黄金寓話   作:いなほみのる

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第9話 魍虎伏草─肆─

 京都姉妹交流会一日目、団体戦"チキチキ呪霊討伐猛レース"。

 その勝利条件は、指定された区画内に放たれた三級以下の呪霊を相手チームより多く祓うこと。

 もしくは、区画内にいる呪霊マハトに先に一撃を与えることである。

 

 

 

 

 

 マハトは学生らを待ち構えるため、区画のほぼ中心に居座っていた。身を潜めるつもりはないし、する必要もないといったところか。一切の小細工も弄さず、マハトはただ彼に挑む学生を皆返り討ちにするつもりなのだろう。

 しかし当の学生らは学生同士での内輪揉めに首ったけだ。マハトと戦うどころか、探している様子すら見受けられない。区画の各所にちらばり、東京校と京都校の学生らは血気盛んに小競り合いを続けている。

 

「はじめましてだね、マハト」

 

 それ故に。

 真人は彼に、容易く接触することが出来た。

 

 木々の間を縫うようにして現れた真人を認め、マハトは僅かに瞠目した。当然だ。真人は学生でも区画内に放たれた呪霊でもない。即ち、マハトにとって倒すべき敵であるのだから。

 

「…何者だ?」

 

 道端の石ころでも見下ろすような、冷ややかな視線。真人はそれに動じることなく、胸に右手を添えて口を開く。

 

「俺は真人。人間社会の転覆を志す呪霊の集団、その長をしてる」

 

 慇懃無礼な自己紹介を、マハトは無言で聞いていた。

 臨戦態勢に移行する兆しはない。一先ずは、真人の話を聞いてもらえるということでいいのだろうか。

 

「今日は君の勧誘に来たんだ。マハト、君の噂はかねがね聞いてる。とんでもない強さなんだってね」

 

 夏油曰く、漏瑚すら凌駕する強さなのだとか。流石にそれは眉唾なのではと真人は疑ってはいるが、仮に漏瑚クラスかその少し下程度の実力であっても真人たちにとっては非常に頼もしい戦力となるだろう。

 加えてマハトの術式。夏油の話が真実であるならば、マハトを引き込むだけで五条悟を封印した後の動きが格段にやりやすくなる。

 

「俺たちと一緒にこの窮屈な世界をぶち壊そう。君が呪霊(こちら)側につけば、俺たちの目的はより着実に───」

「断る」

 

 真人の言葉を、マハトは躊躇なく遮った。

 

「…一応、理由を聞いてもいいかな」

「俺の目的は人類との共存だ。お前たちの戦争ごっこに付き合うつもりはない」

 

 マハトの侮蔑すら感じる拒絶に、真人は特に憤らなかった。むしろ心底嬉しそうに、彼は口の端を吊り上げる。

 

「人類との共存か、マジで言ってたんだそれ」

「だったら何だ?」

「あーごめん、気に障ったかな。俺も半信半疑だったからさ」

 

 真人は歪む口元を手で隠した。

 呪霊側の戦力増強云々の話は、全て後付けの理由に過ぎない。そもそも真人は夏油に、マハトとの交渉を散々止められている。真人がマハトに交渉したとしても、まともな話し合いにはならず早々に決裂する。余計な興味を抱かず自身の役割に専念するのが最善の策であるとの忠告を受けている。

 

 真人はただ、人類との共存を謳う呪霊とやらと言葉を交わしたかっただけ。

 

「人類との共存ってさ、君の中で実現する見込みはあるのかい?」

「…呪霊(おれたち)には、人類にあって当たり前の感情が欠落している。その感情を理解することができれば共存ができるかもしれない」

 

 真人は目を細める。さながら、マハトのことを憐れむように。

 

「残念だけど、君の望みが叶うことはない」

 

 それは真人にとって決めつけでも推測でもなく、ただの事実だった。

 他ならぬ真人であるからこそ、断言できることだ。

 

「俺の術式は『無為転変』。魂に触れ、その形を変えることができる」

「………術式の開示か」

「そう身構えないでよ。俺がしたいのは勝負じゃなく啓蒙だ」

 

 この世界で唯一、真人は魂の構造を理解している。人間や、呪霊ですら見えないものを見て触れることができる。

 見えるからこそ、真人はそれを決して特別視はしていない。

 

「呪霊の感情も人間の感情も、全て魂の代謝によるものだ。君は人間のそれを知らないから、特別なもののように思っているのかもしれない。けれど本質的には呪霊のそれと何も変わらないんだ」

 

 人間が喰って寝て犯すように、呪霊は欺き誑かし殺す。そこに何一つ差異はないと、魂の見える真人は考える。ただの代謝の違いであり、覗き込むべき深みなどない。

 

「等しく、無意味で無価値なんだよ」

 

 マハトは神妙な顔つきで、真人の話を聞いていた。

 一体その顔つきには、どのような意図があるのか。真人の言葉を、どのように咀嚼しているのか。

 

「そんなことは、やってみないとわからない」

「やらずともわかることに時間を費やす無益さについて、俺は話してるんだよ」

 

