黄金寓話   作:いなほみのる

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第2話 闇中模索─弐─

「私は今、とある儀式の準備をしていてね。そのために大量の素材(にんげん)が必要なんだ」

 

 山道を下りながら、羂索はマハトに語り掛けた。

 

 彼そのものへの興味は勿論として。

 マハトという類稀な強者との協力関係を得られたことは、羂索にとって大きな収穫であった。

 

「勿論、そこいらにいるような人間では駄目だ。血気盛んで、君の言う人を殺し慣れた強者が望ましい」

「成る程な。お前が選定した人間を俺に殺して欲しいのか」

 

 マハトの言葉に、羂索は呆れたように黄金のままの手のひらを振った。

 

「違うよマハト、私の目的はあくまで歴戦の強者との契約、契約対象を殺してしまっては意味がない。そもそも私を含めた大抵の人間にとって、殺しは最後の手段なんだ」

 

 これもやはり、呪霊としての本能に由来する価値観の違いなのだろう。呪霊は本能として人を殺すために、人よりもずっと殺しの選択肢が身近にある。

 人間にもそういう性質の者はいるが、変わり者として人の社会で受け容れられることもない。

 

「君にやってもらうのは私の護衛だ。私の契約に立ち合い、有事の際は私の身を守る」

「そうか」

 

 つまらなそうに相槌を打つマハト。羂索は苦笑して話を続けた。

 

「まぁ君は私の指示通り動いてくれたらいいよ。そうすることが、何れ君の知らない感情の理解にも繋がる」

 

 羂索は上機嫌に歩みを進める。

 非術師、術師、呪霊──これらは全て可能性だ。人間という呪力の形の可能性。

 

 マハトという可能性が人間の悪意、罪悪感に触れ、どのように変性するのか。

 

 羂索には、それが気になって仕方がないのだ。

 

「ところで、私の手治してくんない?」

「断る」

「えぇ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その老いた術師は、羂索が姿を現すなり口を開いた。

 

「おい羂索。ソイツは何だ」

 

 羂索の隣には、見慣れない人型が立っていた。呪霊か受肉した呪物か、何にせよ人外であることは確かだ。人型の頭から生えた大きな双角が、それを克明に示している。

 ぶっきらぼうな言葉に、羂索はいつも通りのにやけ面で答える。

 

「私が最近契約した呪霊だよ。ただの私の護衛だから、君は気にしてなくていい」

 

 老いた術師の周囲に散らばる死体を避けながら、羂索と呪霊がこちらに近づいてくる。

 

「どう? 楽しめ───」

「羂索」

 

 羂索の言葉を遮り、老いた術師が彼らへと振り返る。

 その眼には、煮えたぎる戦意が宿っていた。

 

「その呪霊と戦らせろ」

 

 一目見れば分かる。この呪霊は別格だ。

 底の見えない呪力の総量。明らかに戦り慣れているであろう立ち振る舞い。そして、こちらのことを脆い土塊(つちくれ)としか見なしていないような冷めた眼。

 

 まず間違いなく、老いた術師がこれまで出会うことのなかった強者だ。

 ともすれば、彼自身すらも。

 

「…困るな。契約結ぶの結構苦労したんだよ」

「関係ない」

「関係ないって」

「貴様と戦っても良いのだぞ」

「あーもう分かったよ。じゃあこうしよう」

 

 嫌々そうな口調とは裏腹に、羂索はひどく楽し気であった。まるで、お気に入りの虫同士を戦わせる幼子のような無邪気。単純な強さとは種類の違う底知れなさが、老いた術師にはどうにも不気味だった。

 

「君がアレに負けたら、例の話を受けてもらう」

 

 羂索の言葉を受けて、老いた術師は立ち上がった。

 全身から迸る電光。老齢とは思えない確かな足取りで、羂索らの元へと歩き始める

 

「決まりだ、さっさと戦ろう」

 

