荒野を渡る風が、頬をかすめた。
夕陽が地平線に沈みかけ、長い影が砂地に伸びている。
天津飯は修行の合間、ふと空を仰いだ瞬間だった。胸の奥に、唐突にひとつの考えが浮かぶ。
フュージョン。
四身の拳で分身した状態で、あの合体術を使ったらどうなるのか。
だが、長年気を扱ってきた身体が、その発想に即座に警鐘を鳴らす。
四身の拳は気を分ける技。フュージョンは気を合わせる技。真逆の性質を持つ二つを同時に扱う事の危険性を直観する。
天津飯は握りしめた拳をほどいた。
「いや、やめておいたほうがいい」
声に出した瞬間、胸の奥に沈んでいた不安が形を持つ。
元の自分に戻れない。
その可能性が、本能として脳裏をよぎる。武人としての勘が、強く、鋭く告げていた。
天津飯はゆっくりと息を吐いた。
その胸の奥には、もうひとつの感情があった。
いつしか、自分はトップレースから外れていた。
悟空も、ベジータも、ピッコロも、遥か先へ行ってしまった。
かつては肩を並べて戦ったはずの悟空が、今では別次元の強さを手にしている。
追いかけても追いかけても、背中は遠ざかるばかりだ。
その事実は、時に胸を締めつける。悔しさも、もどかしさも、何度も味わってきた。
これが、オレの限界か…。
そんな弱気が、ふと頭をよぎる瞬間もある。
だが、天津飯はすぐにその思考を振り払った。
今の自分を知ることと、諦めることは違う。
「……俺は俺のやり方で強くなる」
誰に聞かせるでもなく、静かに呟く。
派手でなくてもいい。
ただ、自分が昨日より強くあるために、今日も拳を握る。
天津飯は荒野を見渡した。
自分の弱さも、限界も、すべてが露わになるように思えた。
自分には、自分にしかない道がある。
積み重ねるしかない。
それが天津飯の答えだった。
危険な発想に頼るのは簡単だ。
だが、それは自分の修行を否定する行為でもある。
力とは、近道で得るものではない。
積み重ねた日々の先にしか存在しない。
天津飯は再び構えを取った。
そして、静かに気を練る。
荒野に響くのは、風の音と、彼の呼吸だけ。
拳を突き出すたび、砂が舞い上がる。
蹴りを放つたび、空気が震える。
その動きは派手ではない。
だが、一つひとつに迷いはなかった。
まだ強くなれる。
確信などない。
やがて、額から汗が滴り落ちる。
呼吸は荒く、筋肉は悲鳴を上げている。
それでも天津飯は動きを止めなかった。
「俺は……まだ終わっちゃいない」
その声は、荒野に吸い込まれていく。
だが、確かにそこには力があった。
折れない心があった。
ふと、遠くで鳥が鳴いた。
夕陽は完全に沈み、空は群青に染まり始めている。
天津飯は拳を下ろし、静かに目を閉じた。
先は見えなかった。
それでも、歩みを止める理由にはならない。
「ネバーギブアップ、か……」
自嘲気味に呟きながらも、その目は静かに燃えていた。
誰に言われたわけでもない。
誰に認められる必要もない。
ただ、自分の信じる道を歩き続けるだけだ。
天津飯は、決して諦めない。
その信念だけは、誰にも負けなかった。