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はじまりの夜
宇宙から来たラプチャーと呼ばれる侵略生物の侵攻により、人類は敗北して最後の砦である地下巨大都市アークに逃げ込み、早百年。
地上の支配者として君臨するラプチャーから地上を奪還するため、ニケと呼ばれるヒューマノイドを率いて少数部隊で日夜地上作戦を行う指揮官のひとり――そんな彼はカウンターズという名のニケの部隊を連れ、2人のオペレーター――シフティーとエクシアから支援を受けつつとある理由で軍需品製造工場を目指していた。
彼とその部隊であるカウンターズ――ラピ、アニス、ネオンらは、ここ数十年間で類を見ないほどの戦績を上げており、そのために特殊別働隊として自由に地上作戦を行える権利を持つのだ。
そんな彼らは現在――。
《粒子砲が稼働! エネルギーチャージ中!》
《あ……なんてタイミング……ついてないですね……》
《アニス! ネオン! 今射線上にいます! 回避して!》
軍需品製造工場へ向かう道中で、絶体絶命の危機に瀕していた。
MSIC-007という型番で、まだ人類が地上で抵抗していた約100年前に開発された高密度の粒子砲モデルであり、どういう訳かまだ稼働していたそれが、本来味方である筈の彼らを超長距離から狙っていたのである。
《粒子砲発射されます!》
隠れようにもその直前に彼らは、ラプチャーの小さな群れを相手にした直後であり、範囲殲滅を役割とするその粒子砲を回避のしようがなかった。
《……! ラプチャー反応……!? 逃げてください、その粒子砲何かが可笑しいです……!》
淡々とオペレーターとして役割を果たしていたエクシアが珍しく狼狽した様子で声を張り上げたが、既に遅く。粒子砲は輝き、銃身内で物質化するほどエネルギーが圧縮されると発射態勢に入る。
《ふふ、見てはいられませんね》
するとシフティーでもエクシアでもない声による通信が入り、指揮官らの目の前に赤い三角形い金属板が大量に飛来し、それらは間隔を空けて壁のように並ぶ。そして、それぞれが赤いエネルギーシールドを展開することで巨大な防護壁が出来上がった。
その直後に粒子砲から身の丈を遥かに越えた極大のレーザーが発射され、それを赤い防護壁は轟音を響かせながらも容易く防ぎ続ける。
十数秒ほどそれが続いたが、粒子砲のエネルギーが尽きたのかレーザーの照射は止まり、それを確認したのか、赤い金属板は防護壁を止め、それぞれが上空へと飛んで行く。
《こ、この反応は……! みなさん!》
指揮官らは助けがあったことに安堵し、互いに助けようと動いたことで顔を見合わせているアニスとネオンも気まずそうな表情を浮かべているが、シフティーの叫び声の通信が入ったことで意識を引き戻され――。
「こんにちは、カウンターズの皆さま。お噂は兼ね兼ね」
目の前にニケとしては余りにも異質な姿をした赤黒いそれが、地面に激しく亀裂を刻むと共に上空から着地してきたことに驚愕する。
それは膝から下の脚が身の丈かそれ以上に巨大な異形の赤足と化したニケのような何かであり、通常ならば思考転換を起こすようなそれを備えられる理由は、黒いカチューシャと金の髪飾りに飾られた金髪の髪に輝く赤々とした瞳が暗に示していた。
何より指揮官は似た存在を見た時に感じた以上の悪意と、生物として決して対峙してはならないと本能的に感じ取り、絶対の強者が確かにそこにいる。
《ヘレティック……コムニスです!》
ヘレティック・コムニス――。
それはラプチャーの中でも最上位の存在であり、ニケがラプチャーへ寝返ったモノだとも言われているヘレティックの中で、指揮官の教本にも載っているような存在であった。
実際に80〜90年ほど前にアークを襲撃した唯一の個体で、地上エレベーターをハッキングして侵入し、千体を優に超えるニケによる迎撃をものともせずに市内を抜け、行政区を食い破り、何故か所属不明のプロダクト23を1機だけ持ち去ったという異常極まりないヘレティックである。
ここまでの事態になりながら死亡及び死傷したニケは確認されなかったところから対応を間違えなかった奇跡などと称され、地上でアークの支援を受けずに活動しているピルグリムと呼ばれる存在とは別の意味で伝説と化しているが、こうして数十年後に健在なままで地上にいるのだからそれが情報操作し切れなかった負け惜しみかどうかなど考えるまでもない。
しかし、彼女の周囲には赤い三角形の金属板が無数に浮遊しており、どういうわけか彼女が指揮官らを守ったことを意味していた。
