TS脇役魔法少女は主役じゃなくてもやっていける 作:お布団すやぁ
俺がこの世界について疑問に思っていることはいくつかある。
ひとつ。この世界、何か『原作』があるんじゃないか?という事。
魔法少女だけが集められる全寮制の学園があって、一人につき一つ固有魔法があって、学園長はやたらキャラが濃い。――そんなラノベみたいな舞台に俺は前世の記憶付きで転生してきた、とも考えられる。
ひとつ。どうして俺は転生したのか?
謎の上位存在的なのもいないし、何か使命を貰った記憶もない。
一応は俺たち魔法少女によってのみ倒せる、人類に敵意を向ける化け物――もとい『魔物』もいるにはいるのだが、俺たちにしてみれば厄介な害獣、もしくはお給金のタネ程度の認識である。
そんな訳で、前世――とは言っても朧気にしか記憶は無いが――と比べて些かファンタジー色が強いという事を除けば、特にこれといって事件の無い平穏な日々を過ごしていた。
いた、のだが。
どうやらそれはただの思い違いだったらしい、と。
国立魔法防衛学園の三年生になったその春、ようやく気付いた。
――やべぇ。多分、原作始まったわ。
***
「おいおい、これ……どうなってやがんだ?」
そして、魔力反応のあった場所へと辿り着いて。俺たちは唖然としていた。
その原因と言えば、目の前にある物――地面に横たわる人影である。
「明らかに人ですよね?息は……してるみたいですけど」
「でも何だこれ……氷?みてえな……」
人、とは言っても。ただ単に横たわっている訳ではない。ソイツは透明な物質――一見すれば氷のような結晶に全身を覆われ、眠るように目を閉じていた。
結晶は全てが透明な訳ではなく、近付いてよく見てみればどんな理屈なのか、結晶の中でその胸が僅かに上下しているのが見て取れた。
とすれば、彼は生きているのだろう。
――そう、『彼』。
「明らかに魔法関係のものだよね、これ?なのにこの人、男の子……だよね?」
「……そうだろうな。だが、男が魔法体に触れられるなど有り得ないはずだ」
今俺たちの目の前で横たわっているのは、男――しかも見た感じ俺たちと大して年齢の変わらなさそうな、なんなら少し幼くも感じる少年だった。
この世界には、分かりやすい“ルール”がある。
女は誰でも程度の差こそあれ魔力――魔法少女や魔物の扱う生体エネルギーへの適応力を持っている。
その適応力がある程度高ければ固有魔法を持ち、めでたく魔法少女として認定され、お国のため人類のため働く事を求められるというワケだ。
逆に男は、魔力や魔力で起きた現象に耐性がほぼ無いのだ。近くにいるだけで体調を崩す奴もいるし、直に浴びれば――下手すりゃ死ぬ。
なのに。
目の前の少年は、明らかに魔法で作られた水晶の繭に閉じ込められている。
普通の男であれば、ここまで魔力を感じる物に包まれたならただでは済まない。死ぬか、生き残ったとしても重篤な後遺症が残る。
だと言うのに目の前のコイツは生きていて、眠っているようにしか見えない。
とんでもない何かがある、としか思えない。
「!く、雲出先輩?なにを――」
「なにってお前、見てるだけじゃどうにもならんだろ。とりあえず詳細を調べない事には何も進まんよ」
嫌な予感を感じながらも、水晶体の表面を撫でる。軽く魔力を流してどれだけ反発されるかで魔法の質を計る、基本的な魔力測定だ。
「気をつけろよ、雲出。何が出てくるか分かったものではない」
「わーってるって……ん?何だこれ……」
魔力を流すと、明らかに普通では無い反応が返ってきた。魔力が反発するどころか、内側――水晶の奥へと吸い込まれるようにして消えていったのだ。
普通ならばこれはありえない事だ。水晶自体に魔力反応があるのだから、それに反発しないで消えていくというのは明らかにおかしい。
本来あるべきものが、どうやっても感じ取れない。言いようのない不安感に襲われ、手を離した。
「んまあ、とりあえず学園長に報告したいから……って、お前ら何やってんだ……?」
振り返って声をかけてみれば。俺以外の三人とも、目線を上にしたり、横に向けたり。そのクセちらちらと時折水晶体を目線だけで追う。傍から見たら不審者みたいな集団だ。
「いや……その、だな」
「中身というか……肌色というかですね」
「カ、カエデちゃん、何か包むものとか無いの……?」
まあ。なぜ男だと分かったかと言えば、水晶の中の彼は一糸まとわぬ姿だった訳で。
全寮制。
