もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。   作:匿名。

9 / 16
第9話

 フィン・ディムナは、窓の外に広がるオラリオの街並みを見下ろしていた。

 

 平和に見える風景。だが、その裏には腐敗と絶望が膿のように溜まっている。

 

 (……ギルドは動けない。いや、信用できない)

 

 フィンは親指を噛んだ。

 

 闇派閥(イヴィルス)の浸透力は凄まじい。ギルド内部、あるいは他の派閥にどれだけの「裏切り者」が潜んでいるか、誰にも判別できないのだ。

 

 迂闊に大規模な同盟を呼びかければ、情報が筒抜けになり、作戦開始前に瓦解するだろう。

 

 (信じられるのは、圧倒的な「個」を持ち、絶対的な統制が取れた派閥だけだ)

 

 策謀など通用しない、純粋な暴力の頂点。

 

 裏切りなど必要としない、絶対的な王者の群れ。

 

 「……フレイヤ・ファミリアしかない、か」

 

 戦場の原野(フォールクヴァング)。

 

 都市最強のLv.6、オッタルを擁し、多数のLv.5を抱える戦闘集団。

 

 彼らならば、内部にネズミが入り込む余地はない。美の女神の「魂を見る目」は、決して欺けず、美神の魅了からは何人たりとも逃れられない。フレイヤファミリアは、狂信者しかない。だからこそ信用ができる。

 

 「行くよ、リヴェリア、ガレス。……美神と猛者に会いに行く」

 

戦場の原野(フォールクヴァング)の正門。

 

 フィンが足を止めると同時に、門の奥から重厚なプレッシャーが膨れ上がった。

 

 岩山が動くような足音。

 

 現れたのは、猪人(ボアズ)の巨漢。オラリオ最強の冒険者、オッタル。

 

 「……何用だ、フィン・ディムナ」

 

 オッタルの声は低く、拒絶の意志に満ちていた。

 

 「我々は他派閥との馴れ合いを好まん。帰れ」

 

 「馴れ合いに来たわけじゃないよ、オッタル」

 

 フィンは一歩も引かず、Lv.6に昇華したばかりの覇気を隠そうともせずに返した。

 

 「フレイヤ様に取次を願いたい。オラリオの存亡に関わる話だ」

 

 「女神は戯言を聞くほど暇ではない」

 

 オッタルが背を向ける。

 

 交渉決裂かと思われたその時、フィンは静かに、しかし鋭利な言葉を放った。

 

 「……フレイヤ様の身に、危害が及ぶとしてもかい?」

 

 ピタリ、とオッタルの足が止まった。

 

 振り向いたその双眸には、明確な殺意が宿っていた。

 

 「……貴様、何を言った」

 

 「脅しじゃない。事実を伝えに来たんだ。……かつての『静寂』と『暴食』が、彼女の首を狙っていると言ったら?」

 

 オッタルの眉がピクリと動く。

 

 その二つ名は、彼にとって、決して無視できない重みを持っていた。

 

 数秒の沈黙の後、オッタルは鼻を鳴らした。

 

 「……ついてこい。女神が興味を示さねば、その首を置いていってもらう」

 

通されたのは、最上階の謁見の間。

 

 豪奢なカウチに身を預け、銀色の髪を揺らす美の女神フレイヤ。

 

 その傍らには、オッタルが彫像のように控えている。

 

 さらに、部屋の隅にはもう一人。

 

 酒場の女将のような格好をした、ドワーフの巨女。元フレイヤ・ファミリア団長、ミア・グランドも呼び出されていた。

 

 「あら、勇者。わたしに何の用かしら? 退屈な話なら、すぐに帰ってもらうわ。」

 

 フレイヤは妖艶に微笑むが、その銀色の瞳はフィンの魂の底まで見透かすように輝いている。

 

 「単刀直入に言います、フレイヤ様」

 

 フィンは恭しく礼を取り、そして告げた。

 

