閃いた!お見合いが出来るじゃないか、理由付けなんて簡単な!
そんな感じで二階堂ヒロちゃんのラブコメ頑張って書きます!
いつかマーゴちゃんの焼き直しもやりたいと考えています
それではどーぞ!!!
お見合いから友人へ
二人の男女は親の都合でお見合いをする事になった
きしり、とソファの革が軋む音がした。窓の外では、初夏の柔らかな日差しが庭の緑を照らしている。しかし、室内に漂う空気はどこか張り詰め、息苦しささえ感じさせるほどだった。高級そうな調度品に囲まれた応接間。その中央で、二人の男女が向かい合って座っている。
一人は仁藤ケイジ。少し落ち着かない様子で辺りを見回している。
もう一人は、背筋をすっと伸ばし、まるで彫像のように微動だにせず座る少女、二階堂ヒロ。艶やかな黒髪が白いブラウスに映え、その紅い瞳は感情の色を読み取らせないまま、じっとケイジを見据えていた。長い沈黙の後、彼女は薄い唇をわずかに開く。
「……君が、ケイジ君か。話には聞いていたが。」
「えと一応名乗らせていただきます、仁藤ケイジです。そういう貴女は二階堂ヒロさんで?」
ヒロはわずかに顎を引き、肯定の意を示した。その所作ひとつにすら無駄がない。紅い瞳がケイジの顔を静かに観察するように動く。
「ああ、そうだ。私は二階堂ヒロ。……律儀に名乗るんだな。」
テーブルの上に置かれた茶器から、ほのかに緑茶の香りが立ち昇っていた。仲人役の者たちは気を利かせたのか、あるいは単に段取りとしてか、既に席を外している。つまり、この広すぎる応接間に残されたのは、たった二人きりであった。
ヒロは手元の湯呑みに視線を落とし、それからもう一度ケイジへと目を向けた。
「率直に聞く。君はこの見合い、自分の意思で来たのか?」
「律儀に名乗るのはそういうのがヒロさんの好みじゃないかと思いまして。
……こういうのは今回が初めてではないんですけど、どういう人なのかは知っておいた方がいいと感じ自分で来ています。」
ヒロの眉がほんの一瞬だけ持ち上がった。予想外の返答だったのか、それとも別の何かが引っかかったのか。紅い瞳にかすかな光が揺れる。
「……好みを読もうとしたのか。初対面で。」
その声音には非難の色はなかった。むしろ、品定めをするような冷静さの奥に、わずかな興味が芽生えたようにも聞こえた。
ヒロは湯呑みを手に取り、口元に運んだ。一口含んでから、静かに置く。
「初めてではない、か。つまり君は何度もこの手の席を経験して、なお自分の足で来ると。……物好きだな。」
ヒロは腕を組み、背もたれにわずかに体重を預けた。
「私は正直に言おう。親に言われたから来た。それ以上でも以下でもない。だが、来た以上は無意味な時間にするつもりもない。」
「まァ〜そう言われるぐらいジブンは物好きな自覚はあります!
そして確かめたい事もあるんですよ。
そういう正直なところ嫌いじゃないですよ、むしろばっちコイ!っていうか………そんな感じです。」
ケイジの砕けた物言いが応接間の格式ばった空気に風穴を開けた。少なくとも、この部屋の調度品たちは眉をひそめたことだろう。
ヒロは一瞬、言葉を失った。紅い瞳がまばたきを二度。それから、こらえきれないように唇の端がわずかに震えた──笑いを噛み殺しているのだ。
「……ばっちコイ、か。」
ヒロは組んだ腕をほどき、人差し指でこめかみを軽く押さえた。呆れとも感心ともつかない表情。
「見合いの席でそんな言葉を使う人間は初めてだ。……それで、確かめたい事というのは?」
「それはまだ言えませんかね。
もうすこしヒロさんの事を教えて貰えれば言いたいと思います」
ヒロの目が細まった。値踏みではない。純粋な、品のある疑念だった。
「勿体ぶるな、と言いたいところだが──まあいい。」
ヒロは膝の上で指を組み直し、姿勢を正した。
「私について、か。何を知りたい?趣味や経歴なら事前に渡した書面に書いてある。……それ以外の事を聞きたいなら、具体的に問え。漠然とした質問には漠然とした答えしか返せない。」
庭の方で小鳥がひと声鳴いた。ヒロの声は淡々としていたが、身を乗り出すでもなく退くでもなく、対話そのものを拒んではいない。むしろ、正しい手順を踏めば門を開けてやろう、とでも言うような佇まいだった。