早いやつは小学校を卒業してすぐにこの魔法少女育成学校に入学したのだから、同年代の男子の裸なんて見た事ない、と言うやつも少なくない。というよりそういう奴が殆どのはずだ。
そんな環境で生活するおぼこい少女たちにとって、彼の程よく男らしい体は目に毒だったのだろう。
まあ俺は男の記憶と女の記憶のどっちも持っているせいで『異性』がどっちでもないがために、そういう物事について何も思えないのだけれど。
――と、そこまで考えて。ふと悪戯心が疼いた。
「……晴原。ほらこれ見て、ちんちん」
「――へはあっ!?」
指さして言うと、晴原が耳まで真っ赤になった。うわこれおもろ。
「うわ顔真っ赤にしてやんの。晴原さーん?任務中ですよー?真面目にやりましょうねー?」
「っ貴様ぁ!殺す、絶対に殺す!」
「ぐわあッ顔はやめろ顔は!アイアンクローは痛いんだよお前!」
「ちょっとちょっと二人とも!遊んでないでよ!」
「……うわー、男の子ってこんな……うわー……」
晴原はギリギリと俺の顔をアイアンクローじみて掴んでくるし、いつの間にか雪村は水晶のすぐ近くまで近付いて中を覗き込んでるし。もう緊張感も何もあったもんじゃない。
***
「……ごほん。とにかく、学園長には私が連絡する。新たに指示を仰ぐから、それまでこの水晶を守っていろ。……あと雲出、確か防寒シートを持っていただろう。それで彼の体を隠してくれ」
「前が……前が見えねぇ……」
「自業自得だよカエデちゃん」
それから少し経って。ようやく落ち着いた晴原は懐から通信機を取り出し、学園長へ報告をはじめた。
「……失礼します。こちら晴原隊、晴原です。任務対象を発見したのですが……その、男性が魔法体に包まれていて――」
『うむ。分かっておるとも』
通信が通じてすぐ、学園長は短くそう言った。
「分かってるって、それは……」
『いやなに。そこに何かおかしな物がある、というのは感じ取れておったからの。遠見のできる奴を呼び寄せて見てみたら男がおって驚いたわ』
幼い声でからからと笑いながら言う
「……分かっていたなら事前に言っておいてくださいよ」
『すまんすまん。お前らを驚かせてやろうという、ちょっとした悪戯心じゃよ。どうじゃ?びっくりしたじゃろ?』
「そりゃ驚きましたけど……何で彼はここにいるんです?なんで魔法体に触れられてるんです?」
『さあ?そんな事は知らぬ。ある日突然おかしな魔力反応が現れたんじゃよ。放っておくワケにもいかんじゃろ?』
「……つまり、ボクたちは危険度チェックみたいなノリでここに寄越されたんですか……?」
「サラッと危なっかしい事してんじゃねえよクソババア……!」
あっさりと明かされた衝撃の事実に驚くよりも前に、学園長の非常識な行いにキレそうになる。
いやまあ、大事にはならないと確信してるんだろうけどもさ。それでも教えとくのって大事だろうよ。
『まあ、お主らなら多少不測の事態に陥っても何とかできるじゃろうと思ってな。一応Aランクチームじゃろ?』
「……私達以外にもAランクのチームはいくつもいると思うのですが」
『一番動かしやすかったのがお主らだったんじゃよ。
「あー……まあ、確かにそうかもしれませんけど……」
つまるところは便利屋扱いである。
いやまあ、俺たちが手頃な強さってのは分かるよ?分かるんだけど、もっとこう、高ランクっぽい丁重な扱いを期待してたんだよな。
「学園長。ひとつ確認したいのですが……男を学園に連れ帰るのは、校則的にアウトじゃないんですか?」
『校則は我が作っとる。我がセーフと言えばセーフじゃ』
「独裁者ですか?」
「最強理論やめろ」
『安心せい。お主らの言う“男子禁制”は、男子が魔力に耐えられんからの安全策に過ぎん。いざとなれば隔離区画も設備も用意できる。問題は――』
通信の向こうで、声のトーンがすっと落ちた。
『……“それ”が何をしておるか分からん事じゃ。誰か、それに触ったか?』
「はい。雲出が触りましたが……」
「反発による魔力測定をしようとしたがダメだった。魔力が消えるというか、吸われたみたいで測れなかった」
言うと、少しの間を置いて。
『……ふむ。魔力の消失、あるいは吸収か。となるとやはり……』
「?何か心当たりが?」
晴原が尋ねるが、その答えは返ってこなかった。
『……ま、ともかく。お主らにはそれを持って帰ってきてほしい』
「学園で調査するのですか?」
『おうとも。中の奴が何者か、水晶体の正体は何か。調べる事は山盛りじゃ』
