黄金寓話   作:いなほみのる

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閑話 断金の契り③

 宿儺たちとの決戦までの一ヵ月の間。

 高専の術師たちで作戦を練っている時のことであった。

 

「どういうことだ、真希」

 

 禪院真希は、雑多に髪を伸ばした男──禪院甚壱からそんな問いを投げかけられていた。

 

「天使の術式だよ。マハトの『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』を解除する手段が確立したんだ」

 

 首を掻きながら答えを返す真希。

 

 真希とマハトが禪院家に向かったその時、甚壱はマハトを祓うために対峙していた術師の1人だ。つまりは、マハトの術式の発動に巻き込まれ黄金に変えられていたはずの人間。

 『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』の被呪者は、厳密には死亡していない。確かに真希たちはそのような推測を立てていた。

 しかし黄金に変えらえた人間をマハトは元に戻すことが出来ず、故に黄金に変えられることは事実上の死を意味していたはずであった。

 

 宿儺が伏黒の肉体に受肉したことが転機となった。

 天使の言う"堕天"の正体が露見したことで、状況が変わったのだ。宿儺が虎杖という『檻』を脱し、羂索たちと合流した。これにより真希たちは天使の協力を取り付けることが出来たのだ。

 術式の消滅。それは当然、マハトの術式も対象とすることが出来る。

 

「手段を問うているのではない」

 

 甚壱は、眉間に皺を寄せていた。

 

「何故、俺を助けた」

 

 それは、甚壱からすれば最もな疑問であった。

 禪院家の忌庫で待ち構えていた扇。彼は真依を人質として確保した上で、真希にマハトを嗾け殺そうとした。恐らくは、伏黒を禪院家当主の座から引きずりおろすために。

 家での立場を巡る策謀。それに、禪院家の中核をなす面々であった甚壱が関わっていないはずがない。

 

 間接的とはいえ、甚壱は真希を殺そうとしていた。

 真希は甚壱を、憎んで然るべき。

 

「私の判断じゃねぇよ。高専(わたしら)の判断だ。宿儺との戦いに向けて、動ける術師は1人でも多い方がいいからな」

「……俺以外の家の連中はどうするんだ」

「宿儺相手に半端な実力の術師はぶつけられない。オマエが黄金に変えられた術師の中で実力も立場も強いと思ったんだ」

 

 直哉は自害した末に呪霊に成り果て、扇は黄金に変えられた時点で致命傷一歩手前の状態だった。だからこそ、あくまで五体満足で黄金に変えられた甚壱を元に戻すことを真希たちは選択したのだ。

 その上、直哉や扇と異なり甚壱は『躯倶留隊』に慕われていた。誰も表立っては口にはしなかったが、理不尽に『躯倶留隊』に当たらずまともにコミュニケーションが取れる甚壱のことを皆頼りにしていたはずだ。

 かつて『躯倶留隊』に所属していた真希だからこそ、甚壱は禪院家の面々の中でも比較的話が通じるものと考えていた。

 

「だとしても、オマエは何故反対しなかった」

 

 甚壱は険しい表情のまま、真希へと口を開く。彼は本当に、疑問でならないのだろう。家の中で実力と人望があろうとも、甚壱は確かに真希を殺そうとした。それだけではない。家が壊滅するその瞬間まで、甚壱は家に蔓延る価値観を許容していたのだ。

 

 禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず。

 その言葉が示しているように、禪院家において呪術とは人を測る絶対的な物差しである。術式の有無は勿論、相伝の術式を引き継いでいなければ家の中では落伍者として扱われる。強力とは決して言えない術式を持って生まれた真依、術式どころか呪力を持たず生まれた真希。真希たちは実の親からも疎まれながら家の中で暮らしていた。

 甚壱は、直哉のように直接真希に暴行を加えることはなかった。しかし虐げれている真希を見過ごしていたこともまた事実だ。

 

