もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。   作:匿名。

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第4話

 夕暮れ時。

 

 空は赤く染まり、影が長く伸びる時刻。

 

 人気のない廃教会の前を通りかかった時だった。

 

 「…………」

 

 フィーナの足が、凍りついたように止まる。

 

 心臓を、氷の手で直接鷲掴みにされたような感覚。息ができない。

 

 「フィーナ?」

 

 アイズが怪訝そうに振り返るが、すぐに彼女も表情を強張らせ、反射的に剣の柄に手をかけた。

 

 獣のような勘が、最大級の警戒信号を鳴らしているのだ。

 

 廃教会の入り口。

 

 崩れかけたアーチの下に、一人の女性が佇んでいた。

 

 深いフードを目深に被り、その表情は見えない。

 

 ただ、そこに「在る」だけで、周囲の音が、色彩が、空気が死滅していくような圧倒的な『静寂』。

 

 世界から音が奪われたかのような錯覚。

 

 (……間違いない)

 

 フィーナの本能が、そして前世の記憶が警鐘を乱打する。

 

 『静寂』のアルフィア。

 

 かつて最強の名をほしいままにしたヘラ・ファミリアの幹部。Lv.7の怪物。

 

 音さえ置き去りにする、魔法の天才。見ただけであらゆる技術を模倣し、昇華させる才禍の化身。

 

 アルフィアは、二人に視線を向けることすらしなかった。

 

 ただ、遠く、オラリオの中心にあるバベルを見上げている。

 

 その横顔には、深い絶望と、それ以上の決意が刻まれていた。

 

 すると、いつの間にか、アルフィアの背後からもう一つの影が現れた。

 

 巨大な影。

 

 熊のような、あるいは岩山のような巨躯をボロボロの布で覆った男。

 

 その体から放たれるのは、すべてを喰らい尽くすような『暴食』の気配。

 

 男は、低く、重々しい声で告げた。

 

 「……行くぞ、アルフィア」

 

 その名は、決定的な答え合わせだった。

 

 「……ええ」

 

 アルフィアと呼ばれた女が短く答える。

 

 二人の怪物が、並んで歩き出す。

 

 『……始まる』

 

 風に乗って、独り言のような囁きが聞こえた気がした。

 

 次の瞬間。

 

 瞬きをした間に、彼女たちの姿は掻き消えていた。

 

 まるで最初からそこには誰もいなかったかのように、ただ冷たい風だけが吹いていた。

 

 「……っ、はぁ、はぁ……」

 

 フィーナはその場に膝をついた。

 

 殺気すら向けられていない。ただ存在を認知しただけで、魂が削られたような疲労感に襲われていた。

 

 「フィーナ……今の、人……」

 

 「……アイズさん。帰りましょう。すぐに」

 

 フィーナはアイズの手を強く握った。

 

 震えが止まらない。

 

 知っている。これから何が起こるか。

 

 アルフィアと、ザルド。

 

 かつての時代を終わらせた二人の怪物が、今度はこのオラリオを終わらせに来たのだ。

 

 オラリオを地獄に変える、『死の七日間』。

 

 時代が大きく動き出そうとしていた。

 

 黄昏の館、その最上階にあるロキの私室。

 

 重厚な扉が閉ざされた密室で、羊皮紙にペンを走らせる音だけが、カリカリと神経質に響いていた。

 

 「……嘘やろ。なんやこれ」

 

 ロキの手が止まる。

 

 寝台に背中を預けた二人の少女――フィーナとアイズを見比べ、そして手元のステイタス用紙を二度見、三度見する。

 

 神としての長い時を生きてきたロキですら、乾いた笑いしか出てこないほどの異常数値。

 

 「今までも大概おかしかったけど……今回は桁が違うで」

 

 ロキが震える指で弾いた羊皮紙には、たった一度の冒険――数時間のダンジョン探索で得たとは到底思えない数値が刻まれていた。

 

【ステイタス更新結果】

名前: アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv. 3

能力値上昇:

 力:I 0→F320

 耐久: I 0→F380

 器用: I 0→G281

 敏捷: I 0→E433

 魔力: I 0→H180

 

名前: フィーナ・アルジス

Lv. 2

能力値上昇:

 力:I 0→ H(+190)

 耐久:I 0→ E(+420)

 器用:I 0→ H(+160)

 敏捷:I 0→ H(+180)

 魔力:I 0→ B(+720)

 

 「アイズたん、Lv.3になりたてで、もう中堅クラスのステイタスや。文字通り死線を駆け抜けた証拠やな」

 

 「……ん」

 

 「そんでフィーナたん。魔力と耐久……これ、後衛の魔法使いの上がり方やない。前衛で殴り合いながら、死ぬほど魔法使い続けたんか? 魔力の伸び幅がバグっとるわ! 一回で700て……」

 

 今回の冒険において、アイズは格上の階層主と斬り結び、その圧倒的な質量差を速度と技術で覆したことで、身体能力が爆発的に向上していた。

 