 「闇派閥が、総力戦を仕掛けてきます。……敵の将は、アルフィアとザルドです」

 

 「――ッ!?」

 

 ミアが目を見開き、手に持っていた酒瓶を取り落としそうになる。

 

 オッタルの顔が強張る。

 

 そしてフレイヤの瞳から、退屈の色が消え失せた。

 

 「アルフィア……それに、ザルドだって?」

 

 ミアが唸るように問う。

 

 「それは確かかい? あの化け物どもは死んだはずだよ」

 

 「僕の団員が接触しました。……間違いない、本物です」

 

 フィンの言葉に、室内の温度が数度下がった。

 

 ゼウス・ヘラ時代の悪夢。神すらも戦慄させた才能の塊。

 

 「……なるほど。それで、わたしたちに助けを求めに来たのね?」

 

 フレイヤが扇で口元を隠す。

 

 「でも、ロキ・ファミリアも随分と大きくなったでしょう? 自分たちだけでなんとかできないのかしら。」

 

 試すような視線。

 

 フィンは、ここでカードを切った。

 

 スゥッ、と自身のステイタスを解放する。

 

 「……!」

 

 オッタルが反応し、ミアが口笛を吹く。

 

 Lv.6。

 

 都市最強であるオッタルと並ぶ、高みへの到達。

 

 「僕はLv.6に至りました。……それでも、勝てないと判断しました。フレイヤファミリアが全面的に協力してくれてようやく勝利の可能性が僅かながらに出てくる。僕はそう考えています」

 

 フィンは己のプライドを捨て、事実のみを突きつける。

 

 「僕がLv.6になっても尚、勝率が見えない。それほどの相手です。……このオラリオで、彼らに対抗する上で、貴女の眷属の力は絶対に必要です。」

 

 「……ふふ、あはははは!」

 

 フレイヤが高笑いした。

 

 「ごめんなさい、冗談よ。私たちもヘラのファミリアには因縁があるもの。その強さも十分に知っているわ。それに、あのフィン・ディムナがここまで言うのなら、今回はよほどの事態なのでしょうね」

 

 フレイヤは立ち上がり、扇を閉じた。

 

 「同盟を結びましょう。……条件は?」

 

 「ゼウスとヘラの生き残りをオラリオから追い出すまでの全面的な協力です。」

 

 フィンは事前に練り上げた策を提示する。

 

 「ロキ・フレイヤファミリアで協力して、アルフィア、ザルドを打ち取ります。ザルドはオッタルに、アルフィアは、ロキ・フレイヤファミリアの少数精鋭で討ち取ります。」

 

 「……悪くない」

 

 オッタルがニヤリと笑う。

 

 「よかろう」

 

 オッタルが重々しく頷く。

 

 「ザルドの相手、不足はない」

 

 「さらに、一時的な相互不可侵および、後方支援の共有、ホームの共有をお願いしたい。……こちらのファミリアには、極めて優秀な『治癒師』がいます。貴女の眷属が傷ついた際、無償で治療を引き受けます」

 

 「へえ?」

 

 フレイヤが目を細める。ロキ・ファミリアが秘匿している「何か」に勘づいたようだ。

 

 「いいわ。その代わり、こちらの施設も開放しましょう。……面白い宴になりそうね」

 

 こうして、二大派閥による一時的な同盟が成立した。

 

 ギルドすら通さない、神と英雄たちだけの密約。

 

 オラリオを守る最後の防波堤が築かれた瞬間だった。

 

一方、黄昏の館。

 

 リヴェリアによって特別に用意された、防音結界と強度が施された地下訓練室。

 

 そこで行われていたのは、訓練という名の殺し合いだった。あまりの凄惨さ故に、フィンを含めた幹部達が、他の団員に見せるのを躊躇したのである。

 

 ガギィンッ!!