 己の立場を理解しているからこそ、甚壱は真希が彼を拒絶しないことが理解できないのだ。

 

「私は、ただオマエと話す機会が欲しかっただけだ」

 

 真希は、真っ直ぐに甚壱を見ながら口を開く。

 

「オマエにとって、禪院家は何だったんだ。家が壊滅したとしても、オマエは禪院家の術師として生きるのか」

 

 彼女の言葉に、甚壱は静かに目を伏せた。

 その表情の意味を、意図を、真希は読み取ることが出来ない。

 

甚爾(アレ)が家を出た時から、いつかこんな日が来ると思っていた」

 

 絞り出したかのような言葉だった。

 

「俺は…俺達はただ認められなかっただけだ、自らが家で培った呪いが否定されることを。だから俺や扇、蘭太も、ずっと見ないふりをしてきた」

 

 甚壱が微かに笑う。皮肉気な笑みだ。

 

「命も生活も、常に瀬戸際を流れていたというのに」

 

 真希には、甚壱たちに、いや禪院家に過去何があったのかは分からない。確かであるのは、禪院家にはきっかけがあったということ。禪院家の価値観、それが根底から揺るがされるようなきっかけがあったのだ。

 きっかけはあった。その上で、甚壱たちは生き方を変えないことを選択した。

 

「……真希、俺は禪院家に未練はない。高専の術師の一員として共に戦おう」

「いいのか。宿儺と戦う意味が分かってないわけじゃねぇだろ」

 

 日下部は反転術式を使える術師か、死にたがり、もしくは死んでもいい術師のみに宿儺戦への参加を認めた。反転術式が使えなければ、宿儺相手に生き残ることはまず不可能であるからだ。

 甚壱は反転術式を使えない。宿儺と戦うということは、死にに行くということと同義である。

 

「黄金から元に戻したのはオマエ達だ。元々俺に拒否権はないだろう」

 

 甚壱はそう苦笑した。

 

「それに、禪院家としての俺はあの日死んだんだ」

「…そうだな」

 

 真希は甚壱から視線を外した。顔を上げると、会議室の中央で乙骨やマハトらが話し合いを続けている。

 

「マハトが折角くれた機会だ。お互い、大切に使わないとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ鹿紫雲。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 虎杖悠仁は、1人黄昏ている鹿紫雲にそう声をかけた。

 振り返った鹿紫雲は、見るからに不愉快そうに顔を歪めていた。

 

「誰だよオマエ」

「俺だよ俺! オマエがずっと探してた…」

「あぁ、元宿儺の器か」

 

 鹿紫雲が興味なさげに虎杖を見やる。秤から聞いた通りだ。本当に宿儺以外眼中にないのだろう。

 

「なんだ? 俺と戦り合いにきたのか」

「そんなんじゃないって、物騒だな」

「なら帰れ。オマエらと馴れ合うつもりはない」

 

 ひたすらな素っ気ない態度。結界(コロニー)に入る前、伏黒から聞いた話を思い出す。

 受肉した過去の術師は現代と価値観がまるで違う。100年や200年でも命の価値がまるで異なっているのだから当然の話だ。戦って死ぬのは当たり前、戦って死にたい。伏黒はむしろそのために羂索と契約したのではないかとすら推測していた。目の前の鹿紫雲は正にその典型と言えるだろう。

 

「そう言わずに、ほんとに一瞬で済ませるから」

「…しつけぇな」

 

 それでも、虎杖は退かなかった。鹿紫雲に、羂索と契約した過去の術師に、どうしても確かめたいことがあったから。

 

「鹿紫雲はさ、マハトと過去に面識あったりする?」

 

 虎杖は、マハトに疑いを向けている訳ではない。

 ここまで献身的に虎杖たちに協力してくれているマハトを、今更疑うことなど彼にはできない。マハトを"呪い"とは思えない。その考えは九十九と話した頃から変わってはいない。

 

