DOG DAYS フィユタージュ王国の勇者   作:藤月沙月

2 / 2
02:はじめての戦!

 ――花火が上がった。風が白いマントを揺らし、人々の口から漏れた感嘆の息を響かせる。自然と高まる緊張と興奮をやり過ごし、名乗りを上げた。

 

「陛下のお呼びに預かり、『勇者・サクラ』――ここに見参!」

『……っ』

 

 中継クリスタルから聞こえる、実況の声が詰まる。もうそろそろこの格好つけたポーズから解放されたいのだけど。実況席を支配する沈黙に不安しか残らない。……もしかしなくても、滑った?

 

『……き……』

 

 視線だけをちらりと動かすと、城と戦場を中継するクリスタルが見える。クリスタル越しに私を召喚した国王・エールトベーレの目が合った。彼の唇が「大丈夫だよ」と動いた気がする。実況者はこちら側――フィユタージュ王国の人だと聞いたけど。

 

『来た来た来たーっ! 勇者、降臨です!!』

 

 顔文字でも乱舞しているんじゃないか、と疑うほどの高い声が響いた。実況席を見上げればパステルブルーのキツネ耳女性が、今にも飛び出さんばかりの勢いで、目の前の机に右足を乗せている。

 

『ここフロニャルドで国を治める王や領主にのみ許された勇者召喚! その希少な勇者が、何と、何と! 我がフィユタージュ王国に今舞い降りました! ああもう実況なんかどうでもいいから取材に行かせろ!』

『よくないよくない。早く席に戻りなさい』

 

 ……どうやら現地の人にも受け入れられたらしい。安堵の息を吐きながら、私は手招きしている女性の元へ走った。ゲームに出てくる魔法使いの様な長い杖(ただし外見はメタリック)を携えた女性は穏やかな微笑で私を迎える。自己紹介もそこそこに、エールトベーレから教わった『戦』のルールとルートに記憶違いが無いか確認した。

 

「……うん。ルールもルートもちゃんと理解してくれたのね」

「陛下のお陰です」

「そうかもね」

 

 淑やかな笑みを浮かべて、女性――ミリュテーユ・フォンテーヌは声を潜める。

 

「勇者様は召喚されて、陛下にお会いして……どう思いました?」

 

 まるで秘め事の様な言葉に、私を見極めるような鋭い視線。けれど口端にはどこか恋愛事情に喜ぶ少女の様な笑みさえ浮かんでいる。

 

『そうなったらビスコッティの民も――ミルヒも、悲しい思いをしてしまう』

『確かに、僕達が勝つなんてあり得ない。……でも、だからって諦めたくないんだ』

 

 プライドだってあるだろうに、召喚されただけの私にそこまで打ち明けて。王城に帰還した彼を出迎えたメイドや側近の顔を見れば、そんな彼だからこそ慕われているんだな、とさえ思う。

 

「穏やかで優しい……素敵な方だと」

「合格!」

 

 正直に答えたら、ぎゅう、と抱きしめられた。親愛のハグだと解釈して腕を伸ばすと、抱きしめる腕に力を込められる。ミリュテーユさんが感激屋なのか、それとも私がぬいぐるみ扱いなのか。判断はつかないけれどとりあえず仲間だと認められたらしい。私を解放したミリュテーユさんは杖を構えた。細められた翡翠色の瞳は、最終ラインに近づく敵影に向けられる。

 

「勇者様。兵士を蹴散らしつつ、先陣へ合流してください。私の弟がそこで善戦しているはずですから」

「はい! ……って、えっと、弟さん?」

 

 先陣、弟。その二つの単語に、召喚されて間もなくエールトベーレに案内された戦場の光景が蘇る。成程、あの騎士はミリュテーユさんの弟さんか。遠目に見えた亜麻色の髪は、確かに彼女によく似ていた。

 

「ええ。ちょっと融通が利かない愚弟ですが、よろしくお願いしますね」

 

