もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。 作:匿名。
深い闇の中から、意識が浮上する。
フィーナが目を開けると、そこは見慣れた黄昏の館の天井だった。
全身が鉛のように重い。指一本動かすのも億劫なほどの倦怠感。
節々が痛み、喉がカラカラに乾いている。
(……生きてる)
その事実を確認すると同時に、隣のベッドに視線を向ける。
そこには、静かな寝息を立てるアイズの姿があった。
包帯が巻かれているが、顔色は悪くない。
フィーナは安堵のあまり、涙が滲みそうになるのを堪え、乾いた唇を震わせた。
「……【謳え……残響……】」
掠れるような声。
だが、魔力は確かに応える。
フィーナは自身の体に魔法を行使した。
【ディア・リヴィーレ】。
淡い光が体を包むと、全身の痛みが嘘のように消え去り、重かった体が羽のように軽くなる。
鏡を見なくともわかる。拷問の痕も、疲労の色も、全て消え去ったはずだ。
そこにいるのは、傷一つない、ただの可憐なハーフエルフの少女。
フィーナはベッドから降り、音もなくアイズの元へ歩み寄った。
そっと手をかざす。
「【癒えよ】」
アイズの体にも光が染み渡る。
包帯の下の傷が完全に塞がり、深層遠征の疲労が浄化されていく。
魔法の光と気配を感じて、アイズの睫毛が震えた。
ゆっくりと、黄金の瞳が開かれる。
「……ん……?」
視界がぼやける。
だが、目の前にいる銀色の影だけは、はっきりと認識できた。
フィーナ。
あんなにボロボロだったのに、今は傷一つなく、優しい笑みを浮かべて自分を見下ろしている。
「……おはようございます、アイズさん」
その声を聞いた瞬間。
アイズの心の中で、何かが決壊した。
「フィーナ……ッ!」
アイズは跳ね起きて、フィーナに抱きついた。
「アイズさん!?」
フィーナが驚いて受け止める。
アイズの体は震えていた。熱い涙が、フィーナの肩を濡らす。
「怖かった……。フィーナが、死んじゃうかと思って……」
「……ごめんなさい。心配かけました」
「なんで……あんなことしたの……。私を庇って……」
「それは……アイズさんが大切だからです」
フィーナは、アイズの背中を優しく撫でた。
「アイズさんが私を庇ってくれたから、私も庇ったんです。……私たちは、二人で一つですから」
「……うん。うん……ッ」
アイズは言葉にならなかった。
ただ、この温もりが消えずにここにあること、それだけが嬉しくて、愛おしくて、離したくなかった。
「……もう、無茶しないで」
「ふふ、お互い様ですよ」
「……約束。これからは、絶対に死なないし、死なせない。」
「はい。約束です」
二人は指切りをするように小指を絡め、そしてまた強く抱き合った。
血の繋がらない姉妹。戦友。共犯者。
どんな言葉でも足りない絆が、そこにはあった。
「――おーい、入るでー?」
しばらくして、空気を読まない(あるいは読みすぎた)タイミングで、ロキが顔を出した。
「大丈夫やったかー? フィーナたん、アイズたん……って、お熱いねぇ」
抱き合う二人を見て、ロキはニヤニヤと笑いながら、その実、心の底から安堵していた。
「よかった……ほんまに、よかったわ」
朱色の瞳が、少しだけ潤んでいるように見えた。
「さて、感動の再会もそこそこに、やることあるで。……フィンのステイタス更新や」
場所をロキの私室へ移す。
そこにはフィン、リヴェリア、ガレス、そしてフィーナとアイズだけが集められた。
完全なるトップシークレット。
ロキがフィンの背中に針を走らせる。
そして、羊皮紙に書き写された文字を見て、口笛を吹いた。
「……お見事。フィン、今日からオラリオの頂点の一角や」
名前: フィン・ディムナ
Lv. 5 → 6
《アビリティ》
全能力値が大幅に上昇。器は満ち、新たな位階へと昇華。
「Lv.6……!」
フィーナが息を呑む。
これで、フィンはオッタルと並ぶ(あるいは迫る)領域に達した。
「このことは、ここにいるメンバーだけの秘密や。ギルドにも報告はせん」
ロキが真剣な顔で告げる。
「敵に情報を与える必要はない。……『切り札』は、伏せておいてこそ意味があるんや」
「はい。……納得です」
フィーナとアイズも頷く。奇襲の成功率を上げるため、情報は統制すべきだ。奇襲とは単にふいをついて先に攻撃することを指すだけではない。レベルアップを報告しないこと、レベルを偽装することも立派な奇襲たり得るのである。
