黄金寓話   作:いなほみのる

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第15話 忌真反璞─伍─

 加茂憲紀は、聞いてしまった。

 

「全く、マハトは何をしている。所詮は呪霊か」

 

 150年程前を彷徨っている、四乃の言葉を。

 彼女の言葉の意味を、理解してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ。私はかつて、加茂家で呪術指南役を務めていました」

 

 あっけからんと、マハトは憲紀の問いにそう答えた。

 彼の表情に焦りや動揺は見られない。憲紀たちにこの事実を口にしても問題ないと彼は判断しているのだ。

 

「実に懐かしい。四乃様はお変わりないですか?」

「……何故だ」

 

 150年程前、加茂憲倫が加茂家当主であった頃、マハトは加茂家に仕えていた。

 それは即ち、マハトと羂索に関わりがあった可能性が極めて高いということ。日本全土を混沌に陥れた、憲紀たちの倒すべき敵と繋がりがあるかもしれないということ。

 

「私達にそれを開示する意味を、分かっているのか」

 

 己の術式で体内の血の巡りを速める。今この瞬間に、マハトは憲紀たちに襲い掛かってくるかもしれない。マハトの一挙手一投足を見逃さぬよう目にその能力(ちから)を集中させる。

 憲紀の警戒をマハトはまるで気にしていない。ただたおやかに笑っていた。

 

「そんな顔をしないでください、憲紀様。憲倫様と私の動向は天元様も把握しています」

「…真希」

「私らは聞いてないぞ」

「失礼いたしました。てっきり真希様達にも共有されているものだと」

 

 憲紀に頭を下げるマハト。歪な角の生えたその頭部を、憲紀は険しい表情で睨みつけている。

 

「悠仁様の側にいるため、私は憲倫様とは既に袂を分かっています」

 

 マハトの言葉に、憲紀は眉間に皺を寄せた。不確かな事柄が多すぎる。

 天元が加茂憲倫とマハトの関係を把握しており、かつマハトが加茂憲倫の協力者ではないと確信していたとして、何故それを真希たち高専の人間に共有していないのか。言うまでもないと判断したのか、それとも天元も何か憲紀たちに対して隠し事をしているのか。そもそも今のマハトの言葉が全て出まかせである可能性も十二分にある。

 憲紀はマハトを注視しながら頭を乱暴に掻いた。何が何だか分からない。先の見えない濃霧の中を彷徨っているような心地だ。

 

「憲紀、そんな根詰めなくてもいいと思うぜ」

「ならば真希は、マハトの言葉を信用するというのか」

「ああ。今までマハトは私達に協力してくれてる、その事実が全てだろ」

 

 マハトの隣に無防備に立つ真希。彼女はマハトに信頼さえ寄せているように見えた。

 

 憲紀が真希たちと合流したのは、真希たちが高専に真依を預けて間もなくのことだった。彼らは現在東京第2結界(コロニー)周辺の結界(コロニー)から外に出された非術師の誘導や、呪霊の祓除を行っている。

 出来ることならば、各地の結界(コロニー)に侵入し内部の攻撃的な術師や呪霊の排除を行いたかった。リスク分散と先行投資という名目で憂憂──長距離を瞬時に移動できる術式(しゅだん)を持つ術師との協力は取り付けてある以上、距離的な制約はないに等しい。

 各地の結界(コロニー)への侵入を行わなかったのは、結界(コロニー)内外における通信が制限されることが確定的となったからだ。結界(コロニー)に侵入して以降、乙骨や伏黒、秤たちから連絡が来ていないことからの判断だ。

 加えて、泳者(プレイヤー)と電波の出入りはあくまで結界の条件(ルール)であると推察されるのが厄介な所だ。結界(コロニー)の出入りを可能にする総則(ルール)を追加したとしても、結界の条件(ルール)で弾かれる可能性がある。

 

 またマハトに関してはこれらとは別に、死滅回游参加に際して2つの大きな懸念点があった。

 