 身内への評価は厳しいらしい。ともあれ頷いて、ふと視界に入った王城への中継クリスタルに笑顔を向けた。

 きっと今頃内心不安でいっぱいであろう、優しい王様へ。

 

 

 ◇

 

 

 手にしていたマイクを口元から離して、エールトベーレは小さく息を吐いた。空に浮かぶ中継映像には召喚に応じた少女――サクラ・ナナヤが様々な角度から映し出されている。先程までの迷いは消えているらしく、その口端には笑みさえ浮かんでいた。

 

「でも、陛下? 勇者様はこちらの戦の作法をご存知ないんですよね? ……大丈夫なのでしょうか?」

「道々説明しているし、合流次第ミリュテーユと確認するよう伝えている。問題ないさ」

 

 マイクを受け取り、不安そうに尋ねるルキ・カレンズの葡萄色の瞳が中継映像へと移る。映像では丁度サクラが王国砲術師団長を務めるミリュテーユ・フォンテーヌと合流していた。何言か交わし、満足そうに頷いたミリュテーユはサクラを抱きしめる。それに応えようと動いたサクラの腕に気づいたミリュテーユは、華奢なその腕に更に力を込めた。何も知らない者が見たら非常に感動的で麗しい場面なのだが。

 

「……確かに、問題はなさそうですね……」

「だろう?」

 

 満面の笑みを浮かべる己が主に対して、ルキの表情は苦みばしったものだった。もちろん内心で「勇者様も可哀想に。心中お察しします」と一言詫びるのも忘れない。耳も尻尾も持たない異世界の少女。いきなり見ず知らずの世界と国の事情に巻き込まれて不安だろうに、あの勇者は泣き言一つない。――仮にあったとしても、今更どうしようもないのだけど。

 それでも、とルキはとりあえず肩の力を抜いた。泣いても笑っても、現状は勇者頼みでどうにかするしかない。

 

(……それに、陛下が選んだ方ですし)

 

 自国がここまで追い詰められたのは自分達が不甲斐ないせいであるし、何よりあの勇者は己が主が直々に召喚した者である。期待や助力こそすれ、関係を悪化させてまで意地を張るつもりは無い。問題は最後まで勇者召喚に反対していたあの騎士だが――まあ何とかなるだろうと、ルキは考えていた。諦めたとも言う。

 と、中継クリスタルが前線へ駆け出す直前、満面の笑顔を浮かべて手を振る勇者を映し出した。その姿に執務補佐を務める元老院たちが感心したような声を上げる。この状況であっても余裕を見せるとは、と言わんばかりだ。

 

「……さすがは、勇者様といったところですね」

 

 そう反応するに留めたルキは、一言も発しない主へと視線を移す。自身が召喚した勇者を気に入っているらしい――それこそ召喚台まで護衛もつけずに迎えに行くと言って聞かなかった彼の視線は中継クリスタルに固定されていた。再び声をかけようとしたルキは、口をつぐむ。

 僅かに朱に染まった頬と、熱を帯びた視線。そしてせわしなく動く尻尾。その意味に気付かない程彼女は鈍くない。

 小さな溜息と共に注意を向けた戦場では、たった一人の少女による盛大な逆転劇が行われていた。

 

 

 ◇

 

 

 向かってくるガレット兵士に武器による強打を与えつつ、私はひたすら前進する。時には武器を上空に放り投げて注意を逸らしつつ、頭部もしくは背中に触れてタッチボーナスを得ることも忘れない。

 

(――向かってくる相手は遠慮なく迎撃する)

 

 武器による強打を加えてノックダウンを狙うのが戦興業の基本ルールらしい。頭部あるいは背中は触れるだけでノックダウン判定がもらえる上、タッチボーナスという加点がある――エールトベーレから、そしてミリュテーユさんから受けた説明を復唱する。

 

(今のスコアは……)

 