 

 火花が散る。

 

 アイズの剣が、フィーナのレイピアを弾き飛ばし、そのまま肩口へと深々と突き刺さる。

 

 骨が砕ける音。

 

 「――ぐっ、ぅ……!」

 

 「……ッ!」

 

 普通なら即座に戦闘不能になるダメージ。

 

 だが、フィーナは倒れない。

 

 「【謳え……】!」

 

 剣戟の最中、呼吸をするように自然な並行詠唱。

 

 「【ディア・リヴィーレ】!」

 

 光が溢れ、肩の傷が瞬時に塞がる。

 

 フィーナはアイズの剣を弾き返し、懐に飛び込んで細剣を振るう。

 

 シュッ!

 

 アイズの頬が切れ、血が流れる。

 

 「……ははっ」

 

 「……ふふ」

 

 血飛沫の中で、二人の少女は笑っていた。

 

 狂気。

 

 端から見ればそう映るだろう。だが、彼女たちにとっては、これが「安らぎ」だった。

 

 痛みこそが、生きている実感。

 

 傷つけ合い、治し合うことこそが、互いの存在を確認する儀式。

 

 「……また、速くなった」

 

 アイズが嬉しそうに呟く。

 

 「アイズこそ……一撃が重いよ」

 

 フィーナも、血を拭いながら微笑む。

 

 深層遠征を経て、二人のレベルは上がった。

 

 Lv.3とLv.4。

 

 急激に向上した身体能力(ステイタス)に感覚を追いつかせるため、彼女たちは限界を超えた負荷を掛け合っていた。

 

 フィーナの『並行詠唱』は、もはや芸術の域に達していた。

 

 回避行動、攻撃、防御。あらゆる動作の中に詠唱を織り交ぜ、被弾した瞬間に回復魔法を発動させる「超高速範囲再生」。フィーナ自身が被弾しても、アイズが被弾しても即座に魔法を発動する。

 

 『魔法待機』の技術も完成し、常に魔法を留めたまま剣を振るうことができる。

 

 (……足りない。もっと、もっと強く)

 

 フィーナの脳裏には、ディナに拷問された記憶よりも、アイズを守れなかった悔しさが焼き付いている。

 

 もう二度と、あんな思いはしたくない。

 

 そのためなら、体がいくつあっても足りない。

 

 「……ロキに、更新頼もう」

 

 アイズが提案する。

 

 「うん。……また、伸びているはずだね」

 

 二人の異常な成長欲求は、留まるところを知らなかった。

 

ロキの私室。

 

 血の匂いを纏わせてやってきた二人を迎え、ロキは苦笑いを浮かべた。

 

 「……またか。あんたら、リヴェリアママに怒られるで?」

 

 「大丈夫。……リヴェリア、忙しいから」

 

 「バレなきゃ平気です」

 

 悪びれもせず背中を出す二人に、ロキはため息をつきつつも、針を走らせる。

 

 その指先から伝わるのは、二人の肌の熱と、異常なほどの「命の奔流」。

 

 「……はい、終わり」

 

 更新されたステイタスを見て、ロキは目を丸くした。

 

 たった数時間の訓練で、またアビリティが十単位で上昇している。

 

 フィーナは、魔力と耐久が、アイズは耐久と俊敏が中心に上がっていた。

 

 「ええか、二人とも」

 

 ロキは羊皮紙を渡しながら、真剣な顔で告げた。

 

 「強なんのはええことや。せやけどな……壊れるなよ」

 

 ロキの手が、二人の頭に置かれる。

 

 「ウチにとって、二人は自慢の娘や。……道具やない。そこだけは、忘れたらアカンで」

 

 「……ん。わかってる」

 

 「ありがとうございます、ロキ様」

 

 二人は神妙に頷くが、その瞳の奥にある「昏い炎」が消えていないことを、ロキは知っていた。

 

 それでも、今はその炎に頼るしかない。

 

 来るべき決戦の時まで、この檻の中で修羅を飼い慣らすしかないのだ。

 

 「……ま、精々励みや。ご褒美くらいは、弾んだるからな」

 

