黄金寓話   作:いなほみのる

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第7話 魍虎伏草─弐─

 呪術高専のとある一室で拘束されるマハト。

 羂索が彼の元を訪れたのは、明確な興味があったが故だった。

 

「や、マハト。久しいね」

 

 部屋に入ってくる羂索の姿を認めて、マハトが僅かに目を見開く。流石に治安維持を職務とする呪術師たちの拠点で、呪術テロを目論む怪物と会うことになるとは思っていなかったのだろう。

 だがすぐに、マハトは平生と同じ微笑みを浮かべた。

 

「思っていたよりも、早い再会でしたね」

「そう言うなって。結構無理してここに来たんだよ」

 

 羂索には呪術界を取り仕切る老人たち──呪術総監部との繋がりがある。故に術師の人員配置、割り振る任務の調整を行わせ、高専結界内で()()()()()()()()()()が検知されている事実を揉み消すことも難しくはない。傀儡などを用いた密偵の有無も、結界術を応用する形で洗いざらい確認してある。

 

「その身体は?」

「特級呪詛師、夏油傑の死体(もの)だ。私の目的に色々と都合が良くてね」

 

 当然、リスクはある。五条悟の存在だ。

 アレは規格外であるために、総監部の意向を平然と無視する。妥当性のある通達ならば従うだろうが、何かしらの意図を察した場合その限りではない。

 今この瞬間、羂索の背後から五条悟が現れる可能性も0ではない。そしてそれが実現すればここ数十年の羂索の謀略は水泡に帰すことになる。

 

 それだけのリスクを冒してまで、羂索はマハトと会う選択をした。

 

「あまりここに長居するわけにもいかないからさ。会って早々で申し訳ないが、本題に入らせてもらうよ」

「本題、ですか?」

「ああ、君の処遇についてだよ」

 

 これは確認作業だ。

 羂索の、マハトに対する。

 

「君の知っての通り私は呪術界の上層部と通じている。だがあくまで上層部の一部だ。私が通じている者たちに君の助命を意見するよう命じたとしても、反対意見に押し切られる形となってしまうだろう」

 

 総監部と繋がりがあることは、総監部を掌握していることを意味しない。それとなく総監部の方向性を羂索の思惑に誘導することは容易だろうが、今回のように祓除するかしないかの2択となるとそうもいかない。

 下手に羂索の通じている者たちにマハトの処遇について強硬姿勢を取らせれば、それこそ裏で繋がっている者がいるのではと怪しまれることになりかねないだろう。

 

「だからこそ、五条悟が君の祓除の延期を提言したことが決定打になったね」

 

 総監部は五条の意思を無視することは出来ない。仮にマハトを祓除するとして、その執行役は彼に任命されることがほぼ確実だからだ。彼以外の特級術師は総監部が招集にすぐ応じられる状況ではなく、そもそも五条のように必ずマハトを祓除出来るという保証はない。

 羂索の介入により意見の割れた総監部、そして五条の提言。

 その2つの要素があって尚、マハトの処遇は最低限の譲歩しか得ることが出来なかった。

 

「総監部は、とある条件と引き換えに君の祓除を延期することに決定した」

「条件とは?」

 

 マハトの問いに、羂索の笑みが深まる。

 

「呪術界に連なる人間に仕え、悪意を持った行いをしてはならない。以上の縛りを総監部と結ぶことが条件だ」

 

 それは対人間で考えるのならば、これ以上なく重い制約。

 "仕える"ことで制御下に置き、"悪意"を抱いてはならないという安全装置で管理する。マハトがもし人間を害そうとしても、その意思を抱いた時点で縛りに基づき罰が下る。万が一を防ぐための、マハトを運用するために厳重な檻。

 しかしながら、マハトは人間ではなく呪いだ。

 

「全く笑えるよね。連中は呪霊(きみ)のことを微塵もわかっていない」

 

 羂索は上機嫌に愚かな老人たちを嘲笑う。

 きっと権力闘争にばかり明け暮れてしまったせいで、呪いの何たるかも忘れてしまったのだろう。でなければこんな間抜けな縛りの内容は作れない。あるいはマハトがなまじ人の似姿を象り、その言葉を喋るが故に、人間の社会の枠組みでマハトを捉えてしまったのか。

 

「さあマハト、どうする? この縛りを結べば、呪術界の人間に悪意を抱いた時点で君は祓除(ころ)されることになる」

 