 上空に浮かぶスコアボードに目を遣るが、文字が読めるはずも無い。会話に支障がなかったから忘れてたけど、どうせなら文字も自動翻訳されたらいいのに。

 何て今更なことを考えながらも、回避と反撃を続ける。ダウンしたねこだまがぴょんぴょん跳ねてバトルフィールドから離れていった。今回の勝利条件は拠点制圧だけど、ポイントは稼ぐに越した事はない。取らぬ狸の何とやら、ではあるがこれでフィユタージュ側の士気高揚に繋がれば幸いだ。ついでに私の存在が知れ渡れば、シンクも気付いてくれるだろう――彼がこの世界に召喚されていたら、の話ではあるけれど。

 水車の様な障害物を飛び越えて、足を止める。ざっと見渡して安全であることを確認して、呼吸を整えた。それでも自然と上がる口角を止められない。

 

「……どうしよう。すっごく楽しい……!」

 

 体を動かすことは嫌いじゃない。でもあの日からは、アスレチックも楽しく感じなかった。シンクとナナミさんの棒術訓練を見ていても乗り気にならなかったこともある。

 でも、今は違う。楽しくてたまらない。勇者という肩書きには重圧しか感じないけれど……でも、自分の力が通用する。それだけで嬉しかった。袖の無い淡いピンク色の上着と、白いミニスカート。手の甲と手首を覆う篭手は小さくて羽のように軽い。襟元にファーがついたマントでちょっと勇者っぽく――とファッション雑誌の見出し風に。

 預けられた武器――『神剣・ブリュンヒルデ』を握り締める。眼前の開けたフィールドには亜麻色の騎士がいた。浮かんだ紋章が強く輝き、衝撃波で敵を蹴散らしていく。その無駄の無い動きに拍手をしつつ、敵がいない内に合流しようと脚を動かした。

 

「お待たせしました。クラスト・フォンテーヌ卿ですよね? 私……」

「邪魔だ。帰れ」

 

 ……名乗るどころか、挨拶すら許してもらえなかった。私の言葉を遮った騎士――クラスト・フォンテーヌ卿は緋色の瞳で私を睨みつけている。その視線の鋭さに思わず怯んだ。それがさらに気に食わないらしいフォンテーヌ卿は不機嫌そうに鼻を鳴らす。尻尾の毛も逆立って不機嫌そう……キツネってそうだっけ?

 

「陛下の決断とは言え、別に勇者などいなくても……」

「言われなくても、さっさとこの戦を終わらせて、シンクを見つけて帰ります」

 

 不機嫌な声に、反射的に言い返す。ぶっきらぼうな言い方が不満だったのだろう、視線の鋭さが増した。……私が勇者らしくないのは分かっている。それでも呼ばれて、期待されている以上、やり遂げなくてはいけないことくらい理解しているつもりだ。

 

(この戦が終わったら、さっさとシンクを見つけて帰ろう)

 

 そう改めて決心した瞬間、地響きにも似た足音が響く。その方向に視線を向ければ、真正面からガレット兵士がざっと100人程このフィールドへ押しかけていた。剣を構え直したフォンテーヌ卿が、一歩前に出る。

 

「下がってろ。紋章術もろくに扱えない、勇者の出る幕は無い」

「……やってみなくちゃ、分からないじゃないですか」

 

 売り言葉に買い言葉。フォンテーヌ卿より前に出て、私は呼吸を整える。

 

『紋章術とは、このフロニャルドの大地と空に眠るフロニャ力を集めて使う技術をいいます』

 

 着替えと神剣の授与を済ませて、時間の許す限りこの世界と戦のルールを教えてくれたエールトベーレ。彼が最後の説明だと切り出したのが、『紋章術』だった。

 

『フロニャ力を自分の紋章に集めて、自分の命の力と混ぜ合わせることで輝力というエネルギーに変換することが出来ます』

 

 こんな風に、と示した彼の指先に集められた白い光が線香花火のように煌いていたのを思い出す。この輝力を利用した技術や機械の製作、研究をフィユタージュ王国は積極的に行っているのだとか。その変換した輝力を利用して発動するのが、紋章術だという。

