黄金寓話   作:いなほみのる

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第16話 忌真反璞─陸─

 驚くマハトを見下ろし、呪霊直哉は楽しそうに笑う。その顔はみるみる内に肥大化し、仮面を割り胴体と同程度まで膨らんでいた。生前の端正な面貌など見る影もない。だがそれでも、直哉は心底愉快気に中空を泳ぐ。

 

「直哉だと!? マハト、アイツはオマエが殺したはずじゃ」

「…私は殺していません。私が止めを刺す前に、直哉様は自死しています」

「クソッ、そういうことか…! コイツ、まさかそれを見越して」

「ちゃうよ真希ちゃん。俺にとっても棚ぼたやってんで」

 

 呪霊と成ったことは、直哉にとっても意図しない偶然であった。

 術師に止めを刺す際は、他者の呪力を用いる必要がある。そうしなければ死後呪いに転ずる危険性があるからだ。先の交流会においても、楽巌寺は虎杖の死因が自死であるために生き返ったものと推察していた。

 直哉の死因は確かに自死である。加えて、直哉が所持していた短刀は呪具ではなかったし、使い込み呪具化してもいなかった。直哉自身得物はあくまで保険であり、所持していても積極的に使用はしていなかったためだ。

 いくつかの偶然の重なった奇跡により、直哉は呪霊として再び生を受けたのだ。

 

「これでお揃いやね、マハト君」

「…『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』」

 

 マハトの周囲5m程が黄金に変えられる。恐らく常に術式を発動し続けているのだ。直哉が不用意に黄金の大地の中に踏み入れば、すぐさま全身が黄金に変えられるだろう。敵が恐ろしく速いのならば、予め待ち構えてしまえばいい。端的で適格な判断だ。

 術式の範囲を無闇に広げないのは、周囲に非術師が残っていることを懸念しているためだろうか。

 

「真希様、憲紀様」

「分かってる、オマエは直哉に専念しろ」

「へぇ、呪いの癖に気にしいなんやね」

 

 ぎょろりと、直哉の巨大な眼球がマハトを捉える。

 

「それとも、まだ俺のこと舐めとんの?」

 

 一瞬で、直哉がマハトへと距離を詰める。マハトが何かするよりも速く、直哉の掌がマハトの胴へとめり込む。

 即座にマハトに触れた直哉の掌が黄金に変えられていく。凄まじい発動速度だ。きっとこのまま直哉が何もしなければ、1秒足らずで直哉の全身は黄金に変えられるだろう。

 

 今の直哉にとっては、十分な猶予だ。

 

「!?」

 

 ゔんと、マハトの身体がフィルムに閉じ込められる。

 『投射呪法』発動中、直哉に掌に触れたモノも1/24秒で動きを作らなければならない。マハトはそれに失敗し、フリーズしてしまったのだ。1秒の思考の空白、直哉への黄金の浸食が止まる。

 直哉はすかさず黄金に変えられていない手でマハトを殴り飛ばした。木々を薙ぎ倒しながらマハトが吹き飛んでいく。

 

「今、何が…」

「マハト君に見せるのは初めてやったね」

 

 マハトへと笑いかける直哉。彼は当惑するマハトを上機嫌に見下ろしていた。黄金に変えられた片腕は、既に千切り取り生やし直している。

 呪いは呪いでしか祓えない。呪霊は物理現象の影響は受けど、それにより肉体に傷を負うことはない。それ故に今の直哉の『投射呪法』は物理法則の枷から解き放たれている。

 

 彼の速度は、人間であった頃の最高速をも軽く凌駕する。

 

「ぼーっとしてたらあかんで。もう俺は止まらんぞ」

「!」

 

 空を駆ける直哉。彼の掌が、マハトの頬を撫でる。

 フリーズするマハトに、直哉は胴体を叩きつけ追撃した。マハトの身体が上空へと大きく吹き飛ぶ。直哉もそこに追いすがり、再びマハトへと掌を振りかざし。

 

「痛っ……!!」

 

 直哉の胴体に、憲紀の矢が突き刺さる。矢の先端に付着している血が直哉を蝕む。巨大な顔面を歪めた直哉は、眼下を当てもなく睨みつけた。

 

「水差すなや、カスが」

 