「ほな、次はフィーナたんとアイズたんの番やな。男どもは早よ出てき」
フィンとガレスを部屋から追い出す。
二人が外に出たことを確認したのちに、ロキが手招きする。
まずはアイズから。
彼女は深層で強化種と戦い、下層でのモンスターとの戦いで前線を支え続けた。その経験値は計り知れない。
「……うわぁ」
ロキが羊皮紙を見て、呆れたような、それでいて誇らしげな声を上げた。
【ステイタス更新結果】
名前: アイズ・ヴァレンシュタイン
Lv. 3 → 4
能力値(Lv.3最終):
力:D 512 → S 920
耐久:E 405 → B 780
器用:E 420 → A 830
敏捷:C 630 → S 960
魔力:H 180 → B 720
「……アホか。Lv.3をすっ飛ばしてLv.4になれるやんけ」
ロキの手が震える。
通常の冒険者が数年かけて到達する領域を、彼女は数日(実質的な戦闘時間はもっと短い)で駆け抜けた。
どれだけ濃密で、どれだけ死に近い時間を過ごしたのか。想像するだけで胃が痛くなる。
「おめでとう、アイズたん。ランクアップや。……それに、スキルも変わっとるで」
《スキル》
『復讐姫(アヴェンジャー)』
・憎悪対象に対して攻撃力超域強化。
・怪物種に対して攻撃力高域強化。
・竜族に対し攻撃力超域強化。
・憎悪の丈だけ効果上昇。
・【追加】:対「特定敵対者(フィーナ・アルジスを害する者)」に対しても効果発動。憎悪の対象が拡張された。
「復讐の対象が……人にも向くようになったんか」
ロキは複雑そうに、けれど優しくアイズの頭を撫でた。
「大切なもんができたんやな。……よかったな、アイズたん」
「……ん。守るための力、手に入れた」
「よし、次はフィーナたんや!」
フィーナが背中を向ける。
ロキはその背中に触れ、そして再び絶句した。
「……アイズたんもフィーナたんも、ほんまに……」
ロキの声が震えている。怒りではない。愛おしさと、畏敬の念だ。
あんな小さな体で、どれだけの痛みを飲み込んだのか。
【ステイタス更新結果】
名前: フィーナ・アルジス
Lv. 2 → 3
能力値(Lv.2最終):
力:H 190 → D 520
耐久:E 480 → S 999
器用:H 160 → B 720
敏捷:H 195 → C 680
魔力:B 790 → SSS 1581(限界突破)
更新後
Lv3
能力値
力: I 0
耐久: I 0
器用: I 0
敏捷: I 0
魔力: I 0
《発展アビリティ》
精癒I 治癒I
《魔法》
ディア・リヴィーレ
《空きスロット1つ》
《スキル》
アウクス・マナ・ヴィーレ
・魔力の限界突破
・魔力に成長補正大
・魔法待機の安定化
比翼連理
・特定対象(アイズ・ヴァレンシュタイン)との共闘時、全ステイタスの成長推移(エクセリア取得率)に極大補正。
・対象との想いの強さ、共有する「渇望」の深度に比例して効果が上昇。
・共鳴現象(レゾナンス)。
・復讐の対象に対する憎悪の丈の上昇。
・復讐対象との戦闘で全ステータス超向上。
・復讐相手を前に敗北あるいは逃走するたびにステータスに大幅ペナルティ。
・対象、あるいは自身の「根源的渇望(復讐)」が成就した時、または精神的乖離が生じた時、憎悪が終了した時、このスキルは消失する。
「魔力1500オーバーに、耐久カンストて……」
ロキは乾いた笑いを漏らすしかなかった。
深層でアイズを庇い、瀕死の重傷を負いながら魔法を使い続けた結果だ。
肉体の限界を、精神が凌駕している。
「……無茶しすぎや。ほんまに」
ロキはフィーナを後ろから抱きしめた。
「よう生きて帰ってきたなぁ。……偉かったで、フィーナたん」
「……ロキ様」
「おめでとう。ランクアップや!」
《発展アビリティ》
『治癒』(選択)
(回復魔法や治療行為に補正)
新しい魔法やスキルはない。だが、今の彼女にはそれで十分だった。
『精癒』と『治癒』。二つのアビリティ。特に、治癒の発展アビリティによって概念的射程(回復できる範囲が広がることを指す。例えば、今までは治せなかったものが治せるようになること)が伸び、ありとあらゆるものを治す可能性を秘めた最強の回復魔法。
そして何より、隣に立つ最高の相棒(アイズ)がいる。
「これで……ようやく… 」