「じゃあ、ひとつ。ジブンの事をどう感じていますか?」
ヒロの視線が真っ直ぐにケイジを射抜いた。紅い瞳はまるでレントゲン写真でも撮るかのように、彼の内側まで見通そうとしている。数秒の静寂。それは決して心地よいものではなく、むしろ思考の全てを監視されているかのような緊張感があった。
「どう、感じているか……。」
ヒロはゆっくりと口を開いた。声は低く、落ち着いている。
「第一印象は「型破り」。作法や常識に囚われない、予測不能な人間。第二に「不遜」。初対面の、しかもこのような場で相手の好みを探ろうとしたり、馴れ馴れしい言葉遣いをしたりする点において。」
ナイフのように鋭い分析。だが、ヒロの言葉はそこで終わらなかった。
「そして第三に……「正直」。嘘や建前で自分を飾らない。それは美徳にもなれば、欠点にもなる。君の場合は……今のところ、前者として評価している。」
彼女はそこで一度言葉切り、続ける。
「どうだ?これで満足か?君が私に尋ねたのはそういうことだろう。」
「結構ジブンの気になっているところを…………。
でもありがとうございます。」
礼を述べるケイジの声には、おどけた調子も虚勢もなかった。素直な感謝。それはこの応接間の空気をほんの少しだけ柔らかくした。
ヒロは軽く目を伏せた。感謝されること自体が想定外だったのか、紅い瞳が一瞬泳ぐ。しかしすぐに持ち直し、いつもの端正な表情に戻った。
「……礼を言われるような事は言っていない。見たままを述べただけだ。」
湯呑みに手を伸ばし、もう冷めかけた茶を一口。
「さて、私は答えた。そろそろ君の番だろう。確かめたい事とやらを聞かせてもらえるか。」
「ここはジブンの良さを出すとこですね。
ジブンにはジブンの意志が本当にあるのかを確かめたかったんですよ、いつもなにかと親の介入や助けがあっていつも誰かに期待だったり、注目の目を向けられてるんですよ。
そういうモノってほら期待に応えたくなるじゃないですか、でもそれって本当にジブンが決めた事なのかって不思議に思って。まず最初にジブンの花嫁をジブンで決めて見たいそう思ってここに来ました、以上です。」
ケイジの言葉が途切れた後、応接間に沈黙が降りた。庭の小鳥すら口をつぐんだかのようだった。
ヒロは動かなかった。組んだ指も、伸びた背筋も、紅い瞳も──すべてが静止していた。けれどその沈黙の質が、先ほどまでとは明らかに違う。冷たい観察ではなく、もっと深いところで何かを噛み砕いているような、そんな間だった。
やがてヒロは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……そうか。」
たった三文字。しかしその声音には、彼女らしからぬ柔らかさが滲んでいた。紅い瞳が再び開き、ケイジを見据える。そこにはもう、品定めの色はない。
「君の言う事は正しい。自分の意志で選ぶ──それは当たり前のようで、私たちのような立場では最も難しい事だ。」
ヒロは視線をわずかに逸らした。窓の外、陽に照らされた庭木を見つめる横顔に、ほんの一瞬だけ、年相応の少女の影が差した。
「……少し、見直した。」
「見直して貰えれば、結構ありがたいですね。」
ヒロは窓の外から視線を戻し、ケイジの顔をまじまじと見た。それから、小さく鼻を鳴らす。
「調子に乗るな。「少し」と言っただろう。」
そう言いながらも、ヒロの声にはどこか棘がない。先ほどまでの鋼のような緊張感は、いつの間にか薄れていた。
ヒロは湯呑みを両手で包むように持ち、視線を茶の水面に落とした。
「……ひとつ、私からも正直に言っておく。私もこの見合い、何度目かだ。ただ、どの相手も——取り繕った言葉ばかりで、中身が見えなかった。」
紅い瞳がケイジを捉え直す。
「君は少なくとも、空っぽではないらしい。」
「わかりますよ。いつも下手に出られたり、距離があったりで寂しいですよね。
その人の事が知りたいのに嘘で固めてあったり、さっき言って貰った空っぽで対等なお見合いって感じがしないですよ、まったく。」
ヒロの瞳が揺れた。一瞬、ほんの一瞬だけ。まるで鎧の隙間から素肌が覗いたような、そんな危うさだった。
