黄金寓話   作:いなほみのる

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第14話 忌真反璞─肆─

 直哉は、その眼差しを憶えている。

 こちらのことを路傍の石としか看做していない、怜悧な視線。忘れるはずがない。あの時直哉は、己の罪を思い知ったのだから。

 

「───」

「驚きました、ここまで素早い相手は久しぶりです」

 

 直哉はマハトへ一心不乱に拳を振るう。術式により加速した拳だ。1級術師相当の実力者であれどまともに対処することが困難であるはずの速攻。

 マハトはそれを、余裕気に捌き続けている。

 

 東京でこの呪霊を一目見た時から、直哉は苛立ちを募らせていた。

 呪霊が直哉を見る眼差しには既視感があったから。直哉が辿り着けない強者のそれに酷似していたから。

 

 だから直哉は、呪霊に対して。

 禪院家が産んだ鬼人、禪院甚爾の姿をつい重ねてしまっていた。

 

「この妙な感覚、術式を使っていますね」

 

 直哉の術式『投射呪法』は1秒を24分割、己の視界を画角とし、あらかじめ画角内で作った動きを後追い(トレース)する。術式発動中直哉の掌に触れられた者も1/24秒で動きを作らねばならず、動きが作れなかった、あるいは不自然な動きを作った場合1秒間フリーズする。このフリーズは直哉自身も対象であり、それ故過度に物理法則や軌道を無視した動きを『投射呪法』で作ることはできない。

 つまりは、フリーズしない範囲であれば物理法則や軌道を無視した動きを作れるということ。

 

 これを応用することで『投射呪法』は直哉に他の追随を許さない速度を与える。掌の接触による他者への術式の適用も併せれば、相手は訳も分からずひたすら直哉に殴られ続けることになるだろう。

 

 しかし直哉は、現状一度もマハトに掌で触れられていない。

 

「そう焦らないでください、直哉様」

 

 直哉の速度は、確かにマハトのそれを凌駕している。

 だというのにまるで拳を当てられず、掌で触れる隙すら作れない。恐らくは戦闘経験の差だ。マハトはこの短時間で直哉の動きを見切り始めている。どれだけ速い攻撃も、事前に動きを読まれてしまっては意味がない。

 顔に汗の伝う直哉。不味い、このまま食い下がられては。

 

「逸り過ぎては、動きに隙が生まれてしまいます」

 

 直哉の猛攻を潜り抜け、左肩にマハトの剣が迫る。ごり、と肉を抉り始める。

 即座に直哉は軌道を修正し、マハトから身を引き距離を取った。どくどくと左肩から漏れる血が服に滲む。直哉は剣に付いた血を払うマハトを睨んだ。

 一瞬でも判断が遅れていれば、直哉の左腕は落ちていた。

 

「見事な身のこなしですね。これで決着のつもりだったのですが」

「チィ゙ッ」

 

 舌打ちを一つ。直哉は再び加速を始める。

 

 直哉は、呪霊の強さそのものは認めている。

 彼が苛立っているのは、呪霊の振る舞いに対してだ。

 何故、これだけの力量を有していながら人間に媚びへつらうような態度を取るのか。何故、直哉が望んでやまない強さを持ちながらそれに枷を科すような真似をするのか。何故、よりにもよって偽物である真希(おんな)の三歩後ろを歩いているのか。

 ()()()()とはとても思えないその素行が、直哉を堪らなく腹立たせるのだ。

 

「成る程」

 

 周囲を駆け続ける直哉を見て、マハトは楽しそうに笑った。

 直哉の動きが完全に見切られるのは時間の問題だ。この呪霊相手に長期戦は不利と直哉は判断した。そもそも呪霊に直哉をいつでも殺す術式(しゅだん)がある以上、じわじわと呪霊の呪力を削るようなやり方は下策でしかない。

 ならばどうするか。

 

「限界まで速度を上げるおつもりですね」

 