 憲紀に直哉の動きが追える訳がない。恐らく当て勘で矢を放ったのだろう。呪霊(マハト)の影で縮こまっていればよかったものを、わざわざ直哉の邪魔に入ってくるとは。

 憲紀と真希の正確な位置が直哉には分かっていない。その気になればすぐに感知できるのだが、気配が矮小すぎて面倒なのだ。

 

「カス共にちょこまかされるのもかなわん。先に殺して──」

「動きを止めたな」

 

 マハトの剣が直哉の胴を斬り飛ばした。

 直哉は即座にマハトへと加速した拳を振るい、地面へと叩きつけた。直哉はそのまま、千切れかけた胴から血を撒き散らしながら更に上空へと浮上していく。

 

「あ゙ぁ……」

 

 呻く直哉。圧倒的な速さに酔いしれて、つい油断してしまった。胴に深手を負い、身体の各所が黄金に変えらえてしまっている。

 

「呪霊もちゃんと痛いんやね」

 

 直哉はそう嘯きながら、ひたすらに上へと舞い上がっていく。

 マハトの『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』も、憲紀の『穿血』も届かない、雲の上へと。

 

「ぎょーさん祓てきたけど、どの子も皆痛かったんか……。すまんなぁ、申し訳ない……」

「…待て、お前は何を言っている」

 

 マハトは、直哉を見上げ目を見開いている。

 彼は、信じられないものを見るような目つきを直哉に向けていた。

 

「まさか、理解しているのか…? お前は今、罪悪感を…呪霊(おれ)の理解できない感情を抱いているのか……?」

 

 ともすればマハトの視線は、羨望すら宿っているように思われた。

 マハトのこの反応の意味も意図も、直哉にはまるで分らない。そして分かりたいとも思わなかった。直哉はマハトを殺しに、はるばる京都からやって来たのだから。

 だから、直哉はマハトをせせら笑う。

 

「んなわけないやろ、ダボ」

 

 言葉の直後に、胴体の傷口から呪力の糸が噴き出る。糸はあっという間に直哉の全身を覆いつくした。さながら、繭か蛹のような姿。

 

「マハト! 呪胎だ!! 奴は今変態を遂げようとしている!!」

「ですが、これでは…」

「…憲紀!」

「無理だ、あそこまで離れられては『穿血』で正確に狙えるか分からない!」

 

 真希の推測は正しい。

 直哉は自身の肉体を作り変えようとしている。より『投射呪法』に最適な形へと変態しようとしている。これは進化だ。直哉が更なる速度を得るための進化。

 

 

 

 やがて。

 直哉を覆う糸が消失する。

 中から現れたのは、ジェット機めいた洗練された肉体。

 

「ほな続きしよか、マハト君」

 

 

 

 

 

「フルスロットルで行くで!!!」

 

 進化を終えた直哉は、すぐに肉体の加速を始めた。

 きいい、という轟音と共に、直哉はマハトの周囲の上空を旋回する。風が吹きすさび、マハトの長髪が乱れる。

 

「マハト、確認ができた! 周囲半径200mに逃げ遅れた非術師はいない!」

「ありがとうございます」

 

 マハトの元に近寄り、叫ぶ憲紀。直後、マハトにより黄金の死地の範囲が拡がっていく。森の木立が、森の外のビル群が、瞬く間に黄金に浸食されていく。

 延べ10秒にも満たない時間で、マハトの周囲半径200mが黄金へと変えられていた。

 マハトの上空約300mを飛ぶ直哉が術式の影響を受けていない以上、これがおおよその術式範囲なのだろう。もしくはこれより広範囲に術式を行使するには多少の時間の要するか、地上と上空では術式の使い勝手が違うといったところか。

 

「にしてもやるやん憲紀君。腐っても次代当主やね」

 

 マハトの側にいる憲紀。彼の周囲には輸血パックのものであろう血液が漂っていた。

 彼と真希の身体能力ではこの短時間で半径200mをカバーすることなど不可能だ。だから憲紀は輸血パックの血液を自身の感覚器の延長とし、いわば小型の探査機のような運用を行ったのだろう。呪胎の直哉に当たる可能性もあった『穿血』を使わなかったのは、これに血液の備蓄を使うためか。

 憲紀の『赤血操術』は血液を1つの臓器のように認識している以上、決して不可能なことではない。だがそれでも、血液を細かく散らばらせ操作することは相当繊細なコントロールが必要となるはずだ。準1級の憲紀ごときがそれをやってのけるとは。