 ロキはひらひらと手を振り、二人を送り出した。

 

 扉が閉まった後、ロキは一人、窓の外の暗い空を見上げた。

 

 「……頼むで、フィン。こいつらが笑って暮らせる未来、掴み取ってくれよ」

 

夜の帳が下りたオラリオの暗がりで、また一つ、悪意の灯が消えた。

 

 「これで…… 終わり」

 

 路地裏に、冷徹な声が響く。

 

 アイズが剣を振り払うと、石畳に赤い線が描かれた。

 

 足元には、闇派閥(イヴィルス)の構成員と思しき男たちが、物言わぬ骸となって転がっている。

 

 抵抗する間もなく、急所を一撃で貫かれた即死だった。

 

 「行こう、アイズ。次の反応があるから」

 

 フィーナが感情のない瞳で告げる。フィーナのスキルが直感的に近くにいる復讐相手の位置を教えてくれる。

 

 彼女たちはこの数日、ダンジョンでのステイタス調整の合間を縫って、地上に潜伏する闇派閥の「掃除」を行っていた。

 

 それは、来るべき大抗争の前に少しでも敵戦力を削ぐための、極めて効率的で、残酷な狩りだった。

 

 「――待ちなさい!」

 

 凛とした声が、二人の背中を打つ。

 

 屋根の上から舞い降りたのは、星の紋章を掲げる正義の眷属たち。

 

 アストレア・ファミリアのリュー・リオン、そしてアリーゼ・ローヴェルだ。

 

 「また貴方たちですか……!」

 

 リューが惨状を見て、悲痛な顔で睨みつける。

 

 「彼らはまだ、尋問の余地があったかもしれない。法で裁くべき罪人だったかもしれない。……それを、こうもモンスターのように!」

 

 「尋問している時間はありません」

 

 フィーナは振り返りもせずに答える。

 

 「彼らは武器を持っていた。殺意を持っていた。……私たちが殺さなければ、明日、誰か一般人が殺されていたかもしれない。それが現実です」

 

 「それは可能性の話だ! 確定していない未来を理由に、殺戮を正当化することはできない!」

 

 リューが激昂する。

 

 だが、フィーナとアイズは足を止めない。

 

 「……邪魔をしないでください。私たちには、時間がないんです」

 

 拒絶。

 

 かつて共闘した絆すら断ち切るような冷たさに、アリーゼは言葉を失った。

 

 翌日、アストレア・ファミリアはギルドを通じてロキ・ファミリアに抗議を行った。

 

 だが、返ってきたのはフィン・ディムナからの「黙殺」に近い回答だった。

 

 『彼女たちの行動は、ファミリアとして容認している。今のオラリオに必要なのは、即効性のある治安維持だ』

 

 その言葉に、アリーゼたちは衝撃を受けた。

 

 「あのフィンが……秩序を重んじる彼が、あんな独断専行を許すなんて」

 

 『星屑の庭』の会議室で、アリーゼは机に突っ伏した。

 

 「おかしいわ」

 

 カグヤが扇子を閉じる。

 

 「ここ最近のロキ・ファミリア、それにフレイヤ・ファミリアの動き……きな臭すぎる」

 

 彼女たちの違和感は、確信へと変わりつつあった。

 

 市場から消えた回復アイテム。

 

 厳重に閉ざされたロキ・フレイヤファミリアの拠点。

 

 そして何より、数日前に目撃した、深層から帰還した直後のフィン、フィーナ、アイズの異様な姿。

 

 「あの時、彼らは確かに『死地』から帰ってきた顔をしていた」

 

 アリーゼが顔を上げる。

 

 「彼らは何かを知っている。私たちにも言えない、とてつもなく悪い何かを……そして、それに対して独自に動いている」

 

 「……私たちでは、力不足だということでしょうか」

 

 リューが唇を噛む。

 

 正義を掲げる彼女たちが、蚊帳の外に置かれている。

 

 それは、オラリオの情勢が「正義」や「理想」ではどうにもならない局面に突入していることを示唆していた。

 