それじゃあ頼んだぞ、とだけ言い残して、ぷつりと通信が切れた。
しん、と森の静けさが返ってくる。木の葉の擦れる音がやけに大きく聞こえた。
「……じゃあ、運びますか?」
その静寂を破るように雪村が言う。
「そうだな。持つのは誰にする?」
「言い出しっぺですしボクが持ちますよ。運びながらでも魔物の索敵はできるので」
「ああ。頼んだぞ」
まあ、このままじっとしていてもはじまらない。そうして水晶体の横にしゃがみこんだ雪村を見て、ふと疑問が浮かんだ。
「ん、大丈夫か?身体強化してても魔力が吸われたら意味無くないか?」
「直に触れるとダメなんでしょう?なら雲出先輩の防寒シートの上から持てば……ほら」
ひょい、と軽々と自身の体よりも大きな水晶体を担いで持ち上げるのを見て、確かに大丈夫そうだと納得した。
こういう魔力による身体強化があるからこそ、この世界では女でも力仕事に着きやすくなっている。
「マユミちゃん、やっぱり強化上手いねえ。私じゃこんなの持てないよ」
「ありがとうございます、雨野先輩」
「雨野はそもそもの力が弱いんだよ。やるべきは筋トレだ筋トレ。もっと鍛えようぜ?」
「うーん……それはそうなんだけど……」
なんて、他愛もない会話をしていると。
「……ん?」
「?晴原、どうした?」
唐突に、晴原が訝しげな声を上げた。
「何かあったの?」
「いや、これ――」
そして、言い終わる間もなく。
――ぴし、と水晶体の表面に鋭いヒビが入った。
「――ッ!」
一本だけではない。ヒビは二本、三本とその数を増やしていく。
「雪村下ろせ!なんかヤバいぞこれ!」
「は、はい!」
雪村は水晶体を下ろしたが、それでもヒビの侵食は止まらない。
「おい雪村!何か触ったのか!?」
「わ、分かりません!ボクはただ持ち上げただけで……!」
「いや、雪村は何もやってない……はずだ。横で見てたから分かるぜ」
そう言い切った瞬間。
――ぱきん。
今度はさっきまでのような軽い音ではない。もっとハッキリと、硬い何かが砕ける音。
それが何かなんて、一つしかない。
「――雨野!結界前方のみ!出力最大!」
「りょ、了解!」
晴原の声に応えて雨野が最硬の結界を張った、次の瞬間。
一際大きな音を立てて、水晶体が
「――っ!」
弾丸じみた勢いで飛んでくる破片は次々と雨野の結界に突き刺さり、そして、その度に結界を
それはまるで、魔法を
「大丈夫か雨野!?耐えられるか!?」
「っもちろん!わたしが頑張らなきゃ、皆が危ないんだから――!」
歯を食いしばって、雨野が結界を更に厚くする。
雨野の固有魔法の結界は、強度や持続力を上げるほど精神を強く消耗する。そのうえ、出力の限界を越えそうになると頭が焼き切れそうなほどに熱く、痛くなるらしい。
「っおま、鼻血出てるぞ!」
「頑張ってください雨野先輩!」
「――う、うぅぅぅぁぁぁ!」
雨野が叫び、そして――ぱたりと、衝撃が止んだ。
「……終わったか……?」
俺の言葉に答える者はいなかった。
終わったかどうかなんて誰にも分からない。ただ、森の空気が明らかにさっきまでとは別物になっていた。
何か不穏なものが、とぐろを巻いてこちらを待ち構えているような。
――とはいえ、今はそれどころではない。
「雨野!」
呼びかけると、雨野が地面に膝をついていた。
鼻の下を赤く染め、肩で息をしている。
「だ、だいじょうぶ……。まだ、やれる……」
「強がるな、もう十分だ。しばらく休んでいろ」
体を支えながら晴原がそう言うと、雨野は安心したように微笑んで目を閉じた。そしてすぐ、静かな寝息が聞こえてくる。
それを確認した雪村が索敵のため素早く周囲へ視線を走らせる――が、いつもの仕草がどこか空回りして見えた。
それもそうだろう。だって、何よりも気にすべきものがそこにあるのだから。
先程まで水晶体のあった場所、そこを目で見やる。
そこには砕ける前の水晶は既になく――俺のかけた防寒シートとそこから覗く少年の上半身があるだけだ。
少年の肌は、土と葉で少し汚れている。だが、致命傷みたいなものは見当たらない。そしてその胸は、ゆっくりと上下している。
「息はあるっぽいな」
「ああ。だが、これはどうするべきか……」
はっきり言って、これはもう俺たちの手に負える範囲を越えていると思う。
学園長は『水晶を持って帰れ』と言った。なら、こうして水晶が砕ける事なんて予想していなかったんじゃないか?