「うふふ、話は後で。次が来ますよ?」
コムニスは臨戦態勢で銃を向けたカウンターズを意に介した様子のない朗らかな笑みを浮かべつつ粒子砲の方を指差す。
そこには次弾の装填をし、各所から紫電が上がり、崩壊さえし始めながらもエネルギーの光を滾らせている粒子砲の姿があった。
《粒子砲……再装填……出力80……90……120……180% 砲身を焼き切りながら撃ってきます……サテラ◯トキャノンです……》
《範囲拡大! 全員が射線に入っています! 回避を!》
「火力っ! 火力ですね!」
「いや、ヘレティックごと死んじゃうじゃない!?」
「では私の火力をお見せしましょう」
「――!! 火力を!?」
すると何故かネオンの会話に乗ってきたコムニスは、片脚の膝を上げて水平にする。そして、掲げた脚の爪先に赤々と輝くエネルギー球が灯り、漏れ出したエネルギーが僅かに周囲へと飛散し、それに触れた一帯の物質が次々と破砕された。
「どうか後ろに、私に殺されたくなければ」
「ッ……! 指揮官! 離れてください!」
ラピの言葉で彼とカウンターズ全員がコムニスから距離を取る。
その直後、粒子砲から倍以上の出力で放たれたレーザーが発射され、それに合わせるようにコムニスは爪先が粒子砲に向けられた形で水平に脚を振り抜く。
「人間が飛ばないように」
その言葉でラピが彼を抱き締めると共にコムニスの爪先に灯るエネルギーが弾け、粒子砲が放ったレーザーを範囲も密度も遥かに上回る赤黒いエネルギーの極光が放たれた。
それは触れてすらいないにも拘わらず、周囲の大地を暴風と共に激しく抉りながらレーザーと正面から衝突し――拮抗する様子もなくレーザーを掻き消すとそのまま直進し、粒子砲まで容易く消し飛ばす。
そして、着弾した極光は複数の大爆発を起こすと共に空へと噴き上がり、光の柱となった。
「では、私はこの辺りで」
その光景に指揮官らが絶句していると、コムニスはそれだけ告げ、三角形の金属板を背中に並べて翼の骨のようにし、更に巨大な両脚の背面部に光が灯る。それはさながら悪魔ような姿で、どうやらこのヘレティックは仮の翼と両脚のブースターで空を飛んでいたらしい。
「――と、その前に」
そのまま、飛び立つ――その寸前でコムニスは少し空に浮いた段階で脚を止め、指揮官らの方へと振り向く。
そして、依然として指揮官を守るために銃を構え続けているラピに目を向けた。
「久し振りですね、ラピさん」
「…………そうね、コムニス」
「えっ、ヘレティックと知り合いだったの……?」
「うふふ、互いに何十年も地上で小競り合いをしていますからね……ただの腐れ縁ですよ。相変わらず良い目、腐っては生きられない者の目です。さぞ生き難い人生でしょう」
その表情は相変わらずの笑顔であるが、薄く開かれたその赤い瞳と皮肉混じりの嘲笑は、その実、特に笑ってなどいないことを意味していた。
「思い出話はこれぐらいで、立場というものが互いにありますものね? 指揮官がいる手前で、ニケがラプチャーから逃げられる筈もありません。何かしら処分され兼ねませんしね」
コムニスは眺めながらそんなことを解釈して呟いていたが、頬に手を当てて少し考え込む動作してから更に口を開く。
「では、私の気紛れで全員に命を助けた貸しひとつにしておきます。そして、カウンターズの皆さまは今この瞬間だけ私の背を撃たないことにお使いください。そちらの指揮官は…………うーん、今は思い付かないので、いつかお返しくださいね?」
それだけ言い残すと、コムニスから眩い光が一瞬だけ放たれ、それが晴れるとその姿は既に何処にもなく、赤い光の帯だけが彼方の空に見える。
《コムニス! 反応、完全に消失しました……!》
《見えるのに機器から消える……ハイ◯ージャマーですね……》
こうして彼らとコムニスという不思議なヘレティックとの最初の奇遇は終わったのだった。
◇◆◇◆◇◆
"ヘレティックのコムニスか……"
就寝前――。
アークの前線基地に存在するコマンドセンターの自室で、指揮官は就寝前に考えをまとめる。
スノーホワイトから貰った弾丸――アンチェインドを解析するために軍需品製造工場へ向かった日に出会った彼女は、モダニア以外で初めて彼が目にしたヘレティックであった。
しかし、何故か彼らを助ける行動だけをして交戦状態に入る前に飛び去って行っただけであり、モダニアと対峙した時と同じように悪意自体は感じたが、こちらに対して全くと言っていいほど敵意がなかったのだ。
