そう言って、主人公はチョコレートを渡される。
某所のワンライ企画で書いたもので、お題は「バレンタイン」「悪役」です。
「あなたにチョコレートを受け取ってもらえないなら、世界を滅ぼそうと思うんだ」
バレンタイン特集のニュース番組が流れる中、そう言ってチョコレートを差し出された。ピンクのリボンで包装された、可愛らしい印象の包みを。
そっと頬を赤らめながら突き出される光景には似合わない、とんでもないことを言われてしまった。
まあ、そういう年頃なんだと思う。なんか、よく爆弾のスイッチみたいなものを持っている子だし。たぶん、今日も持っているはず。
ちょっと早く卒業した身としては、いたたまれない気持ちもあるけれど。清楚な黒髪ロングでそっとはにかむ姿は、誰もが恋に落ちるレベルなのにね。なんというか、玉に瑕だよ。というか、傷というより半分くらい欠けてるよねこれ。
僕はとりあえず、チョコレートに手を伸ばす。すると、じっと見つめられた。少しも目を揺らさずに、僕の一挙一動も見逃さないというように。
どう反応して良いのか、少し困っちゃうよね。たぶん、チョコレートを渡されるっていうのはそういうことなんだろうけど。本当に喜んで良いんだろうか。
「じゃあ、これで世界は救われるんだね。僕は正義の味方になっちゃったね」
「私を悪役って言いたいの? まあ、間違っていないけどね。あなたの態度次第では、世界が終わっちゃうんだし」
「あはは、そんなのもったいないよ。どうせなら、いろんなことを楽しんでからの方が良くないかな?」
「私の望みは、この世にひとつだけ。叶わないというのなら、世界に価値なんてないよ」
すっと表情が消えていって、真顔になった。さっきまで頬を赤らめていたのが、嘘みたいに。背中に氷を入れられた気分っていうのは、こういうことだろうか。
なんていうか、本気で信じていそうで怖い。世界を滅ぼすというのは冗談にしても、なんか飛び降りたりしそうな凄みを感じてしまう。ちょっとだけ、包装を開ける手が震えてしまった。
チョコレートの包装は、よく見ると手作り感がある。紙にいくつかシワができていたり、リボンの長さが均一じゃなかったり。
でも、それってつまり真心を込めてくれたってことだよね。彼女の顔を見ると、頬を緩めて僕を見ていた。
さっきまでとは違って、胸に暖かい気持ちが流れ込んでくる。これがサウナなら、たぶんととのっていたよね。
包装紙を開けると、手書きのうさぎが書かれた箱が出てくる。この模様、爆弾のスイッチみたいなものにも書かれていたよね。たぶん気に入っているんだろう。
だったら、大事にしたいよね。僕のために、わざわざ頑張ってくれたんだから。
「このうさぎ、可愛いよね。せっかくだから、取っておいてもいいかな?」
「もちろんだよ。あなたに気に入ってもらえたのなら、嬉しいな」
「ふふ、僕も身に着けてみたら、ペアルックになったりしてね。そういうの、どう思う?」
「とっても良いかも! もし世界が滅ばなかったら、あなたの衣装も用意するね」
両手を胸の前で合わせて、顔を輝かせている。まるで満開の花が一気に開いたみたいに、華やいでいた。やっぱり、とっても可愛い子なんだよね。
良くも悪くもまっすぐなだけで、本当は良い子なんだと思う。僕も、一時期は似たような言動をしていたからね。
「それは楽しみだね。世界が滅ばないように、いただきますかな」
中に入っているチョコレートは、6つ。丸いもの、四角いもの。白いもの、黒いもの。いろんな物があって、それだけでも手が込んでいるって分かる。
完全な丸じゃなかったりするところが、まさに手作りの証って感じだよね。
まずはトリュフチョコレートらしきものに手を伸ばす。口に運ぶと、噛んだ瞬間に柔らかくて甘い中身が飛び出てきた。ちょっとだけ固くて苦い外側と、甘くてまろやかな中身のマリアージュ。それはまさに、運命のふたり。なんちゃって。
これってつまり、二層構造だってことだよね。えっ、とんでもない手間なんじゃないの?
6個それぞれ別の種類のチョコレートで、しかも一つ一つに手が込んでいる。残りを食べるまでもなく、彼女の気持ちは雄弁に伝わってきたんだ。
まずはじっくりと味わって、飲み込む。そして僕は、水を探そうとする。立ち上がると、彼女の顔がどんよりと沈むのが見えた。
これは、勘違いさせちゃったかも。パタパタと手を振って、全力で弁解した。
「いや、そういう意味じゃないよ! 美味しかったから、水でリセットして全部を味わいたかったんだ」
「そこまで味わってくれるんだ……。じゃあ、私が水を取ってくるね」
弾むような足取りだというのが、足音だけで分かるくらいだった。水道の音が聞こえて、しばらく。ニコニコ顔の彼女が戻ってくる。
そして、僕の口元にまでコップを運んできた。されるがままに飲んで、次のチョコレートに手を伸ばす。
ホワイトチョコレートは、とてもまろやか。優しい甘みが口の中に広がっていって、じんわりと心にまで染み渡っていくよう。今の気分は、温泉に浸かっているという感じかな。
残りのチョコレートも、どれも絶品だった。ミントの味がするものとか、ブラックチョコレートとか、いろいろと。
手を止めずに食べる僕の姿を、彼女は満面の笑みで見守ってくれていたよ。
「ありがとう。本当に美味しかったよ。また何度でも食べたいくらい」
「そっか。じゃあ、世界は滅ばなくて済みそうだね」
そう言って、彼女は爆弾のスイッチみたいなものを取り出して押す。ニッコリとしながら頷く姿が、とても輝いて見えたよ。
「そういえば、それってなんのスイッチなの?」
「核兵器の停止スイッチだよ。だから、あなたのおかげで世界は救われたんだ」
それに笑顔で返そうとした瞬間、緊急速報が流れてきた。
誤射されそうになった核兵器が、急に止まったと。
彼女の方を見ると、ただニコニコし続けるだけ。本当に、それだけ。
「私と、付き合ってください。これから、一生を一緒に過ごしてください」
僕の手を握られながら届く言葉が、何処か別の世界くらい遠くに思えたんだ。