 一方でフィーナは、二人の生命線を維持するため、枯渇寸前まで魔法を使い続け、同時に攻撃を受ける盾としての役割も果たしたため、魔力と耐久が異常な数値を叩き出していた。

 

 「二人とも、正直に言い。……一体、どんな地獄を潜ってきたんや」

 

 ロキの朱色の瞳が、細められる。

 

 そこへ、タイミングを見計らったように扉がノックされた。

 

 「ロキ、入るよ」

 

 「……失礼する」

 

 団長のフィンと、副団長のリヴェリアだ。

 

 彼らもまた、帰還した二人のボロボロの装備と、漂わせる異様な気配、そしてアストレア・ファミリアから届いた「報告」を聞きつけ、駆けつけたのだ。

 

 「強化種の養殖に、17階層の階層主(ゴライアス)討伐……。アストレア・ファミリアがいなければ、全滅していたかもしれない無謀な賭けだ」

 

 フィンの静かな声が、二人を刺す。

 

 「フィーナ、アイズ。君たちは優秀だ。だが、死んでしまっては意味がないんだよ」

 

 「全くその通りだ!」

 

 リヴェリアが声を荒らげる。

 

 「あれほど無茶はするなと言ったのに……! フィーナ、お前の魔法は強力だが、無敵ではない! 魔力切れ(マインド・ダウン)を起こせばただの無力な子供だぞ!」

 

 「……ごめんなさい、リヴェリア様」

 

 「……ごめんなさい」

 

 二人は小さくなって謝る。

 

 フィンとリヴェリアは、厳しい言葉を投げかけつつも、内心では戦慄していた。

 

 たった二人(実質的な火力は一人と支援一人)で、あのゴライアスを追い詰めたらしい。そのポテンシャルと成長速度は、冒険者としての尊敬に値する。

 

 だからこそ、失うのが怖かった。家族として、心配でたまらなかったのだ。

 

 「……まぁ、ええわ。無事に帰ってきたんや。それに、ステイタスを見ればサボってたわけやないのは一目瞭然や」

 

 ロキが助け舟を出す。

 

 「せやけど、なんでそこまで焦ったんや? 何か理由があるんやろ」

 

 ロキの問いかけに、フィーナは顔を上げた。

 

 その瞳は、叱られた子供のものではなく、絶望を見た生存者のものだった。

 

 「……会ったんです」

 

 フィーナの声が震える。

 

 部屋の空気が、一瞬で凍りついた。

 

 「帰り道、廃教会の前で……とんでもない人たちに、会いました」

 

 「人? 誰だ?」

 

 「名前は……男の人が、呼んでいました。『アルフィア』と」

 

 その名が出た瞬間。

 

 ロキの表情が抜け落ちた。

 

 フィンとリヴェリアの動きが、完全に停止した。

 

 「……今、なんて言った?」

 

 リヴェリアの声が、かつてないほど低く震えている。

 

 「『アルフィア』……そして、一緒にいた大男は……おそらく『ザルド』なんだと思います。昔お父さんとお母さんが話してくれた英雄譚、その物語で見聞きした、風聞からも間違い無いと思います。」

 

 ドォン、と何かが崩れ落ちるような衝撃が、その場にいた幹部たちを襲った。

 

 フィンは目を見開き、親指の疼きを忘れたように立ち尽くした。

 

 「馬鹿な……。彼らは、ゼウス・ヘラファミリアの……死んだはずの……」

 

 「アルフィア……『静寂』のアルフィアか」

 

 ロキが呻くように呟く。

 

 「フィーナ、それは本当かい? 見間違いではなく?」

 

 フィンが詰め寄る。

 

 フィーナは首を振った。

 

 「あの圧力は、見間違いようがありません。フィン団長や、リヴェリア様よりも……ずっと、ずっと強い。次元が違いました。ザルドは確信が持てませんが、アルフィアは名前も呼ばれてましたし間違いはないと思います」

 

 「……」

 

 フィンは沈黙した。否定できなかった。

 

 かつての時代を知る者ならば、その名を忘れることはない。

 

 「『暴食』のザルド、そして『静寂』のアルフィア……」

 

 フィンが重い口を開く。

 

 「アルフィアは……かつての三大冒険の一つ、海の覇王『リヴァイアサン』討伐の最大の功労者だ。彼女の一撃が、あの怪物を沈めたと言われている」

 

 「リヴァイアサンを……一撃で?」

 

 アイズが驚愕に目を見開く。黒龍討伐を悲願とする彼女にとって、三大冒険の怪物を倒した実力者の存在は、あまりにも巨大すぎた。

 

 「せや。Lv.7の怪物や。しかも、ただのLv.7やない。『才能』という一点においては、神すら嫉妬するほどの化け物や」

 

 ロキが吐き捨てるように言う。

 

 「そんな連中が、生きてオラリオに戻ってきとったんか。……フィーナたん、あいつらは何て言うとった?」

 

 「……『始まる』と」

 

 その言葉が、死刑宣告のように響いた。

 

 これから、闇派閥(イヴィルス)が本気で攻めてくる。

 

 今までのテロとは違う。神殺しの英雄たちを先頭に立てた、オラリオの破壊が始まる。

 

 「……『始まる』、か」

 

 フィンの呟きが、重苦しい室内に消えていく。彼女たちが純粋にオラリオに戻り、ヘラ・ゼウスファミリアからコンバートを選ぶ可能性だってある。だが、それなら、表立って入ってきていいはずである。それになぜ今なのか?

