いざ、こうして感情的になっている『スバル』の姿を見ると、彼女も……まだ子どもなんだと感じて、少し嬉しくなってしまう。
どんなに大人びていても…………
まだ少女なんだな……ってさ。
人と人には相性があるのだから………
『それ』は仕方のない事だ。
だがいつしか『大人』になっていくと……そういった反発が無意味に思えてしまって、やがて…薄っぺらい曖昧さで誤魔化す
だからこそ………こうして素直に反発し合う激しさに、僕は『無邪気さ』を感じて、こうも眩しく見えるのかもね………………
「やめないか!」
だけど言わせてもらう。
スバルは他の生徒たちと共にアリウススクワッドと事を構えるつもりらしいが、そうはさせない。
「っ……………ハサウェイさん………」
「アリウス流の強がりをしてみせたって、もう意味はないんじゃないか?それに此処にはレムやチエみたいな屈強な子以外にも、マイアとかセイラだっている!流れ弾で怪我したって遅いんだ」
「でも………!」
「新たな居場所を作っていくんだろ?こうやって過去のやり方を変えていくのが、今やらなきゃいけない事なんじゃないのか」
そう大袈裟に言って見せるのも、僕に与えられた役割なのかもしれない。
人には役割があるのだから、それも仕方のない事だ。
スバルを含めたアリウス生徒たちは、僕の言葉を聞いてくれたのか……銃を下ろしてセーフティをかけた。
皆、渋々といった様子ではあるが……………
「……ならばハサウェイさんも、私たちが『試験』を受けるべきだとお思いで?」
「逆に聞くけど、今のアリウスのやり方が千年先まで続くと思うかい?変革が必要なのは君も分かる筈だ」
「…………………………………わかりました」
スバルは露骨に不服そうな顔をしている。
まぁ……彼女は僕の裏の顔を知っているのだから、僕がこうして争いを調停している事に、納得ができないのだろう。
『どの面下げて言っている』
なんて言われても仕方ないさ。
けど、僕は別に好き好んで戦争とかをやりたい訳じゃないんだ。
例え結果的に大した怪我をしなくても、子ども同士で銃の撃ち合いっこなんて、出来る限り避けるべきじゃないか。
もうアリウスは戦争なんてしなくて良いんだから……
「………………あー、では授業を受けてもらうという事で、異論はないな?」
「……………………………大変不服ではありますが、まぁいいでしょう……ハサウェイさんに免じて……」
「すっごくイヤそうです……」
「ふーん、ちょっと意外………」
「慕われてるんだね、ハサウェイさん」
| "よ、よし!それじゃあ授業やろう…!" |
|---|
な、なんだか皆、急に元気だな……?
どうしたんだろうか。
◆
こうやって
そして教壇に立っているのは『錠前サオリ』。
どうやら『先生』は、アリウスの子たちに『授業』を受けさせるだけでなく、アリウススクワッドの子たちを『教育実習生』にして、こうやって教壇に立たせる目的もあったみたいだ。
サオリは、最初こそ緊張していたみたいだけど、教卓の上にあった『社会の教科書』を見るや否やスイッチが切り替わったみたいに、まるで人が変わったかのようにスラスラと『契約』についての講義をし始めた。
僕と先生は、教室の最後列に立って、サオリの授業を
僕は別に教員って
色々と勉強になるかもしれない。
………なんとなくチラリ、と隣を見る。
先生は穏やかな顔をしていて、時々サオリを眩しそうに見つめていた。
この人は、本当に生徒を愛しているのだろう。
やはり………彼は今のキヴォトスに必要な人だ。
きっと彼なら……子どもたちを導いてあげられる。
そういう確信ができる。
それが分かる。
「外の世界に出たら、きっとこの先誰かと『契約』を結ぶ事があるだろう……住む場所を決めたり、仕事を決めたり…そういった『大事な事』の為に『契約』は結ばれる……だが、そういう時こそ『注意』しなくてはならない」
「注意……ですか?」
「ああ、例えば弱っている時や疲れている時だ………悪い大人というのはそういう時にこそ不平等な契約を持ち掛けてくる!判断力が落ちていたり、焦っているからだ………そして『契約』というものは一度結んでしまうと中々解約はできない!だから、事前に知識や心構えが必要なんだ」
弱っている時こそ、悪い大人は付け込んでくる……
「…………………耳が痛いな」
| "ハサウェイさんも、何か心当たりが?" |
|---|
「え?………ああいや!何でもない……独り言さ」
| "………?" |
|---|
……………
いや、気にしないようにしよう…………
サオリの授業は、良いものだ。
彼女は確かに正しいことを言っていて、それを懸命に伝えようと努力している。
ぼんやりとしているのは失礼だ。
僕は気を取り直して、しっかり傾聴しようとした。
が、そうやって意気込んだ瞬間、チャイムの音が教室に鳴り響いた。
「時間だな。今日の授業はここまでだ」
サオリは、そう告げて教壇から離れた。
なんというか……とても初めてとは思えない、見事な授業だ、なんて思う。
まだ子どもだというのに、大した手腕だ。
僕が15、16くらいの時なんて、もっと………
もっと………?