 もちろん誰でもすぐに扱えるものでもないし、危険だからちゃんと訓練を受けた騎士や砲術士――フォンテーヌ姉弟に教えてもらうよう言われたのだけど……。

 

(馬鹿にされっぱなしも、性に合わないし……)

 

 伸ばした右手の甲に、フォンテーヌ卿とは違う、召喚に用いられたものと同じ紋章が浮かぶ。桜色の紋章にフロニャ力が集まる様なイメージを重ねた。『命の力』と混ざり合って強化された紋章が大きくなって、背中で輝きを増す。より濃く、強く輝くその力の流れを感じながら、神剣を構え直した。

 

「出来ないかもって諦めて、大好きだったことも勝手に嫌いになって……自分で自分に嘘をつき続けて」

 

 それはまさに、今の私そのもの。このままでは嫌だ、このままではいたくない――それが分かってはいるのに、何も出来なくて。幼馴染の笑顔を、真正面から見つめることも出来なくなった。その笑顔が向けられる資格なんてないと遠ざけて、けれどその笑顔を求めてしまう。そんな自分が、大嫌い。そんな自分を知られることが怖かった。

 ――でも。

 

『我がフィユタージュ王国に希望と勝利を運んでくれる、勇者が来てくれた!』

 

 挫けそうな心に、その一言が温かく染み渡る。召喚されて一日も経ってない。この国や世界の事、彼の事も何一つ知らないけれど――その期待に応えたい。私に、それだけの力があるのなら!

 

「ここで諦めたら、何もかも無駄になる。……そんなの、絶対に嫌だ!」

 

 叫ぶと同時に、風と雷を帯びた輝力を神剣から射出する。解き放たれたそれは一直線上に飛んでいき、迫っていたガレット兵士を吹き飛ばした。音を立ててねこだまに変化したところを見ると、ノックアウト判定をもらうだけの威力はあったらしい。初めてかつぶっつけ本番だったことも考えたら中々いい方ではないだろうか、と自画自賛する。

 どうだ、見たかと言わんばかりにフォンテーヌ卿を振り返れば、「この馬鹿が!」と怒鳴られた。

 

「発言は撤回する! だが、強力な紋章術は危険を伴うと陛下から聞いていないのか!?」

「それは、あの……聞いてます……」

 

 それどころか貴方かミリュテーユさんからちゃんと教わるよう言われました――そう正直に答えると胸倉を掴まれる。

 

「なら何故無茶をした! 今回は成功したからいいものの、最悪命を落とす場合だってあるんだぞ!?」

「あっ……」

 

 確かに戦は安全で健康的なスポーツだろう。参加する人達だって笑顔を浮かべている程、楽しいものだ。けれど完全に安全なものは存在しない――それは私がいた世界でもそうだった。ちょっとした事でも怪我をするかもしれないし、死亡事故が起こる事だってある。

 そこまで考えて、ようやく自分の軽率さに気付いた。黙り込んだ私を見て、フォンテーヌ卿は掴んでいた胸倉を解放する。

 

「分かればいい。以後気をつけろ」

 

 乱暴に言い放ち、フォンテーヌ卿は構えていた剣を鞘に納めかけ――やめた。亜麻色の狐耳が小さく動く。次いで私の聴覚が捉えたのは、小さくもよく響く拍手だった。

 

「――いいねえ。充分客を呼べる腕前だ」

 

 声の主――黒色のセルクルに騎乗した銀髪の少年が、満足そうな笑みを浮かべている。年の頃は私やシンクと同じくらいで、頭部の耳の形状は猫そのもの。身に纏う鎧は軽装ではあるが一般参加者のものとは大きく異なった、強さと気品を兼ね備えている。

 少年の姿を見て、フォンテーヌ卿は小さく溜息を吐いた。

 

「……ガウル殿下……」

「え、知り合い?」

『おーっと。ここでガレット獅子団領国代表ガウル殿下、戦場(いくさば)へご到着です!』

 