 

 それはLv.7の怪物たちが、闇派閥の先鋒として現れるからではないか。その絶望的な未来予測に、誰もが言葉を失っていた。

 

 だが、フィンの碧眼だけは、鋭く、冷徹な光を宿したままフィーナを見据えていた。

 

 彼はゆっくりと歩み寄り、フィーナの前で足を止める。

 

 「フィーナ。君の話は理解したし、その危機感も共有する。……だが、一つだけ腑に落ちないことがあるんだ」

 

 「……え?」

 

 フィーナが顔を上げる。

 

 「時系列がおかしいんだよ」

 

 フィンは静かに、だが確信を持って告げた。

 

 「君がアルフィアたちに遭遇したのは、『今日』の冒険の帰り道だと言ったね。だが、君たちが死に物狂いでステイタスを上げ始めたのは、『一ヶ月以上前』からだ」

 

 室内の空気が変わる。リヴェリアとロキも、ハッとしてフィーナを見る。

 

 「強化種の養殖。17階層の主への挑戦。……君たちの行動は、まるで『最初から』何かが起きることを知っていて、それに間に合わせようとしているかのように見えた。今日、アルフィアに会うずっと前からね。初めは後悔と復讐心からだと思っていた。だけど、親指が疼くんだ。それだけではないと」

 

 フィンの指摘は、鋭利な刃物のようにフィーナの胸を貫いた。

 

 隠し通せるはずがなかった。

 

 オラリオ随一の頭脳を持つ指揮官の前で、フィーナの拙い演技など通用するはずがなかったのだ。

 

 「……あ……」

 

 フィーナの唇が震える。

 

 視線が泳ぎ、呼吸が浅くなる。

 

 「君は、何を隠している? 何を知っていたんだ?」

 

 フィンの問いかけに、威圧感はない。ただ、真実を求める切実な響きがあった。

 

 フィーナは俯き、拳を握りしめた。爪が食い込み、血が滲む。

 

 もう、限界だった。

 

 一人で抱え込むには、この「原作知識」という荷物は重すぎたのだ。

 

 「……知っているんです。あり得るかもしれない未来を」

 

 涙が、床に落ちた。

 

 「私が知っている『おはなし』の中では……アルフィアやザルドが闇派閥に協力し、オラリオを火の海に変える未来がありました。類を見ないほどの犠牲者が出て、多くのファミリアが壊滅する未来が」

 

 「未来、予知……?」

 

 リヴェリアが息を呑む。

 

 フィーナは首を振った。

 

 「予知じゃないです。……ただ可能性を知っているだけです。でも、そこでは……私が本当に守りたい人たちは、犠牲にならなかったんです」

 

 「……なんだと?」

 

 「私が知る未来では、ロキ・ファミリアの幹部は誰も死ななかった。もちろん、アイズさんも無事だった。……だから、怖かったんです。私が余計なことを言って、未来を変えてしまったら……本来助かるはずのあなたたちが、死ぬかもしれない」

 

 フィーナの顔はくしゃくしゃに歪んでいた。

 

 それは、世界を救う英雄の顔ではない。自分の大切なものだけを守りたいと願う、ただの子供のエゴだった。

 

 「多くの人が犠牲になると分かっていても、私はあなたたちを守りたかった! 不確定な未来に賭けるより、確実な安全を選びたかった……! でも、でも……ッ!」

 

 「……ロキ」

 

 フィンが主神を振り返る。

 

 ロキは、今までで一番真剣な、そしてどこか悲しげな顔でフィーナを見つめ、頷いた。

 

 「……嘘やない。この子は、自分の魂を削って、ウチらを守ろうとしとったんや。……それが、どれだけ重い選択かも知らずにな」

 

 未来予知。いや、可能性の観測と読んだ方がいいかもしれない奇跡。それを下界の子が起こすなんて想像もできなかったが、下界は未知で溢れている。その中には、神である自分すら知らないものもあるかと、ロキは納得するのであった。

 

 静寂が落ちる。

 

 リヴェリアが歩み寄り、泣きじゃくるフィーナを抱きしめた。

 

 「……馬鹿な子だ。そんな重荷を、一人で背負っていたのか」

 

 フィンは天井を仰ぎ、深く息を吐いた。

 

 「……参ったな。そこまで想われていて、何もしないわけにはいかないじゃないか」

 

 彼の瞳から迷いが消え、指揮官としての冷徹な光が戻った。

 

 「フィーナ。君の覚悟は受け取った。……ここからは、僕たちの仕事だ」

 

 「総員、作戦会議だ」

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