俺は……少年の時、何をしていたっけ………
いや、よそう。
考えるだけ無駄だ。
余計な事は考えない。
そういう生き方をすると決めた。
……ふと気がつくと、今度は『戒野ミサキ』が教壇に立ち、『古典力学』についての講義を始めていた。
なるほど。
どうやら先生は、アリウススクワッド全員に教育実習をさせるみたいだ。
良い案じゃないか。
人に物を教えるというのは、実は教える側の方が勉強になるらしい。
今の彼女たちには勉強が必要だ。
それは教養を身につける、とか知識を覚えるとか……そういうものだけじゃなくて………
人に物を教えたりコミュニケーションをして、人との関わり方について学んでいく、という意味での勉強。
そういった物が必要なんだ。
つい最近まで大人たちの都合で虐げられてきたのだから、こうやって青春を取り返して然るべきなんだ。
そうじゃないと、これまでの『戦争』で死んでいった子どもたちの霊が慰められない。
◆
こうして……アリウススクワッドの面々は、それぞれの『得意分野』とか『好きな事』についての『授業』をしてみせた。
みんな、立派にやったと思う。
秤アツコの『生物学』についての授業は、ちゃんと分かりやすくて、しかもタメになる内容だったし………ヒヨリちゃんの授業も外の世界を知らない子たちからすれば刺激的で面白かったと思う。
だから今日はこれでお終いだと思っていた。
だけど………………
| "ではハサウェイ先生、お願いします" |
|---|
「「「お願いします!」」」
「えぇ………」
ま、まさか僕も授業する事になるとは。
といっても、僕が教えられる事なんて……
んー、そうだな………
ああ、そういえば…!
「うーん……それじゃあ『植物』について授業しようかな」
題材は……よし、『あれ』にしよう。
えーと、こういう時は黒板を使った方がいいかな?