フィーナの瞳に、静かな闘志が宿る。
ステイタス更新を終えたフィンたちは、執務室にある応接スペースのソファに深く沈み込んでいた。
極限の緊張から解放された安堵感が、泥のような疲労となって押し寄せている。
だが、まだ眠るわけにはいかない。
彼らを囲むリヴェリア、ガレス、そしてロキの三名は、固唾を呑んで「英雄の帰還報告」を待っていた。
「……さて、どこから話そうか」
フィンが淹れられたばかりの紅茶に口をつけ、乾いた喉を潤す。
その碧眼には、まだ深層の闇の色が微かに残っていた。
「まず、行程だ。僕たちは上層、中層での探索をほぼ放棄した。……『落下』したんだ」
「落下、じゃと?」
ガレスが太い眉を顰める。
「ああ。縦穴を見つけては飛び降り、アイズの風で着地し、また走る。フィーナの魔法で疲労を無限に回復させながら、ノンストップで深層まで駆け抜けた」
フィンは淡々と語るが、その内容は狂気の沙汰だった。
「37階層、『白の宮殿』に到達するまで、数時間。……通常の遠征なら二日はかかる道のりだ」
「……無茶苦茶やな」
ロキが呆れたように天井を仰ぐ。
「Lv.2のフィーナたんを連れて、その速度で深層入りか。心臓が破裂してもおかしないで」
「そして、階層主ウダイオスとの戦闘」
フィンはフィーナとアイズを見やった。
「僕が『魔人化』で暴走し、それをフィーナの魔法が強制解除した件はさっき話した通りだ。……だが、真に驚くべきは、その帰り道だ」
どうやら、フィン団長は、リヴェリア様達にレベルアップをした時の話をしていたようだ。
そんなことを考えていると、フィンの声色が、一段低くなる。
「18階層で、アレクト・ファミリアの団長と副団長……『ディース姉妹』に遭遇した」
「なっ……!?」
リヴェリアが絶句し、ガレスが身を乗り出した。
「あの双子か! Lv.5の第一級冒険者……しかも二人揃ってか!?」
「ああ。僕は消耗し、装備もボロボロ。対して向こうは万全。……絶体絶命だったよ」
フィンは自身の親指を撫でる。
「だが、勝った。……彼女たちが、勝たせてくれたんだ」
フィンは、その時の光景を詳細に語り始めた。
フィーナが囮となり、拷問を受けたこと。
その隙を突いて、アイズが『復讐姫』を発動させて魔法を使い、強烈な一撃を叩き込んだこと。
そして、半狂乱になった妹を、フィンが仕留めたこと。
「……Lv.3のアイズが、Lv.5を葬ったというのか」
ガレスが信じられないといった顔で呻く。
「ステイタスの差は絶対じゃ。それを覆すなど……」
「『比翼連理』と『復讐姫』の共鳴。そして……フィーナの献身だ」
フィンは悲痛な面持ちで、フィーナを見た。
「リヴェリア。君はフィーナの怪我を見て、不思議に思わなかったかい? 魔法が使える彼女が、なぜあれほどの傷を負い、出血していたのか」
「……まさか」
リヴェリアの翠の瞳が揺れる。
「ああ。彼女は、囮になったんだ。そして、最初から『目潰し』を狙っていたんだ」
室内が静まり返る。
フィンは、フィーナが行った狂気的な選択を、指揮官の視点で冷徹に、しかし敬意を込めて解説した。
「アイズもフィーナもLv.5の速度に、ステータスに対抗する術を持たない。普通に魔法を唱えれば、詠唱前に首を跳ねられて終わりだ。……だから、彼女はあえてディナを挑発して拷問を受けた」
「なっ……」
ロキが息を呑む。
「舌を噛み切り、口の中に血を溜め、敵が最も油断する至近距離まで引きつけた。……自分の体が切り刻まれる激痛に耐えながら、彼女はずっと、反撃の一瞬だけを待っていたんだ。口に溜まる血液で視力を奪うために… 」
フィンの言葉に、その場の全員が戦慄した。
Lv.2の少女が、Lv.5の快楽殺人者を相手に、痛みに耐え、死の恐怖に耐え、冷静に罠を張り続けたのだ。
それは勇気という言葉で飾るにはあまりにも凄惨で、狂気と呼ぶにはあまりにも理知的だった。
(……なんて子だ)
リヴェリアは口元を押さえた。
フィーナという少女の、愛らしさの裏にある底知れぬ「覚悟」に、恐怖すら覚えた。
「……それが、唯一の正解だった」
フィンは独白するように呟く。
「僕が助けに入れば、アイズもフィーナも守りきれずに全滅していただろう。Lv.2がLv.5に一矢報いる方法は、それしかなかった。……彼女は、盤上の駒として、自分自身を最も効果的に『消費』したんだ」
悔しさと、指揮官としての納得。
