ブラック・ブレット【蓮の花と一つの歌】   作:唯尊

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 ※私が投稿しているプロセカ二次作品『Project Sekai SCP incident feat.』とは一切関係が有りません。


序章 少女は敗戦を見た

 

 薄汚れたボロテントの中で、星乃一歌は目を覚ました。

 

 歳の頃は5歳程度。綺麗な黒髪黒目を持つ少女だったが、夜空色の長い髪は煤けて汚れ、瞳には生気が宿っていなかった。

 

 空腹と軽い脱水を引き起こしていた少女は、毛布を纏い、子供らしからぬ緩慢な動きでテントの外に出ると、不意に空を見上げる。

 

 ミサイルのジェットエンジンと迫撃砲の爆炎により、空が紅蓮に染まっていた。

 

 視線を地上に戻すと、ここ数日間、自分と両親が生活しているテントや粗末なバラック小屋が辺り一面に広がっていた。

 

 ここは日本の首都、東京の一角にある難民キャンプだ。

 

 世界同時多発的に突如として襲来した『ガストレア』の侵攻により、この地には全国から逆疎開してきた避難民達が身を寄せ合って暮らしている。

 

 キャンプの外側にはホテルやマンションといった建物が多く残っており、雨風を確実に凌ぐ場所はそこしか無いが、いつ崩れるか分からない建造物に入るのはとても勇気のいる事だった。

 

 一歌の腹の虫が鳴るが、おそらく今日も食事にはありつけないだろ。両親が今、配給所に向かっているが、物資の供給が滞ってるせいで水や食糧、毛布一枚に至るまで不足する有様なので、まず期待できなかった。

 

 昨日もデモ隊がプラカードを掲げて『生きさせろ』なんて叫んでいるが、最近は声を出す体力も尽きたのか、幽霊の様に集団で突っ立ったまま動かない状態が続いている。

 

 生まれ育った街である『シブヤ』からここまで逃げてきたが、そこで待ち受けていたのは不衛生な環境の中、饑餓と疫病、寒さに晒されながら、先の見えない毎日をただひたすら浪費する生活だった。

 

 惨めな生を拒絶して自殺する者も多い。

 

 せめて喉の乾きだけでもなくそうと、一歌はフラフラと歩き始める。

 

 キャンプの中には普通に死体が転がっていた。腐ってハエが集っていたり、痩せ細ってミイラみたいになっていても、全てを埋蔵するにはその数が多過ぎた。

 

 最近は遺体を燃やすガソリンすらなく、大穴を掘って数人〜数十人の遺体をまとめてその下に埋めている。

 

 キャンプの外れまで来ると、水道の蛇口らしき物が見つかる。栓を捻ると、怪しい色をした異臭のする水が流れる。

 

 女の子としては猛烈な抵抗を感じるが、干からびて死ぬよりはマシだと割り切り、目を瞑って口に含む。 

 

 水が喉を通して胃に入った瞬間、耐え難い程の腹痛に襲われその場で嘔吐、下痢をした。

 

 先程から感じていた目眩が一層ひどくなり、少し離れた位置でバタリ…と倒れ込む。

 

 自然と目尻から乾いた涙が流れる。もはや死への恐怖も悲しみもなかった。

 

 子供の身でも理解出来る。かんぜんに詰みだ。この先、人類に未来はない。ガストレアにより日本の国土の80%以上が奪われ、陸海空問わず、自衛隊も殆どが壊滅的な被害を受けた。死んだ人間の数は計り知れない。

 

 ここまで一緒に逃げてきた筈の幼馴染達ともはぐれてしまった。同年代の知り合いの一人は、目の前でガストレアに姿を変えられ、その場で母親を食い殺した。あの3人も同じ末路を辿っているかもしれない。

 

 いっそ、このまま何もかも諦めて、消えて楽になってしまいたい。

 

 絶望の底に意識を沈めてしまう直前、一歌は見た。

 

 通りの壁に、一歌と同年代と思われる少年がへたり込んでいる。頬から一筋を涙を流し、無情な現実に打ちひしがれているが、その瞳はまだ全てを諦めてはいなかった。

 

 どうして---------あの子はあんな目が出来るんだろう?こんな地獄を目の当たりにしても、どうしてまだ諦めずにいられるんだろう?