「……寂しい、か。」
その言葉を反芻するように、ヒロは唇の中で転がした。それから、ふっと息を漏らす。笑みとも溜息ともつかない、曖昧な音。
「的確だな。随分と踏み込んでくる。」
ヒロは湯呑みをそっとテーブルに戻した。陶器が木に触れる微かな音だけが、二人の間を流れた。
ヒロは膝の上で指を握り、それからゆっくりと開いた。
「……ケイジ君。君は不思議な人間だ。無遠慮なのに、不快ではない。それが厄介だ。」
「そう踏み込んでいい気がしたので、厄介ですか?言われ慣れないですね。」
ヒロは組んだ足を解き、わずかに身を前に傾けた。
「言われ慣れていないなら覚えておけ。君のその距離の詰め方は、相手によっては刃になる。」
そう言いながらも、紅い瞳はケイジから逸れない。むしろ、自分の言葉を確かめるように彼の反応を追っている。
「……だが、今は。」
ヒロは言葉を切った。右手の人差し指が膝を一度だけ叩く。迷いの仕草だった。
「悪くない、と思っている。」
二階堂ヒロという人間が「悪くない」と口にすることの重みを、ケイジが正しく量れたかどうかは定かではない。だが庭に差す陽光がいつしか傾き始め、二人の影が少しだけ近づいていたことは、紛れもない事実であった。
「嬉しいですけど、………ちょっと恥ずかしいですね。」
ヒロは目を見開いた。それから、すぐに顔を背ける。窓の方へ。その横顔の耳の先が、ほんのわずかに赤い。
「……君、それを本人の前で言うか。」
声は平静を装っていた。しかし湯呑みに伸ばした指先が、取っ手を掴み損ねて空を切ったことを、当人は気づいていただろうか。二階堂ヒロという完璧超人の、実に珍しい失態であった。
ヒロは咳払いをひとつ。それから、まるで何事もなかったかのように姿勢を正す。だが耳の赤みだけは、彼女の意志に従わなかった。
「……次に会う機会があれば、もう少しまともな話をしよう。」
「次」という言葉が、ヒロの口から自然にこぼれた。本人がその意味に気づいているのかいないのか——紅い瞳は、頑なに窓の外を見つめたままだった。
「はいっ!その時はよろしくお願いしますします!」
返事が二重になっていることに、ケイジ本人は気づいていないようだった。声だけが妙に元気よく応接間に響き渡る。
ヒロは振り返り、ケイジの顔を見た。満面の笑みとでも言うべきその表情に、紅い瞳がまた揺れる。
「……「します」が一つ多い。」
けれどその指摘の声は、どこか柔らかかった。ヒロは立ち上がり、スカートの裾を軽く整えると、ケイジに向き直る。
「ケイジ君。」
名前を呼ぶ声が、先ほどまでとは違う。
「今日は……悪くない時間だった。」
二階堂ヒロは小さく頭を下げ、応接間を後にした。その足取りは来た時と変わらず凛としていたが、廊下に出てから一度だけ立ち止まり、自分の耳に手を当てたことを、ケイジは知る由もなかった。
「そうですね、ジブンもかなり楽しめました。」
ケイジの言葉は、既に閉じられた扉の向こうへ届いたかどうか。応接間にはひとり残された青年と、冷めきった二つの湯呑みだけがあった。
窓から差し込む西日が、テーブルの上にオレンジ色の帯を引いている。初夏の風が庭木を揺らし、どこか遠くで蝉の前奏のような虫の音が聞こえた。
ケイジの携帯が震えた。父親からのメッセージだった。
「どうだった?」
そしてほぼ同時に、もう一通。見知らぬ番号から。
「連絡先を渡し忘れた。──二階堂ヒロ」
お見合いという形式が生んだ縁が、果たして本物の絆に育つのか。それを決めるのは親でも仲人でもなく、この二人自身であることだけは確かだった。
まっ先に二階堂ヒロを優先して返事を返した後父親に連絡をし、次を楽しみに今日を終えた
数日が過ぎた。梅雨入り前の蒸し暑さが街を包み始めた頃、ケイジの携帯に一通のメッセージが届いた。
「今週の土曜、空いているか。──二階堂」
簡潔にして無駄がない。まるで彼女そのもののような文面だった。だが、よく見れば送信時刻は午前二時。二階堂ヒロほどの人間が、夜更けに連絡先を開いていたという事実は、なかなかに味わい深いものがあった。
そしてその数時間後、追うようにもう一通。
「場所は任せる。ただし、騒がしすぎない所がいい」