『――――――』
『あの……ピナさん……やっぱり考え直しませんか?』
そんなことを考えていると、ドアの前から声が響く。
その声に何処かで聞き覚えがあったため、そちらに意識を向けると、どうやら2人で話しているようで、ドアに近い側にいる人物の声だけは聞こえていた。
『――――――』
『今回は奇跡的にカッコよく収まったのですからそのままの方が――』
"スパーン!"と小気味よい音が響く。
『痛っ!? お、お尻を叩かないでくださ――』
『――――』
更に何かが蹴り飛ばされ、部屋の自動ドアが開く音が響いた。
「わぁー!?」
ドサリと部屋にひとりのニケが叩き込まれ、顔から床に崩れ落ちる。
自動ドアの方を見れば、足を蹴り出したままで目を三角にして口を尖らせた様子のプロダクト23がおり――指揮官と目が合った彼女が小さく微笑んで会釈すると自動ドアが閉じた。
「お尻……割れ……!」
結果的に顔面から前のめりに倒れ込み、臀部を突き出す形でぴくぴくと震えている金髪のニケだけが残されている。
彼女をよく見ると、あのヘレティックの脚をニケの武装として小型化したような赤い脚武装をしており、それに伴うように三角形の赤い金属板の武装が幾つか浮遊しており、全体的に何処か見覚えがあった。
「あっ……」
"まさか……!"
そして、彼女がムクリと顔を上げると、そこにはカチューシャと髪飾りを着け、赤い瞳をしており――ニケになったコムニスとでも言えるような風貌である。
「えっと……あの……その……」
驚愕する指揮官を見つつ激しく暫く目を泳がせていた彼女は、意を決したのか床に座り直して深呼吸を一度すると三つ指をつき、身体を下げながら再び言葉を吐く。
「も、申し訳ありませんでしたっ……! 先日の粒子砲照射は……! 私が原因で起きた事故だったんです!」
"ええ……?"
しかし、予想斜め下の発言と、見ているだけで居た堪れなくなるほどあまりに綺麗な土下座により、彼は困惑する他なかった。
◇◇◇
軍需品製造工場とあの粒子砲はここ数年アークから人が来てはいなかったためコムニスが私物化していた
↓
そこに指揮官とカウンターズが近付いてきたため、粒子砲が攻撃しようとする
↓
偶々、軍需品製造工場で作業していたコムニスが稼働を感知して文字通り飛んで来る
↓
彼らを守りつつ粒子砲を消滅させて証拠隠滅
↓
彼らより先に軍需品製造工場に戻ったコムニスは自身の痕跡を消して更に隠滅を図る
↓
帰宅
↓
これで助かりました……!
↓
ピナ「何寝惚けたこと言ってるんですか? 頭は良いのに馬鹿なんですか? 唯でさえ誤解されやすいんですから、さっさと謝りに行きますよ?」
↓
ひぃん……!←イマココ
「一応、弁明しますと、あの粒子砲は工場にタイラント級などの大型ラプチャーが近付かないようにモスキート音のようなラプチャー避けの光線を自動的に照射するためのモノでした。当たり前ですが、私は敵対されませんけれど、単純に巨体が素通りして施設を破壊することがよくあるので……。まあ、改修時にラプチャー由来の生体部品を使過ぎた結果、勝手にニケや人間に対して攻撃を加えたのは、完全に予想外だったと申しますか、良いデータにはなりました。それにしてもあの軍需品製造工場は幾つかある同型の施設の中でもアークから遠い穴場だったので、まさかあそこを利用しようとするとは思っても居なくてですね――」
"そうだったのか"
現在、応接やニケとの面談用のテーブルにコムニスと向き合う形で指揮官は話を聞いており、まず彼女について思ったことは、とてつもないおしゃべりだと言うことだった。
喋るラプチャーであるトーカティブに捕まった時もアレを随分饒舌なラプチャーだと思っていた彼だったが、コムニスはそれが霞むほどのおしゃべりであり、彼が話を切るか、新たな話題を振らなければずっと話しているような手合いである。
「可笑しいです……私は現在の地上の支配種足るラプチャーの中でも頂点捕食者の筈なのにどうして元量産機のピナさんに良いようにされているのでしょうか……?」
ついでに時々愚痴も話してくる。殆ど近所にいるおばちゃんや話し相手に飢えた老人のようであった。
話の文脈的にピナという量産機は指揮官の部屋にコムニスを蹴り入れた彼女のことなのだろう。
「うちの生態系もといヒエラルキーは、ピナさんがトップに置かれ、その下に私とドロシーさんがおりますので……あれ? どうしてこんなことに……?」
"ドロシーというのは君のようなヘレティックなのか?"
