黄金寓話   作:いなほみのる

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第4話 闇中模索─肆─

「ねえ、マハト」

 

 じめじめとした陰気な雰囲気の一室で、羂索は椅子に腰かけていた。横には微笑を浮かべたマハトが立っている。

 羂索は平坦な口調で、マハトへと語りかける。

 

「少し、今更な話をしてもいいかい?」

「憲倫様の話であれば、喜んでお伺いいたします」

 

 羂索は懐に手を入れ、ごそごそと服の内をまさぐる。

 やがて取り出されたのは、手首から先を寸断された黄金の両手。かつて羂索とマハトが出会った時に、手に入れることとなったマハトの術式の資料。

 

「君はあの時、治さなかったんじゃなく治せなかったんだろ」

「……何故、そのようにお思いに?」

 

 マハトは、羂索の言葉を否定しない。

 

「そうだね、まあ幾つか根拠はあるんだけど」

 

 この200年余り、羂索はただマハトを闇雲に連れて回っていた訳ではない。彼の他者への振る舞い、呪術の扱い方、その一挙手一投足を、手抜かりなく観察し続けていた。

 

「君は私の契約対象と諍いとなった時に、契約対象()()に一度も術式を使っていない」

 

 マハトの術式は『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』。凶悪無比な術式性能を誇り、例え歴戦の術師であっても初見ではまず対応できない。かくいう羂索もその性能を見誤り、一度窮地に追い込まれたのだ。

 『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』を使えば、戦闘は一瞬で片が付く。だというのにマハトは使わない。

 

「始めは、君が死合や武の競い合いの類を好んでいるのかと考えた。戦いとは殺しの過程だ。人の殺し方に拘りがあるようなものと思えば、呪いの本能と照らし合わせてもそう不自然な話ではない」

 

 あえて『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』を使わず、相手の持つ力の全てを引き出してから殺す。マハトにそのような意図があるならば、今まで術式を使ってこなかったのにも一応の説明がつく。

 

「けど術師と戦っている時の君は、私の目から見て明らかにつまらなそうだった。というかそもそも、君は私とかつて戦った時に『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』を私に対して使用している」

 

 あの時のマハトは、羂索の領域展開を防ぐために術式を発動した。

 領域展開は確かに強力な術だ。だが、自身も領域を展開することで対抗は出来る。マハトの実力、呪力総量で領域展開が出来ないということはないだろう。

 勿論術師や呪霊の行動原理を画一的に決めつけるのはあまりに短慮であり、当時の状況などあらゆる可能性を考慮した上で結論は出すべきだ。だが争い、殺し合いを好む者が、領域の押し合いではなく、果たして領域展開の妨害というある種退屈な手を取るのか。

 

 どちらかと言えば、より自然な結論は。

 

「君は私の契約対象を殺すなという命令を守るために『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』を使わなかった。それはつまり、君にとって人を黄金に変えることは不可逆なものであることを意味している」

 

 呪術は、術式は、使い手の解釈(イメージ)によりその姿を変える。人を金に変えることと、金から人を生み出すことは等価ではない。呪霊であり人類を理解できていないマハトには、人を一方的に黄金に変えることは出来てもそれを元に戻すことは不可能である。

 

 その事実を突き付けられて。

 マハトは、狼狽も激高もしなかった。ただいつも通りの笑みを浮かべている。まるで、羂索がその答えに辿り着いていたことを知っていたかのような態度。

 

「仮に憲倫様の話が事実であるとして、どうして今更その話を私にしたのですか?」

 

 実際、羂索は随分前にその結論に達していた。今までは単に機会がなかったためにマハトに話していなかっただけ。

 今更話した訳は、羂索の目の前の机に並べられている。

 

「マハト、君に()()()が何に見えるか聞きたくてね」

 

 羂索が指を指した先。そこには九つの瓶が並べられていた。瓶の中には小さな肉塊のような何かが浮かんでいる。

 マハトは思案気に右手を顎に添えた。

 

「人が呪物に成ったもの、でしょうか」

「………まあ、やっぱりそうなるよね。そう見えるよね」

 

 彼の答えに、羂索は大きく息を吐いた。

 

「前マハトに特異体質の娘の話したでしょ。コレらはその娘が産んだ子さ」

「成る程、呪霊と人間の混血児という訳ですか」

 

 羂索はマハトと出会う以前から、術師と平行して呪霊の可能性も考えていた。新しい呪力の形は、呪霊をもう一段階上の存在に昇華させることで生まれるかもしれない。

 だからこそ特異体質の娘を拾った時、羂索は大いに心躍ったのだが。

 

「なんというかさ、普通過ぎるんだよね」

 

 羂索は計9体の子を短期間で娘に産ませた。

 4体目以降は呪物として十分な力を維持できなかったとはいえ、3体目までの個体は確かに強大な力を宿していた。マハトには流石に及ばないが、並の術師では相手にならない実力は有してはいる。

 加えて、呪力を血液に変換できる特異体質も確認できた。恐らく子を孕ませる過程で羂索の(がわ)である加茂憲倫の血を混ぜた影響だろう。これは反転術式をまともに使える術師が少ないことを踏まえると、対術師において非常に大きな優位性となるに違いない。

 

───新しい呪力の形と呼ぶには、あまりに凡庸過ぎる。

 

「人間の感性を持った呪霊みたくなれば、まだ面白味があったんだけどなぁ。これじゃただの特異体質持ちの人間だ。君もそう思うだろ?」

「そうですね、非常に残念です」

 

