「はい、並んでくださーい! 走らない!」
先生の声が、ナギ平原の強い風にのってひびいた。
ぼくたちは今日、社会科見学でユウナ記念館に来ている。
正式名称は「大召喚士記念館」。
でも、そんなふうにかたく呼ぶ人は、あまりいないらしい。
「うわ……でっか……」
誰かがぽつりとつぶやいた。
目の前にそびえるのは、空に突き刺さるみたいな白い塔。
外壁は光を反射してまぶしく、てっぺんは雲に届きそうなくらい高い。
そして、その足もとには――
地面をぱっくり割ったような、大きな裂け目。
落ちたら、絶対ただじゃすまない。
ぐるりと頑丈な柵が囲んである。
ここは、初代大召喚士ガンドフがシンと戦った場所。
そう聞いた瞬間、背中が少しだけぞくっとした。
正直、ちょっとこわい。
でも、それ以上に――すごい。
裂け目の底から吹き上げる風が強くて、
草原の草が波みたいにざわざわ揺れている。
塔は、ずっと昔からここに立っていたみたいな顔をしているけど、
先生の話では建ったのは十数年前らしい。
「平和を守るための塔です」
そう説明されたけれど、
塔って何かを守れるのかな。
ぼくは少し首をかしげた。
でも――
なんだか、ただの建物じゃない気がした。
★
入口でパンフレットをもらう。
紙は分厚くて、表紙はつるつるしている。
そこには写真つきで館長の紹介が載っていた。
二代目館長:パイン。
本を何冊も出している有名な人で、
歴史や平和について書いているらしい。
ページの横には、本の表紙がずらっと並んでいる。
……うん。
正直、ちょっと難しそうだ。
写真のパイン館長は、きちんとした服を着て、まっすぐカメラを見ている。
でも、ほんの少しだけ笑顔がぎこちない。
先生が小声で言った。
「大召喚士ユウナ様やカモメ団とも関わりがあった方ですよ」
え、あのユウナ様と?
クラスのあちこちで小さなどよめきが起きる。
スピラの三つの大きな団体――
新エボン党、青年同盟、マキナ派。
その代表たちとも親交が深く、
みんなが納得して二代目館長に選ばれたらしい。
(……じゃあ、最初の館長は?)
そう思ったとき。
「残念ながらパイン館長はベベルで会議です」
受付の人が教えてくれた。
有名人に会えないのは、ちょっとだけ残念だ。
★
先生が、ぼくたち一人ひとりに丸いスフィアを配った。
「落とさないでよ。大切な音声ナビなんだから」
手のひらサイズの透明な球体。
中で小さな光がゆらゆら揺れている。
スイッチを入れると、ぱっと音が広がった。
「みなさん、こんにちは」
はっきりとした女性の声。
「案内を担当するシェリンダです」
元報道官で、街角インタビューもしていた人らしい。
だからなのか、声がとても聞きやすい。
“この記念館の発案者の名はカイレフ。
彼はグアドとロンゾの血を引いています……”
グアドとロンゾ。
昔は仲が悪かった、と授業で習った。
その争いを仲裁し、スピラのために尽力した人物。
“初代館長カイレフは言いました。
『平和は放置すれば崩れる。
だから保存する。管理する。育てる』”
保存する?
管理する?
育てる?
平和って、そういうものなの?