 

「お互い、準備万端やね」

「そのようだ」

 

 呪霊直哉の体は音速で吸気口から取り込んだ空気をラム圧と呪力で圧縮し体外へ排気することで、更に推進力を得る。変態を遂げ、『投射呪法』に最適化された肉体だからこそ為せる芸当。

 その速度は、マッハ3に達する。

 

 直哉は、マッハ3でマハトの間合い──黄金に変えられた世界へと突入しようとしていた。

 

「───」

 

 マッハ3の直哉は、1秒足らずで黄金に満ちた地を横断した。マハトはその動きにまるで反応できていない。無防備なその肉体を、直哉の肉体は確かに通過していた。

 

 結果として、直哉はマハトの左腕を抉り飛ばしていた。

 

「チッ。マハト君の術式で狙いが逸れたんやな」

 

 ぼぼぼ、という音を尻に当たる部位から漏らしながら、直哉はマハトの術式範囲の外で滞空している。その身体からは触手状の四肢が伸び出ていた。触手は黄金に変えられた箇所をせこせこと剝がしている。

 致命傷には至らないまでも、術式範囲に入った時点で直哉の身体は黄金に蝕まれはじめる。変態前と同様事前に1秒間の軌道を引いている以上フリーズは起こりえないが、それは即ち軌道の修正が出来ないということ。

 

 直哉はマハトの急所(あたま)を狙っていた。だというのに直哉はマハトの左腕しか()れなかった。

 やはりマハトの術式は驚異的だ。速度で圧倒できているからと油断してはならない。

 

「まあええわ。これで借りも返せたわけやし」

「…真希様、憲紀様、お離れください」

 

 左腕を生やし始めるマハト。彼の手に持つ黄金の剣が、元の外套へと戻る。戦意を喪失したわけではない。マハトは直哉と相対するにより相応しい武具を編み出そうとしているのだ。

 やがて生じたのは、装飾の施された黄金の三又槍。

 

 その穂先を、マハトは黄金に変えられた大地へと向ける。

 

「どうやら手を抜ける相手ではないようです」

 

 マハトを中心として、黄金がひび割れる。

 砕けた黄金、その金片がマハトの周囲の中空に浮く。群れを成し、マハトの周囲を渦巻きはじめる。明らかにマハトの意図に沿い動いている。

 直哉の音速の拳を受けても壊れない黄金。術者(マハト)はそれを加工し、自在に操作できるのか。あの金片による攻撃をまともに受ければ、今の直哉と言えど原形も残らず磨り潰されるだろう。

 

 法外な術式性能、洗練された基礎体術。それらが有りながら、こんな奥の手をまだ隠し持っていたというのか。

 

「ええやんええやん! それでこそ殺り甲斐あるわ!!」

 

 叫び、四肢を格納した直哉は再び加速を始める。

 マハトの術式範囲の外を直哉は音速越えで旋回する。金片の群れは上空まで巻き上げられ、既にマハトの姿を覆い隠していた。さながら金片の嵐だ。ビル群すら覆いつくせる規模の攻防一体の黄金の嵐。

 

 黄金の嵐が展開されている以上、直哉はマハトへと馬鹿正直に突っ込むことはできない。そんなことをすれば無数の金片に磨り潰され、トップスピードの直哉であってもただでは済まないだろう。

 だから、削る。

 マハトを覆う金片をひたすらに吹き飛ばし、彼を殺せる軌道を確保する。

 

「何だよ、これ…」

 

 真希が思わず声を漏らす。

 呪霊たちの殺し合いは、疾うに人の域を超えていた。

 

 マハトが生み出した黄金の嵐に、マッハ3に達した直哉が突貫する。正面から激突するのではなく、側面を抉り取るような軌道だ。

 黄金に変えられた地に響き渡る衝撃、そして轟音。その様はさながら怪獣映画の一幕のようだ。

 

「呪霊の体は楽しいなぁ! なあマハト君!!」

 

