黄金寓話   作:いなほみのる

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第3話 闇中模索─参─

 羂索とマハトが出会ってから200年と少し後。

 どことも知れぬ畦道を、彼らは共に歩いていた。

 

「うん、素材(にんげん)集めは一旦これで充分かな」

「もういいのか」

「もうって、私たち結構長いことやってるよ?」

 

 呆れたように羂索が笑う。

 この200年近く、マハトを連れて多くの術師、呪霊と契約を結んだ。そのどれもが、羂索の食指が動かされるような歴戦の強者たち。

 だが羂索にとって一番刺激的だったのは、マハトといういつ牙を剥くか分からない化け物を背中に立たせたことだ。

 

「勿論面白いのがいたら、適宜契約を持ちかけたりはするかもね。けど今までみたいに積極的に探し回ったりはしないつもりだよ」

「なら、これからは何をするんだ」

「そうだね」

 

 羂索はマハトをちらと見やった。

 

「マハトは御三家のことを知っているかい?」

 

 マハトはぶっきらぼうに答えを返す。

 

「術師の世界を取り仕切ってる奴ら…だったか」

「はは、大体その認識で合ってるよ」

 

 前にも話したことあったっけ、と羂索はマハトに茶々を入れる。

 平安時代から続く呪術界の名門、それが御三家だ。それぞれが強力な相伝術式を保有し、長年呪術界を支えてきた。

 

「御三家は呪術界の上層部に深い繋がりと発言力を持っている。特に加茂家は上層部の中核となる保守派とズブズブ、保守派の母体であると言ってしまってもいい」

 

 そして呪術界の上層部は、この国の上層部と深く繋がっている。呪術界に呪いを祓ってもらわなければ民の安全が脅かされるのだ。当然と言えば当然の話と言える。

 

「日本全土を巻き込んた死滅回遊(ころしあい)の儀式を行いたい私にとって、呪術面での治安維持を担う彼らは目の上のたんこぶそのものだ」

 

 長話に飽きてきたのか、相槌も返さないマハト。羂索は苦笑しつつも話を続けた。

 

「ここからが本題だよ、マハト」

「…また悪企みだな」

 

 羂索の笑みが深まる。

 

「つい先日にね、加茂家の当主の肉体を乗っ取る手筈が整ったんだよ」

 

 加茂家の当主。

 それは即ち、呪術界上層部の中核に介入可能な立場であるということ。

 

「当主の立場があれば加茂家を掌握することは容易だ。そして加茂家を手の内に出来てしまえば、そこから芋蔓式に呪術界上層部…この国の中枢に手を回すことも視野に入れれる。私の目的のための下拵えが出来るというわけだよ」

 

 技術や社会の革新が進む今こそが好機。変動する国と呪術界に加茂家当主の立場で一枚噛み、後の時代まで使える布石を残す。閉じた組織が形成されてしまった後では出来ないことだ。

 

「お前の今後の動きは分かった。それで羂索、俺はどう踊ればいい?」

 

 マハトは当然と言った風に羂索に聞く。呪霊にも、信頼という概念はあるのだろうか。

 

「私が当主に成り代わった後、君には加茂家の呪術指南役の地位を与えるつもりだ」

「…それに何の意味がある?」

 

 得心が行かない様子のマハト。無理もない話だ。呪霊が人に呪術を教えるなど、羂索からしても正気の沙汰とは思えない。

 

「君は人間関係の立ち回りが異常に上手いからね。前だって、そうとは分からないよう私の過去に探りを入れてきてたろう」

「………」

呪霊(きみ)には人を信頼させ欺く能力がある。無意識にせよ意識的にせよ、それを利用しない手はない」

 

 マハトが猜疑心の強い御三家の術師たち相手にどう立ち回るのか、羂索としても興味がある。どの道御三家には基本呪霊の視える人間しかいない。マハトを連れて回るには、何らかの策が必要なのだ。

 

「心配しなくても、呪力量をそこらの呪霊程度まで抑えておけばそこまで大きな揉め事は起こらないと思うよ。以前君に教えた結界術を使えば、難しい話ではないはずだ」

 

 結界術は己と他を隔てる境界を操る術。呪力が肉体(おのれ)そのものであるマハトが応用すれば、呪力量を少なく見せかけることは容易だろう。

 

「それにね、マハト。御三家は魔窟、あらゆる場所に悪意が満ち、腐り切っている。君にとっても人間の感情を知る良い道しるべとなるだろう」

「そうか」

 

 羂索はマハトへと鷹揚に振り返った。

 

「マハト、私は加茂家の当主だよ」

 

 その発言の意図を、マハトをすぐに汲み取った。穏やかな笑みを浮かべ、右手を胸に携える。

 

「仰せのままに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「憲倫様、見事な手腕でございます」

 

 恭しく礼をする侍女に、羂索は重々しく口を開いた。

 

「大げさな言葉だな、四乃」

「とんでもございません」

 

