もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。 作:匿名。
フィンの声が響く。
「まず、最優先事項は物資の確保だ。これから始まるのは短期決戦だが、消耗戦になる。ポーション、精神力回復薬、解毒薬……ありとあらゆる消耗品を買い占める」
「金はどうする?今までの遠征とは桁が違うぞ」
リヴェリアが問う。
「ファミリアの資産を全て投入する。足りなければ借金でも何でもする。……オラリオが滅べば金など紙切れだ」
フィンの指示は具体的かつ迅速だった。
「ただし、市場をパニックにさせてはいけない。ディアンケヒトやミアハなど、製造能力のあるファミリアに直接、極秘裏に高額発注をかけろ。相場の倍出しても構わん。……同時に、複数の小規模ルートからも細かく買い集めろ」
「敵に感づかれるかもしれんで?」
ロキがニヤリと笑う。
「構わない。むしろ『ロキ・ファミリアは何かを察知し、準備を始めている』と思わせるだけで、相手の手を鈍らせる牽制になる」
盤面を支配する。
情報戦において、すでにフィンは反撃を開始していた。
「次に、戦力だ」
フィンの表情が厳しくなる。
「フィーナやアイズのやり方は無茶苦茶だ。だが……効率的であることは認めざるを得ない。短期間でLv.7に対抗しうる戦力を育てるには、今の僕たちには時間がない」
「なら、遠征か? 全軍で深層へ……」
「いや、それはできない」
フィンは首を横に振った。
「いつ敵が攻めてくるか分からない状況で、主力を全員オラリオから離すわけにはいかない。リヴェリア、ガレス、君たちは残って都市の防衛網を固めてくれ」
「……では、誰が行く?」
フィンは視線をフィーナとアイズに移し、そして自分自身を指差した。
「僕と、アイズ、そしてフィーナ。……この三人でダンジョンへ潜る」
「なっ……!?」
リヴェリアが絶句する。
「正気か、フィン! お前は団長だぞ! それにフィーナとアイズはまだLv.2と3だ。戦力が偏りすぎているし、あまりに危険だ!」
「だからこそだ」
フィンは譲らなかった。
「まず、フィーナだ。彼女の全癒魔法は、長期の連戦において最大の切り札になる。彼女がいれば、休憩時間を極限まで削り、常に万全の状態で戦い続けられる。……ポーションの枯渇を気にする必要もない。全員がマインド回復ポーションを持てば相当な期間ダンジョンで活動できるだろう。」
「それは……そうだが」
「次に、アイズ。彼女は今、フィーナとのスキル共鳴で最も成長率が高い。そして彼女の『風』は、攻撃力において僕に匹敵凌駕する可能性を秘めている。それにスキルの影響で短期間のランクアップが望める。」
フィンはフィーナとアイズを見た。
「君たちは、すでに『効率的な修羅場』の潜り方を知っている。……僕がそれに加わることで、さらに高効率かつ安全なレベリングが可能になるはずだ」
「それに……」
フィンは自嘲気味に笑った。
「僕、リヴェリア、ガレスこのうちの誰かはレベルアップが必要だ。Lv5のままでは、Lv7のザルドやアルフィアには届くはずがない。ステータスがランクアップできるまで育っていて、かつ、Lv6に上がれそうな者を選ぶ必要がある。レベルを上げるには偉業が必要だ。僕は、ウダイオスに1人で挑む。もちろん危なくなったら帰ってくるさ。ダメだったら帰ってくる。それに今回は短期戦だ。ダンジョンには最低限のものしか持ち込まない。危険は承知の上で37階層まで走り抜ける。フィーナの魔法があればそれができる。」
ロキ・ファミリアのリソースを、この三人に集中させる。アイズとフィーナは、Lv2と3だ。危険極まりないことは間違いない。それでも、いつ襲撃があるかわからない状況では地上に多くの戦力を残す必要性があり、このような編成にならざる負えないのである。