 

 

 

 

 先ほどの場所から移動し、開けた草原で老いた術師と呪霊は対峙していた。

 

「戦いが長引いて人が来ても困るからね。少し場所を移させて貰ったよ」

「死体は良かったのか」

「あんな状態じゃ、誰が下手人かなんて分からないでしょ」

 

 先ほどから、呪霊は一言も言葉を発していない。そもそもまとも対話が出来ない類の呪霊である可能性もあるが、目の前の呪霊に限ってそんなことはあり得ないだろう。

 呪霊は、つまらなそうな表情でこちらをただ見下ろしている。

 

 さながら、勝敗は分かり切っていると言わんばかりに。

 

「呪霊よ、名はあるか」

「…マハトだ」

 

 告げられた名に、老いた術師は瞠目した。

 

「そうか、貴様が例の最強か」

 

 その噂は老いた術師の耳にも届いていた。

 陸奥辺りで暴れまわっているという呪霊。その呪霊はあらゆるものを黄金に変える呪いを振りまき、数多の強者を返り討ちにしていると。

 

 人呼んで、最強の呪霊。黄金郷のマハト。

 

 

 

「相手にとって不足なし」

 

 

 

 その言葉が開戦の合図だった。

 獰猛に笑い、老いた術師は一息で距離を詰める。マハトのがら空きの胴体へと拳を振るう。

 マハトの表情は、変わらない。

 

「『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』」

 

 拳は、黄金の剣に防がれていた。マハトの纏っていた外套が黄金に変化したのだ。

 

「成る程、噂は眉唾ではないのだな」

 

 老いた術師は怯まない。絶え間なく拳を振るい続ける。マハトもまた、とめどなく浴びせられる攻撃を剣で的確にいなしていた。

 

 全盛期の肉体ではないとはいえ、己とまともに殴り合えている。

 

「…なあ、貴様も同じなのか?」

「何の話だ」

 

 その眼を見た時から、もしやと思っていた。

 

「弱さを知らぬ強者、それ故に自分以外の人間は弱い土塊(つちくれ)でしかない」

 

 彼は、戦うことでしか他者と関われなかった。

 孤独だったから、際限なく力の発露を求め彷徨い続けた。戦い、殺し続けたのだ。その果てに屍の山しか残っていないとしても。

 

「貴様もそうなのか、マハト!」

 

 老いた術師の拳の速度が上がり、マハトが尚もそれを防ぐ。息つく暇もない高速の攻防。

 先に、限界を迎えたのは。

 

「見切った」

 

 拳が、剣の腹を叩く。

 黄金の剣が砕けることはない。だがマハトの身体は大きく仰け反り、大きな隙を晒すことになる。

 

 今度こそ、老いた術師の拳がマハトの胴体をめり込んだ。

 

「───ッ」

 

 吹き飛ばされるマハトの身体。追撃を焦る必要はない。老いた術師はその場で再び構えを取り、ちらと己の拳を見やった。

 

「身体をぶち抜いたつもりだったんだがな」

 

 彼の視界の先で、吹き飛んだマハトがゆっくりと立ち上がっている。彼の口からは一筋の血が垂れていた。

 こんなもの、呪霊にとってまだまだ致命的ではない。呪霊は呪力で肉体を治癒できる。急所を潰す以外の損傷は、呪力を削る以上の意味はない。莫大な呪力量故だろう、自身の電気の呪力特性も効果が薄いようだった。

 老いた術師は睨みつけるように、体勢を整えるマハトを注視する。

 

 こちらを向いたマハトは、笑っていた。

 

「実に面白い」

 

 予想していなかった反応に、肌が粟立つ。

 目の前の呪霊は何を言って───

 

「弱者と馴れ合えない孤独な強者。お前には私がそのように見えているのか、実に興味深い視点だ。ありがとう、名前も知らない術師よ」

 

