「ねぇ、二人とも見てみて~」
昼休み、青森県立泉山高等学校の食堂で相田亜澄は親友の生田衣織と江藤衿の三人でいつものように昼食を食べながら、二人に昨日届いたハガキを見せていた。
「ん、どれどれ……ってこれ、
「確か、初回ロットたった一万本だったよね? それに当選するなんて亜澄、運いいなー」
衣織が驚きの、衿が羨ましげな声をあげる。
「私は日頃の行いがいいかね~。二人はどうだった?」
「……毎朝遅刻寸前で授業中よく船漕いでいる亜澄が日頃の行いがいい、ね」
「む、モンダイ発言ですよ、今のは!」
「いやいや、素直に亜澄のリアルラックに感心していただけだよ。ちなみに私は外れた」
「私も外れた」
外れた事を当然のように言う衣織と衿。
確かに現在、世界初VRMMO(仮想大規模オンラインゲーム)、SAOの購入予定者は最初ベータテストプレイヤーの応募者十万人の二倍―――二十万人を越すらしい。
その原因が二ヶ月前に行われていたベータテストプレイヤー千人による評価、感想だった。
何処の雑誌、レビューサイトでもSAOは最高評価を受け、多くのゲーマーがSAOに更なる興味、期待を持った。その期待度はベータ版SAOの攻略サイトのサーバーが三回ほど落ちたくらいだ。
初回ロットわずか一万本で大型通販サイトの在庫が千本のくらいなのに対し、応募総数は十二万とベータテストよりも狭き門になっていた。
「そっか。二人とも外れちゃったか。……じゃあ、二人がSAO手に入ってからやろっかな」
ネットゲーム『TheWorld』ではいつも三人で遊んでいる中、亜澄は二人を差し置いて一人で先にSAOをプレイするのは気が引けた。
「別に遠慮しなくてもいいぞ。というか、そんなの亜澄らしくない」
衣織がなんでもないかのように手をプラプラさせる。相変わらずひどい言いぐさの親友だ。
「ちょっと、それってどいいう意味?」
「周りに遠慮しないで真っ直ぐ進むのが亜澄らしいってこと」
「……それってバカにしてない?」
「誉めてるんだよ」
むぅ、納得いかない。と言う風に亜澄が頬を膨らませると衿がある提案を出した。
「じゃあさ、先に亜澄がSAOをプレイして、私と衣織がSAO買ったら亜澄に教えてもらうってのはどう?」
「いいな。その時は亜澄大先生に是非、御教示願おうかな」
衿の提案に同調する衣織。そんなやり取りをしている二人の思うことはわかった。
‘私たちに遠慮しないで楽しめ’
そんな親友達の思いに感謝し、口を開く。
「わかった。じゃあ、二人がSAO買った時に案内するために美味しいお店とか探してみるよ!」
「冒険よりも食い気か。亜澄らしい」
「違うよ! 最近、衿がダイエット始めたらしいからそのためだよ」
「こらっ! 亜澄!」
「「「……プッ、あははははははははは」」」
そんなやり取りに思わず三人は笑いだす。いつものように毎日学校で笑いあい、夜になったら『TheWorld』で冒険をする。そんな平穏で最高に楽しい日常が大好きだった。
しかし、この会話が最後に彼女は二年もの長い戦いに巻き込まれるとは知る由もなかった。
◆
二〇二二年十一月六日、日曜日。午後一時。数時間前に作った仮想体(アバター)《サクヤ》は正式稼働したSAOの世界に飛び込んだ。
「おおー! ここがアインクラッドかー!」
最初に目に入ったのは中世ヨーロッパを思わせる街並みに次々とログインする多くのプレイヤー。一番にログインしたいと思う気持ちは誰も一緒みたいでなんか恥ずかしかった。
次に見たのは自身のアバター。赤い軽装備の小柄な身体。ゲーム特有の整った顔立ち。後ろに二つ縛った髪型で腰にまで届きそうな長い青緑の髪。帽子と顔に呪紋(ウェブ)が掛かっていないことを除けば、その容姿は間違いなく『TheWorld』でプレイしていたPC《サクヤ》だった。
サクヤは一通り、『TheWorld』以上に作りこまれた周りの景色を堪能したら、他のプレイヤーに遅れないように《はじまりの街》の石畳を踏み込んだ。
※
SAOを始めて四時間くらい立っただろうか。サクヤはさっき木から落ちてきた黄色い果実を齧りながらに大通りを歩いている。―――うん。甘くておいしい。
ゲームを始めて四時間《はじまりの街》探検しながら、道端に果物を落としたおばあちゃんを助けたり(報酬に道具屋に売っている街の地図よりも詳しく隠れ武器屋や宿泊民家が描かれた地図をもらった)、迷子の子供の母親を探したりでと目に入るクエストを次々とクリアしたり、露店で売っている装飾品を眺めたり、食べ物を食べたりして楽しく遊んでいた。
しかし、サクヤの心は満足していなかった。
SAOは『TheWorld』よりもクエストも豊富ですごく面白いが、『TheWorld』でいつも遊んでいた
――やっぱり、私たち三人じゃないとおもしろくないな……。
次にSAOをやるときは三人でやろう。そう決意してサクヤは一度リアルに戻ろうとウインドウを開く。が―――
「―――あれっ」
さっきまであったはずのログアウトボタンがなくなっていた。
「むぅ、ログアウトボタンどこだろ?」