 1つ目は、呪霊が死滅回游に参加できるのかという点だ。

 死滅回游の総則(ルール)は、泳者(プレイヤー)を術式を覚醒したもの、及び結界(コロニー)に侵入したものとしている。一方で泳者(プレイヤー)(ポイント)泳者(プレイヤー)の生命で懸けられた価値であり、術師5点、非術師1点としている。死滅回游が呪霊を生命と認識しているのか、認識しているとして呪霊は術師と同様の扱いであるのか。憲紀たちから見てあまりに不明瞭であり、かつ決して無視できない部分であった。

 2つ目は、マハトの術式『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』で泳者(プレイヤー)を黄金に変えても(ポイント)を得られない可能性が高いという点だ。

 『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』の被呪者は、厳密には死亡していない。これは封印前に五条が六眼から得た情報から家入硝子が出した結論だ。あれはいわばコールドスリープのようなものであり、被呪者の肉体構造は黄金に変えられる直前のまま保存されている。仮にマハトの術式を解除できる手段を用意できるのであれば、この術式は時を越えて黄泉返る呪物のような使い方も出来るだろう。そしてこれらの事実は、マハトの術式が(ポイント)を得る条件である『他泳者(プレイヤー)の生命を絶つこと』を満たせない可能性があることを示していた。

 

 以上の点を踏まえ、憲紀たちはマハトの結界(コロニー)への侵入を先延ばしにしていた。なまじマハトが乙骨や秤と同等以上の戦力を有しているが故に、その戦力をどこで投入するかを決めあぐねていたのだ。

 

 憲紀たちが東京第2結界(コロニー)周辺に構えているのは、結界(コロニー)内部にいるとされる天使が結界の条件(ルール)を無視できるやもしれないからだ。

 天元曰く、天使の術式はあらゆる術式を消滅させる。獄門彊の封印を解くことが出来るのであれば、この"術式"は封印を含む結界術も対象であるのだろう。どれほど大規模で、どれだけ複雑な総則(ルール)条件(ルール)を科せられているとしても結界は結界。天使が好きに結界を出入りできる可能性は非常に高いように思われた。

 秤とパンダが天使と協力関係を結び、天使が結界(コロニー)の外に出てきた時に憲紀たちは備えているのだ。

 

「私は君と違い、マハトとはほぼ初対面だ。君のようにこの呪霊を無邪気に信用することはできない」

「人を子供(ガキ)みたく言うなよ。根拠だって無いこたねぇんだぜ」

「根拠があるのか」

「総監部の通達は憲紀も知ってるだろ」

 

 憲紀たちと合流する前、真希とマハトは禪院家に呪具の回収に向かっていた。だが結果として呪具の回収には失敗、真希たちは伏黒が当主に指名されたことを認められない禪院家の術師たちに襲撃された。マハトにより術師たちが()()()黄金に変えられたことで事態は一応の収束を迎えることとなった。

 しかしながら、当時任務などにより禪院家に不在だった術師は少なくなかったようだ。家に戻った彼らは禪院家の惨状をすぐに総監部に報告した。あくまでマハトを制御できていない総監部の落ち度と捉えたのだろう。

 

 報告を受けた総監部は、渋谷事変後の動向と併せてマハトの祓除延期の取り消しを決定。

 祓除の担当者として禪院家の残党──"炳"6名を任命した。

 

 憂憂の協力もあり、彼らは既にマハトにより返り討ちに遭い拘束されている。彼らは真希やマハトへと罵詈雑言を吐くばかりでまともな情報を得ることは出来なかったが、少なくとも羂索のことは認知していないようだった。

 

「憲紀の話じゃ総監部はもう羂索の手中に堕ちてんだよな。その総監部がマハトの祓除延期を取りやめたんだ。マハトが羂索の味方ならわざわざんなことするかね」

「体よく禪院家の残党を始末したかっただけなんじゃないか。彼らは総監部の意向に従おうとはしていたが、羂索と直接の繋がりがあったわけじゃない」

「無くはないが、流石にやり方が回りくどすぎないか」

 