 老いた術師は勘違いしていた。そして理解した。目の前の呪霊が羂索という怪物に付き従っている意味を。

 同じなのだ。凡ゆる人間が、虫か何かにしか見えていない。あくまで対等な強者を求めている己自身とは似て非なる怪物。

 

「さあ、戦いの続きをしよう。俺の求める答えを見せてくれ」

 

───だとしても、己のやることは変わらない。

 

 全身全霊で目の前の強者と戦り合い、全てをぶつける。それこそが、彼の選んだ生き方なのだから。

 

「言われなくとも、そのつもりだ」

 

 老いた術師が雷から噴出する。相対するマハトは油断なく剣を構えた。

 

 マハトは彼の初撃を防いで以降、術式を使っていない。

 その意味を、老いた術師は推し量りかねていた。彼のように術式の発動に重い代償が伴うのか、複雑な条件が絡んでいるのか、はたまた何らかの縛りを科しているのか。

 あるいは、術式など使うまでもないと舐めているのか。

 

 そこまで思考し、老いた術師は笑った。

 際限のない可能性など考えても仕方がない。術式を使わないというなら、使わせるまで。

 先ほどの一撃で、マハトには充分な呪力(でんか)が溜まっている。

 

「爆ぜろ」

 

───直後、マハトの右腕が千切れ飛ぶ。

 

 それは後の時代で、電荷分離と呼ばれる現象。対象(マハト)にプラス電荷を打撃と共に移動させ、自身に蓄えたマイナス電荷を地面方向への放電をキャンセルしつつ対象へ誘導する。電気と同質の呪力を持つ彼だからこそ成し得る一撃。

 領域を展開するまでもなく必中の、大気を裂く稲妻である。

 

「!」

 

 驚愕で見開かれるマハトの眼。

 既に老いた術師は、マハトの眼前まで迫っている。

 

 一時的ではあるが、右腕と得物を奪った。これ以上ない好機だ。回復する暇を与えず、このまま畳み掛ける。

 今なら、マハトを()れ───

 

「ゲホッ」

 

 口から血が零れ、振りかぶった拳の勢いが失われる。老いた術師はそのまま地面に膝を突き、マハトの目の前で這い蹲った。

 マハトが何かした訳ではない。老いた術師の、肉体の限界が来たのだ。

 

「糞、ここまでか……」

「そのようだな」

 

 マハトが彼を見下ろしながら、再生した右手で黄金の剣を拾った。直後に、拾った剣が外套へと戻る。

 視界の端では、羂索がこちらに近づいて来ているのが見て取れた。

 

「なんともつまらない幕引きだね」

 

 咳き込みながらも、老いた術師は内心で羂索に同意した。

 もし彼が全盛期の肉体であれば、いやもし少しでもマハトと出会うのが早かっただけでも、こんな退屈な結果にはならなかったはずだ。心行くまで、マハトに全力をぶつけることが出来たはずだ。

 こんな形での決着など、他ならぬ己が認められない。

 

「君の負けってことでいいのかな」

「……羂索」

 

 老いた術師は羂索を見上げた。

 這い蹲り苦しんでいる者とは思えない鋭い眼光が、羂索を射抜く。

 

「宿儺とマハトならば、どちらが強い?」

 

 問いに羂索は即答した。

 

「宿儺だ。600年も前で申し訳ないがこれは譲れない」

 

 その答えを聞いて。

 老いた術師に、もう心残りは消え失せた。

 

「そうか。では、例の話甘んじて受けよう」

 

 思いを馳せるのは、未だ己の知らぬ最強にのみ。

 

「さすれば、宿儺と戦れるのだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーお疲れマハト」

「別に、大したことはしていない」

 

 老いた術師との契約を終え、羂索とマハトはすすき野原を共に歩いていた。

 

「マハト、過度な謙遜は人間にはかえって悪印象だよ。あの術師は私が600年見てきた中でも屈指の強さだった」

 