「中身の歪みっぷりは似たようなものですね、はい」
わかるようで何も分からない会話が一区切りし、コムニスは小さく溜め息を吐く。そして、咳払いをすると居住まいを正してから確りとその赤い瞳で彼を見詰めた。
「こほん、では改めて自己紹介を。そちら側ではヘレティックと呼ばれる存在のひとつ――コムニスと申します。本日は夜分遅くにこのような場を設けて……いえ……いいえ、私のようなものと対話をして頂き、本当にありがとうございます」
そして、彼女は粒子砲のところであった時よりも自然かつ朗らかな笑みを浮かべてそう言う。
どうやら彼の対応は何も間違ってはいなかったようだ。ならばと彼は今度は彼女に質問の許可を取ってから幾つか質問を投げ掛けることにした。
"その姿は?"
「はい? ああ、そうですね。レッドシュー……ふふ、ニケにしか見えませんものね。身体が全てナノマシンで構成されている利点のひとつですが、やろうと思えばこのようにニケへの擬態もできますので。機器での分析結果も殆ど私をヘレティックだとは見抜けないと思いますよ?」
"少々窮屈ですが"と彼女は言葉を続け、頬に片手を当てながら悪戯っぽく笑みを浮かべて見せる。
それはどう見てもアークの何処かにいるニケにしか思えなかった。
ちなみに指揮官とコムニスの前にはティーソーサーに乗ったティーカップが置かれ、そこには美しい黄褐色をした紅茶が注がれていた。
また、彼の側には"Red Shoes’s Tea"と書かれ、何故か笑顔で紅茶を飲む姿のコムニスの写真が貼られている紅茶袋が置かれており、地上で彼女が栽培している粗品とのことである。
「まあ、そもそもニケとラプチャーのコアは極めて近しいモノ。自然にされているほど見抜くという方が難しいと思います。まあ、アークには協力者がいますので、万が一にでもバレることはないと思いますが。後、わりと強力なジャミングもしているので、今は何を話しても外に漏れませんよ?」
"協力者……"
擬態、ジャミング、協力者。それだけあれば、全く苦も無くここに来れたことに納得が行く。
また、トーカティブもアークの内通者について話していたことを彼は思い出し――それよりも早くコムニスは口を開いた。
「これは今言っても余り変わらないことですね。本人と会うことになった時に聞いてみるといいですよ? エニックさんです」
"エニック……!?"
エニックはアークの最高意思決定権を持つ高性能自律AIであり、要はアークのトップがラプチャーの幹部と内通しているということを意味していたのだ。
「まあ、これに関してはエニックさんを責めるのは酷というものです。そもそも私がこうしている事からも分かる通り、ラプチャーは既にアークも人類も地下で生き残っている分には敢えて滅ぼす事もしていないんですよ」
"人類は敢えて見逃されている……と?"
「いえいえ、違います。別にそういう訳でもありません。そうですね……例えが適切かは分かりませんが、仮に道端にアリの巣があったとして、外に出たアリは踏み潰すかも知れませんが、態々巣ごと破壊すると思いますか? 時間と労力の無駄でしかないでしょう?」
"既に気にされてすらないのか……"
「そうなりますね。そうなれば最大の懸念点は……異様な強さを持つ単一個体が気紛れでアークを滅ぼすこと。アリの巣に熱湯を掛けるみたいにですね。だからこそエニックさんはアークの安定のために勝ち目のない戦いよりも現状維持を選択しました。なので、話の分かりそうなラプチャーに対して交渉し、単一個体にアークを襲わないようにお願いすることは何も間違った選択だと言えないと私は思います」
"なら数十年前にアークを襲撃したと記録されているのは間違いなのか?"