“では、続いて、パネルをご覧ください”
展示には、三つの団体の役割が図で説明されていた。
送儀(異界送り)は新エボン党。
保全と警備は青年同盟。
設備と機械はマキナ派。
役割がきれいに分かれている。
主義や考え方は違っても、
ここではみんな誇りを持って働いている。
塔は、理念だけじゃない。
ちゃんと役割で支えられているんだ。
ナビ・スフィアの光が、ふっと強くなる。
塔の中は三つに分かれているらしい。
いちばん上が展示フロア。
ここで歴代の大召喚士たちの偉業や伝承を知れる。
まんなかが研究フロア。
そして――いちばん下が保全フロア。
一日に午前と午後の計二回、決まった時刻に送儀(異界送り)が見られる。
★
まずはエレベーターで上へ向かう。
扉が閉まると、ふわっと体が軽くなる。
その瞬間――壁いっぱいに映像が広がった。
浜辺。
青い海がきらきら光っている。
砂漠地帯。
果てしない砂の波。
深い森。
木々の間から差し込む光。
長く続く街道。
旅人の足あと。
草原。
風にゆれる緑の海。
雪山。
白く静かな世界。
そして――雷が落ちる平原。
空を引き裂くような稲光。
「スピラって、広いんだな……」
思わず、声がもれた。
教科書で見るのと、ぜんぜんちがう。
映像は動いていて、風や音まで伝わってきそうだ。
まだまだ、知らない景色がある。
まだまだ、知らない物語がある。
エレベーターが止まり、扉が開いた。
そこは、歴代の大召喚士たちの展示フロアだった。
大きなパネルに、ひとりひとりの姿。
真剣なまなざし。
静かな笑顔。
「ナギ節をもたらした人たちです」
シェリンダさんの声が、静かに流れる。
危険を顧みず、
命を賭して、
シンと戦った人たち。
その横には、いっしょに旅をした“ガード”たちの紹介もある。
剣士、僧侶、戦士、魔導士、機械技師。
それぞれの得意な力と方法で、召喚士を守った。
でも――
パネルの中には、途中で力尽きた人たちの名前もあった。
そして召喚士やガードだけでなく、事故や、魔物や、シンの襲撃などで帰らぬ人もいた。一角の小さな慰霊スペースには、花が供えられている。
だれかがそっと手を合わせていた。
ぼくも、なんとなく背筋をのばす。
楽しいだけじゃない。
すごいだけじゃない。
この塔は、色んな意味があるんだ。
★
「おっ、これ見ろよ!」
クラスの男子が大声を出した。
そこには、特徴的な装飾が施されているブリッツボール。
“オハランド大召喚士も使用したとされる、
七曜の武器《ワールドチャンピオン》
(ワッカ氏より寄贈)”
「えっ、ワッカ!?」
思わず近づく。
ビサイド・オーラカにも所属していたっていう、あのワッカ?
「ユウナ様のガードのワッカだぜ? すげー!」
誰かが叫ぶ。
★
その先には――
「なりきり衣装コーナー」
クラスが一気にざわついた。
「マジか!」
召喚服のレプリカがずらっと並んでいる。
色んなデザインがある。
きれいな刺繍。
ほっそりしたもの、
だぶだぶと裾が太いもの。
露出の多い、オトナ向けのもあった。
(こんな布が少ないのは誰が着るんだろ?)
「写真撮っていいってさ!」
もう大騒ぎだ。
友だちが子ども用の召喚服を着て、
まじめな顔でロッドを持つ。
「似合ってるじゃん!」
先生も、ちょっとだけ笑っている。
歴史の展示なのに、
ちゃんと楽しい。
★
さらに進むと、空気が少し変わった。
「祈りの間・再現コーナー」
薄暗い部屋。
中央に、祈り子の像。
静かで、ひんやりしている。
さっきまで騒いでいたクラスも、
自然と声が小さくなる。
ここで召喚士は祈り、
召喚獣と心を通わせた。
目を閉じると、
遠くから歌のような音が聞こえてくる気がした。
★
その奥には、大きなジオラマ。
ビサイド島の浜辺が再現されている。
そして――
ユウナ大召喚士が、
初めて召喚獣ヴァルファーレを召喚した場面。
小さな人形なのに、
光のエフェクトがすごくて、
今にも翼が羽ばたきそうだ。
「ここから始まったんだ……」
誰かがつぶやく。
あの最初の一歩が、
スピラの未来を変えた。
ジオラマなのに、胸が熱くなる。
★
その隣には、本物の展示。
ユウナ大召喚士のロッド。
そして、召喚服。
ガラスケースの中で、
静かにライトに照らされている。