 マハトの口から吐かれた言葉は、あくまで頑ななもの。

 その窮屈が過ぎる魂を見れば、マハトが人類の共存にどれだけこだわってきたかは良く分かる。きっと何十年、いや何百年、得られるはずのない答えを求めて荒野を彷徨い歩いていたのだろう。

 

 真人には魂を介してそれが理解できる。理解できるからこそ、マハトの全てを否定するのだ。

 

「同じ呪霊として、俺は君のことを憂いているんだ。そんな夢物語に身を窶していれば、いずれ君自身の身をも滅ぼしかねない。君は人類との共存のために、自分の命すら捧げるつもりかい?」

「共存…知らない感情のためならば、俺は命とて惜しくはない」

「…本当に筋金入りだな」

 

 思わず真人は苦笑を漏らす。つける薬がないとは正にこのこと。真人がどんなに言葉を弄そうが、マハトが考えを改めることはないだろう。

 

「真人といったか、これ以上の問答は時間の無駄だ」

 

 そう断じて、マハトは真人から視線を外し上を見上げた。

 

「お前が俺の元に来た直後に"帳"が降ろされた。お前の一派によるものだな」

「まあ、そうだよ」

「ならば、俺以外の区画内の学生…悠仁様たちの元にも刺客が送られているのだろう」

「どうだろうね」

 

 マハトが自身の左肩にかかる外套を掴む。直後に外套が黄金の剣へと変貌した。これが、例の『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』か。

 

「お前を直ぐに祓って、悠仁様たちの元に向かわなければ」

「君とはもう少し話していたかったけど、仕方ないね」

 

 マハトの殺意に応じ、真人は両手を構えた。

 真人は目の前のマハトの動きを、呪力の流れを見逃さないよう意識を集中させ。

 

 

 

「『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』」

 

 

 

 呪術を極めることは引き算を極めること。

 呪詞、掌印などの術式の発動条件、あるいは手順をいかに省略できるかこそが術師の腕を決定づける。

 

 マハトのそれは、正にその極致。

 彼の『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』は一切の発動条件、手順を要さない。人が何となしに手足を動かすのと同じように、マハトは術式で万物を黄金に変えられる。

 

 反撃の暇すら与えられず、真人は一瞬で黄金像に早変わりした。

 回避も防御も能わない、正真正銘の最強の呪い。

 

 対抗する術など───

 

「確かに、これはヤバいね」

 

 かつて真人だった黄金像、その一部が剥離するかの如く変質する。

 そこから覗くのは、先ほどと変わらない真人のにやついた瞳だ。

 

「君とは楽しく遊べそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お前の術式の応用か」

 

 真人が『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』を無効化したカラクリを、マハトはすぐに看破した。

 

「そういうこと。俺は自分の魂の形も好きにイジれる。全身をバラバラにされようが黄金に変えられようが、魂の形を強く保てればこの通りさ」

 

 喋る真人の体が、完全に元通りのものへと戻っていく。

 これは治癒ではない。強く保たれた魂の形に、肉体が引き戻されていっているだけ。自己補完に収まる範囲の呪力消費で、真人は自身の肉体を万全のものに保つことができる。

 つまりは、魂以外への攻撃は無意味。

 

「よく考えたら肉体と魂の話はしてなかったね。魂はね、肉体に───」

 

 余裕気に講釈を垂れる真人。その目と鼻の先に、既にマハトの黄金の剣が迫っていた。

 驚異的なスピードだ。ともすれば漏瑚よりも速いやもしれない。しかしながら、どれだけ速く重い攻撃も真人の魂に響かなければ意味が。

 

「───ッ!?」

 

 顔に黄金の剣が直撃し、真人の身体が吹き飛ばされる。

 ひしゃげた顔から血を撒き散らしながら、真人は苦悶の声を漏らしていた。マハトの攻撃が、真人の魂まで届いている。そんなはずはない。マハトが魂を知覚しているなら、初撃の『万物を黄金に変える呪法(ディーアゴルゼ)』も真人にとって有効打となったはずだ。

 

 立ち並ぶ木々に激突しながら、体勢を立て直す真人。彼はすぐにマハトの姿を視界に収め、何が起こったのかを理解した。

 

「成る程、『領域展延』か」

 

 その技術は、五条の術式(むかげん)への対抗策として夏油が提示したもの。

 『領域展開』を"箱"や"檻"とするならば、『領域展延』は"水"と例えられる。自身の身の周りに纏った必中必殺の術式を搭載できるだけの領域に、あえて術式を付与しないことで容量を空ける。これにより真人の魂を強く保つ『無為転変』がそこに流れ込み中和されたのだ。

 『領域展延』があくまで術式を付与していない領域を拡げるものであるが故か、マハトは剣にも術を纏わすことが出来ている。術の範囲の制限は特に強いものではないのだろうか。

 

「知っていたのか」

「これでも勉強熱心なんだ。君こそそんな技、一体どこで学んだのかな?」

「答える義理はない」

 

 『領域展延』のデメリットは、同時に生得術式を使えないこと。

 しかしながら、マハトの図抜けた身体能力はそれだけで十分な脅威だ。先ほどの一撃だって、咄嗟に顔面を呪力で守らなければ真人は致命傷を負っていたはず。下手に相手の土俵に入ってしまえば、真人は碌に抵抗も出来ず祓われてしまうだろう。