誰を連れていけば最も、ファミリアの戦力の向上を期待できるか、フィンはそれだけを考えてこのメンバーを選んだのである。
他の団員から不満が出るかもしれない。危険すぎる賭けかもしれない。特にレベル2のフィーナには厳しいだろう。だが、彼女がいなくては最短でレベルを上げて帰ってくるということができないので編成から外すという選択はなかった。
なので、フィンは都市防衛も考えれば、これが「最善」だと判断した。
「ロキ、リヴェリア、ガレス。……留守は頼めるかい?」
ロキは深く息を吐き、そしてニカっと笑った。
「しゃーないな。団長がそこまで言うんや。……ケツ持ちはウチらがしたる。思う存分、暴れてこい」
「ああ。ただし、必ず生きて戻れよ、フィン。フィーナも、アイズもだ」
リヴェリアが真剣な眼差しで送り出す。
「はい! 必ず!」
「……ん。絶対、戻る」
こうして、効率のみを重視した「レベリング・パーティ」が結成された。
その目的はただ一つ。
Lv7という、強力無比な力に対抗するため。勝利の可能性をわずかでも生み出すため。
ファミリアの全メンバーへの説明は、全てが終わった後にすると約束し、三人は夜闇に紛れてバベルの地下へと向かった。
オラリオの命運を握る、隠密遠征の始まりだった。
黄昏の館の裏口。
夜闇に紛れ、三つの影が蠢いていた。
フィン、フィーナ、アイズ。
全員が深くフードを目深に被り、顔を隠している。
「……装備の確認を」
フィンの声は、いつもの穏やかさを完全に潜め、冷徹な指揮官のものになっていた。
「予備の武器、最低限の保存食と水。そして……精神力回復薬(マインド・ポーション)は持てるだけ持ったね?」
「はい」
「……ん」
そして、フィンはフィーナの腰にある、豪奢な装飾が施された一本の小瓶に視線を落とした。
『万能薬(エリクサー)』。
ディアンケヒト・ファミリア製の最高級品。失われた四肢さえ再生させる、神の血の雫。
「フィーナ。そのエリクサーを使う時は、君が魔法を唱えられないほどの重傷を負った時だ。……つまり、それを使った時点で、この遠征は『失敗』とみなす」
「……はい」
「失敗した時は、即座に撤退。僕たちはオラリオを捨て、低レベルの団員たちを連れて一度外へ逃げる」
それは敗北宣言に等しい。
だが、これから挑む「壁」を超えることができなければ、どうあがいてもオラリオに未来はないのだ。
期限は一日。
ファミリアの要である団長が不在である時間を、これ以上長くすることはできない。
「行こう。……誰にも見られるな。誰にも悟られるな」
三人は風のように駆け出した。
バベルの入り口。
警備にあたっていたガネーシャ・ファミリアの団員が、猛スピードで突っ込んでくる不審な影に気づく。
「止まれ! 検問中だ!」
「――――」
三人は止まらない。
フィンの指示により、一切の減速なしで検問を突破する。
「なっ!? 貴様ら!」
「闇派閥(イヴィルス)か!? 追え!」
「いや速すぎる! 見失った!」
背後で飛び交う怒号を置き去りに、三人は地下への大穴へと飛び込んだ。
正義の眷属であるはずのロキ・ファミリアが、テロリストと誤認される。
その屈辱さえも、今は甘んじて受け入れるしかなかった。
ダンジョン攻略、という言葉から連想される慎重な探索は、そこには微塵もなかった。
それは、重力に身を委ねた、制御された墜落に近かった。
「――飛び降りるよ!」
「はい!」
フィンの指示は簡潔にして冷徹だった。
上層の入り組んだ通路を駆け抜ける時間すら惜しい。彼らが選んだルートは、階層をつなぐ巨大な縦穴(ホール)を直接落下するという、狂気のショートカットだった。
ヒュオオオオオオッ!!
