「『黄金郷"晩鐘"』」
───一か八か、0.2秒の領域展開。
0.2秒はマハトが勘で設定した。
呪力消費を最小限に抑え、かつ虎杖と東堂を屠れる『黄金郷"晩鐘"』の発動時間。
根拠はない。
しかし実際に、渋谷において真人は同じことを行い虎杖の黒閃を喰らいながらも魂の本質の表出───『遍殺即霊体』を発動する余力を残していた。
領域展開後、マハトが即座に再び領域を展開することは出来ない。だが短時間で自己補完により領域を展開できるだけの呪力は賄えるだろう。
虎杖の領域も、東堂の簡易領域も間に合わない。
異次元の発動速度。生得領域の具現化と術式の発動、本来2段階の工程を1つにまとめる。数百年研鑽を重ねたマハトは、黒閃を経た覚醒状態に至るまでもなくその早業を成し遂げる。
領域に、付与された術式は。
「───ッ」
虎杖と東堂の全身が、金片により磨り潰される。
マハトが必中としたのは黄金に変えたものの加工及び操作。当たるまでそこに存在しない金片が、虎杖と東堂に襲いかかったのだ。
本来の必中効果──術式対象を必中で黄金に変える──からの仕様変更。マハトだからこそ可能としたその離れ業は、対抗策の有無など関係なく対象を大質量で鏖殺する。
0.2秒という時間は、マハトにとって充分な猶予であった。
虎杖と東堂を屠るのに、充分な───
虎杖悠仁は、金片に刻まれながらも確かに見た。
マハトの生得領域。黄金に煌めく街並みを。
林立するそれらは、地域も時代も1つには定まらない。雑多で統一感のない黄金の郷里。あるいはこれらは、マハトがこれまで黄金に変えたものであるのか。
その中には、今さっきマハトが黄金に変えた虎杖の故郷のものも混じっていた。
それは。
黄金に埋もれるその家は。
「これで終わりです」
マハトの領域が解かれる。彼の目の前には、全身に傷が刻まれた虎杖と東堂の姿があった。
領域により戦況は覆った。
虎杖は勿論、東堂もこの傷ではまともに戦闘は出来ないだろう。その上東堂は虎杖と異なり呪力を血液に変換できず反転術式を使えない。例え今致命傷でなかったとしても、全身からの出血が彼の命を蝕むこととなる。
もっとも、虎杖も重傷であることには変わりない。マハトの槍に、金片に何度も全身を刻まれ、肉体の原型が残っているのが不思議なほどの状態だ。意識が保っていることすら奇跡に近い状態。反転術式にリソースを割かなければ、虎杖は刻一刻と死に近づくことになる。
それでも。
虎杖は拳を構える。マハトをただ真っ直ぐに見据える。
その双眸に宿る戦意を認めたのだろう。マハトは呆れたような笑みを零した。
「まだ動くおつもりですか。もう立っているのだってやっとでしょう?」
「だから何だ」
彼の中には未だ、折れぬ理想が灯っている。だからこの死に体であっても立っていられる。マハトへと立ち向かえる。
「それが
一歩。
血みどろの虎杖が、マハトへと足を進める。マハトへと間合いを詰める。虎杖とマハト、両者の間でどうしようもなく殺意が燻る。
「……貴方が敵としての役目をお望みならば、私はそれを全うするまで」
マハトもまた、虎杖へと槍を構えていた。
結界の欠片と金片。黒と金が舞い踊る死地にて、拳と槍が相対する。
「手ずから、悠仁様の命を葬りましょう」
虎杖の拳には、既に溢れんばかりの呪力が籠められている。必要であるのは最大呪力出力。最大呪力出力の黒閃にて、マハトの呪力を削り切る。
その拳に対して、マハトはただ槍を構えていた。あくまで迎撃、カウンターで虎杖を仕留めるつもりか。確かにマハトの身体能力ならば、決して不可能とは言い切れない話だ。
だがしかし。
「おいおい、仲間外れは寂しいな」
「!」
背後から聞こえるその声に、マハトが僅かに目を見開く。
そうだ。
虎杖は、独りじゃない。
「まだ『不義遊戯』は、生きてるぞ」
直で見ずとも、東堂がビブラスラップを振るわんとしているのが分かる。
無策でマハトの領域の必中効果をビブラスラップがやり過ごせるわけがない。恐らくは全呪力をビブラスラップに集中させ、ビブラスラップだけは何としても守り抜いたのだ。0.2秒の間隙の中でそれを判断した。東堂の使命を、ただ全うするために。
だとしても、きっとこれは最期の1回だ。領域の必中効果に曝され、ビブラスラップの命はもう幾何とない。そもそもこのビブラスラップすら、宿儺戦を経た東堂が己の
この1回に、全てが懸かっている。
「───」
虎杖がマハトへと距離を詰める。呪力の漲る拳を振りかぶる。マハトもそれに応じ槍を繰り出した。
言葉など不要だ。東堂の意図を虎杖は分かっている。
最期の1回はフェイントだ。東堂はこれから、タップしても入れ替えないフェイントを行おうとしている。