 「……嫌な予感がする。この街の空気が、腐っていくような……」

 

 アリーゼの呟きは、重く室内に沈殿した。

 

 黄昏の館、団長執務室。

 

 フィンは、ガレスから報告された「盗難品リスト」を睨みつけていた。

 

 「……『魔石撃鉄装置』が数百個、消失」

 

 武器にもならない、単なる点火装置。

 

 だが、フィンの脳裏に、フィーナの過去の行動が鮮烈に蘇る。

 

 火炎石を口に詰め込み、衝撃を与えて爆殺したという凄惨な復讐劇。

 

 「……そうか」

 

 点と点が繋がる。

 

 火炎石。そして、起爆装置。

 

 「彼らは、爆弾を作っている」

 

 フィンは戦慄した。

 

 敵は、アルフィアやザルドという最強の戦力を持ちながら、なお搦手(からめて)を用意している。

 

 狙いは明白だ。

 

 混乱に乗じて、各ファミリアの本拠地(ホーム)を爆破し、主神を強制送還させるテロリズム。

 

 「ホームに籠もっているのは危険だ。……やはり、打って出る必要がある」

 

 フィンは立ち上がる。

 

 「行くよ。……『戦場の原野(フォールクヴァング)』へ」

 

 フレイヤ・ファミリアの本拠地、『戦場の原野』。

 

 その練武場には、張り詰めた殺気が充満していた。

 

 「……ほう。賑やかだなフィン」

 

 腕を組み、仁王立ちで待ち構えていたのは、都市最強の冒険者オッタル。

 

 その背後には、アレン、ヘディン、ヘグニといったLv.5の精鋭たちが、値踏みするような視線を向けている。

 

 「稽古をつけてもらいたくてね。……僕と、この子たちに」

 

 フィンが示したのは、フードを目深に被ったフィーナとアイズだ。

 

 「Lv.2と3の小娘にか? 冗談はよせ」

 

 アレン・フローメルが鼻で笑う。「足手まといを連れてくるな」

 

 「足手まといかどうか、試してみるといい」

 

 フィンが静かに挑発する。

 

 「それに、彼女を紹介しておきたくてね。……フィーナ・アルジス。オラリオで唯一、君たちの無茶な訓練に付き合える『ヒーラー』だ」

 

 「ヒーラーだと?」

 

 オッタルが眉を動かす。

 

 フレイヤ・ファミリアにおいて、回復役は軽視されがちだ。彼らの信条は、傷つく前に殺すこと、あるいは傷ついても殺すことだからだ。

 

  「始めようか。オッタル」

 

 「……よかろう。死んでも恨むな」

 

 オッタルが大剣を引き抜く。その一動作だけで、空気が重く震える。

 

 対するフィンは、愛槍を構え、Lv.6に至ったばかりの闘気を静かに練り上げた。

 

 一方、その横では別のカードが組まれていた。

 

 「アレンさん、私たちもお願いします」

 

 フィーナが丁寧に、しかし決して引かない瞳で頭を下げる。

 

 その隣で、アイズが『デスペレート』を抜いた。

 

 対峙するのは、猫人(キャットピープル)の青年。

 

 『女神の戦車(ヴァナ・フレイア)』の異名を持つ、都市最速の冒険者アレン・フローメル。

 

 「……チッ、雑魚の相手かよ。くだらねェ」

 

 アレンは不機嫌そうに槍を回し、吐き捨てた。

 

 「おい、足手まとい共。俺の視界に入るな。秒で終わらせてやる」

 

 「……いきます!」

 

 開戦。

 

 ドォォォォォンッ!!

