『
羂索の手により追加された
即ち、羂索と宿儺たちを倒すこと。
五条悟を殺すことと等しいその難事を成し遂げるため、彼らは来栖──天使の協力を取り付けた。
「勝つさ」
復活した五条悟。
現代最強の術師の宣言により、決戦の日は12月24日に定められた。
決戦の日より前、当日に向けた作戦会議の最中。
マハトから告げられたその提案に、乙骨憂太は思わず眉尻を下げていた。
「羂索を殺す役割は、私が担うべきです」
丁度、羂索への刺客を誰が担うのかを話し合っていたところだった。五条や宿儺には及ばなくとも、羂索は屈指の力量を有している術師だ。生半可な術師を刺客として送り込んでももれなく返り討ちにされるだろう。刺客の人選は慎重に行う必要があった。
「珍しいですね。マハトさんが自分から提案なんて」
乙骨の言葉にマハトが頭を下げる。
次いで日下部が怪訝そうに口を開いた。
「おいおい、話がまとまろうとしてたとこだろ。髙羽で隙を作り乙骨で刺す、それで決まりでいいじゃねーか」
羂索への刺客として髙羽を推薦したのは天使だ。天使の髙羽の術式に関する推察が正しいのならば、羂索相手であっても有利に立ち回れる可能性がある。
「ですが天使様の話はあくまで推察なのでしょう? 術式情報が不鮮明な
「あのハミチンがよく分からんのは俺も同じだからな……。けどそのための乙骨だろ」
乙骨の役割は保険だ。羂索を確実に殺すための保険。髙羽が覚醒タイプの
また羂索の死後取り込んでいた呪霊が
「憂太様は宿儺戦でも役割があります。そもそも憂太様は羂索の元に向かうのではなく、『処刑人の剣』の
「サポートならマハトでも出来るんじゃないか」
「宿儺が反転術式をアウトプットできる以上、呪霊の私は接近戦では役に立てません。術式で生得術式を封じることはできますが、寛見様と役割が被ってしまいます」
虎杖から共有された渋谷での宿儺の記憶において、宿儺は仮死状態の伏黒を治癒していた。つまりは反転術式をアウトプットできるということ。反転術式による正のエネルギーは呪霊にとって劇毒も同然であり、それはマハトも例外ではない。宿儺の術師としての実力を鑑みれば、一撃でもまともに受ければマハトは消し飛んでしまうだろう。
勿論後方からマハトが術式を発動し続け、宿儺に『領域展延』を使わせ続けるだけでも戦果としては大きい。しかしながら生得術式を封じるという役割は、既に日車の『誅伏賜死』が担う手筈となっている。
「私であれば羂索を始末できます。どうか交戦の許可を」
「…天使はどう思う」
「いいんじゃないか。彼ならば羂索への刺客として申し分ない。そもそも私が髙羽を推していたのは、
天使の言葉に日下部は口を噤んだ。一応、納得したということでいいのだろうか。乙骨としてもあげつらって反論できるような要素は見つからない。マハトならば羂索と互角に渡り合うことができ、また呪霊操術の暴走にも問題なく対処できるだろう。特級術師である乙骨から見ても、そう断言できるだけの力量をマハトは間違いなく有している。
ならば何故、乙骨はずっと眉間に皺を寄せているのか。
「いつになくしかめっ面だな、憂太」
「真希さん…!」
そう茶々を入れたのは、階段を上ってきた真希であった。彼女はぶっきらぼうな口調で乙骨に言葉を投げかける。
「そんなマハトに任せるのが不安か?」
「そういうわけじゃないけど…」
分かっている、これはただのエゴだ。正当性など欠片もない。
出来ることならば、乙骨が自身の手で羂索を終わらせたかった。五条に二度も親友を殺させないために。五条を継ぐ怪物となるために。孤独な怪物に、全てを押し付けないために。
「ご要望があれば何なりと仰せつけください、憂太様」
「…いや、大丈夫ですよ」
誤魔化すように、乙骨はマハトへと笑みを零した。
「マハトさん」
乙骨の黒塗りの瞳は。
じっとマハトのことを見つめている。
「必ず、羂索を殺してくださいね」
12月24日、岩手県御所湖
羂索はマハトと
「待っていたよ、マハト」
羂索の立つ道路の先で、マハトは既に黄金の槍を構えている。これ以上ない臨戦態勢。マハトの周囲を渦巻く呪力は、聳える山々を幻視させる。