チョークなんて触った事ないけど………
まぁ、折角なら……やってみせるさ。
「皆は『ニガヨモギ』って植物を知っているかな?」
◆
【ハサウェイ先生の100秒でわかるニガヨモギ!】
ニガヨモギは、高さはだいたい60センチから1メートルくらいの大きさだ。
葉っぱはギザギザしていて、全体が少し白っぽく見える。
これは、細かい毛がたくさん生えているからだ。
見た目はこんな感じ。
実物は今、手元にないから絵で描くけど……
そしてこれは、名前のとおり……とても苦い。
齧ると強い苦味がある。
この苦さには理由がある。
植物の中に『アブシンチン』という苦い成分が入っているからだ。
苦味成分とは、味が強くて舌がにがいと感じる物質のことをいう。
もう一つ大事な成分がある。
『ツヨン』という物質だ。
これは体に強く働く成分で、たくさん取りすぎると体に悪い影響が出ることがある。
少しだけなら、胃の働きを助けることもあるけど、量が多いと危険だ。
そしてニガヨモギは昔から薬として使われてきた。
おなかの調子を整えたり、体の中の虫を追い出したりするために使われた。
他にも……まぁ、これは君たちには、まだ必要のない知識だけれど……実はニガヨモギはお酒の原料にもなっているんだ。
……と言っても、僕は呑んだ事ないんだけどね。
だから味はわからない。
えーっと………………
まぁ、何が言いたいかというと………
ニガヨモギみたいな一見、ただ苦いだけの植物も……ちゃんとした知識で加工したら『薬』にもなり得る、という事だ。
知識っていうのは、とても大事だ。
君たちが何とも思っていない事も、もしかしたら……本当はとても大切な事なのかもしれない。
そういう事を、僕は伝えたい。
◆
……………どうだろうか。
できるだけ専門用語とかは避けて、子どもたち相手にも分かりやすく説明したつもりだ。
| "良かったですよ、ハサウェイ先生" |
|---|
「どうも」
そう言ってくれるのは、素直に嬉しい。
なんだか懐かしいな。
植物学とかの……そういう『環境学』について学んでいた時は、それなりに楽しかった気がする。
勉強になったし、本当に知りたい事を学んでいる気分だった。
「ハサウェイさんは植物が好きなの?」
「……………うん、まぁ実習もしてたしね」
「へぇ〜……………実習…?」
「………まぁ昔の話さ、忘れてくれていい」
そうだ。
これは昔の話さ。
俺は、別に植物監査官なんて……………
……………?
妙な感覚だ。
なんだか妙だぞ。
今日は、やけに妙だ。
嫌な感触だってする。
精神が衰弱しているのか…?
いや、そんな筈はない。
ただ変な気分には、なっている。
だが気にしてはダメだ。
そうだ………
今日は慣れないことをしたのだから、こういった……妙な気分になるのも、仕方のない事なんだ。
そうやって割り切っていけばいい。
もう妙な事は考えるな。
所詮は瑣末な事さ…………
| "今日はもう遅いし、私の授業は明日かな" |
|---|
「え!……明日もやるんです?」
| "ダメかな?" |
|---|
「はぁ〜………何でもいいですよ、もう」
あっ、話が進んでいる。
そうか………先生はどうやら、まだまだアリウスの為に動いてくれるみたいだ。
ふむ、ならば支援しなくてはな。
「では先生たちは今日、旧校舎の談話室で寝泊まりしてください、ちゃんと整備してますし、保存食だとか固形燃料、ソファとか毛布だってありますよ…………スバル、道案内してあげて」
「はいはい、いいですよ」
あぁ、何だか俺って、スバルをこき使っているな。
罪悪感がある。
子どもをこき使うだなんて…………
まるで僕、『あの女』じゃないか。
ダメだな。
それに、俺はもう25だぞ。
「……………いや、やっぱり僕が案内するよ」
「は?…………はぁ、そうですか……?」
「復習する事の大切さを、今思い出したのさ」
「はぁ…」
「今日の授業、復習しといてくれ…あぁ、皆もね」
そうだ。
俺は……僕は………もう大人だ。
自分で動くべきだな。
それに彼女たちは、今ようやく勉強を始めたんだ。
復習の時間が必要に決まっている。
これからを取り返していく為には………
「じゃあ案内しますよ」
| "ありがとうございます、ハサウェイ先生" |
|---|
「よしてくれ」
先生は揶揄いをしてきた。
僕たちのやり取りを見たからだろう。
それがウザったいとは思わなかったが…………
少し……くすぐったく思った。
◆
『ヨハネの黙示録』第8章10〜11節
第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。
すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。
そしてそれは、川の三分の一と、その水源との上に落ちた。
この星の名は『苦よもぎ』と言い、水の三分の一が『ニガヨモギ』のように苦くなった。
水が苦くなったので、その為に多くの人が死んだ。
ブルアカユーザーは聖書が必修科目。
異論は認める。