 

 オッタルの一撃が炸裂する。

 

 それは単なる斬撃ではない。質量を伴った暴風だ。

 

 フィンはその剛剣を正面から受けず、槍の腹で滑らせ、いなす。

 

 「流石に重いね……!」

 

 Lv.6になったフィンでさえ、Lv.6上位のオッタルの膂力(りょりょく)には押される。だが、小人族(パルゥム)特有の敏捷性と、長年の経験が拮抗状態を作り出す。

 

 しかし、もう一つの戦場は一方的だった。

 

 「――消えろ」

 

 アレンが姿を消した。

 

 魔法もスキルも使っていない。純粋な脚力だけの「消失」。

 

 「ッ!?」

 

 アイズが反応する間もなく、横腹に衝撃が走った。

 

 「がっ……!」

 

 蹴り飛ばされたアイズが壁に激突する。

 

 「遅いんだよ、ゴミが」

 

 アレンは既にフィーナの背後にいた。

 

 槍の石突きが、フィーナの背骨を砕かんばかりの勢いで叩き込まれる。

 

 「ぐ、ぅ……!」

 

 一瞬で勝負あり。

 

 Lv.2と3の冒険者が、Lv.5の「最速」に対応できるはずがない。誰もがそう思った。

 

 だが。

 

 「【癒えよ】!」

 

 「……シッ!」

 

 吹き飛ばされたはずのアイズが、壁を蹴って即座に切り返してくる。

 

 背骨を折られたはずのフィーナが、痛みの残滓すら見せずにアレンの足元へ滑り込み、斬撃を見舞う。

 

 「……あァ?」

 

 アレンが鬱陶しそうにバックステップで回避する。

 

 その猫のような瞳が、怪訝に細められた。

 

 (今の感触……確実に骨数本はイッたはずだ。なんで動ける?)

 

 アレンは二人を再評価する。

 動きのキレ。反応速度。そして、放たれるプレッシャー。

 

 「……テメェら、ステイタス隠蔽してやがったな?」

 

 アレンが低い声で唸る。

 

 「Lv.2と3じゃねェ。……Lv.3と4か」

 

 「……バレましたか」

 

 フィーナが血を拭いながら立ち上がる。

 

 「でも、まだ届かない。……アイズ、お願いします」

 

 「……ん!」

 

 アイズが詠唱する。

 

 「【風よ(エアリエル)】!」

 

 風の鎧を纏い、アイズの速度が跳ね上がる。

 

 「チッ、調子に乗るなよ!」

 

 アレンが激昂する。

 

 格下の小娘に手こずること自体が、彼のプライドを傷つけた。

 

 「【グラリネーゼ・フローメル】!!」

 

 魔法発動。

 

 アレンの姿が、今度こそ完全に認識の外へと消えた。

 

 音速の領域。

 

 アイズの風すら置き去りにする超高速の連撃が、二人を襲う。

 

 ザシュッ! ドカッ! バキィッ!

 

 「ぐあぁッ!」

 

 「きゃぁッ!」

 

 斬られ、突かれ、蹴られる。

 

 防御など意味を成さない。肉が裂け、鮮血が舞う。

 

 手加減されているとはいえ、Lv.5の本気の速度は暴力そのものだ。

 

 腕が折れ、足が曲がり、普通ならショック死しかねない重傷。

 

 それを見ていたヘディン・セルランドが、眼鏡を押し上げて冷酷に呟く。

 

 「……終わりだな。身の程知らずが」

 

 しかし。

 

 「【ディア・リヴィーレ】!」

 

 閃光。

 

 フィーナを中心に光が弾けると、二人の体が巻き戻るように修復される。

 

 折れた腕が繋がり、裂けた肉が塞がる。

 

 0.1秒のラグもない、即時全快。

 

 「……は?」

 

 ヘディンの動きが止まる。

 

 「なんだ、あの魔法は。詠唱破棄いや、魔法の待機か… 。だが、あの回復量は… 」

 

 「まだまだですッ!」

 

 フィーナが叫び、完治したばかりの体でアレンに突っ込む。

 

 それを囮に、アイズが風を纏った一撃を放つ。

 

 「しつけェぞ!!」

 

 アレンが槍で薙ぎ払う。また二人が吹き飛ぶ。また骨が砕ける。

 