背筋が凍えるような感覚。400年ぶりのそれに、羂索はつい口元を歪める。
「気は確かですか、傑様?」
これほどの呪力を見せつけておきながら、マハトはまるでこちらを気遣うような態度を取ってくる。呪霊としての性質故か、あるいはマハトの本心であるのか。
どちらにせよ、羂索とマハトの旅路の末は決まっている。
「ずっと考えてたんだ」
マハトが意識しているかは分からないが、羂索はマハトと殺し合わざるを得ない状況を用意していた。
羂索は死滅回游の
マハトは除外していない。
羂索はマハトを殺さなければ、死滅回游を終わらせられない。
「君がどうして、渋谷で私を殺さなかったのか」
「………」
羂索の疑問に、マハトは黙りこくっている。
「最初は単に呪霊と人間の価値観の違いだと考えていた。実際それは間違いじゃないんだろう」
呪霊であるが故に、虎杖の側につきながら羂索の所業を看過する。それは歪な在り方ではあるが、ある種の整合性が取れているようにも見えた。
「でもやはり違和感があった。君は結局虎杖悠仁達に協力し、死滅回游を平定しようとしている。私を殺さずに、わざわざ回りくどいやり方を選んでいる」
「渋谷の時点では、悠仁様達は死滅回游の平定を志してはいませんでした」
「彼らがああいう動き方をすることぐらい、君は分かってただろ」
その奥にある意図は読めずとも、
「君は、きっと恐れていたんだ」
笑みを消し、真剣な表情で羂索は口を開く。
「私という400年余りを共に過ごした人間を殺しても、なんの感情も湧かないという可能性を」
マハトは何も言わない。何も言わないことが、何よりの答えのように羂索には思われた。
それは断じて。
友を殺したくないだとか、長生きしてほしいだとか、そんな人間らしい感傷に依るものではないのだろう。マハトはかつて述べていた。虎杖と長い年月が過ごせておらず彼のことを十分に知ることが出来ていなかったがために、彼が死んでも何も感じなかったのではないかと。であればマハトにとって、羂索ですら共に長い年月を過ごしたと言えないのか。
あるいは、マハトは待っていたのかもしれない。
───私は君に知らない感情を教え、その対価として君は私に仕える。
400年前羂索と結んだ契約、それが履行されることを待っている。なまじ羂索が人としての寿命を持っていないがために、ずっと殺しという最後の手段を先延ばしにしている。
「けどそれでは駄目なんだ」
羂索の辿り着いた答え。
それは決して、羂索にとって喜ばしいものではなかった。
「命をかけたのなら、あとは行動するしかない。例え何も得られないのだとしても、理想へと一歩踏み出すことには価値がある」
目を伏せ腹の辺りへ視線を降ろしながら、羂索はマハトへと言葉を説く。
口にすることはないが、羂索はマハトに対して確かに罪悪感を抱いていた。
結局、羂索はマハトに探し求めている
今日この場を用意したのは、羂索にとってせめてもの誠意でもあった。
「私はさ、君につまらない奴になって欲しくないんだよ」
羂索の言葉に、マハトは笑った。
決心したような、観念したような、そんな笑みを羂索に見せた。
「羂索様。貴方と出会い過ごした時間は、私にとって掛けがえのないものだと考えております」
「水臭いな。私もだよ、マハト」
マハトが槍を垂直に構える。その穂先を、天へと向ける。
「今であれば、"悪意"という概念が、"罪悪感"が、わかるような気がするのです」
彼を中心として、殺意が膨れ上がる。その莫大な呪力に相応しい悍ましい殺意が羂索へと叩きつけられる。羂索は思わず破顔した。ようやっとマハトも、その気になってくれたらしい。
このとめどない殺意は、始まりの狼煙だ。
「だから、共存のために殺し合いましょう」
「そうだね、君の探し求めていた答えを見せてあげよう」
互いに構えを取る。
これ以上の言葉の応酬は、それこそ煙たいものでしかないだろう。
ぶつけ合うのは、互いの究めた呪術のみ。
「領域展開『胎蔵遍野』」
「領域展開『黄金郷"晩鐘"』」
次回の更新は4月12日(日)0時の予定です