「あー、それはエイブが……いえ、私が感情的に耐えられなかっただけで……その……少々込み入った事情がありまして……そもそもエニックさんが取り引きを持ち掛けて来たのもそれが切っ掛けで……まあ、何にせよ、人間もニケも殺してはいなかった筈ですので、この話はここで止めましょうか」
その質問に目に見えてコムニスは動揺し、ぷるぷると震え始めながら話題を変えようとしたため、彼はそれ以上聞くことは止めた。やはりと言うべきか、死傷者が居なかったのは彼女側の配慮であったようだ。
"エニックとはどんな取り決めをしたんだ?"
「それは主に娯楽品の供給ですね」
"娯楽品?"
凡そ思っていた答えではないそれに彼は首を傾げる。
「はい、私の本拠地の研究所の居住区画を地上に落ち延びたアークの人間やニケの居住地として解放しているんです。尤も施設自体はアークの100分の1程度で、現在の収容人数も最大収容人数には程遠い数ですよ? そうした方々に衣食住の提供は出来ますが、娯楽品や趣向品となるとどうしても難しくてですね……
」
"ヘレティックがアーク以外の居住地を作っているのか!?"
アークの100分の1だとしても1000万人の人口を抱えるアークからすれば、10万人を収容できる。それだけの施設をコムニスは保有した上で人を集めていると言っているのだ。
「人を助けることに理由が必要ですか?」
"え……?"
どうやら彼女はヘレティックという部分に引っ掛かったらしい。この場では失言だったと彼は思いつつ、あまりにも当たり前のことを当たり前のように言ってきたことにそれ以上の言葉が続かなかった。
呆けた様子の彼を見た彼女はまた悪戯っぽく笑って見せられる。
「ふふ、少し嘘を吐きました。もちろん、理由は他にもあります。そうですね……エニックさんが人類がラプチャーに勝てないからこちらと内通しているように、逆に私はいつかきっと人類がラプチャーに勝利すると確信していますので内通しているのです。言ってしまえば、コムニスというヘレティックはラプチャーの裏切り者なので人類の味方なんですよ」
"どうしてそんな……"
彼女の話からはラプチャーにとって人類に加担するメリットがひとつとして感じられない。無償の愛などと言えば聞こえはいいが、不気味極まりないことも確かだろう。
「そうですね、例えば――」
そう言うと彼女は、自身が持ち込んだティーカップをソーサーも持ち上げてからゆったりと口をつける。そして、表情を綻ばせてカップを見つめながら小さく吐息を吐いた。
「この茶葉を作ったのは私ですが、栽培方法や飲み方を作ったのは人間です。このマイセンという百年前に滅んだ企業で作られたカップとソーサーの作り方も。私はラプチャーであるのと同時に科学者かつ技術者であり、知見はそれなりに広いですが、原料と製造方法を知っていようとも同等のモノを決して作れはしないでしょう」
そう言う彼女の赤い瞳は悲しげに遠くを見つめているように思える。
「私は人間の文化と生活が好きなんです。なので、態々それを破壊する理由がそもそもありません。まあ、そうですね……ラプチャーのクイーンは人間と違って私に美味しい紅茶を出してくれそうにないから。それぐらいの理由に捉えて貰って構いません」
"なるほど……"
聞いてみれば、彼女理由はなんてことないどうでもいいような理由であった。しかし、そのどうでもいいことを大切に思っているということこそが信用に値すると彼は考えた。
"ニケだった頃からそう思っていたのか?"
「………………」
彼がそう聞いた瞬間、彼女が僅かに止まる。そして、カップとソーサーを机に戻してから少し考える素振りの後、また口を開いた。
「ああ……この時点ではまだヘレティックはニケの裏切り者という認識でしたね。失礼しました。人間がヘレティック呼ぶ存在には大きく分けてニ種類居まして、生まれつきヘレティックだった存在と、後天的にヘレティックになった存在です。私は前者、指揮官が知り合いであるモダニアのような存在は後者となります」
"モダニア……! マリアンを知っているのか!"