耳元で風が唸る。暗闇の中、底知れぬ奈落へと体が吸い込まれていく浮遊感と恐怖。
Lv.2になったばかりのフィーナにとって、それは心臓が縮み上がるような体験だった。
「【エアリエル】!」
着地の寸前、アイズが風を巻き起こす。
逆巻く気流がクッションとなり、三人の落下速度を殺す。
タンッ、と軽い音を立てて着地した瞬間、フィンはすでに走り出していた。
「遅れるな。走れ!」
息をつく暇もない。
フィンが先頭を切り、風のような速度でモンスターの群れを突き抜ける。
フィーナとアイズは、必死にその後を追う。
心肺機能が悲鳴を上げる。筋肉が熱を持ち、乳酸が鉛のように脚を重くする。
Lv.5の英雄が刻むペースに、Lv.2の身体能力でついていくこと自体が自殺行為だ。
だが、フィーナには魔法があった。
「【癒えよ】!」
走りながら、フィーナは定期的に短い詠唱で魔法を発動させる。
怪我の治療ではない。
断裂しかけた筋繊維を繋ぎ、蓄積した疲労を分解し、枯渇したスタミナを強制的に満タンに戻す。
肉体が感じる「限界」というアラートを、魔法で強引に消去(リセット)し続ける。
(人間じゃない……。機械になった気分……)
終わりのない全力疾走。
景色が流れる線のようにしか認識できない。
上層を抜け、中層へ。
あり得ない速度で階層を突破し、18階層『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』に到達した時、フィーナの感覚では数分しか経っていないようにすら感じられた。
「……5分休憩。水と食料を摂れ」
フィンの声で、ようやく足が止まる。
フィーナはその場に崩れ落ちそうになったが、気力で踏みとどまり、震える手で水筒の水をあおった。
これが、トップ・オブ・トップの世界。
これから向かう深層への、ほんの入り口に過ぎない。
休息を終え、大樹の迷宮を抜け、25階層から始まる下層『水の迷宮』へ。
ここからは、空気の質が変わった。
湿り気を帯びた空気には、濃密な死の匂いが混じり始める。
「シッ!」
前方を走るフィンの槍が、閃光のように煌めく。
襲いかかるリザードマンや、水底から飛び出すモンスターたちが、認識する間もなく肉片へと変わる。
速い。あまりにも速い。
フィンは地図を見るまでもなく、最短のルートを熟知していた。無駄な戦闘を避け、遭遇した敵は一撃で屠る。それは戦闘というより、作業に近い洗練された「排除」だった。
「……漏らした敵を頼む!」
「……ん!」
「はい!」
フィンの撃ち漏らし――といっても、群れからあぶれた数匹のハルピュイアや、死角から迫るデッドリーホーネットを、アイズとフィーナが処理する。
フィーナは常に詠唱を完了させた状態(待機)を維持し、レイピアで牽制しつつ、隙を見てアイズがトドメを刺す。
走りながら、アイズが短く声をかけてきた。
「フィーナ……大丈夫?」
「は、はい……なんとか。フィン団長の背中が見えなくなりそうで、必死ですけど」
「……ん。凄い。ここまで来れるなんて」
アイズの言葉には、純粋な驚きが含まれていた。
下層は、ダンジョンに慣れていないLv.2の冒険者が足を踏み入れていい場所ではない。
だが、フィーナは食らいついている。
原作やアニメで見た知識。それが、必死に現実の恐怖を押し殺す支えになっていた。
(私は知ってる。この道の先には……)
その油断が、隙を生んだのかもしれない。
「ギャアアアッ!」
壁の亀裂、水晶の影から、一匹のライガーファングが飛び出した。
フィンの感知範囲のギリギリ外。フィーナの真横。
殺気を感じた時には、すでに鋭利な牙が目前に迫っていた。
「しまっ――」
反応が遅れた。
ガブッ!!
肉を食い破る感触。
鋭い牙が、フィーナの脇腹を深々と貫き、肋骨ごと肉を抉り取る。
「フィーナ!」
アイズが悲鳴のような声を上げる。
前方のフィンが、ハッとして振り返る。
激痛。
熱い。痛い。怖い。
だが、フィーナの思考は、痛覚信号よりも速く、最適解を弾き出していた。
「ディア・リヴィーレ!」
反射的に魔法を唱える。魔法の詠唱は以前と比べかなり高速で詠唱できるな様になってきた。
カッ、と光が溢れる。
食い破られた肉が、牙が抜けるのと同時に再生する。飛び散った血液が霧散し、ちぎれた血管が再結合する。
ダメージの無効化。
「……ふぅっ!」
ライガーファングに隙ができた途端、アイズの剣閃が奔る。
首が飛び、魔石が砕ける。
「……なんて子達だ」
フィンは、救援に戻ろうとした足を止めた。
被弾アイズによる反撃。フィーナは動じずアイズが戦いやすい様に動く。それも詠唱しながら…
それはもはや、痛みを恐れない狂戦士の動きであり、同時に熟練の魔導士の如き冷静さだった。
カバーに入ったアイズの連動も完璧だ。あり得ない密度の特訓や冒険が彼女たちを熟練のPTと言っても過言でないレベルまで引き上げている。これには、もちろんスキルも影響しているのだろう。
フィンは改めて、この二人の少女の異質さに戦慄した。
高速で移動していることもあり、何度か死にかけ、その度に魔法で「なかったこと」にし、三人はひたすらに潜り続けた。やはり、初めてくる下層で、それももっと下の層へと行くには早すぎたのだ。
27階層の大瀑布を越え、30階層を超え……。
そしてついに、37階層。
『白の宮殿(ホワイト・パレス)』に到達した。