依存』や。片方が落ちれば自分も落ちる、そないな危うい糸の上で踊っとる」
「でも、凄いよ。Lv.2と3で、あの巨人を翻弄してる」
アリーゼが拳を握る。
しかし、彼女の目は現実を見逃さなかった。
「でも……足りない。決定打(火力)が」
戦闘開始から10分。
地力(ステイタス)の差が、徐々に表面化し始めていた。
ゴライアスの再生能力と、無尽蔵のタフネス。
対して、少女たちは一撃でも喰らえば致命傷の綱渡り。
「ガアアアアッ!」
ゴライアスの裏拳が、回避しきれなかったアイズを掠める。
「がはっ……!?」
アイズが吹き飛び、壁に激突する。
肋骨が砕ける嫌な音。
「アイズさんッ!」
フィーナが駆け寄ろうとするが、ゴライアスがその進路を塞ぐように足を踏み下ろす。
ズドンッ!
衝撃波でフィーナの体も宙を舞い、地面に叩きつけられた。全身打撲。左腕が不自然な方向に曲がっている。
「いくよ、2人とも!」
アリーゼが剣に手をかけた、その瞬間だった。
「……【失われし、温もりをこの手に……ッ】」
歌が、聞こえた。
苦痛に歪む声ではない。
鈴を転がすような、凛とした詠唱。
「な……っ!?」
リューが息を呑む。
「あの状態で、並行詠唱を維持しているのですか……!?」
腕が折れ、内臓が揺さぶられる激痛の中で、フィーナは歌っていた。
普通ならショックで意識が飛ぶか、魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こす場面だ。
だが、フィーナにとって「痛み」は日常だった。
狂気的な特訓で刻み込まれた、苦痛への耐性。
フィーナは這いずりながら、壁際のアイズへ手を伸ばす。
アイズもまた、血を吐きながら、折れた剣で体を支え、フィーナを守るように前に出ようとしていた。
(……あかん、見てられへんわ)
カグヤが扇子を握りしめる。
子供が互いを守り合って死にかけている姿など、どんなに皮肉屋を気取っても胸がざわつく。
だが、次の瞬間。
その「憐れみ」は、「驚愕」へと塗り替えられた。
「【癒えぬ傷などないと、涙の雨を拭い給え】」
フィーナの瞳が、青白く発光する。
「【ディア・リヴィーレ】!!」
カッ!!
大空洞が一瞬、昼間のように白く染まった。
降り注ぐ光の粒子。
それが二人の少女を包み込むと、信じがたい現象が起きた。
折れた腕が、ボキボキと音を立てて繋がる。
砕けた肋骨が修復される。
裂けた皮膚が塞がり、失われた血液までもが瞬時に補填される。
「……は?」
アリーゼが口をあんぐりと開けた。
光が収まると、そこには傷一つない状態で、再び剣を構える二人の姿があった。
まるで、戦闘開始直後に時間を巻き戻したかのように。
「……全癒(フル・ヒーリング)。完全回復……?」
リューの声が震える。
「あり得ません……。アミッド・テアサナーレの『ディア・フラーテル』ですら、ここまでの即効性は……」
「……とんでもない秘蔵っ子やな」
カグヤの額に冷や汗が流れる。
「ロキ・ファミリアが隠したがるわけや。こんなん、歩く『万能薬(エリクサー)』やないの」
それは希望の光であると同時に、世界中から狙われる呪いの光でもあった。レコードホルダーとされているが、彼女を守るためにも、基本ステータスが上がるまで冒険者登録を遅らせていたのだろうと思わされる。事実はわからない。だが、今のオラリオの現状ならあながち間違いでもないような気がした。
それから30分。
戦いは泥沼の消耗戦へと突入していた。
フィーナとアイズは、何度も吹き飛ばされ、骨を砕かれ、その度に【ディア・リヴィーレ】で蘇った。
ゾンビ戦法。
本来なら精神力(マインド)が尽きて倒れるはずだが、フィーナは腰のポーションを次々と煽り、無理やり魔力を補給し続けている。
驚くべきは、その適応力だ。
「シッ!」
アイズの剣が、ゴライアスの攻撃の「起こり」を捉え始める。
「そこ、です!」
フィーナの支援が、ゴライアスの重心のズレを的確に突く。
戦いの中で、二人は成長していた。
異常な速度で。秒単位で。
スキル『比翼連理』が、死闘の経験値を余すことなく力へと変換しているのだ。
「……化け物ですね」
リューが呟く。
「まだ動きが良くなっている。このまま戦い続ければ、あるいは……」
「いや、限界だよ」
アリーゼが静かに、しかし断定的に言った。
彼女の視線は、フィーナの腰元に向けられている。
「ポーションが切れた」
フィーナの手が、空のホルダーをまさぐる。
最後のマインドポーションは、もう飲み干していた。
回復手段を失ったLv.2と3に、Lv.4の怪物を削り切る火力はない。仮にアイズがもう少し歳をとり体が出来てきたらゴライアスすら倒せたであろう。だが、今の彼女たちは幼すぎたのだ。
「終わり! 介入するよ!」
アリーゼが叫び、地面を蹴った。
「はぁぁぁぁッ!」
『紅花繁縷(ルベラ・ステラ)』の炎が、ゴライアスの膝を焼く。
「遅いですわ」
カグヤの小太刀『五光』が、巨人の目を切り裂く。
「ルミノス・ウィンド!」
リューの風魔法が、巨体を吹き飛ばす。
一瞬の制圧劇。
疲弊し、二人に削られて瀕死にまで追い込まれていたゴライアスは、アストレア・ファミリアの猛攻に耐えきれず、断末魔と共に崩れ落ちた。
ドズゥゥゥン……。
静寂が戻る。
アイズは、消滅していく巨人を呆然と見つめ、悔しげに剣を握りしめた。
「……倒せなかった」
「仕方ありません、アイズさん。……私たちの力が…」
フィーナもまた、へたり込みながら悔しさを噛み締めた。
死なないだけでは勝てない。殺し切る力がなければ、復讐は果たせない。
その現実を、まざまざと突きつけられた戦いだった。
アリーゼが二人の元へ歩み寄り、ニカっと笑った。
「悔しい? その顔ができるなら、君たちはもっと強くなるよ。……ま、今回は私たちの勝ちってことで!」
カグヤが呆れたように扇子を仰ぐ。
「ほんま、世話の焼ける子供等どすなぁ。……ま、ええもん見せてもろたわ」
地上への帰路。
満身創痍(魔法で治ってはいるが、精神的な疲労は極限)の二人は、アストレア・ファミリアと別れ、黄昏の館への道を急いでいた。