 大声で直哉が笑う。断続的にマハトの生み出した黄金の嵐にぶつかっていながら、彼の肉体には大きな負傷はない。

 例え破壊困難な金片であろうと、マハトが宙に浮かせ操作しているのならば吹き飛ばすこと自体はできる。四肢を格納する──掌で触れたモノへの術式発動を縛ることにより直哉の肉体の硬度は底上げされ、最小限の負傷でマハトの周囲を渦巻く金片を削り飛ばすことができていた。むしろ肉体の黄金に変えられた箇所を金片にぶつけることで、四肢の格納を解くことなく自身の肉体を侵食する黄金に対処できる。

 

 マハトは、飛び回る直哉を仏頂面で見上げていた。

 

「んな辛気臭い面すんなや。気ぃ悪いわ」

「俺の知ったことではない」

 

 マハトは絶えず周囲の黄金を金片へと加工し、黄金の嵐を形成する金片を補給している。

 だが、直哉がそれを削る速度の方が僅かに速い。人間であった時からの天性のセンス故か、直哉はマハトの術式の影響を前提とした動きを作れるようになってきているのだ。より正確に、より多くの金片を一度に削り飛ばせるようになってきている。

 確実に、マハトへの軌道が開けてきている。

 

「つまらなそうにしてもしゃーないやん」

 

 余裕気な直哉。戦況は明らかに直哉の優勢であるのだから、当然の態度だ。

 直哉が人間であった時とは違う。今の直哉はマハトの術式に対抗できる速度を手に入れ、その命にすら手をかけようとしている。現にマハトは未だに直哉の速度にまともに対応できておらず防戦一方だ。奥の手は結局時間稼ぎにしかなっていない。

 だというのに、マハトはその無表情を崩さない。

 

呪霊(おれたち)は自由なんや! 雑魚共のしがらみなんぞ関係あらへん!! 好きに飛んで好きに殺せばええ!! それが呪いやろ!!?」

「煩い野郎だな。俺はそもそも争いがあまり好きじゃない」

「…ほんま気に喰わへんわ、オマエ」

 

 やはり、同じ呪いに成ろうと気に喰わないものは気に喰わない。

 いや呪いだからこそ、マハトの言動、振る舞いに対する殺意を抑えられないのやもしれなかった。

 

「オマエは甚爾君と違って、認められとるのに」

 

 縛りを科せられ、常に嫌悪に晒されながらも、マハトの能力(つよさ)を確かに呪術界は認めていた。有用であるとしてその存在を受け容れていた。

 甚爾を終ぞ認めなかった、あの呪術界がだ。

 

 だのになぜ、マハトはこの様なのか。

 己の能力(つよさ)を、いらないものかのように扱うのか。

 

「もうええわ、終わりにしよか」

 

 度重なる直哉の突撃により、マハトを覆う金片はその数を随分と減らしている。今ならば、真正面からぶつかっても問題はないはずだ。

 初撃のようなミスは犯さない。既に『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』影響下における軌道の引き方は心得ている。

 今度こそ、マハトの急所(あたま)をぶち抜く。

 

 迷いなく。

 渦巻く金片を蹴散らしながら、直哉はマハトへとマッハ3で肉迫し。

 

 

 

「そうだな、これで終わりだ」

 

 

 

 マハトの槍が、直哉の胴体を両断する。

 

「は?」

 

 べろんと、胴体の下半分が捥げる。皮一枚分、辛うじて胴体の上半分と繋がってはいるが、この状態で加速を続ければ間違いなく完全に分かたれてしまうだろう。

 一体何が起こった。状況を飲み込めない。

 

「お前の敗因は、決着を焦りすぎたことだ」

「───まさか」

 

 この状況を、マハトは待っていたのか。

 

 そもそも、直哉には懸念があった。

 宙に浮かぶ金片はともかく、黄金に変えられたままの木々やビルは吹き飛ばすことができない。下手にぶつかれば直哉の軌道が変えられるか、最悪身体を負傷してしまう。それ故に直哉はそれらを避けた軌道を引かざるを得なかった。

 それはつまり、マハトから見て直哉の動きが読みやすくなるということ。マハトが注意を割くべき方向を、限定できるということ。

 だが直哉のトップスピードはマッハ3だ。多少動きが読みやすくなったところでどうにかなる速度ではない。直哉の判断は、至極当然のものであったはずだ。

 

 マハトは、直哉の判断を理解していた。黄金の嵐を削られる過程で直哉の軌道を観察し、恐らくマハトを覆う金片の厚みに差をつけ、あえて直哉が黄金の嵐の内側に侵入できる隙を作った。