 まるで。

 友達を遊びに誘う幼子のような、生き生きとした表情で羂索がマハトに問いかける。

 対するマハトも、どこか爽やかな表情でそれに応えた。

 

「傑様。命をかけたのなら、あとは行動するしかないのですよね」

 

 その言葉は、いつかに羂索がマハトに投げかけたもの。羂索は覚えている。マハトは知らない感情のためならば、命をかける覚悟があることを。

 やはり、マハトは変わっていない。

 

「これもまた、一興」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、オマエ誰だよ?」

 

 禪院真希は、そう目の前の呪霊に吐き捨てた。

 

「皆様、お初にお目に掛かります。今日よりの東京都立呪術高等専門学校の呪術指南役を仰せつかりました、マハトと申します」

「呪いが、私らに何を教えるんだよ」

 

 真希は先ほどまで、狗巻とパンダと共に一年生らに京都姉妹校交流会の説明をしていた。本来ならば二年生と三年生が参加対象なのだが、三年生が停学中で参加できないために一年生を招集することとしたのだ。丁度一年生らが交流会への参加の意思を表明したところで、この呪霊が不意に現れた。

 

「悟様からは、主に体術の指導をして欲しいと伺っております」

「チッ。あのバカ目隠しの差し金か」

 

 不機嫌そうに舌打ちを漏らす真希。

 あのルールのルの字も知らないような五条のことだ。上層部の制止など無視してこの呪霊を高専の中にねじ込んだのだろう。去年の乙骨のケースを思い出すような状況だ。あの最強(バカ)横暴(ワガママ)は今に始まったことではないが、それでも腹が立つことには変わりない。

 確かに、このような呪霊を真希は見たことがない。ほぼ人間と同じような見てくれで、ここまで人間とコミュニケーションが成立する呪霊など歴史の上でもほぼ前例がないのではとも思う。

 だが、どれだけ特異であろうとも呪いは呪いだ。

 剣呑な雰囲気をまき散らす真希を見かねたのか、隣に立つパンダがおずおずと声を掛けてくる。

 

「真希~、別にそこまでキレなくてもいいだろ。言うたら俺だって呪骸(パンダ)だしさ」

「しゃけ」

「オマエとはまた違うだろ。コイツは正真正銘の呪いなんだ」

 

 真希たちは呪術師だ。呪術師にとって呪霊は狩るべき対象であって、肩を並べる対象ではない。いつ襲い掛かるかも分からない猛獣と一緒に暮らすようなものだ。

 

「ご安心ください。私は呪術総監部と縛りを結んでいます」

「ハッ。呪いの戯言を信じられるかよ」

 

 マハトの言葉を一笑に付し、真希は側に立つ一年生らを見やった。

 

「昨日一年坊が一人死んだばっかだってのに、流石に胸糞悪いだろ」

 

 真希の言葉にいち早く反応したのは。

 当事者である一年生らではなく、マハトだった。彼は何かに思い至ったかのような顔つきで、一年生らを順々に見ていく。

 

「まさか、悠仁様が亡くなったのですか?」

 

 信じられないといった風の言葉。それはさながら、死んだ一年と目の前の呪霊が知り合いであったかのような話しぶりで。

 真希は一年生ら──伏黒恵と釘崎野薔薇を見やった。

 

「恵」

「禪院先輩、死んだ一年の名前は虎杖悠仁です」

 

 伏黒はどこかげんなりとした表情で、真希に話を続ける。

 

「というか、俺と釘崎は虎杖からその呪いの話は散々聞いてます。俺に関しては以前に会ってもいます」

「アイツの親代わりなんだったっけ?」

「すじこ」

「そうですね。虎杖の話を信じるなら、その呪いはアイツと10年以上一緒に暮らしてたことになる。マハトはこれまで人を傷つけたことがないと、虎杖は言ってました」

 

 俄かには信じがたい話だが、伏黒の表情はいたって真剣だ。

 

「禪院先輩の気持ちも分かりますが、俺は虎杖の言葉は信用に足ると思ってます」

「死んだ奴の言葉を信用するのか?」

「アイツは俺を生かすために死んだんです」

 

 真希と伏黒の視線がかち合う。伏黒のそれには、確固たる信頼が宿っていた。虎杖という一年生はつい最近呪術高専に入学してきた者のはずだ。このごく短期間で、伏黒相手にここまでの信頼を掴んだのか。

 

「…分かったよ、恵。私はオマエの言葉を信じる」

「では」

「ただし!」

 

 口を挟もうとしたマハト。

 彼の言葉を、真希は大声で遮った。

 