 一方で、羂索との関係が不明瞭であることもまた事実だった。

 マハトは羂索とは既に袂を分かっていると述べており、そのことを虎杖は疑うつもりはない。しかしそもそも、マハトは何故羂索に一時協力していたのか。自身の好奇心のためだけに日本全土を巻き込む呪術テロを引き起こした羂索は、人類との共存というマハトの理想からは程遠い存在に虎杖は思える。マハトと羂索が何百年も生きている者同士であるといっても、接点が生じるとは虎杖にはとても考えられないのだ。

 マハト本人に聞いても人類との共存のための一点張り。だから虎杖は、当時のマハトの振る舞いを過去の術師に聞くことにしたのだ。

 

「そんなことが聞きたかったのか」

 

 鹿紫雲はあっさりと、虎杖へ答えを返した。

 

「面識あるぞ。というか俺はアイツと一度戦り合ってる」

 

 虎杖は思わず目を見開いた。鹿紫雲はあくまであっけからんとしている。

 

「まじか…! なんというか、その、マハトはどんな感じだった?」

「強かったな」

 

 鹿紫雲は初めて笑みを見せた。獣を思わせる獰猛で好戦的な笑みだ。当時を思い出して気持ちが高ぶっているのだろうか。

 

「呪術のキレも身のこなしも、俺が戦り合ってきた中で一番だった。この体でもう一度戦り合いたいぐらいだ」

「…そうだったんだ」

 

 鹿紫雲の言葉に、虎杖は引きつった笑みを返す。マハトと戦った結果、自身が命を落とすこととなっても鹿紫雲は構わないのだろうか。いや、元より鹿紫雲は単身宿儺に挑もうとしているのだ。己の命など勘定の外にあるのだろう。

 虎杖とて己の命が惜しい訳ではないが、鹿紫雲のそれとはまた異なる。鹿紫雲は、過去の術師は、文字通りの生と死の瀬戸際を歩んできたのだろう。

 

「当時のマハトは、羂索と一緒に行動してたのか」

「そうだな。護衛だとかなんとか言ってたかな」

 

 虎杖は、おずおずと口を開く。

 

「マハトがなんで羂索と行動してたのかとか、鹿紫雲は知ってるか?」

 

 問いに、鹿紫雲は怪訝そうに顔を顰めた。

 

「俺が知るわけねぇだろ」

「…だよな」

「てか俺じゃなくてマハトに聞けよ」

「聞いたさ、でもなんかはぐらかされてる感じがして…。過去(とうじ)を知ってる術師の話も聞きたかったんだ」

「あーなんつーか…。聞いてるだけでイライラしてくるな」

 

 乱暴に頭を掻く鹿紫雲。虎杖の何がそんなに気に喰わないというのか。

 

「そんなにマハトのことを知りてぇなら、オマエがマハトと戦り合えばいいだろ」

 

 その言葉はきっと、受肉した過去の術師である鹿雲紫だからこそのものなのだろう。虎杖は思わず押し黙ってしまう。

 

「言葉が通じねぇなら、呪術をぶつけ合えばいい。術師ってのはそういうもんだ」

 

 鹿紫雲は虎杖ではないどこか遠くを見やった。過去を思い返すように、僅かに目を細める。

 

「少なくとも俺はそうしてきた。際限なく力を発露しつづけることでしか、他人と関われなかった」

 

 彼の言葉には、確かに重みがあった。

 戦いに明け暮れ、命を奪い合ってきた者としての確信が宿っていた。

 

「けど俺は、マハトと殺し合いたいわけじゃない」

「んな甘ぇこと言ってるから、今の術師は弱い奴ばっかなんだ」

 

 鹿紫雲が嘆息する。彼は決して、己の考えを曲げるつもりはないらしい。

 あるいは、それは鹿紫雲が選んだ生き方そのものであるのか。

 

「マハトに全てをぶつけてみろ。それで見えてくるものがあるはずだ」




次回の更新は4月21日(火)0時の予定です
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