フィンはその両方を噛み締め、拳を握りしめた。
「……僕は、彼女に救われたんだ」
重苦しい沈黙の中、アイズがゆっくりと口を開いた。
その黄金の瞳は、真っ直ぐにフィーナを見つめている。
「……フィーナ」
「は、はい」
「もう、しないで」
アイズの声は震えていた。
「あんな、危ないこと。……自分を傷つけること。しないで」
それは、悲痛な願いだった。
フィーナの顔が歪む。アイズの願いを拒みたくはない。だが、嘘もつけない。
彼女は俯き、小さな声で、けれどはっきりと答えた。
「……約束は、できません」
「っ……」
「アイズさんに危険が及ぶなら……私は、何度でもやります。私の命で、アイズさんが助かるなら……迷わず差し出します」
その言葉は、純粋な愛であり、同時に重すぎる呪いだった。
アイズは唇を噛み締め、フィーナの肩を掴んだ。
「だめ。……私が守る。フィーナは、私が守るから」
「アイズさん……」
「……『アイズ』」
「え?」
フィーナが目を瞬かせる。
「『さん』はいらない。……アイズって、呼んで」
アイズは真剣な眼差しで、フィーナに迫った。
対等でいたい。守られるだけの存在ではなく、隣に立つ存在でありたい。
その意思表示だった。
「……あ、う……」
フィーナは顔を真っ赤にして、おずおずと口を開く。
「……あ、アイズ……?」
「……ん。フィーナ」
二人は見つめ合い、そして小さく微笑み合った。
その光景は、戦場での血生臭さを忘れさせるほどに尊く、美しかった。
「……はぁ」
ロキがわざとらしく大きなため息をついた。
「お熱いこっちゃ。見てられへんわ」
「全くだ。……だが、悪くない」
ガレスが髭を揺らして笑う。
「少し、依存が強すぎる気もするがな」
リヴェリアは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえたが、その表情は柔らかかった。
冒険の報告が終わり、場の空気が「過去」から「未来」へと切り替わる。
フィンが姿勢を正し、リヴェリアに向き直った。
「さて、リヴェリア。こちらの準備はどうなっている?」
「ああ。お前たちが地獄を巡っている間、こちらも動いていた」
リヴェリアは一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。
そこには、膨大な物資のリストと、流通経路が記されていた。
「まず、指示通りエリクサーと精神力回復薬(マインド・ポーション)の発注は完了した。……ファミリアの金庫は空に近いがな」
「構わない。必要な出費だ」
「ディアンケヒトには、『極秘任務での消耗』という名目で、市場価格の2.5倍で買い取ると持ちかけた。彼らは金に聡い。口外無用を条件に、在庫の全てを吐き出してくれたよ」
リヴェリアは淡々と報告する。
「ミアハ・ファミリアにも接触した。あそこは規模は小さいが、品質は確かだ。試作品も含め、特に精神力回復アイテムを根こそぎ確保した」
「流石だね。……他には?」
リヴェリアは、少しだけ得意げに口角を上げた。
「私なりの『対策』も進めている。……闇派閥の攻撃に備え、『黄昏の館』自体の防衛機能を強化した」
「防衛機能?」
「ああ。敵がアルフィアとザルドならば、正面突破もあり得る。そこで、ゴブニュ・ファミリアに依頼し、館の地下シェルターを拡張させている。今も工事中だ。非戦闘員の避難経路の確保と……もう一つ」
リヴェリアは指を立てた。
「『魔剣』の確保だ」
「魔剣……クロッゾのか?」
フィンが驚く。
「いや、クロッゾの魔剣は今は手に入らん。私が集めたのは、使い捨ての『即席魔剣』や、魔力を込めて爆発させる魔石製品だ。……質より量だ。敵の進軍を遅らせるための『地雷原』を作るつもりだ」
リヴェリアの瞳が鋭く光る。
「高貴なエルフの戦い方ではないかもしれんが……フィーナの話を聞いてな。綺麗事では守れないと悟ったよ」
リヴェリアの表情は悩み抜いた結果だと語っていた。同族の森を焼いた魔剣。そんなものに頼ることになると思っていなかった。だが、背に腹はかえられない。
「……ありがとう、リヴェリア」
フィンはリヴェリアの心境を理解し、深く頷いた。
「十分だ。これで、僕たちは戦える」
戦力、物資、そして覚悟。
全てのピースが揃いつつあった。
オラリオを揺るがす大抗争、『死の七日間』。
その幕開けは、もう目の前まで迫っていた。