「オマエは呪いだ。私らはオマエを祓うつもりでしごかれてやる」

 

 彼女が何より気に喰わなかったのは、呪霊が鍛錬相手なことでも、それが人間のような振る舞いをすることでもなく。

 目の前の呪霊が、明らかに真希らの遥か格上であるという事実だった。

 

 真希の宣言に、マハトはどこか嬉しそうな顔で応える。

 

「それでこそ、教えがいがあります」

 

 

 

 

 

「マハト強すぎんだろ…」

「おかか…」

「これが東京の呪霊…!」

「東京関係ないだろ」

 

 高専のグラウンドで、真希たちは死に体で地に臥せていた。正に死屍累々。一年も二年も、力尽き地面に横たわっている。

 この凄惨な状況を作り出した当事者であるマハトは、澄ました顔で手に持つ竹刀を玩んでいた。

 

「皆様、いい動きになってきましたね」

 

 皮肉のつもりだろうかと、真希は胸の内で愚痴を零す。

 マハトととの鍛錬が始まってから、真希たちは反撃の余地もなくしごかれ続けた。当初学生が一人ずつ一対一でマハトととの試合に臨んでいたのだが、一年も二年も関係なく一方的な敗北が続いた結果、最終的にはマハト対全学生の様相を呈することになった。

 それでもマハトは一撃も喰らうことなく、挑んできた全員を竹刀で叩きのめした。

 

 あくまで体術の鍛錬、術式を使わない形での練習試合だ。しかしながら、ここまで一方的にやられるとは思っていなかった。

 特に呪具を用いた体術をメインで扱う真希にとっては、屈辱的な結果とすら思えた。

 

「真希様、貴方は特に身体捌きの感覚(センス)が抜きんでていますね。これは天性のものでしょうか?」

「残念ながらな」

「やはりそうですか。驚異的な身のこなしでしたが、少々自らの感覚(センス)に振り回されている節が見られましたので」

 

 嫌味なほどに的確な助言に、真希はきりきりと歯噛みする。

 

「…次は一撃ぶち込んでやる」

「私を祓うのではなかったのですか?」

「うるせぇ」

 

 マハトはあくまで上機嫌だ。純粋に、学生たちとの手合わせを楽しんでいるように見える。ここまで手合わせしてきた中で、そこらの呪霊が見せる残虐性や嫌悪感をマハトからは感じることはなかった。

 強いて言うならば、貼り付けたような微笑が不気味なくらいか。

 

「さて、まだ戦りますか?」

「勿論だ。私はまだまだ余裕だぞ」

「真希ぃ。俺テディベアになってていい?」

「しゃけ…」

 

 くたびれた様子のパンダたちとは対照的に、真希は這い蹲りながらも戦意を滾らせ笑みを浮かべる。真希の身体はそこいらの術師と比べても遥かに頑強である。あともう少し体を休ませれば、マハトと試合の続きをできるはずだ。

 マハトも、再び竹刀を構え直し。

 

 

 

「オマエがマハトだな」

 

 

 

 唐突に、野太い声がグラウンドに響いた。

 真希が声の方向を見ると、二人の男女が立っている。マハトとの練習試合に夢中になっていて、全く気付いていなかった。

 

「貴方方は?」

「京都三年東堂葵だ」

「…随分と無様な姿じゃない、真希?」

 

 男はマハトの問いに答え、女は答えなかった。呪霊相手に問答をするつもりがないのだろう。

 彼女は禪院真依、真希の双子の妹だ。

 恐らく交流会の打ち合わせに京都校の校長が来ており、彼らはその付き添いなのだろう。わざわざ真希たちの所まで嫌がらせに来るとは、余程暇を持て余しているらしい。

 

「真依、どうでもいい話を広げるな。俺はコイツを推し量りたいだけだ」

 

 東堂の視線は、マハトにのみ注がれていた。グラウンドに転がっている東京校のことなど、一瞥すらしていない。

 実際、眼中にないのだろう。

 東堂葵は学生でありながら一級術師──特級を除く術師の最高位──にまで至った化物なのだ。去年起きた呪詛師夏油による未曽有の呪術テロでは術式を使わずに特級呪霊を祓ったとの噂も聞く。

 彼にとって準一級以下で燻っている術師たちなど、有象無象に他ならないのだろう。

 

「マハト」

 

 東堂は。

 極めて真剣な表情で、マハトへと口を開いた。

 

「どんな女がタイプだ」

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