もう一度、ウインドウを見てアイテム画面、装備画面、ステータス、オプションメニューの一番下と隅々までメニューウインドウから開けるウインドウを見るが、ログアウトボタンが見つからない。
システムのバグかな? と思い、GMコールをするも反応がない。
「……どういうこと?」
私はさすがにこの状況が異常だと思い、言い寄れぬ不安を抱いた。
思い出すのは三か月前、『TheWorld』で起きたあの事件―――っ!?
リンゴーン、リンゴーン。
唐突に鳴り響く鐘の音。それと同時に私の体は青い光の柱に包み込まれた。
「―――えっ?」
青い光が一際大きくなりサクヤの視界を奪った。
青の光が薄れ、目を開くとさっきまでいた大通りではなかった。
正面には黒光りの宮殿に、周りには多種多様の姿をしたSAOのプレイヤーたち。
今いる場所は数時間前までいた《はじまりの街》の中央広場。そして一万人近くいるプレイヤーを見て、全員がここに強制転移されたのだと分かった。
分かったが、この状況が全く理解できなかった。
なぜここに飛ばされたの? これはログアウトできない事と関係あるのかな? これから何が起きるの?
周りもおんなじ考えなのか「どうなってるの」「いきなりなに?」「これでログアウトできるのか」という言葉が耳に響く。周囲のプレイヤーを見渡しているうちに視界に真紅の市松模様が目に入る。そこには【Warning】【System Announcement】という単語。
その文字からシステム側からの連絡だと分かり、安堵の息を吐く。
しかし、次に起きた現象の不気味さに身体が強張った。
点滅していた血のような赤い文字がドロリと垂れ流れ、それは真紅のローブを纏った巨大な人型へと変化した。目の前の赤い巨人は透明人間のように身体がなく、纏った。ローブと手袋だけがその存在を示していた。
そして赤い巨人はこのチュートリアル、《デスゲーム》の始まりを告げた。
『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』
『私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ』
発した人物は世界初《完全ダイブ》を実現させたゲーム機ナーヴギアの設計者にしてSAOの開発者。
『諸君らは今後、この城の頂―――第百層の最終ボスを倒すまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』
語られるは私たち一万人のプレイヤーが閉じ込めたと宣言する言葉。
『《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは消滅し、諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』
天才によって紡がれるは、この狂気の世界のルール。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』
それを聞いたサクヤは何者かに操れたかのようにふらふらと、メインメニューを開き、茅場が言うアイテムを取り出した。アイテム名は―――《手鏡》。
手に取り、手鏡に写るは『TheWorld』で使っていたPCと同じ顔のサクヤの姿。サクヤの姿をまじまじと見つめていると白い光に飲み込まれた。強烈な光に目を閉じてしまったが、ほんの数秒で光は消え、再び鏡を見ると―――。
「―――…………私だ」
そこには先ほどまで写っていたサクヤの姿ではなく、ショートボブの茶色の髪にくりっとした大きな瞳。そして卵型の顔立ちは間違いなく、リアルの自分、相田亜澄の顔だった。
サクヤから亜澄に変化したことに呆然としていると、手に持っている手鏡は役目を終えたかのように微細なポリゴンの欠片となって消滅した。
周囲を見回してみると、先ほどまでいた一万人の美男美女達は消え、どこにでも居そうな少年少女が鎧や皮の服を着込んだ集団に変化して、まるでニュースとかで見たようなコスプレ会場だ。
アバターが自身の姿になって周りが「何故?」「どうしてこんなことを!?」という言葉が響き渡るとその言葉に答えるかのように真紅の巨人が語る。
『私の目的は、大規模テロでも、身代金目的の誘拐事件でもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』
その言葉に全員が息を飲んだ。
つまり、彼、茅場晶彦は自身の世界を神のように鑑賞したいがためにこの状況を作り出したのだと。
『……以上で、【ソードアート・オンライン】正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――――健闘を祈る』
最後の一言に真紅の巨人は消えた。
そして、数秒後、一万のプレイヤーが一斉に沈黙を破り、広場を揺らした。
誰もが叫び声を上げ、絶望している。そんな中、私は周りの反応とは別に不思議と冷静だった。ただ、この事態をうまく把握できていなかったからかもしれない。
思い出すのは一か月前。電子監獄によってログアウト出来ず、自身の精神が《TheWorld》に閉じ込められたあの事件―――!?
