黄金寓話   作:いなほみのる

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第24話 黄金寓話─肆─

 地上約200m──マハトの術式範囲の更に上空より、東堂葵は姿を現した。

 その気配を捉えたマハトは、冷めた眼で彼を見上げていた。

 

自棄(ヤケ)になりましたか」

 

 マハトが術式範囲を拡げるより早く、東堂は両腕を振るう。

 一度死を迎えながらも、再び主の元に舞い戻った生得術式を発動する。

 

 

 

 かあああん、と。

 黄金の死地にビブラスラップの音が鳴り響く。

 

 

 

 東堂の『不義遊戯』改はビブラスラップの金属片と木箱の衝突を発動条件として、一定以上の呪力を持ったモノ同士の位置を入れ替える。

 さらにビブラスラップの衝突回数に対し入れ替え回数を絞る縛りを自らに科し、術式対象の複数選択と効果範囲を拡げることに成功していた。

 

 入れ替える対象は自身と虎杖の周囲に舞う金片。

 同時にマハトの位置も入れ替えることで虎杖とマハトを引き離す。

 

「東堂!!」

虎杖(ブラザー)!!」

 

 マハトの術式範囲の外より、東堂は虎杖の元に馳せ参じた。

 入れ替えが完了した直後、東堂は身体の内に奇妙な感覚を抱いた。東堂の中で、虎杖の術式が鼓動している。そうか、これが虎杖の『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』への対抗策。

 

「動けるか、虎杖(ブラザー)

「すぐ治す。東堂こそ、黄金に変わっちまってる箇所ないか」

「五体満足、無問題(モーマンタイ)だ」

 

 東堂の言葉に、虎杖は血だらけの顔を綻ばせた。

 虎杖の全身はいたるところに傷が刻まれている。傷がないところが見当たらないほどだ。それでも、虎杖の戦意は死んでいない。虎杖の呪術師としての意志は生きている。

 

「葵様は、悠仁様に刻まれた術式を知っていたのですか」

 

 マハトが東堂へと問いかける。金片と位置を入れ替えられた彼は、舞う金片をかきわけながらこちらへと近づいてきている。

 『不義遊戯』改に対しては逆効果と悟ったのだろう。マハトは既に金片の支配(コントロール)を手放していた。

 

「いいや、知らなかったさ」

「ならば何故、このような真似を…」

 

 不可解そうな表情でマハトは東堂を見やっている。彼の言葉はもっともなものであった。

 "窓"からの報告に基づき、呪術高専は特級呪術師である乙骨憂太の派遣を取り決めていた。マハトは羂索を、高専の術師たちを総動員して尚勝てるか分からない相手を真正面から討ち果たしている。更に術式の性質上、東堂ら1級術師ですら対抗策がなければまともに戦うことが出来ないのだ。『領域展延』と天使の『邪去悔』、2つの対抗策を有してる乙骨以外にこの事態は収拾できないものと呪術高専は判断していた。

 

 しかしながら、乙骨は現在別件の予定がありすぐにその場に向かうことが出来ない状況であった。

 東堂たちに命じられたのは、黄金に変えられた一帯付近での待機だ。

 事態の変遷を逐一確認し、乙骨が現着し次第彼をカバーする。それこそが東堂の本来の任務。

 

「だが俺は感じたのだ! この黄金に変えられた故郷の中心で、虎杖(ブラザー)呪力(ともしび)が潰えかけているのを!!」

 

 それは、最早第六感に近しいもの。東堂はただそれを直感した。だからこそ今こうして、独断(アドリブ)で黄金の死地の只中に立っている。

 冥冥の協力があったからこそ成し得た推参だ。彼女が烏を虎杖とマハトの直上に配置してくれなければ、東堂は上空から彼らの呪力を正確に捉えることが出来なかった。

 

 東堂の力強い言葉を受けて、マハトは手を顔に宛がい笑みを漏らしていた。

 

「いかれている…。悠仁様が『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』を会得していなければ、この場に来たところで何の意味もなかったというのに…」

「…そうか、虎杖(ブラザー)にはオマエと同じ術式が在ったんだな」

 

 その事実が何を示しているのか、東堂が今詳細を理解することは出来ない。

 だからこそただ受容する。今は虎杖が『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』を使えるということだけ分かっていればいい。

 

「マハトよ、あの時の約束を憶えているか」

 