思っていたより、少し小さく見えた。
でも。
だからこそ思う。
この服を着た人が、
あのシンと向き合ったんだ。
ロッドを握った手は、
きっと震えていたかもしれない。
それでも、前に進んだ。
★
最後のコーナー。
「失われた召喚獣たち」
今は存在しなくなった召喚獣のスケッチ。
古いスフィア映像。
ぼんやりと映る巨大な影。
光の粒になって消えていく姿。
「もう、いないんだって……」
誰かが小さく言った。
でも。
だから、ちゃんと残さないといけないんだ。
絵に。
記録に。
思い出に。
★
展示フロアを一周したころ、
ぼくの胸はなんだかいっぱいだった。
すごい。
楽しい。
ちょっと悲しい。
いろんな気持ちが混ざっている。
でも、ひとつだけははっきりしている。
これは、ただの観光じゃない。
ここは――
“守っている”場所なんだ。
思い出を。
歴史を。
そして、たぶん、未来を。
エレベーターの表示が光る。
次は、研究フロアを通り過ぎて保全フロアへ。
★
保全フロアへ向かう途中、
ガラス張りの通路に出た。
その瞬間、みんなの足がぴたりと止まる。
下――
塔の足もとに広がる、あの巨大な裂け目が見えた。
底から、ふわっと光が立ちのぼっている。
青とも緑ともつかない、不思議な光。
「うわ……」
思わず声がもれる。
その光の中を、剣や機械を担いだ人たちが坂を下りていく。
鎧、防護服がきらりと光る。
大きな工具を背負っている人もいる。
ぼくたちの視線に気づいたのか、
ひとりがにかっと笑って手を振った。
「おおー!」
クラスから小さな歓声があがる。
先生が説明する。
「みんな、あれが幻光虫ですよ。命の光のようなものです」
命の光。
たしかに、きれいだ。
でも――
「増えすぎると魔物が生まれます。だから、あの方たちが魔物を退治、駆除しているんです」
え、目と鼻の先で、そんな危険があるの?
ぼくたちは思わずガラスに近づいた。
光はやさしく揺れているのに、
その奥には、見えない緊張があると言うのか…
「そして、ここでは定期的に異界送りも行っています、増えすぎた幻光虫を還すためです」
異界送り、今は“送儀”と呼ばれることが増えた。
元召喚士と、その教え子たちが送儀士を担っている。
その言葉を聞くだけで、
なんとなく背筋が伸びる。
「あ、そろそろ始まる時間ですよ」
先生が時計を見る。
ちょうどそのときだった。
裂け目の縁に、白い衣装の送儀士たちが静かに並ぶ。
空気が変わった。
さっきまでざわざわしていたクラスが、
自然と静かになる。
音楽はない。
けれど、送儀士たちの動きはぴたりとそろっていて、
ひとつひとつが、ゆっくり、ていねいだ。
手が上がる。
袖がふわりと揺れる。
すると――
裂け目の底から、光がすうっと浮かび上がった。
やわらかい光。
まるで、星が昼間の空へ帰っていくみたいに、
ゆっくりと溶けていく。
「……わあ」
誰かが、小さく息をのんだ。
きれいだ。
すごく、きれい。
なのに、胸がぎゅっとなる。
こわくはない。
でも、はしゃぐ気にもなれない。
すごく大事なものを見ている。
そんな気がする。
風が、上へ吹き上げる。
白い衣が、ひらりと揺れる。
「平和は、自然に続くものではありません」
先生の声が、静かに響いた。
裂け目の底で、また小さな光が揺れる。
きれいなだけじゃない。
かっこいいだけでもない。
誰かが守っている。
誰かが送り出している。
だから、今がある。
塔は、ただ思い出を飾る場所じゃないんだ。
そのとき――
若い女性の声が、静かに流れた。
「いなくなってしまった人たちのこと、時々でいいから……思い出してください」
やわらかいけれど、まっすぐな声。
先生が、そっと教えてくれる。
「これは、永遠のナギ節を成し遂げた大召喚士ユウナ様の、伝説のスピーチですよ」
え。
あのユウナ様の声?
ぼくはもう一度、裂け目を見つめた。
風が吹き上げる。
光がゆらめく。
いなくなった人たち。
戦った人たち。
守った人たち。
全部が、この場所につながっている。
そして――
ぼくたちは、その中へ足を踏み入れていく。
社会科見学のはずなのに、
なんだか、とても大きなものの中に入っていく気がした。
光は、まだ揺れている。
まるで、ぼくたちを見守るみたいに。