 憲紀の疑念に真希はひたすらに反論する。彼女の言葉は、確かに一定の説得力を持っているように思える。けれど憲紀はそれに頷くことは出来なかった。彼に染み付いた御三家の価値観が、それをさせないのだ。

 呪いを信用してはならない、憲紀は幼い頃からそう口酸っぱく言われてきた。

 今にして思えば、加茂憲倫という御三家の汚点を排出したが故かもしれない。加茂家の人間たちは、憲倫が為した愚行をないものとしたかったのだろう。呪いを家の内に引き入れるという愚行を。

 憲紀がマハトを受け容れられないのは、無意識下にこびり付く呪霊(かれ)への嫌悪感が拭えないからでもあった。

 

「……憲紀、私達に言い争ってる暇はないみたいだ」

「どうした? 回遊の宣誓期限の話ならば──」

「いや」

 

 真希は、憲紀ではなく上空を見上げていた。憲紀も振り返り、そちらを見やる。

 

「客が来てる」

 

 憲紀の顔に影が差す。

 宙には、巨大な何かが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「呪霊……だよな?」

「分からないぜ、ワンチャン人間かもな」

「……」

 

 憲紀は、それの妙な気配に困惑していた。

 巨大な芋虫のような見てくれは明らかに呪霊のそれ。けれど気配が一般的な呪霊のものとは明らかに異なっていた。何とも言えない気色悪い感覚だ。

 それは太く長い身体をくねらせて、泳ぐように空を漂っている。

 

「あ゙ー、あ゙はッ」

 

 それの頭部を覆う仮面。そこに空いた無数の穴から濁った声が漏れる。

 喜色の滲んだ、悍ましい声だ。

 

「ま゙っまっま゙っ」

 

 喋り慣れていないのか、それが断続的に声を上げる。赤子の産声を思わせる、たどたどしい発音を仮面の内から発している。

 直後に、それの姿が消えた。

 

「2人共! お下がりください!!」

 

 消えたのではない、こちらに迫ってきているのだ。上空から降下し、それは木々の生い茂る森の中にいる憲紀達の元に向かってきている。

 

 一直線に。

 剣を手に持ち、憲紀たちの一歩前に出たマハトの元へと。

 

「───ッ」

 

 轟音と共に、マハトの立っていた場所から土煙が噴き出す。

 憲紀たちの周囲の木々はそのほどんとがひしゃげ、辺りに木片となって散らばっている。あの異形が何かをしたわけではない。ただ移動しただけで、その余波が木々をへし折り吹き飛ばしたのだ。憲紀にはそれの動きがまるで見えなかった。

 

 土煙の晴れた先では、ひび割れた大地にマハトの身体が沈み込んでいた。マハトは振り下ろされたそれの拳を剣で受け止めていた。さながらマハトに馬乗りになっている形だ。

 マハトは、冷ややかな目でそれを見ていた。

 

「『万物を黄金に(ディーア)──」

「まっ!」

 

 マハトの術式の発動よりも速く、それの身体がブレる。上へと退避したのだ。

 憲紀たちの少し上で、それが再び静止する。

 

「ま゙っまっ」

 

 それの仮面に空いた無数の穴から、うねうねと蠢く触手が覗く。憲紀は思わず顔を顰めた。

 やがて触手をかき分けるようにして、穴の一つから口が、鼻が、目が這い出てくる。

 

 真希を、禪院家の人間を思い起こさせる。

 その顔立ちは。

 

 

 

「こんにちは、マハト君」

 

 

 

 ()の言葉に、マハトは目を見開いた。

 

「お前、直哉様か……!?」

「俺も来たで、こっち側」




次回の更新は3月24日(火)0時の予定です
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