 金片の操作範囲を無理に拡げていなかったのは、あくまでこのカウンターに注力するためか。一体どこまで、マハトは想定していたのだ。

 

 いやそんなことはどうでもいい。今、直哉の速度は大きく減衰している。

 このままでは、『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』が──

 

「まだや! まだ止まらへん!!」

 

 直哉は叫び、身体の加速を再開した。背部の吸気口にマハトの槍や術式はまだ届いていない。再びマッハ3まで達することが出来れば、マハトの術式範囲を脱するのだって不可能ではない。

 今の肉体で加速をすれば間違いなく直哉の胴体の傷は広がるだろうが、全身が黄金に変えられるよりはましだ。

 

 一刻も速く、この死地から逃げ延びなければ。

 すぐに音速を凌駕した直哉は、衝撃波と共に黄金の地を横断せんとし。

 

「んなァ!?」

 

 マハトを覆う黄金の嵐が、直哉の軌道を阻んでいる。

 金片は直哉が散々吹き飛ばしたはずだ。だというのに、直哉の眼前には決して薄くはない金片の層が形成されている。予めマハトの背面に金片を偏らせていたのか。これは直哉を逃すまいとする檻だ。

 万全の直哉であれば、眼前の金片たちを強引に突破できる余地があった。しかし、今の直哉は胴体が千切れかかり、黄金に蝕まれた死に体である。

 

「なんっ……やねん!!」

 

 金片により軌道を歪められ、直哉の身体が立ち並ぶ黄金の木々や家屋に激突する。

 致命的に、その速度が減衰する。

 

 直哉の肉体は、もうその半分以上が黄金に覆われてしまっていた。不味い、まともに身動きできなくなってきている。加速ができなくなる。

 必死に身を捩る直哉は、背後に立つマハトを視界に捉えた。

 

 つまらなそうに。

 直哉を見るマハトを。

 

「呪いが!! しゃしゃんなや!!!」

 

 ぶちぶちと、直哉は自ら己の肉体を千切り拓く。術師(にんげん)の成れの果てであるが故か、直哉には未だ進化の余地が残されていた。彼の意地が、矜持が、呪力(にくたい)に新たな輪郭を与える。

 胴の断面から生まれ出たのは、生前と寸分違わぬ直哉の姿。

 彼は迸る殺意のままに、マハトへと掌印を結ぶ。

 

「領域展───」

 

 直哉の叫びが途絶えた。

 

 

 

 背後から。

 どすと、刃が直哉の胸を貫いている。

 

 

 

「なっ」

 

 直哉の口から血が垂れる。目を見開いた直哉は、背後へと視線を向けた。

 

 そこに立っていたのは、禪院真希。

 呪霊と成った直哉にとって、もはや眼中にない路傍の石。偽物と呼ぶことも烏滸がましいこの女が、何故直哉の背後に立っている。どうして直哉とマハトに割って入っている。動揺と憤怒で、直哉の脳内が満たされる。

 直哉の両手は、既に黄金に変えられていた。

 

「悪いな、直哉」

 

 真希は、奇妙な視線を直哉に向けていた。いつもの睨みつけるような、憎しみを宿した視線ではない。

 まるで、直哉を憐れんでいるかのような。

 

「クソ(あま)ぁ!!」

 

 ごきき、と直哉は顔を180度回転させる。人間では決してできない離れ業。直哉は顔を再び醜く膨らませ、真希へと口を開く。

 まだだ、まだ間に合う。胸を刺されようと呪霊は致命傷にならないし、マハトの術式が直哉の全身を黄金に変えるまで僅かな猶予がある。

 

 目の前の女だけは、何としても道連れにする。

 

「オマエに、何が分かん───」

 

 真希の手に持つ呪具、その峰から呪力が噴出する。

 これ以上ないほど肥大化した直哉の顔面を、肉体を真っ二つに引き裂く。

 

「私じゃ、オマエの呪いを解いてやれない」

 

 真希の言葉の直後、直哉の肉体の消失が始まった。

 

「なんでなん……。おかしいやろが、なんで────」

 

 穴という穴から血を流しながら。

 直哉は最期まで、当てのない疑問を発していた。




次回の更新は3月29日(日)0時の予定です
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