二通目の送信時刻は午前六時。つまり彼女は返信も待たずに補足を送ったことになる。完璧超人の沽券に関わるであろうその小さな焦りを、ケイジが読み取れるかどうかは、また別の話であった。
だがケイジはお見合い以外でここまで女性と仲を深めた事はない。読み取れず連絡を返したのであった。
「いいところを知っているんです。駅に集合で身軽で運動できそうな格好で来ていただけるとありがたいです」
この男はウキウキ気分で土曜日を待ち望んだ
土曜日。空は薄曇り、暑すぎず寒すぎない絶妙な加減だった。駅前の時計台の下で、ケイジは約束の十分前に到着していた。
そして約束の五分前──人混みの中に、一際目を引く影が現れた。
二階堂ヒロは黒のスポーツウェアに身を包み、髪をポニーテールに纏め上げていた。あの応接間で見せた令嬢の面影はなく、しなやかな身のこなしは剣士か何かを思わせる。だが紅い瞳だけは変わらず、雑踏の中からケイジを一瞬で見つけ出した。
足早に近づき、立ち止まる。
早いな。……それで、運動できる格好とは随分と含みのある指定だったが。
ヒロの目がケイジの服装を上から下まで一瞥した。
「どこへ連れて行くつもりだ?」
「海浜公園ですよ、ジブンのお気に入りです。今日は…まァ〜天気があまり良くないですが、いいとこですよ。」
ヒロはケイジの言葉に一瞬だけ黙り込む。そして、ゆっくりと瞬きをした。
「海浜公園……。」
その地名を、確かめるように口の中で転がす。彼女の予測の範疇にあったのか、それとも全くの想定外だったのか、そのポーカーフェイスからは読み取れない。
「君がいいと言うなら、信じよう。」
そう言って、彼女はケイジの隣に並び立つ。ほんのりと汗の匂いが混じった、彼女自身の清潔な香りがふわりと風に乗った。
「案内してくれ。私は土地勘がない。」
二駅先で10分ほど歩いた先には草原とその先に水平線がきれいに広がっていた
「どうですか、かなりいいところじゃないですか?天気がもうすこし良ければ花丸満点を上げれましたが。」
ヒロの足が止まった。結い上げた黒髪を潮風がさらい、ほつれた一筋が頬をかすめる。紅い瞳が水平線をなぞるように、ゆっくりと左から右へ動いた。
「……悪くない。」
またその言葉だった。しかしヒロの声は前回より幾分か素直で、その視線は水平線に縫い留められたまま、しばらく戻ってこなかった。完璧超人は恐らく、海より山、自然より書斎を好む人種だと思われていたのだろう。だがこの瞬間、彼女の横顔には確かに、風景に心を奪われた人間の無防備さがあった。
ヒロは深く息を吸い込んだ。潮の匂いが肺を満たす。
「花丸満点……か。採点基準が甘い。」
そう言いながらも、口元がわずかに緩んでいる。
「それで?ここで何をする気だ。まさか走れとは言わないだろうな。」
「まずはこの空気を楽しみましょう?ジブンが思い悩んだら良く来るんですよ。
ヒロさんはありますか?そういう落ち着く場所。」
ヒロは草原の上に視線を落とし、少し迷うような間を置いてから、そのまま腰を下ろした。スポーツウェアで来いと言われた意味が今わかった、とでも言いたげな顔だった。
「落ち着く場所……。」
膝を抱え、水平線を見つめる。風が草を撫で、さわさわと音を立てた。
「友人といる時だ、友人だけで喋っている時だな。」
ヒロはそこで言葉を切り、自嘲するように鼻を鳴らした。
「……随分と普通な答えだろう。」
「いいじゃないですか、とっても。
………すこし、イヤ大分羨ましいですね。
ジブンは友人と呼べる者はヒロさんを除いて少ないでしょう。」
ヒロの視線がケイジに向いた。紅い瞳に、驚きとも困惑ともつかないものが浮かぶ。
「……待て。今、私を友人に含めたか?」
潮風が二人の間を吹き抜けた。ヒロの結い上げた髪がまた一筋ほどけ、彼女はそれを気にする余裕もないようだった。
ヒロは膝を抱えた腕にわずかに力を込めた。
「まだ二度目だぞ、会ったのは。」
声は咎めるようでいて、拒絶の色がない。ただ、どう受け止めればいいのかわからないとでも言うように、視線が水平線とケイジの間を行き来した。
「……君は本当に、距離の詰め方がおかしい。」
ケイジが勢い良く口にした
「そうですかね、二度も会って遊ぶんですよ?