 

 ならば、近寄らせなければいいだけのこと。

 

「俺も君に倣って、面白いのを見せてあげよう」

 

 ぼこぼこと、真人に右腕が変形する。人間を思わせる腕から、それからかけ離れた姿へ。

 やがて形成されたのは、巨大な銃のような出で立ちの何か。

 

「受けてみなよ」

 

 言葉の直後に、無数の銃声が鳴り響いた。

 銃声の主は当然真人の右腕、右腕から放たれているのは真人の魂の一部だ。魂の全体からみて0.1割にも満たない微弱な魂を分離させ、マハトに打ち込み続けている。いわばそれは、身体の垢を銃弾として転用したような形だ。

 

「妙な術だな」

「ハハッ。つれないなぁ!」

 

 マハトは撃ち込まれる銃弾の全てを剣で弾いている。一撃も喰らっていない。

 所詮は魂のごく一部だ。マハト相手には牽制にしかならないことは分かっていた。しかしながら、銃弾から逃げ回るのではなく、正面から全て叩き落されるとは。

 

「ほんと、勿体ないよ」

 

 真人の言葉に、ぴくりとマハトが瞼を瞬かせた。

 

「これだけの強さがあって、なんで人間なんかに拘るんだか」

「問答は終わりだと言ったはずだ」

「問答じゃないよ。ただの独り言さ!」

 

 真人から絶え間なく放たれる銃弾を弾きながら、マハトがこちらへと距離を詰めてくる。

 真人は左腕を後方へとゴムのように伸ばし、後方にある木の幹を掴んだ。そのまま左腕を縮ませ、後方へと移動、マハトから少しでも遠ざかろうとする。

 

「俺たちは確かに理性を獲得した。けれどそれは本能に逆らう理由にはならない」

 

 マハトが先ほどのように一息で距離を詰めてこないのは、恐らく真人の『無為転変』を警戒しているからだ。

 真人は既にマハトへ術式の開示を済ませている。他者の魂の観測、干渉が可能なことは割れている。術者以外の『無為転変』がどのような効果を齎すかマハトには分からない以上、隙だらけでも無い限り不用意に真人の間合いの内側に入ってこないだろう。『領域展延』でも術式効果を打ち消しきれない可能性もあるのだから、確かに当然の判断だ。

 真人にとって、この状況は実に都合がいい。

 

「俺もオマエも! 俺たちはどこまでいっても呪いなんだ!!」

 

 誇らしげに真人は叫ぶ。

 何を恥じることがあるだろうか。その事実は、呪霊が嘘に塗れた人間たちとは決定的に異なることを意味しているのだ。呪霊こそが、人間という器から生まれた本物の"人間"。

 だからこそ真人たちは、偽物が蔓延る社会の転覆を目論むのだ。

 

「黙れ」

 

 大口を開けた真人の顔が、潰れる。黄金の剣によってひしゃげる。

 明らかな、致命傷。

 

「引っかかった」

 

 それは、分身(デコイ)だ。

 真人が散々マハトへと放った魂の一部、それこそが本命。個々が微弱であれど、魂は魂なのだ。寄り集めれば再び体を成し、マハトの不意を突くことも容易である。

 振り返ったマハト。真人は既に、右腕を大槌に変形させ振りかぶっている。出来る限り肉体の強度を上げた状態で、マハトの急所を叩き潰す。

 

 口が裂けんばかり嗤う真人。

 マハトは、冷ややかにそれを見ていた。

 

「!?」

 

 直後に、真人の視界が暗転する。

 目が潰された。何か、鋭い針のようなものが両目に刺さっている。黄金の針だ。髪の毛か何かを黄金に変えたのか。

 決して致命傷には成り得ない一撃。だが、思わぬ不意打ちに真人は動揺してしまった。マハトの目の前で、大きな隙を晒してしまった。

 

「不味──」

「終わりだな」

 

 真人の顔が、再び黄金の剣により叩き潰される。地面に倒れ、ぴくぴくと痙攣する真人。

 今度こそ、致命傷だ。

 

「ハ…ハハッ…」

 

 顔面が抉れ下顎だけになった死に体で、真人は尚も言葉を発するのを止めない。

 

「やっぱ分身じゃ、特級(きみ)の相手は荷が重いか」

「!」

 

 真人は最初から、リスクヘッジを用意していた。

 力の配分を8対2として、自身を分身と本体に分割。本体は呪物を保管する蔵に侵入し、分身は陽動に徹する。分身がいくら潰されようとも、本体さえ生きていれば何も問題ない。

 分身は自身以外に『無為転変』を行使できないが、それでも8割の力があればある程度は殺り合えると思っていた。

 しかし結果はこの様だ。真人はマハトにまともに攻撃を与えることも出来ず敗北した。

 

 それだけに、やはり惜しい。

 

「またねマハト。君が夢物語を諦めることを、俺たちはずっと待っているよ」

 

 その言葉を最後に、分身の肉体は完全に消失した。

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