 投射呪法は過度に物理法則や軌道を無視した動きは作れない。同じく速度も術式発動時の加速度には上限がある。

 逆に絶えず術式を重ねれば重ねる程、出せる速度は上がっていく。

 

 力は重さと速さ。

 最高速度で、術式を発動する暇もなく粉々にする。

 

「面白い、正面から受けて立ちましょう」

 

 マハトは、黄金の剣を低く構えた。さながら、腰に差す刀を手に持つような仕草。

 これは、この構えは。

 

「『簡易領域』」

「!!」

 

 それは、文字通りの簡易的な領域。マハトは自身の周囲に『簡易領域』を展開することで、全自動(フルオート)反射で領域内に侵入した直哉へカウンターを決めるつもりなのだ。

 "領域"から身を守るための弱者の"領域"であるはずのそれを、強者たるマハトが行使する理不尽。そもそも『簡易領域』を扱うシン・陰流は、縛りによりこの技術を故意に門外へ伝えることを禁じている。一体どうやって、呪霊であるマハトが会得したというのか。

 

 疑問は尽きないが、直哉のやることは変わらない。

 

───真っ向勝負にて、マハトを一撃で殺す。

 

 既に『簡易領域』を展開しているマハトに、フリーズを誘発させるため掌で触れようとするのは現実的ではない。

 必要なのものは拳のみ。トップスピードに──亜音速を超えるに至った直哉は、真っ直ぐにマハトへと突っ込んでいく。拳を振るわんと肉迫する。

 やがて。

 

 

 

 一秒にも満たない間隙の中、拳と剣が交錯した。

 

 

 

 その直後。

 直哉の視界に噴出する血が映りこむ。直哉に生じる鋭い痛み。直哉の視界が揺れ、すぐに痛みの原因を捉えた。

 左腕が、肩の付け根から抉り取られている。

 

「今度こそ、決着です」

 

 背後から聞こえる声に咄嗟に構えを取ろうとして、直哉はその足をふらつかせた。身体の重心がズレている。左腕を失っただけで、ここまで調子が狂うものなのか。

 

「…直哉様、まだ間に合います。禪院家の企みをお教え下さい」

「フ──ッ…フ──ッ…」

 

 いや、左腕だけではない。

 恐らく肺の辺りまでマハトの剣が届いていたのだろう。呼吸が上手く出来ないし、出血の勢いが止まらない。この傷を放置すれば、直哉は死ぬ。じわじわと遠のく意識がそれの何よりの証明に思えた。

 おぼつかない動きで、マハトへと振り返った直哉。彼の姿を見て、直哉はその顔を歪めた。

 

「クッ、クックッ」

 

 直哉は嗤っていた。安堵したかのように頬を緩め、マハトを嘲笑っていた。

 

「何や、一撃貰とるやんけ」

 

 マハトの左腕、その肘から先が消失している。直哉の拳が当たっていたのだ。

 直哉と違い、マハトは呪霊だ。呪力で肉体を治癒できる以上、この傷が致命傷となることはない。現に今、ぼこぼこと音を立ててマハトの左腕は再生を始めていた。

 

 それでも、一撃は一撃だ。

 甚爾ならば、五条ならば、油断して直哉の拳を受ける真似などしない。そう直哉は盲信している。やはり、マハトは彼らとは違う。

 

「偽物、がぁ…!」

 

 直哉は自身の懐に手を突っ込み、乱暴にまさぐる。背後へ倒れこむようにマハトから距離を取る。

 今の直哉では術式で先ほどまでのような速度を出せない。そもそも出血が重なり、まともに呪力すら練れなくなってきているのだ。マハトもそれを理解しているのか、不審気な表情をしつつもよろめく直哉をただ見つめている。

 だから。

 

「オマエに俺は、殺れへんぞ……!!」

 

 直哉は短刀を取り出し、迷いなく己が喉元へと突き立てた。

 自ら、その命を絶つことを選択したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マハト、直哉は」

「申し訳ありません、私の申し出は拒否されてしまいました」

「…そうか、アイツも死んだんだな」

 