こりゃァもう友達でいいでしょう!」
ヒロは口を開きかけ、閉じた。もう一度開きかけ、また閉じた。二階堂ヒロともあろう人間が、二度も言葉に詰まるという異常事態だった。
やがて、諦めたように額に手を当てた。
「……論理が破綻している。二度会っただけで友人になれるなら、世の中友人だらけだ。」
しかしその反論には、いつもの切れ味がなかった。刃を抜いたまま鞘で軽く小突いたような、そんな手加減。
ヒロは膝に顔を埋め、くぐもった声で呟いた。
「……勝手にしろ。」
潮風が草原を渡り、ヒロのうなじをさらった。その耳が赤いことを、曇り空の柔らかな光がこっそりと暴いていた。
「ありがとうございます!じゃあ、勝手にしますよ。」
ケイジの遠慮のない宣言に、草原の上で膝に顔を埋めたままのヒロの肩が小さく震えた。笑っているのだ。声は出さず、けれど確かに。
しばらくして、ヒロはゆっくりと顔を上げた。紅い瞳はまだ潤んでいたが、それは風のせいだと本人は主張するだろう。
「……ケイジ君。」
ヒロは水平線を見たまま、静かに口を開いた。
「私の友人にエマという子がいる。君に少し似ている。君ほど距離感がおかしくはないが、不器用で、それでいて——放っておけない。」
風が凪いだ一瞬、ヒロの横顔がやけに穏やかだった。
「今度、紹介し
ようか。」
「ヒロさん今、すげぇいい顔してますね。
いいですね、そういう友達
あと、ケイジがいいです。ジブ…………俺の呼び名」
ケイジは敬語を外した。もともと苦手だったのだろう、お見合いの時ですら外れかける時があったのが完全に外した
ヒロは目を丸くした。それから、ケイジの顔をまじまじと見つめる。
「いい顔……。」
自分の頬に手を当て、何を確かめるでもなく触れた。それからすぐ、その手を膝に戻す。
「……そうか。ケイジ、と。」
呼び捨てが舌の上で転がるのを確かめるように、ヒロは小さく繰り返した。敬語を脱ぎ捨てたケイジの口調は、まるで窮屈な靴をようやく脱いだ人間のそれで、なるほどこちらが本来の姿かと、ヒロは得心したようだった。
ヒロは膝を抱えた姿勢を崩し、両手を後ろについて空を仰いだ。曇り空が、薄く光を透かしている。
「なら私もヒロでいい。「さん」はいらない。」
潮風がまた吹いて、ほどけかけた髪が頬にかかる。それを指で耳にかけながら、横目でケイジを見た。
「……その方が、対等だろう。」
「そうですね。そっちのがいい」
ヒロは小さく息を吐いた。
「……まだ敬語が混ざっているぞ。」
その指摘は正確だった。「そうですね」——癖というものは厄介なもので、脱いだはずの靴がいつの間にか片足だけ戻っている、そんな具合である。
ヒロは立ち上がり、スポーツウェアについた草を軽く払った。そして海の方へ数歩、歩く。振り返った紅い瞳に、挑むような光が宿っていた。
「さっき走れとは言わないだろうなと聞いたが──撤回する。」
ポニーテールが風に揺れる。その口元には、初めて見せる明確な笑みがあった。
「競争しよう、ケイジ。あの波打ち際まで。負けた方が次の約束の場所を決める権利を失う。」
「いきなり!?ちょっと待てっ!待って!」
ケイジの制止など聞く耳を持たぬとばかりに、ヒロは既に駆け出していた。黒いスポーツウェアを身に纏い草原を滑るように進む。その走りは速い──スポーツ万能の看板は伊達ではなかった。
十メートルほど先で、ヒロが一度だけ振り返った。風にほどけた黒髪が潮風に舞い、紅い瞳がケイジを捉える。
「待たない。これは勝負だ!」
その声には、応接間の令嬢も、完璧超人の仮面もなかった。ただ風と海と草の匂いの中を駆ける、ひとりの少女の声だった。曇り空の下、波打ち際までおよそ二百メートル。ハンデは既に絶望的。しかしケイジの足が動かない理由があるとすれば、それは距離の問題ではなく───振り返ったヒロの笑顔が、あまりにも眩しかったからかもしれない。
服装は作者の性癖だって、はっきりわかんだね。