 

 その強さに惹かれる様に、あるいは一筋の希望を求めて縋る様に、一歌は残った大量を振り絞って少年の近くまで向かう。

 

「ねぇ…」

 

掠れた声で呼びかけると、少年の視線が此方に向けられる。

 

「…誰だよ。アンタ」

 

顔の涙を腕で拭い、ぶっきらぼうな口調で応じられる。明らかに警戒されている様子だった。

 

「私、星乃一歌。このキャンプに避難してるんだけど……君、どこから来たの?見慣れない顔だけど…」

 

見れば少年の服装は、喪服らしき黒色の服に身を包んでいた。まるで葬儀から抜け出した後みたいだ。

 

「別に、アンタには関係ないだろ」

 

プイッ、とそっぽを向かれてしまう。嫌な事を聞いてしまったのだろうか。

 

「ごめん。急にアレコレ聞いて……君の名前、教えてくれないかな?」

 

 少年はしばしこちらを疑う様な目で見てきたが、やがて沈黙を破って短く答える。

 

「……里見、蓮太郎…」

 

「蓮太郎……くん」

 

 口の中で何度か反芻してみる。蓮の花……か…。

 

「いい名前だね。すごく綺麗で、優しい名前…」

 

「……何なんだよアンタ、僕に何か用か?」

 

ジロリと睨まれ、慌てて両手を振る。

 

「ち、ちょっかい出しに来たんじゃないの!その……隣、いいかな?」

 

「…………」

 

首の動きで促され、少年の隣にちょこんと腰を降ろす。

 

「…アンタ、親はどうした?一緒じゃないのか?」

 

今度はいきなり向こうから質問される。

 

「うん、配給所に行ってて……蓮太郎くんは?」

 

「……………」

 

再び、沈黙。しかも顔の表情筋が一層強張った。眉間には皺が寄せられ、とても怖い顔になる。すぐさま地雷を踏んだと理解し、同時に彼の両親の運命を悟った。

 

「……ごめん、嫌な事聞いて------」

 

「死んじゃいねえよ」

 

 強い口調で遮られる。山の如き不動の意志を感じる言葉に、一歌は気圧される。

 

「父さんも母さんも死んじゃいないッ、絶対に生きてる!僕が地の果てまで捜して捜して捜し尽くす。だから---------」

 

そこまで言った直後、突如あたりに遠雷のような長い咆哮が響き渡った。通りを行く人たちが足を止めて首をかしげる。いち早く事態を察した男が

、教会附属の鐘楼に登って必死の形相で鐘を叩いている。

 

 空を見上げる視線を一歌と蓮太郎もゆるゆると追うと、向こうの山脈の稜線を、一つの巨影が飛び越えてきた。それが巨大な翼を備えた1匹の生物であることを全員が認識した瞬間、狂乱がキャンプ内にぶちまけられた。

 

 叫び声を上げ、押し合いし合いながら、倒れた老婆や子供を踏みつけにして、全員が一歩でも遠くあの生物から逃げようと、でたらめに走り始めた。

 

 空腹と脱水症状から、二人とも、一歩たりともその場を動けなかった。

 

 遅れること数秒、山の向こうからもう一つ、今度は今度は機械の塊が飛び出した。

 

 自衛隊の支援戦闘機------。

 

 強烈なジェット音を響かせながら追撃する戦闘機と、それを振り切ろうとする巨大生物は、まるでダンスでも踊っているみたいに空中でアクロバティックな軌道を描く。一昔前なら、テレビの中でしか絶対にあり得なかった光景。

 

 やがて好機と見た後方の戦闘機が、空対空ミサイル(AAM)を切り離した。ジェットエンジンに点火したスパローミサイルは空中で身を捻ろうとする巨大生物の横腹に誤たず激突し、空中に火焔の華を咲かせる。

 

 片翼がもげて空中で長い悲鳴を漏らした巨大生物の姿を見て、足を止めた群衆から歓声があがった。

 

 だがそれは、次の瞬間悲鳴に変わる。

 

「こっちへ来るぞぉ!」

 

落下していく巨大生物は墜落の軌道を変え、やがて蓮太郎と一歌の視界一杯に広がってきたからだ。さきほどに倍する悲鳴と怒号が連鎖して、もはや叫び声以外の声が聞き取れなかった。

 

 巨大生物が地面をこするや、激震が走り地面が大きく揺れ、群衆が悲鳴を上げながら連鎖的に倒れる。怪生物は滑走路へ着陸を試みる飛行機の様な軌道を取るが、その巨大がもたらす衝撃はそう簡単に相殺されるものではない。