 マハトと互角以上に渡り合える体術、そして高威力かつ必中の稲妻。対等な強者がいないと言うのも頷ける凶悪な性能だ。

 もしあの時、彼が術式を使っていれば勝敗は変わっていたやもしれない。

 

「最強はマハトって言ってたら、術式使ったのかなぁ」

 

 老いた術師の術式は一回使い切りのもの、らしい。羂索も彼から軽く話を聞いただけで詳細は把握していない。

 だがわざわざ最強(すくな)のために温存しているのだ。相当強力なものであることには違いないだろう。

 

 うんうんと羂索が思案していると、マハトが横から呆れた視線をよこしてきた。

 

「どうしたんだい、マハト?」

()()、良く持ち歩けるな」

 

 彼の視線の先には、羂索に抱えられた黄金の両手があった。黄金の両手は『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』を免れている手首当たりで千切られており、生身の箇所は既に腐り始めている。

 マハトに両手を元に戻すことを拒否された羂索は、自身の腕を切断し()()生やし直したのだ。

 

「君の呪術を受けた貴重な資料なんだ。持ち帰らない手はないだろう」

 

 丁度手ごろな大きさだしね、と羂索は笑う。

 

「それにしても黄金(これ)、本当に面白いね」

 

 羂索は自らが持つ黄金の両手を玩ぶ。返ってくるのは、黄金にしては硬すぎる感触。

 

「見てくれは黄金そのもの。だがその内実は、どんなに熱しても力を加えても変形しない全く異なる物質だ。これが市井に流通すれば、大きな混乱を招くことになるだろうね」

「黄金が偽物で気に喰わないか?」

「いいや、先刻(さっき)も言ったろう。呪いらしくて実に面白い」

 

 紛い物の黄金を生み出す黄金の呪いなど、ある種寓話的ですらある。

 仏頂面のマハトを気に掛けることなく、羂索は上機嫌で歩みを進める。

 

「話が逸れたね。マハトはどう思う?」

「何の話だ」

「君こそが最強と嘯いていれば、さっきの彼が術式を使ったかもって話だよ」

 

 私の話聞いてなかったでしょとぼやく羂索。マハトはそのぼやきを無視して、彼に疑問を投げかけた。

 

「そもそも宿儺とは何者だ」

「あーそっか、マハトは呪霊だもんね」

 

 術師の社会の常識を呪霊であるマハトが知るはずもない。

 羂索は何故か誇らしげに、マハトへと話を続ける。

 

「両面宿儺は600年前実在した人間だ。平安…呪術全盛の時代、術師が総力をあげて彼に挑み敗れた。紛うことなき、史上最強の術師だよ」

 

 つらつらと述べられる羂索の話を、マハトは黙って聞いていた。

 

「それで、本題だけど───」

「俺が聞きたいのは強さの話じゃない。お前にとって宿儺の話だ」

 

 予期していなかった問いに、羂索は思わず目をしばたたかせた。

 

「どういう意味かな」

「あの術師に宿儺の話をしていた時のお前の口ぶりは、又聞きのそれではなかった。以前交友があったか、実際に見たことでもあったのか。俺は、その答えを知りたいだけだ」

「…へぇ、そういうの分かるんだ」

 

 果たしてこれも、呪霊としての本能に依るものなのだろうか。他者の人間関係を把握することは、他者を欺くための第一歩だ。相手に興味があると思わせ、その人間関係の輪の中に潜り込む。

 マハトという呪霊が、その能力に長けているのならば。

 

「クックッ。宿儺とはただの旧い知り合いだよ」

「随分と楽しそうだな」

 

 その言葉に、羂索は笑みを深めた。

 紛れもない事実だった。確かに、羂索はマハトとの会話を楽しんでいる。

 

「悪企みさ。君も真似をするといい」

「その笑い方をか?」

 

 マハトとの旅路は、実に面白いものになりそうだ。

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