 あまりにも目を引く特徴が見られないので、戯れに子を孕む際にマハトの血を混ぜるなどの試行も行いはした。しかしながら4体目以降のものに試したのもあって、そもそも産まれた子が衰弱しておりまともな検証結果を得ることは出来なかった。全く、ままならないものだ。

 天を仰ぐ羂索。マハトはじいと、無表情に呪物たちを見つめている。

 

「これ以上子は作らないのですか? 何か条件を変えれば、憲倫様の望むものが産まれる可能性もあります」

「ふふ。私が雑に扱いすぎちゃったせいで、母体がもう限界なんだよね」

「…失礼致しました」

 

 羂索は小さく笑い、椅子から立ち上がった。机に置かれたままの呪物たちに背を向け歩き出す。マハトもそれに付き従った。

 

「まあ文句ばっかり言っても仕方ない。次だ、次に生かそう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羂索とマハトが出会ってから400年と少し後。

 ソファに座った羂索は上機嫌にとあるテレビ番組を見ていた。羂索の背後で、マハトも共にそれを見ている。

 

「見てくれマハト。この『背骨を抜かれたら立ってられへん』ってギャグ、秀逸だとは思わないかい」

「失礼ながら、私は芸事の類は明るくないもので」

 

 マハトに言葉に羂索は楽し気に笑みを漏らす。

 羂索が加茂憲倫の体を乗っ取って以降、マハトは敬語を崩したことがない。羂索が加茂憲倫の身体を捨てた後もだ。マハト自身の中で『仕える』ことの定義が変わったのか、ずっと丁寧な口調で羂索に接している。

 敬語だろうがそうでなかろうが羂索は特に気にしないが、興味深い変化ではあった。

 

「このギャグは『背骨を引っこ抜いたら』と『立ってられへん』で構成されたコンパクトなフリオチギャグになっているんだ。最小限の情報で、テレビの前の視聴者に落差を伝えられるってことさ。良く考え抜かれて作られた、完成度の高いギャグだと私は思うよ」

「………」

 

 うんうんと頷く羂索。マハトはただ微笑を浮かべている。この表情は、羂索の言葉が上手く飲み込めていない時の顔だ。

 

「はは、マハトにこういうのはまだ早かったかな」

 

 ともすれば、呪霊と人間では笑いの感性すら違うのかもしれない。少なくとも羂索には、マハトが何かに対して爆笑している姿がうまく想像できなかった。

 

「お笑い…漫才はね、形を変えながらも1000年以上前から続く伝統的な芸能なんだよ。日常にありふれた理不尽、あるいは日常にありえない異常を象ることで、客を笑わせる。それはきっと、人の本能に近しい行為でもあるんだろうね」

 

 人の歴史には常に笑いが付いて回る。言い換えれば、人はこれまでずっと笑いを求めてきた。それは羂索も例外ではない。

 

 面白いと思ったことが、本当に面白いか確かめる。

 それが生きるということであると、羂索は信じている。

 

「嘲笑などという言葉が示しているように、笑いとは悪意も内包している。笑いの構造を理解することが、君の求める答えにも繋がるはずだ」

「…私には正直、先ほどの芸の何が笑えるのかは分かりません」

 

 マハトは羂索を見やる。人が人を信頼している時に見せるような、穏やかな目つき。

 

「ただ香織様が楽しそうということだけはわかります」

 

 (がわ)の名を呼ばれ、羂索が笑みを深めた。

 

「…君にもきっと、楽しめるよ」

 

 その言葉は、マハトにとって励ましに聞こえたろうか。それとも、慰めに聞こえたろうか。マハトの笑みからは、その分別はつかない。

 

「もう夜が深い。お体に障りますし、今日はお休みになられてはいかがでしょう」

「少し喋り過ぎたね。()()の体なことを忘れてたよ」

 

 笑いながら、羂索は自身の膨らんだ腹を撫でた。羂索の体の中、小さな命の胎動を感じる。

 

 今現在羂索は女の身体を(がわ)とし、自らの子を孕んでいる。

 羂索は自身の望むものを手に入れるためならば、あらゆる労力を惜しまない。己のためならば孕むし孕ませる。倫理や常識など、生きるためには何ら必要ではないのだから。

 

「そういえばさ」

 

 ゆっくりと、体を労わるように羂索はソファから立ち上がった。羂索は、ふと思い出したといった様子でマハトへと口を開く。

 

「私は今この死体(からだ)をかつて好いていた男の子を孕み、それを産もうとしている訳だけど。マハトは何か思うところとかあったりするかい?」

 

 羂索は特に気にすることはないが、その行為は凡百の人間にはあまりにも悍ましいもの。

 人の道を踏み外した者ですら、羂索の行為を気持ち悪がったり糾弾してもおかしくはない。むしろそうやって拒絶することこそが、人としての感性を持っている証だ。

 

 マハトは、さほど悩むことなく答えを返した。

 

「特に何も。お子様の健やかな誕生を願っております」

 

 その言葉は妊娠中の母に向ける言葉としてはあまりにも正しく、だがまともな人間からは出るはずもないものだった。

 だからこそ、羂索はマハトへと笑いかける。

 

「それは良かった、心遣い痛み入るよ」

 

 羂索はリビングの電気を落とした。

 光の消えた部屋には、もう誰もいない。

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