「どんな女がタイプだ」
東堂葵はいたって真面目な口調で、マハトへとその問いを発した。
マハトは鼻白んだような表情を形作り、顎に手を添えている。
「因みに俺は、
「………タイプ、ですか。何故私に、わざわざそんなことを」
疑問が尽きないといった様子のマハト。東堂としては一刻も早くマハトの性癖を知りたいのだが、だからといってマハトの話をまともに聞かないほど鬼な訳でもない。
「決まっているだろう、オマエが交流会に出るからだ」
「えっ」
「おかか…!?」
「俺ら聞いてないぞ」
東堂の言葉に東京校の面々は這い蹲りながら困惑している。マハトも同様だ。
「何だ。聞いてなかったのか」
「ええ、私も存じ上げませんでした」
東京校の教師である五条は、実力は随一だが色々と適当なところが目立つ。恐らく単に学生たちとマハトに報告を怠っていたのだろう。
「恐れながら、私はどの立場として参加するのでしょうか?」
「知らん。俺が爺さんから聞いたのは、オマエと戦り合えるってことだけだ」
マハトが交流会に参加させられるのは、まず間違いなく謀略や策略の類。まともな判断能力があればマハトと学生を戦わせるなどという判断には至らない。恐らく学生、つまり呪術界の人間とマハトの接触する機会を増やし、彼が結んだ縛りの内容に抵触することを期待しているのだろう。
だが東堂にとっては、マハトと戦り合えるという事実以外は全て些事に過ぎない。
「オマエの強さは見れば分かる。特級だろ」
乙骨を思い出す呪力量、そして隙のない立ち振る舞い。
目の前の呪霊は紛れもなく特級、それもピンキリのピンの部類だ。ともすれば、特級術師相当の力量すら有しているやもしれない。
「俺の最後の交流会の相手として、これ以上なく相応しい実力。だからこそ俺はオマエのことを見定めたいのだ」
本音を言えば乙骨が欲しかったが、目の前の呪霊も乙骨の代打として申し分ない逸材。
だが故に、東堂はマハトの女のタイプを聞いておかねばならない。
「性癖にはソイツの全てが反映される。女の趣味がつまらん奴はソイツ自身もつまらん。俺はつまらん男が大嫌いだ」
「私は呪霊です。性癖や肉欲の類には疎いのですが」
「関係ないな。なんでもいいからオマエの好みを教えろ。男でも、何なら呪いでもいいぞ」
「好み、ですか」
いくら実力が規格外であってもマハト自身がつまらない存在であれば、交流会だって退屈なものとなるだろう。
東堂にとってはこれが最後の交流会。
その交流会で退屈なぞ味わってしまえば、彼は正気ではいられなくなってしまう。
マハトは暫し逡巡した後、胸に右手をあてがい東堂へと笑いかけた。
「私が好きなものは人類です」
マハトの言葉。
それを、東堂は黙って聞いている。
「私たち呪霊と人類は感性や価値観が大きく異なります。私は、呪霊に欠落している人類のそれを理解したいのです。理解することができれば、人類との共存もできるかもしれない」
つらつらと並べられる綺麗事。上層部、いや五条がこの呪いを看過した理由がなんとなく理解できた。
確かに、この呪いは凡百の呪いとは明らかに異なる。人と相違ない知能を持ち、思考している。
「相手を理解したい、この感情を人類は好意と呼ぶのでしょう?」
マハトの言葉を聞いて。
東堂は、一筋の涙を流していた。
「残念だよ、マハト」
本当に残念だ。
これだけの実力があるというのに、つまらない言葉を吐かれるなど。
東堂が聞きたいのは、考え抜かれた綺麗事ではない。相手の腹の底に眠る、生まれたままの執着の形だ。こんな取り繕われた薄っぺらいものでは断じてない。
そしてその薄っぺらい答えをぬけぬけと相手に宣える時点で、ソイツの程度は知れている。
一目その面を見た時から、こんなことを言われるような気がしていた。本音をひた隠す澄まし顔。マハトの足元に転がる黒髪も似たような面をしているが、こういう面の人間は大概性癖も上っ面で塗り固める。
だが
「退屈、極まりない」
既に東堂の気分は最下点まで落ち切っていた。
絶望を身に纏うような重い足取りで、彼はマハトへと一歩踏み出し。
「葵様、私は貴方にも興味があるのですよ」
ぞくりと、東堂の背筋に悪寒が走った。
目の前のマハトの、舐め回すような視線のせいだ。この視線は、まるで。
「葵様は私に、性癖について説きました。貴方のおかげで、呪霊と人類の感性の違いをまた一つ理解することが出来たのです。本当に素晴らしい」
ことここに至って、東堂は己が勘違いしていることを理解した。
マハトの言葉は、紛れもない本心なのだ。
薄っぺらい嘘ではない、マハトの生まれたままの執着の形。マハトは腹の底から人間を理解したいと思っているのだ。それはあるいは、人間が他の生物に対する興味とも似通っているのかもしれない。人間をすみずみまで
「さあ葵様。教えて下さい、性癖の何たるかを。私の探して求めていた答えを、貴方ならば見せることが出来るかもしれない」
マハトは呪力を高ぶらせる。莫大な呪力が、その身に渦巻いていく。
だが東堂は、彼へと背を向けた。
「いや、今日はよそう。オマエとの戦いは、交流会まで取っておきたい」
