やってしまった……。久しぶりに会った友達の前で、最大級の地雷を踏んでしまった…。
既に陽の落ちた太陽を背中に、星乃一歌はトボトボと帰り道を歩く。せっかく連絡先まで交換したのに、これからどんな顔して彼と会えばいいのだろう。
「……ハァ」
重い溜息を吐くと、不意にカラスの鳴き声がして俯いていた顔を上げる。丁度『勾田公立大学附属病院』の前を通りかかっている最中だった。勾田大学といえば、確か物凄く偏差値の高い大学だったと聞く。
「……あれ?」
理由もなくボーッと大学病院を眺めていると、不意に出入り口から黒いブレザー姿の少年が出てくる。
「れ、蓮太郎くんッ…?」
なんで病院から……どこか具合でも悪いのだろうか?それとも今日のガストレアとの戦いで怪我を?----------いや、そんな事より、今顔を会わせるのは色々と気まずい。向こうが気付く前に、一歌はササッと物陰に身を隠す。
「------ったく、先生のあの性癖どうにかなんねぇのかよ…。来る度に毎回、死体で驚かされたら身が保たねぇ…」
ブツブツと独り言を呟きながら、病院の敷地から出ようとする。その時------。
「------あッ」
「うぉッ」
突如、病院の建物を支える柱から小さな影が現れる。腰まである銀の長い髪と青い瞳を持つ少女で、なんだか妙に不健康っぽい。危うく蓮太郎とぶつかりそうになり、その場で尻餅をつく。
「悪い、大丈夫か?」
「あ、はい。こちらこそすみません…」
蓮太郎から差し出された手に掴まりながら、ジャージ姿の少女はヨロヨロと立ち上がる。年齢は蓮太郎と同じか一つ下くらいだと思うが、動きがあまりにも頼りなく、まるで老人のようだ。それだけで彼女が軟弱そうな人間であると見える。
「…アンタもいま病院から帰る所か?」
「あ、いえ。お昼の頃に父のお見舞いに来たんですけど、太陽の日差しが眩しくて日が落ちるまで待っていようとしたんですけど、夕日の日差しもまだ眩しくてもう少し待っていようとしたんですけど、これからどうやって家に帰ろうかなってこの辺ウロウロしていたら人にぶつかってしまって……。このままだと夜になるまで帰れないかな…」
あまりにも軟弱な理由に、蓮太郎は唖然とする。
「そんなんでよくここまで来れたな」
「途中までは行けたんですけど、日光が辛くて目眩を覚えたらそのまま倒れて、その後通行人が呼んでくれた救急車でここまで運ばれてきました」
「……昼頃って言ったけど、アンタ学校は?」
「通信制なので…」
「保護者はどうした?父親が無理なら母親にでも連絡して迎えにきてもらえよ」
「母は……小さい頃に亡くなっているので……」
眼を伏せる少女を前に、蓮太郎は自分の迂闊な発言を後悔した。
「……悪い。嫌な事聞いたな」
「いえ…」
「………」
蓮太郎は暫し沈黙すると、やがて懐から財布を取り出し中を開けて確認する。
「うッ…」
相変わらず不況な経済状況に、蓮太郎は溜息を吐きながら千円札を何枚か取り出し銀髪の少女に握らせる。
「これでタクシーでも呼べ」
「え、でも……」
「いいから、こんな所でウロチョロされたら周りの迷惑になる。それに、夜道で女一人を歩かせられるか」
ぶっきらぼうに言いながら札を押し付けると、そのまま踵を返して病院を後にする。
「あ…、あの!」
背後から呼び止められると、蓮太郎は首だけを向ける。
「また、この病院に来ますかッ?」
「あ?あぁ……ここの人間には偶に会いに来るから、多分な」
「だったら、次に会った時にお礼がしたいので、名前を教えてくれませんか?」
別にそんなのは求めていないが……、少女の真剣な表情を見ると、何だか無下にするのも気が引けた。
「……里見蓮太郎だ」
「宵崎奏です。……今日はありがとうございました。また会いましょう、蓮太郎さん」
ペコリと頭を下げる奏に対し、蓮太郎は手を軽く振りながら背中を向ける。
離れた場所からその一部始終を見ていた一歌は、ふと思う。
---------蓮太郎くんって、優しいんだな…。
久しぶりに会った時は、目付きが悪くて不幸っぽい顔立ちで、口調も雰囲気も何だか怖かったけど、本当は優しくて温かな人なのだろうと一歌は思う。
……そんな彼を見ていると、昔の咲希や志歩の事を思い出して、なんだか胸が締め付けられる。その時、改めて思い知らされた。
---------そうか、私……ひとりぼっちなんだ…。
もう、一緒に遊んだり、支えてくれたりする友達はいない。蓮太郎と同じ、誰かへの優しさと温もりを持つ幼馴染達は、この世のどこにも存在しないのだと---------。
「これから……、どこに行けばいいんだろう。私…」
そんな事を口にしながら、一歌は覚束ない足取りで自宅への帰路に戻った。