 思わず零れた声に、フォンテーヌ卿が残念なものを見るような視線を私に向ける。私の疑問には中継から響く実況アナウンス――フィユタージュ国営放送所属アナウンサーのテンションが高い方・パルフェが答えてくれた。

 

『今回はゴドウィン将軍や直属親衛隊とは別行動とのことですが、勇者・サクラにとっては強敵中の強敵! 弟の方のフォンテーヌ卿とどう連携をとっていくかが攻略の鍵ですね、グラス?』

『……そうですね。今回の勝利条件は拠点制圧ですので無理に相手をする必要はありませんが、総大将撃破ボーナスも加算されますから得点差を広げておくに越したことはありません』

「えっと倒せたらラッキー的な……もしかしなくても、敵?」

「……お前は何を聞いてたんだ……」

 

 呆れつつも、フォンテーヌ卿が一歩前へ出る。その様子ににやりと笑みを浮かべたガウル殿下がセルクルから飛び降りた。

 

「フィユタージュの勇者――サクラ、つったっけ? 腕は悪くねえ。……だが」

 

 格闘家の様に構えたガウル殿下の背に、エメラルド色の紋章が浮かぶ。徐々に色濃くなって輝くそれに、嫌な予感しか浮かばない。――これは、来る。確実にヤバい何かが。

 

「俺らの『戦』は、魅せてナンボの代物だ。強さと華麗さ、豪快さ――それが騎士や戦士の必須事項!」

 

 両手両足に巨大な爪を宿し、叫ぶ姿はまさに獅子そのもので。一気に距離を詰められた次の瞬間には輝力で強化された威力と速度で拳が飛んでくる。捌くのでやっとの拳の連打が終わったと思ったら、今度は輝力を纏った掌底打ちと紋章砲。派手な動きと比例して高い威力に気が遠くなる。

 

「避けろ、馬鹿勇者!」

 

 フォンテーヌ卿の叫び声が聞こえた。気を取られたその一瞬をガウル殿下が見逃す筈が泣く、紋章を展開させた爪が衝撃波を放つ。右手の篭手が破壊され、体に走った痛みと衝撃に意識が飛びそうになる。打ち上げられた体が、重力に従って地上へと落下していく。

 

「残念だったな、フィユタージュの勇者。……これで終わりだ」

 

 ……終わり、か。宣告された事実に思わず目を閉じてしまう。やっぱり私は、この程度だったんだ。誰の期待にも応えられないなんて。

 

(……そんなの、嫌だよ……)

 

 諦めようと消えかかっていた意志が、灯る。まだやれると、まだ終われないと心が叫んでいた。右足に桜色の紋章が輝く。輝力で生み出した風でブーストがかかった右足を保護するように、ブリュンヒルデの一部がまるでインラインスケートの様な形状へと変化した。そのまま右足を蹴り出し、エメラルド色の輝力の爪を弾き飛ばす。

 

「へえ、異世界人にしちゃやるじゃねえか。これぞ戦の醍醐味だ」

「そりゃどうも!」

 

 空中で体勢を整え、ブリュンヒルデをこの手に一番馴染む長さに戻す。そのまま紋章を最大レベルまで展開し、ガウル殿下の頭上にロッドを振りかぶる。

 

「高槻流棒術――上段唐竹割り!」

 

 振り下ろしと同時に発動寸前まで準備していた紋章砲を発動した。桜色の衝撃に、己の輝力を最大解放させてガウル殿下は防御体勢を取る。輝力と輝力の激突に、互いの纏う外装が弾け飛んだ。

 衝撃が去って、着地した私とガウル殿下はお互いボロボロで。外装は無いし、輝力を使いすぎたのか体力の消耗も激しかった。同じタイミングで膝を着くと、額からどろりと生暖かいものが目元へと流れてくる。手荒に拭うと篭手を失った右腕には血液が付着していた。

 

「つかお前、怪我してんじゃねえか! 大丈夫か?」

「多分……?」

 