 侍女──四乃は羂索の側に控えるマハトを見やった。その目に宿るのは、恐怖、猜疑、軽蔑、そして。

 

「これほどの力量の呪霊を飼い慣らすことが出来たものなど、歴代の当主でもおりますまい」

「マハトが私に従っているのは、彼の意思によるものだ」

「それでも偉業であることには変わりませぬ。きっと憲倫様の名は、後世まで語り継がれることとなるでしょう」

 

 彼女の言葉には、少なからずマハトへの信頼が覗いていた。呪霊に対して、一欠片でも許してはならないはずの感情。

 四乃は、沈黙を保つマハトへと言葉を投げかける。

 

「マハト。貴様はこの数年間、加茂家のために尽力してくれておる。貴様の助言や助力に救われた者も多くいるであろう」

 

 つらつらと並べられる言葉、マハトはそれを穏やかな笑顔で聞いている。その様は羂索から見ても、呪霊のそれとは到底思えない。

 

「今一度問いたい。貴様は何故加茂家に力を貸している」

 

 マハトは一切の動揺なく、おもむろに口を開いた。

 

「人類と呪霊の血で血で洗うような殺し合いは復讐の連鎖により生まれたもの。話し合い共に暮らし理解し合うことこそが、共存の道への第一歩だと考えたからです」

 

 淀みない言葉。マハトの口から述べられた薄っぺらいまでの綺麗事に、四乃は深い息を吐いた。

 

「呪霊が皆、貴様のように友好的だったら良かったのだがな」

 

 羂索は思案する風に口に手をあてがった。その様子が視界に入っていないのか、四乃はマハトへと言葉を続ける。

 

「マハト、我々は貴様を信頼したいのだ。加茂家のために───」

「もういい、四乃」

 

 四乃の言葉を羂索が遮る。彼女は怯えるようにすぐさま口を閉じた。

 

「君の言いたいことは分かった。後は私がマハトと話をつけておく」

「…差し出がましい真似をしました。お許しを」

 

 羂索が四乃を見下ろす。

 

「構わない、下がれ」

 

 

 

 

 

「………くっくっ」

 

 四乃が羂索の居室から退出するや否や、羂索はくつくつと笑みを零した。

 

「四乃を下がらせて良かったのですか、まだ何か言いたげでしたが」

「マハトは、彼女が何を言いたかったか分かるかい?」

 

 羂索は側に控えるマハトを見る。マハトは事もなげに答えを返した。

 

「加茂家と共に()を狩ること、それを呪霊(わたし)に求めているのでしょう」

「敵か、面白い言い方をするね」

 

 加茂家──術師たちの敵とは、当然呪霊だ。例外はあれど、それが基本的な原則。

 つまり四乃ら加茂家の人間は、呪霊狩りに呪霊を頼ろうとしているのだ。

 

「あんな試すような言い方をしてまで君を頼ろうとする…いや、あくまで君が自発的に力を貸している形にしたかったのかな。何はともあれ、数年足らずでここまであの加茂家を誑しこむとはね」

 

 楽し気に羂索が笑う。仮にも御三家の一角がなんとも無様なものだ。呪霊の本能とは、羂索が思っている以上に人には劇薬であるらしい。

 

「まあ、四乃の苦悩も分かるけどね。何せ当主(わたし)が家の運営をまるでしていないんだ。今の加茂家はまともに人手が回らず、家の中の呪霊すら満足に処理できていない。猫の手ならぬ呪いの手を借りたくなる気持ちも分かるよ」

「…憲倫様が四乃様に協力すればよいのでは?」

「私は研究と根回しに忙しいんだ。他を当たってくれ」

 

 ひらひらと手を振る羂索。初老前後である今の(がわ)でやる仕草としては、何とも軽薄で年齢不相応である。

 

「四乃様は、私の忠誠心も試されているようでした」

「忠誠心? ああ確かにそうかもね」

 

 言われて初めて気づいたといった様子で、羂索はぽんと手を打った。

 

「全く無駄なことをするな。君に忠誠心なんてあるはずがないのに」

 

 羂索は、そう断言した。

 変わらぬ穏やかな笑みで、マハトは羂索を見やっている。

 

「ともかく、呪霊の対処は君に任せた。加茂家(かれら)の信頼を勝ち取るいい機会だ。存分に暴れてくると良い」

「仰せのままに」

 

 二つ返事で承諾したマハトに笑みを浮かべる羂索。彼はこの話はこれで終わりとでも言うように、ぱんと軽く手を合わせた。

 

「さてと、こんな話よりも君にしたかった話があるんだ」

「恐れながら、伺わせていただきます」

 

 堂に入った仕草でマハトが礼をする。一体どこで、そのような礼儀作法を身に付けてきたのか。

 

「最近さ、私の開いている寺で特異体質の娘を保護してね」

 

 羂索が嗤う。

 好奇心渦巻く陰惨な顔。

 その表情が、意味しているのは。

 

「その娘は、呪霊と人間との混血(こども)を孕むんだ」

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