「……ダメだ、通信機がイカれた。さっきの水晶が結界を通り抜けて当たっていたらしい」
「っマジかよ、そんなピンポイントな……」
これで救助を呼ぶという手段も取れなくなった。
だから、俺たちはこの訳の分からないモノを抱えたまま、自力で帰らなければいけないワケで――
背中を一筋、冷や汗が伝った。
「と、とにかく!あの男の子を運ぶ方法を――」
雪村がそう言いかけた、その瞬間。
微かに、防寒シートがうごめいた。
「――ッ!」
雨野を除いた、俺たち三人ともが一斉に身構える。
俺は腰のポーチの中で得物を握り、晴原は手を前に突き出し、雪村は最前列に立ち半身でファイティングポーズを取っている。
そうして、各人が警戒している中――シートの内側から、白い指が覗いた。
指先が宙を探るみたいに揺れて、それから――ずるり、と上半身が起き上がる。
真っ黒い髪に、少し茶色の混ざった瞳。まだ少し幼さが残るが、それでも意志の強さを感じられる精悍な顔つき。
水晶から出てきた少年は、緩やかに辺りを見回して。
「……ここは、どこだ……?」
そして、それだけ言って。
少年はバタリとその場に倒れ伏した。
「っおい!大丈夫か!」
「待て雲出、触れては――」
「分かってるよ!」
晴原が焦った様子で止めてくるが、それを振り切って近付き、シート越しに少年の手首の脈を測る。
「……うん。脈はあるし、呼吸もしてる。多分、意識を失ってるだけだ」
弱々しいが、確かな脈動が感じられる。
「……急ぐぞ。あれだけ騒いだ後だ、魔物が近付いているかもしれん」
「ええ。この男の子はボクが運ぶので、雲出先輩は雨野先輩をお願いします」
「ああ、分かった」
制圧力に優れた晴原をフリーにして、俺と雪村であとの二人を守りながら運ぶ――と、歩き出そうとした、その時。
森の奥から、低い唸り声が聞こえた。
「……来るぞ!」
晴原がそう言って、こちらを振り返り――その背後から、ひとつの影が迫り来る。
四つ足に、角に、牙。
額に角を生やした大きな狼――魔物が、晴原の背後から噛み付こうとその口を開き今にも飛びかからんとしていた。
「っ屈め晴原!」
咄嗟に叫ぶと、ポーチからナイフを取り出して身を低くした晴原の背後へと投げる。
目の前の狼は横に飛び退いて、まっすぐ飛んで行くそれを回避したが――
「避けられるワケねえだろ、バカが」
くん、その軌道を90度曲げ、喉元へ刃を突き刺す。
刃渡りが長いおかげかナイフは脳天まで突き刺さったようで、狼は白目を剥いて力無くその場に倒れこんだ。
「倒した、けど……!」
「一匹で終わってくれりゃあ、こっちとしては大喜びなんだけどなぁ!」
「木の後ろ、まだいます!数えられません!」
木々の隙間――暗がりの向こうで、複数の目が光る。
仲間を殺されて苛立っているのか、皮膚が逆立つような殺気が俺たちに注がれ、その数は今も着々と増えている。
「チッ、
コイツら魔物はどうして集まった?雨野の血の匂いか、さっきの異変の物音か、あるいは――この少年の存在そのものか。
考えても仕方がない。思考を振り切ると俺はポーチに手を突っ込み、手馴れた得物を掴んだ。
手に触れる冷たい感触――投げナイフの存在を確かめ、構える。
「撤退するぞ!雪村、少年を抱えろ!雲出、後衛できるか?!」
「索敵ならできます!敵の少ない方へ指示しますから!」
「後衛了解。……ったく、面倒事の詰め合わせかよ!」
こちらの防御の要は疲労困憊、そして要警護対象は意識不明。
対して相手の数は不明、しかし確実に俺たちよりは多い。
ひどく不利な状況での撤退戦が始まった。