「私が退屈なのではなかったのですか?」
「存外退屈しなそうだからな。それに、一途な奴は嫌いじゃない」
颯爽とマハトの元から去っていく東堂。
側にいた真依も、真希を睨みつけながらもそれに続く。
「交流会当日、東京校の連中を全員シメた後にオマエの元に向かってやる」
最後に、東堂は一つ宣言をすることにした。
「一対一で、オマエに俺の
「楽しみにしています」
東堂たちが東京校を去った後。
「マハト~。東堂はあんま
「? しかし葵様は人間ではないのですか」
「だってアイツ人の言葉通じねぇし」
「同感だな」
マハトは疲れ切った様子のパンダたちに、ひたすら窘められることとなった。
「はい! おっぱっぴー!!」
虎杖悠仁は、己の苦難に絶望していた。
それは眼前の同級生たちが、虎杖の登場に全く嬉しそうにしていないことだ。眉尻を下げ、口もへの字。まるでサプライズで現れた虎杖の存在そのものを歓迎していないかのような表情。虎杖は滑稽な姿勢のまま固まるしかなかった。
京都校の面々も五条が持ってきたお土産に夢中で虎杖のことなど眼中にない。
「宿儺の器!? どういうことだ…」
「楽巌寺学長ー! いやー良かった良かった」
どこから間違ってしまったのだろうか。いや間違いなく、五条の提案に乗ってしまったことだ。
特級呪霊との戦いの果て、自らの命を落とすこととなった虎杖。だが彼は、理由は分からないが生き返ることができた。虎杖の中の宿儺と何らかのやり取りをした結果だと思うのだが、どうにも上手く思い出せない。
生き返った後の虎杖は五条の計らいで記録上死人のまま、五条の授業を受けたり呪いを祓う任務に出たりもした。
そして交流会当日、虎杖が一度死んだ日から約二か月後である今日。虎杖が生きていたことを遂に公にすることとなったのだ。
折角の機会だからサプライズにしようという五条の提案。それに乗った結果が目の前の地獄だ。
「びっくりして死んじゃったらどうしようかと心配しましたよ」
「糞餓鬼が」
完全にアウェイな状況に固まってしまう虎杖。
そんな彼に唯一声を掛ける者がいた。
「悠仁様、ご無事だったのですね…!」
「マハト!」
虎杖は一人ではなかった。虎杖にはマハトがいたのだ。
目尻に涙を溜めた虎杖は縋るような目つきでマハトを見やる。
「マハトも高専に入ったんだな」
「ええ。悠仁様と違い、呪術指南役という形ではありますが」
マハトの笑顔には喜色が滲んでいるように見えた。虎杖としても久しぶりマハトと再会でき、つい笑みが零れてしまう。
「マハト、俺呪術師になったんだ」
「悟様から伺っております」
「あそっか。五条先生とは会ってたんだもんな」
思えば、高校で宿儺の指を取り込んでからマハトとは会っていなかった。
五条が言うにはマハトの処遇で上層部が揉めに揉めたことで、マハトの拘束期間も長くなったのだとか。丁度虎杖が死んだ直後に、マハトは条件付きで解放されたらしい。
「…なあ、マハト」
「何でしょうか?」
「マハトってめっちゃ強いよね」
それは確信だった。宿儺の指を取り込み、呪術師として覚醒した今の虎杖だからこそ分かる。
目の前のマハトから感じる気配。それは虎杖が出会った凶悪な呪霊たち──火山頭の呪霊やツギハギ顔の呪霊と遜色ないほど強力なものだ。恐らく相性などで実力差を埋めなければ、まともに戦うことも出来ないだろう。
「ええ。恐らく、呪霊の中では最も」
「俺も、マハトぐらい強くなれるかな?」
「それは悠仁様次第かと」
マハトは、不可能とは言わなかった。その事実が、虎杖の決意の後押しをしてくれる。
「俺はさ、もう負けない。負けられないんだ」
虎杖は人に正しく死んでほしいと思っている。
人は死ぬのは仕方のないことだ。虎杖の祖父だってそうだ。だがそれならば、せめて引き金を引かせない。呪いによる間違った死に人が遭わないようにする。
けれどこの前の任務で、虎杖自身が引き金を引いてしまった。
今の虎杖には、正しい死そのものが分からない。呪いが齎す死と、自身が齎す死。そこに何も差異を見出せない。
だからせめて、分かるまで。
もう虎杖は負けない。そう誓ったのだ。
「マハト。俺を誰にも負けないように、鍛えてくれないか」
「仰せの通りに」
マハトの二つ返事に、虎杖は破顔した。
「おっしゃ。じゃあ今日からマハト先生って呼ばなきゃな」
「私は悠仁様の師というわけですね」
朗らかな会話を続ける虎杖とマハト。
その会話に、怒気の籠った声が水を差した。
「楽しそうだな、おい」
「あ、はい」
その声に、虎杖の体が再び壊れた機械のように停止する。声の主は釘崎野薔薇。虎杖の同級生であり、自身の死を見送らせることとなった仲間の一人だ。
「何か言うことあんだろ」
「え」
釘崎は虎杖の入っている箱を足で踏みつけながら、涙目で彼を睨みつけていた。隣に立つ伏黒は気まずそうにおずおずと釘崎を見やっている。火を見るより明らかに、釘崎は虎杖に対して怒っていた。
虎杖は、蚊の鳴くような声で釘崎の怒気に応える。
「黙っててすんませんでした…生きてること…」
こうして。
津々浦々ありつつも、虎杖は東京校の学生らと合流することとなった。