 東堂はマハトに、左腕のビブラスラップの切っ先を向ける。

 そこに宿るのはいつかの約束。マハトに東堂の性癖(すべて)をぶつける。その約束を、東堂は終ぞ果たせずにいた。

 

「今こそが果たす時だ」

 

 東堂は、呪術師だ。

 だからこそ、東堂がマハトの行いに対して揺るがされることはない。連綿と紡がれる呪術師の意志は、呪術師を罪と罰の因果から解放する。東堂が胸の内に抱くものは使命だ。死した者たちから託された使命を、東堂はただ全うするのみ。

 

「俺達の、呪術師の全てを、オマエにぶつけてみせる」

 

 東堂の宣言に、マハトはやはり笑っていた。

 楽しそうに、嬉しそうに、くつくつと笑っている。

 

「…なるほど、私の相手は呪術師の歴史そのものというわけですか。本当に、貴方は面白いですね」

 

 黄金の槍を携え、マハトがこちらへと歩み出す。

 彼が帯びる殺意に応じ、東堂もビブラスラップを構えた。

 

「貴方達と共存のために殺し合えることを、私は光栄に思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マハトとの殺し合いが再び始まる。

 虎杖悠仁は拳を構え、側に立つ東堂の意志に殉じていた。

 

「来るぞ、虎杖(ブラザー)!」

「応!!」

 

 マハトが槍を手に持ち虎杖たちへと駆ける。例え金片という手札が使えないとしても、マハトの身体能力で振るわれる槍はそれだけで十分な脅威だ。シン・陰の技術と合わされば、虎杖はまた全身を穴だらけにされてしまいかねない。

 だが、今の虎杖には東堂がいる。

 

 かあああんと、ビブラスラップが鳴り響く。

 位置の入れ替えが始まる。ビブラスラップの1秒間の衝突回数は約50回であり、東堂はその衝突回数に対して入れ替え回数の最大値と最小値を好きに調節することが出来る。

 

「これは…」

 

 ルーレットのように。

 マハトと東堂と虎杖が、入れ替わり続けている。

 

 あの宿儺ですら対応を諦めた入れ替え回数。以前の『不義遊戯』とは訳が違う。一定以上の呪力さえ持っていれば入れ替えの対象となるために、迫りくる選択肢に事実上際限はない。どれとどれが入れ替わったのかを細分化された1秒の中で判断することなど、例え熟練の術師であってもまず不可能だ。

 

 ただ1人。

 虎杖だけが、東堂の『不義遊戯』改と連携することが出来る。東堂の意図を汲み、絶えず連続する入れ替えの中で自在に拳を振るえる。

 新宿において史上最強(すくな)すら翻弄した彼らの連携が、今再びマハトへと火を噴く。

 

「───ッ」

 

 虎杖の拳が、マハトの腹部を、背部を、顔を打つ。東堂の蹴りがマハトの顎をかち上げる。マハトは虎杖に反撃しようと槍を振るうが、常に空を切り続けている。自身や虎杖の入れ替え先を読めていないのだ。

 『不義遊戯』改の術式対象は一定以上の呪力を持ったもの。マハトとマハトが手に持つ槍は一塊のものとして認識され、それ故に彼から槍を奪うことは出来ない。

 しかしながら、槍の有無など東堂と虎杖の前では最早些事だ。

 

「想像、以上ですね」

 

 血を吐きながら、マハトが虎杖たちから後ずさる。距離を取り、体勢を立て直すつもりか。

 東堂がそれを許すはずがない。

 

 かあああんと、ビブラスラップが鳴り響く。

 瞬間、マハトの周囲をルーレットのように虎杖が回る。入れ替わり続けている。

 

「私の、金片を」

 

 マハトの支配(コントロール)を失い周囲を舞い続けている金片。それらには当然、マハトの呪力が籠められている。一定以上の呪力を帯びており、『不義遊戯』改の発動条件を満たしている。

 

 辺りを舞う金片全てが入れ替え対象。

 虎杖らが策を講じるまでもなく、この場は『不義遊戯』の独壇場として仕上がっている。

 

「ぐッ……」

 

 マハトの脇腹に拳が刺さる。苦悶の声を漏らしマハトがふらつく。

 死に瀕し、下がり切ってしまっていた虎杖の容態(コンディション)。それが東堂との連携を経ることで回復を始めていた。反転術式による肉体の治癒が進み、呪力出力も黒閃直後のそれに近づいてきている。虎杖の集中が、最高潮に達そうとしているのだ。