 だが、着地する頃には治っている。

 

 無限ループ。

 

 痛みを感じていないわけではない。脂汗を流し、苦悶の表情を浮かべている。

 

 だが、心が折れていない。

 

 「治せば戦える」という狂気的な前提のもと、彼女たちは何度でも死の淵から蘇り、食らいついていく。

 

 「……連携の精度が上がっている」

 

 黒エルフのヘグニが、ボソリと呟いた。

 

 「最初は目で追えていなかったが……今は『予測』して動いている。あの回復役(フィーナ)が司令塔となり、剣姫を誘導しているのか」

 

 フィーナが被弾覚悟でアレンの進路を限定し、そこにアイズが最高火力を叩き込む。

 

 その呼吸は、フレイヤ・ファミリアの連携すら凌駕するほどの「阿吽」の領域。 

 

 「……チッ、うぜェ!!」

 

 アレンの槍がかすり、頬に血が滲む。

 

 Lv.4とLv.3に、Lv.5の自分が傷つけられた。

 

 アレンの殺気が膨れ上がる。

 

 「そこまでだ、馬鹿猫」

 

 鋭い声が、暴走しかけたアレンを止めた。

 

 参謀、ヘディンだ。

 

 「……あァ? 邪魔すんじゃねェ、ヘディン」

 

 「これ以上は時間の無駄だ。それに……見ろ」

 

 ヘディンが指差した先。

 

 フィーナは、荒い息を吐きながら、魔法を放っていた。

 

 自分たちにではない。

 

 傷を負ったフィンと傷を負ったオッタルへ。そして、かすり傷を負ったアレンへ向けて。

 

 「【癒えよ】」

 

 光が、オッタルの傷を、アレンの頬の傷を癒やす。

 

 敵味方関係なく、その場にいる全員のコンディションを維持し、訓練を続行させるための回復。

 

 「……あいつ、俺まで治しやがったのか」

 

 アレンが毒気を抜かれたように槍を下ろす。

 

 ヘディンは、フィーナを冷徹な瞳で評価した。

 

 「フィンが連れてきた理由は理解した。……この回復魔法と、異常なまでの精神力。我々の戦場において、極めて有用な『駒』となる」

 

 フレイヤ・ファミリアは、個の力が強すぎるがゆえに、ヒーラーは軽視されがちだ。

 

 だが、フィーナがいれば、彼らは防御を完全に捨てて、100%以上の出力で暴れ続けることができる。

 

 「使える駒」としての認定。

 

 「……はぁ、はぁ。ありがとうございました」

 

 フィーナとアイズが、深々と頭を下げる。

 

 ボロボロの服、汗と血に塗れた肌。だが、その表情は晴れやかだった。

 

 フィンもまた、オッタルに一礼する。

 

 「いい稽古だった。やはり、君は強いね」

 

 「……小細工ばかり上手くなりおって」

 

 オッタルは鼻を鳴らしたが、その表情には微かな満足感があった。

 

 訓練の後、汗を拭う間もなく、フィンとオッタルは正装に着替えた。

 

 「行くぞ、フィン」

 

 「ああ。ギルドからの呼び出しだね」

 

 二人の顔つきが、冒険者から「長」のものへと変わる。

 

 ギルド本部にて、緊急の会議が招集されていた。

 

 議題は一つ。

 

 「闇派閥(イヴィルス)の、新たな潜伏場所が特定された」

 

 その情報は、アストレア・ファミリアの決死の捜索と、ロキ・ファミリアが集めた「盗まれた部品」の流通経路から導き出されたものだった。

 

 決戦の地が決まる。

 

 爆弾の脅威、そして最強の幹部たちが待ち受ける死地へ。

 

 フィンは、フィーナとアイズの方を振り返り、小さく頷いた。

 

 (準備は整った。……あとは、やるだけだ)

 

 オラリオの命運を賭けた会議が、始まろうとしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。