「うっぷ―――」
あの時の異常事態を思いだして強烈な吐き気を催し、口もとを抑える。
しかし、胃から逆流する感覚はあるもSAOには吐瀉物を出す機能がないため、さっきまで食べていた黄色い果実も胃液も出なかった。
そんな妙な感覚を感じながらも、息を落ち着けるために深呼吸して再び周りを見ると、あるものはうずくまり、あるものは両手を突き上げ、抱き合い、あるいは罵り合っていた。
そんな一万人のプレイヤーを見ながらサクヤは逃げるように広場から去った。ゲーム攻略のために離れたわけではなく、これ以上ここにいると他のプレイヤーみたいに恐怖に呑まれるのが怖かった。
※
「はあ……はあ……はあ」
どこを目指すというわけではなく、あの広場から離れるため、ひたすら街を駆け抜けた。息を整えて周りを見るとそこはどこかの小さな路地裏だった。
遠くに見える黒い塔からは未だに泣き叫ぶ声が聞こえた。声が遠くなったおかげか、考える程度には冷静になれた。
先程の話が本当ならば、今の状況は一か月前の《黒い大樹》に閉じ込められた時と酷似しているがあの時よりも事態はずっと悪い。
あの時のほうが、レベルは高かったし、
これからのことを考えると怖くて涙が出そうになる。
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」
とにかく落ち着くために深呼吸をする。これからどうするかしっかり考えないといけない。サクヤはお世辞にも頭がいいとは言えない頭で何ができるかを必死に考える。
――外部からの救助を待つ?
それが一番賢い選択なんだと思う。時間が立てば警察、NAB、玲子さんが救出してくれるかもしれない。
でも、助けが来なかったら?
そんな考えが頭によぎる。黒い大樹とは状況は違うが、普通の出来事じゃない。
前に『the world』で起きた黒い大樹の事件は自分たちが動かなかったら、未帰還者となった親友の衿は助けられず、目覚めなかっただろう。本当に助けたい、助かりたい時は自分が動かないと何も解決しないことをサクヤは知っていた。
だが。
――攻略する。私が?
亜澄はお世辞にもゲームがうまいとは言えない。アイテム管理もきちんとできず、一本道でまようようなミスもする。何か特質するプレイヤースキルも持っていない。三人で遊んでいた『the world』ではサクヤが一番死んでいた。
サクヤは顔を上げて路地裏から光差す道を真っ直ぐ見る。視線の先には映画で見るような、石で出来た巨大な門。その先には安全地帯では草原のフィールドが広がっていた。
光に集まる虫のようにサクヤはふらふらと歩き出す。そして、フィールドまであと一歩の所で止まり出す。
ここから先に進めば命の保証はない。HPが0になったら死んでしまう本当の命のやり取りが始まる。サクヤはその一歩を踏み出せずにいた。
草原が夕日のオレンジに染まる中、一匹の青い猪――フレンジーボア――のモンスターがこちらを見た。
無機質な赤い瞳がサクヤを視線に捉え、鼻を鳴らす。
「ヒッ!?」
たった、それだけでサクヤは恐怖した。モンスターが襲ってこない圏内でフレンジーボア自発的に襲ってこないノンアクティブモンスターだ。
だけど、サクヤには赤い瞳で見つめるフレンジーボア自分の命を刈り取る死神に見えた。十年前、家族で石見山に紅葉狩りに行った時に見た熊よりも恐ろしかった。
気が付けばサクヤは必死に走って街の奥に逃げていた。
――怖い怖い怖い!
ソードアート・オンラインはすでに牢獄となっており、本当の意味での逃げ場所はない。
でも走るをやめたら消えてしまいそうで、ただ不安で泣きたくて怖かった。サクヤは恐怖の感情の尾が引くまでひたすら街を走り回った。