 

 4度目の『黒閃』。

 そのための土壌が整ってきている。

 

「ならば」

 

 虎杖の変化をマハトも察していたのだろう。

 マハトがその場で槍を構える。

 

「シン・陰流『簡易領域』───居合『夕月』」

 

 マハトが展開したのは、シン・陰の絶技。全自動(フルオート)反射の槍

 脳の思考が間に合わないのならば、背骨で思考を回せばよい。単純明快かつ的確な『不義遊戯』改への対抗策。

 

「東堂!!」

「分かっているとも」

 

 以心伝心、仔細を語らずとも東堂は虎杖の意図を分かってくれる。

 虎杖と東堂は迷いなくマハトの元へと駆ける。マハトは動かず、ただ槍を構えつづけている。彼の力量ならばまず間違いなく縛りなしで『簡易領域』を運用できるはず。だというのにあくまで虎杖たちを待ち構えているのは、彼らが繰り出してくる策を警戒しているためか。

 

虎杖(ブラザー)

 

 走りながら、東堂が口を開く。

 彼の双眸には一切の雑念はない。憎悪も、殺意すらもない。呪術師としての意志のみが、今の東堂を突き動かしているのだ。

 

「オマエは、独りじゃない」

 

 正面から。

 虎杖と東堂は、マハトの『簡易領域』に踏み入った。

 

 生身での猛進。当然『不義遊戯』改は発動していない。まさか入れ替えなしで突貫してくるとは思っていなかったのだろう、マハトは信じられないといった様子で目を見開いている。

 しかし例え予想を外れたとしても、マハトの槍に乱れはない。領域内に侵入したものを貫き殺さんと、全自動(フルオート)反射で虎杖らへと槍が繰り出される。

 

 対して。

 虎杖は拳を、東堂は足を、マハトの槍へと振りかぶる。

 上がり切った集中が、東堂への信頼が、虎杖に確信を与えていた。

 

 

 

 連なる黒い火花。

 二者同時に放たれた『黒閃』が、マハトの絶技を破る。

 

 

 

 槍ごと吹き飛ばされ、黄金の地を跳ねるマハト。虎杖は駆け、ひたすらに彼を追いかける。槍ごしではあるが、2発分の『黒閃』だ。これで更にマハトの呪力を大きく削れた。

 

 東堂の参戦により形勢は逆転した。

 『不義遊戯』改にマハトは翻弄され、『黒閃』により対抗策も破られた。このまま畳みかければ、マハトを戦闘不能にまで追い込める。

 

 懸念があるとすれば領域の存在。

 真人を筆頭とした未登録の特級呪霊たち。彼らは皆領域展開を使うことが出来た。であれば、同程度かそれ以上の呪力量を有しているマハトが使えないはずがない。領域展開は呪術の極致であり、この盤面を覆す余地を秘めている。

 

 しかしながら虎杖はこの状況であっても、マハトが領域を使う可能性は低いと考えていた。

 まず前提として、マハトが相手をしなければならないのは虎杖だけではない。今こうして東堂が助勢に現れたように、呪術高専が派遣する後続の術師たちとも戦り合う必要がある。大抵の術師はマハトにとって脅威にはならないだろうが、乙骨だけは例外であるはずだ。条件付きとはいえマハトの術式を無効化できる手段を持ち、領域を展開することも出来る。領域は莫大な呪力を消費する。如何にマハトと言えど、一日に領域を2度も使うことは出来ないだろう。乙骨のために領域は温存したいと考えるはずだ。

 その上、今の虎杖は『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』を会得している。例え領域を展開されようと、領域に付与されるであろうマハトの術式を相殺できる。今の状況においてマハトが領域を展開するメリットがないのだ。

 

 領域という手はまず有り得ない。

 虎杖は東堂と共に、無心で拳を振るうのみ。

 

「言ったはずです、悠仁様」

 

 虎杖の駆ける先で、マハトは槍を構え直す。

 その構えは、シン・陰とは異なるもの。

 

「命をかける覚悟は、疾うに出来ている」

 

 虎杖の脳裏に、切り捨てたはずの可能性が過る。

 有り得ないことだ。マハトのそれは、明らかな自殺行為。

 

 奇しくも、それは。

 

 

 

「領域展開『黄金郷"晩鐘"』」

 

 

 

 一か八か。

 0.2秒で、マハトが領域を展開する。




次回の更新は5月2日(土)0時の予定です
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