 忌庫に戻ってきたマハトは、沈痛そうな面持ちで禪院真希に謝罪をしていた。

 マハトが直哉から情報を絞れなかった。その事実は真希にとってそう驚くべきものではなかった。何せあの直哉だ。外様の、それも呪霊の言葉など素直に従う訳がない。

 

 そもそも真希は、直哉が扇たちをけしかけたというマハトの主張には懐疑的な立場だった。

 直哉は真希にだけではなく、ほとんどの禪院家の人間に対して人を食ったような態度を取っている。それ故に人望は皆無。他者と群れることをしないし、直哉と群れようとする他者もいない。直哉はある種禪院家の中で浮いていた人間だった。

 直哉が扇や甚壱に指示しているのではなく、扇や甚壱の指示に直哉が従っていないだけだと真希は考えていた。

 

 しかしながら、これは経験則のようなもの。マハトを説得する根拠としては弱いものであるし、そもそも扇や甚壱は既に物言わぬ黄金像と化してしまっている。

 それ故に、真希はマハトが直哉の元に向かうのをただ見届けたのだ。

 

「真依様の容態は如何ですか」

「応急処置はしたし、ひとまずは大丈夫だ」

 

 真希は忌庫に残り、真依の手当をしていた。

 そこいらの物は全て黄金に代わっていたため本当に最低限の処置しかできていないが、これで真依が命を落とすことはなくなっただろう。

 座り込む真希の目の前で横たわる真依。彼女は真希を見上げ、ゆっくりと口を開いた。

 

「これから、どうするの?」

 

 その問いは、奇しくも忌庫に来る前に直哉に投げかけられたものと同じだった。

 

「高専に戻って、硝子サンにオマエのことを診てもらう。話はそれからだ」

「そういうことじゃ」

「そういうことで合ってるんだよ、真依」

 

 交流会の時から真希は、己ら姉妹のどう在るべきだったかについて考えていた。

 真依が言うように、一緒に落ちぶれることが真希と真依にとっての正解だったのではないかと。真希と真依が高専に来る意味も意義も、ありはしなかったのではないかと。

 けれど。

 

「今の私達には、落ちぶれる場所だって残っていない。完全にぶっ壊れちまったからな」

「だから」

「壊れたのなら、新しく探せばいい」

 

 雁という渡り鳥は、最適な住処を探すために海をも渡り超えると言う。

 真希と真依も同じことをすればいい、そう真希は思うのだ。

 

「高専でも、高専じゃなくてもいい。私達が私達でいられる場所を探そう」

「そんなところ、本当に見つかるの?」

「一緒に、見つかるまで探すんだ」

 

 真希は真依をじっと見つめていた。真依はしばらく思案気に瞳を泳がせていたが、やがて観念したように乾いた笑みを漏らした。

 

「ほんと、能天気過ぎて嫌になるわ。そんなだから家も出れるんでしょうね」

「んだよ、仕方ないだろ」

 

 仰向けのまま、真依は天井を見上げていた。

 

「良いわよ、アンタの夢物語に付き合ってあげる」

 

 彼女の言葉に、真希は柔らかく笑った。糸が解れたように、くしゃくしゃとその表情を崩した。

 

「ありがとう、真依」

「気色悪いわね、礼なんていらわないわよ。私はアンタの妹だもの」

 

 おずおずと、真依が真希へと手を伸ばす。その意図を汲み、真希は彼女の腕を肩に回した。

 ゆっくりと。

 共に立ち上がる。

 

「私、東京は嫌よ。アンタの後輩生意気だし」

「野薔薇のことか? アイツ今危篤状態だぞ」

「………そういうことは先に言いなさいよ」

 

 まだぎこちないながらも、真希と真依は忌庫の外に歩み出した。ずっと黄金の床に座っていたからだろう、臀部がじんじんと痛む。真希と真依を追いかけるようにしてマハトも無言で歩き出した。

 真希は振り返らず、背後のマハトへと告げた。

 

「ありがとうな、マハト」




次回の更新は3月19日(木)0時の予定です
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