 

 破滅的な大音響と共に幾多の建造物や仮設テントをまとめて薙ぎ倒しながら、生物はこちら目掛けてハードランディングしてくる。

 

「蓮太郎くんッ!」

 

「うッ…!?」

 

 潰される、そう思って一歌は蓮太郎を突き飛ばし、二人して地に倒れながら、固く目をつぶった。

 

 破砕音と絶叫が響き渡り、大きな石ツブテと土塊が二人の顔面にパラパラと当たる。

 

 あとはむせかえるほどの土のにおいと、二人のものではない荒い息遣いだけが聞こえる。

 

「……大丈夫?」

 

「あぁ、生きてる…」

 

蓮太郎がうっすらと目を開けると、一歌が自分の上に覆い被さっていた。一歌もゆっくり目を開き、濛々たる土煙を上げながら二人の眼前------大きく手を伸ばせば触れられるほどの位置に巨大生物の顔があった。

 

「「ガス……トレア」」

 

 二人は同時に、知らずに呟いていた。

 

 全長十四メートルほどだろうか、大きく太古の恐竜のように見える赤みがかった翼は鳥のものだろう。だがその半円形に張り出した二つの目は深い赤色をしており、結晶の塊のようにキラキラとしていた。おそらくトンボの複眼と同じものだ。

 

 鳥と昆虫の複合因子(ダブルファクター)

 

 尖ったクチバシからは大量の黒血が流れ落ち、苦しげに膨らむ胸郭の中からは赤光が見える。

 

 蓮太郎が憎悪の表情で睨みつける。

 

 こいつのおかげで……いや、こいつのせいで。

 

 蓮太郎の憎悪に応えるように、ガストレアも全身の力を振り絞り、上体を起こす。大量の血が長い糸を引いて垂れた。怪物はクチバシをかっと開き、少年と少女の目と鼻の先で金切り声をあげる。

 

 血の混じった涎が顔面に飛び散り、獣くさい風圧が少年の髪の毛を弄ぶ。全身が震え、喉から悲鳴が漏れそうになった時、一歌が蓮太郎を庇う様に前に立つ。

 

「やめてッ!!」

 

恐怖で目に涙を浮かべ、引き攣った喉を震わせながらも、気丈に叫ぶ。

 

 もうこれ以上----------大切な人を奪われてたまるかッ!!

 

 その時、暴力的な勢いで二人の腕が引かれ、すんでの所でガストレアの鋭利なクチバシから逃れる。

 

「え……お、おじさん?」

 

 蓮太郎の戸惑った声につられて見ると、齢六十に達するのに格闘家のようにがっしりした体格と、見上げるような長身。

 

 少年が預けられた、天童の家の当主。天童菊之丞。

 

 蓮太郎は驚いた様子で袴姿の偉丈夫を見つめる。

 

 探しに来てくれた?こんなところまで?

 

 少年がお礼を言った方がいいのだろうかとへどもどしていると、遠くで遅れて到着した機動隊が虫の息のガストレアを取り囲み小銃を構えた。

 

 それとほぼ同時に、状況から一人取り残された一歌の元に、彼女の両親が駆けつける。

 

「一歌ッ!」

 

「よかった……本当に無事で良かった…!」

 

両親から強い力で抱きしめられる一歌は、視線を蓮太郎の方に向ける。

 

 少年の命の恩人は、彼の方も見ずに告げた。

 

「死にたくなければ生きろ、蓮太郎」

 

 隊長の合図と共に大量の空薬莢が宙を舞い、乾いた射撃音が天空に木霊した。

 

 

 

 二ヶ月後、日本は事実上の敗北宣言を国民に行い、各地の『モノリス』を閉じ自律防御の構えを取る。

 

 日本に続くように、世界の列強国が『一時的措置』としてモノリスを閉鎖。

 

 日本は国土の大半を侵略され、大量の死亡者とそれに数十倍する行方不明者をだした。

 

 一歌の幼馴染である天馬咲希、日野森志歩、望月穂波もそこに名前を連ねていた。

 

 

 

 そうして2021年、人類はガストレアに敗北した。

 

 

 

 ----------それから、10年。

 

 

 





 どーも皆様、唯尊です。

 人気が出れば、続くかもしれません。

 宜しければ、応援お願いします。
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