未登録の特級呪霊たちですら翻弄されたフェイント。これをマハトに行い、隙を晒したマハトに最大呪力出力の黒閃を打ち込む。勝算は既に視えている。
虎杖は雑念なく、マハトへと拳を突き出して。
かっ、というビブラスラップの最期の雄叫び。
黄金の死地の中心にて、拳と槍が交錯する。
「読み切りました」
虎杖の胸部、そこに黄金の槍が突き立っている。貫いている。血の巡りがおかしい。心臓が潰れているのだ。早く、早く『赤血操術』で応急処置を。
「させませんよ」
槍が虎杖の胸から引き抜かれた。胸から勢いよく血が噴き出て、虎杖は思わず膝をついてしまう。限界を超えた負傷。虎杖の肉体から、みるみるうちに血液が失われていく。
マハトの様子は先ほどまでと変わっていない。大きく消耗はしているが、致命的ではない状態。
虎杖の拳は、マハトに届かなかったのだ。
「な、んで」
東堂のフェイント、それをマハトは読み切ったというのか。
数百年で培われた戦闘経験が故か、ともすれば虎杖と共に暮らし過ごした時間が故か。結論は出ない。虎杖の問いに、マハトはただ微笑んでいる。
「さて、今度こそ終わりですね」
マハトが槍を振り上げる。虎杖に止めを刺さんとしている。苦悶の表情を浮かべつつも、虎杖は口を開いた。
告げる。
「ありが、とう、東堂」
「?」
虎杖の言葉の意図が分からなかったのか、マハトは疑問気に目を瞬かせていた。
「間に、あった」
───マハトとの殺し合いにて、虎杖悠仁は4度『黒閃』を打ち込んでいる。
1度目の黒閃を経て『
それは、親であるマハトでは不可能だったこと。
使い手の
人の命に価値を見出し、それを尊ぶ虎杖だからこそ、人に行使された『
そして。
4度目の黒閃を経て、虎杖悠仁の潜在能力が限界まで引き出される。
その源となるものは羂索、マハト、そして虎杖仁。虎杖の祖父である虎杖倭助には、両面宿儺が贄とした彼の片割れの魂が宿っている。即ち、呪いの王たる両面宿儺とその起源を同じくしている。
両面宿儺が最強たる所以は、その"目"だ。
"目"より先に"手"が肥えることはない。"目"の良い者の上達速度はそうでない者のそれを遥かに凌駕する。宿儺の"目"はあらゆる呪術を見透かし、それを己の糧とする。羂索のみが知っていた呪物化の手法、五条悟が編み出した焼き切れた術式の修復法、魔虚羅が見出した不可侵の攻略法。その全てを宿儺は"目"で以て己が内に取り込んだ。
かの天与呪縛の鬼人、彼が捉えていた空気の"面"すら宿儺の"目"は知覚していた。
彼の"目"が観測していた、無生物の魂をも───
「『
虎杖が術式を発動した直後、黄金の死地に変化が生じた。
彼を中心として、死地が息を吹き返していく。黄金に変えられたシャッター街、野原、河川、その全てが元に戻っていく。マハトがぶち壊した全てが、元通りになっていく。無為へと帰していく。
潜在能力が引き出されたことによる、虎杖の『
「これは…こんなことが……」
マハトは元通りとなっていく街並みを、呆然と見ていた。彼が手に持っていたはずの槍すら元の外套に戻っている。虎杖がこれを為したことが信じられないのか。今までにない動揺した表情を見せてしまっている。
明らかに、隙を晒してしまっていた。
「『百斂』───『穿血』」
故に。
虎杖が放った音速の血の槍は、容易くマハトの胸部を貫いた。
「…馬鹿な…悠仁様が…何故『百斂』を……」
胸に空いた孔から血を垂れ流しながら、マハトがたどたどしく疑問を漏らす。
もっともな疑問だった。宿儺戦までの一月において、虎杖は九相図を取り込み『赤血操術』を会得した。しかし覚え立ての術式であるがために『百斂』などの高度な血液操作は上手く出来ていなかったのだ。宿儺戦においても虎杖は脹相の補助を受けながら『穿血』を放っていた。虎杖と共に過ごしていたマハトも、当然それを知っていた。
虎杖はあの時の『百斂』の感覚を、決して忘れたくはなかった。それは脹相が生きていた痕跡、彼が遺した記憶の欠片の一つに他ならないのだから。
だから今こうして、独りで『百斂』を成せたのだ。
「仮に…『百斂』が…出来るようになっていたとして、何故今まで」
「マハトも、さっき言ってたろ」
這い蹲るような体勢で、虎杖がマハトに語り掛ける。マハトに有効打こそ与えられたが、虎杖が死に体であることに変わりはない。
虎杖が『
「切り札は、勝てると確信したときに使うもんだ」
それは、かつて練習試合にてマハトが虎杖に教えたこと。
虎杖は覚えていた。マハトの、師の教えを忘れるはずがなかった。
マハトの胸に空いた孔は、塞がらない。赤血操術者の血、呪霊にとって有毒であるそれに肉体の治癒を妨げられている。
いやそもそも、今のマハトには肉体の治癒に割ける呪力すら。
「…お互い、これで終わりだな」
次回の更新は5月5日(火)0時の予定です