 出血の量は感触の割には少ないみたいだし、興奮しているからか痛みも今のところは感じない。首を傾げつつ答えた私に、ガウル殿下は溜息を吐いた。

 

「気をつけろよ。異世界人はけものだまになれねえんだから」

 

 死ぬ事だってあるんだぞ、と額の傷を確認しながら殿下は呟く。

 

「……ん、大丈夫そうだな。このまま決着をつけたいところだが……」

 

 立ち上がったガウル殿下が、私とフォンテーヌ卿を見た。が、次の瞬間には「やっぱ今日はやめとくか」と降参のポーズを取る。

 

「……ガウル殿下、よろしいのですか?」

「おう。そっちの勇者だけならともかく、お前も残ってるしな。……それにそろそろ準備をしておかなくちゃな」

 

 最後の呟きが風で掻き消される。総大将撃破を告げる花火が上がり、ボーナスが加点されたことでポイント的勝利は確実。拠点制圧はミリュテーユさん達が引き受けてくれて、ものの数秒で決着がついた。あとはビスコッティ側が勝利すれば、フィリアンノ城はとりあえず守ることが出来る。

 

『ま、初めてにしては上々ってとこだな』

 

 拠点制圧後、一言感想を求められたガウル殿下が、マイク越しにそう言った。

 

『でも次はねえからな。しっかり鍛えとけよ、勇者殿』

「はい!」

 

 ほれっと放り投げられたマイクを受け取ると、集まっていたカメラが私へと向けられる。

 

『もちろん、次も勝たせていただきます。決着はまたその時にでも……殿下、本日はありがとうございました』

『おっと、ここでフィリアンノ領から最新情報が届きました』

 

 遮るようなアナウンスに、ミリュテーユさんやフォンテーヌ卿の目が鋭くなった。同時に中継クリスタルに映し出されたのは――。

 

「シンク!?」

『ビスコッティ共和国フィリアンノ領領主・ミルヒオーレ様も勇者召喚を実行。その勇者と親衛隊長のマルティノッジ卿により、ガレット獅子団領国総大将・レオンミシェリ閣下を撃破! 残念ながら拠点制圧は叶いませんでしたが……ポイント差でビスコッティ共和国の初勝利です!』

 

 アスレチック障害を難なくクリアし、緑色の垂れ耳の少女と共にもう一方の総大将に挑むシンクの姿。楽しそうな横顔はいつもの彼らしい。

 

(……そっか。シンクはビスコッティ共和国に召喚されてたんだ……)

 

 確かフィユタージュ王国とは友好国として同盟を組んでいるはずだし、同盟国であれば移動もスムーズにできるはずだ。急いで合流しなきゃ、と動き出した私を呼び止める声が響く。

 

「勇者様、お疲れ様でした」

 

 黒色の髪に、葡萄色の瞳の少女がそこにいた。……確か彼女とは、王城で会っている。名前を思い出そうとしている私の隣で、フォンテーヌ卿が少女に声をかけた。

 

「……ルキ、どうした?」

「勇者様のお迎えに。陛下の護衛を兼ねて、ビスコッティの戦勝イベントに同席していただきたく」

「は、はあ……それは構わないんですけど……」

 

 言葉尻を濁した私に、ルキが首を傾げる。髪と同色の狐耳としっぽが揺れた。

 

「どうかされました?」

「……あの、元の世界に帰る方法ってあるんでしょうか? さすがに、一度帰っておかないと……最悪連絡を取るだけでもしておかないと……」

「無いですよ」

 

 ルキの口から、残酷な一言が簡潔に発せられた。ぴしりと固まった私に、さらに追い討ちをかけるようにフォンテーヌ卿が溜息を吐く。

 

「一度召喚された勇者は元の世界に帰る事も、連絡を取ることも許されない……それが召喚のルールだ」

「え……えええええええ!?」

 

 フィユタージュ王城内にてエールトベーレが、そして幼馴染とその召喚主の姫様が同じ時間、同じタイミングで叫び声を上げた事等、この時の私には知る由も無かった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。