コムニスの言葉により、モダニアというヘレティックがマリアンというニケであったことは半ば確定した。それだけでも彼にとっては収穫であろう。
「面識は特にありませんがね。ニヒリスターさんが話していたのを聞いた程度です」
ニヒリスター――モダニアも名前を口にしていた存在で、恐らくはヘレティックである。
そちらの話も聞こうか考えていると、彼女の方からまた情報が与えられた。
「"火竜"とも呼ばれるヘレティックです。遮蔽物ごと焼き尽くす火炎ブレスを吐きながら空を縦横無尽に飛び回り、ヘレティックが持つ自己再生能力も当然ありますので、アークの最高戦力を揃えても現状の戦力では討伐困難だと思われます。まあ、火山地帯を根城にしているので、アークまで出て来ることは現状ではほぼありません。ああ、他のヘレティックに比べればおしゃべりですし、多少は話が通じる方ですが、肉食獣の前に置かれた小動物ぐらいの関係性は変わらないので、対話という意味では非常に難しいかと」
"そ、そうなのか……"
あまりにも普通に同じヘレティックの情報を人類へ流し始めたことで、彼はラプチャーの裏切り者という言葉に嘘偽りが特にないことに少なからず困惑するが、それよりも彼女は何か引っ掛かりがあるらしく、珍しく彼へ質問を投げ掛けて来た。
「あの……むしろ、スノホワさんは私と交流がそれなり以上にある筈なのですが、私のことを彼女は特に何も?」
"えっ……? スノーホワイトが?"
彼の反応から確信したのか、彼女は小さく溜め息を吐く。
「なるほど……たぶん、スノホワさんに私、ヘレティックとしてカウントされてませんね。なんだか、それはそれでちょっとショックなんですが……」
"ああ……"
面識が多い訳では無いが、確かにスノーホワイトの性格ならそのように扱っていても何も可笑しくないと思った。
しかし、同時にこうして茶をしばきながら対話出来る存在が、ヘレティックというよりも最早ラプチャーなのかと言われれば、彼としても断言できないであろう。
それと言動からコムニスは人類の味方とは言っているが、一方でラプチャーかつヘレティックであるということには誇りないし価値を感じている様子が伺える。
「話を戻しますね。兎に角、私は生まれついてのヘレティックです。少なくとも記憶と意識がこの私として確立してからはずっと。要するに私の認識ではニケだったことはありません」
つまりはニケの裏切り者というヘレティックの認識は、彼女にとって侮辱以外の何物でもないだろう。
"そうだったのか、それは悪いことを聞いてしまった"
「いえ、そういうものだと知って頂きたかっただけですので、謝罪などは……」
そこまで話たところで、彼はふと彼女のことが気になり始める。彼女自身がかなり摩訶不思議な存在であることは疑いようもなく、理解したいという思いと共に興味もあった。
"よければ君の話を聞かせてくれないか?"
「私の……話……? 私の話を……聞いて……」
するとそれを聞いた彼女の動きが止まり、目を白黒させながら泳がせる。その様子を彼はただじっと見つめていたが、ある時から視線が下を向いたまま動かなくなり、そのまま彼女は肩を震わせる。
「い、いえ……そんな……やっとここに来れたと思ったら……すみません」
そして、彼女は確かに泣いていた。その頬をうっすらと涙が伝う様子が見え、彼女の言動も纏まりがないモノになり始めていた。
「でも……言えないことも沢山あって……」
"言えることだけで大丈夫だ。話すだけでも少し楽になるかも知れない"
それと彼はここで話したことは誰にも話す気はないことも伝えた。それは彼女の世界を壊さない為にも必要なことであり、初対面ではあるが彼女を大切にしたいという誠実な想いも確かである。
暫く彼女は戸惑うように身を震わせていたが、そのうちに泣き腫らした赤い瞳を彼の視線に合わせ――彼女の瞳孔が収縮し、大きく見開かれた。
「ああ……そっか……もう我慢しなくてもいいんだ……」
その様子に彼は背筋に冷たいものを覚え――その直後、彼女の背中から多数のラプチャーの触手が生え、それらによって彼は立ち上がれないように拘束された。
"何を……?"
「指揮官……いいえ、あなた様……ふふ……うふふ!」
そして、彼女はそんなことを言いつつ彼の隣に来て座り込む。
「全部……全部あげます、なんでもします、なんでもやります。だから……私を助けて……赦して……罰して……許さないで……いっそ殺して……私の全てを……背負ってください……!」
その動作の全てで彼女は彼の目をじっと見つめており、隣に来た彼女は両手を広げて彼に抱き着くと、凭れ掛かり、そのまま彼の鼻先まで顔を近付ける。
「一緒に……地獄へ……! 私の話を……聞いてください……!」
そうして、彼女の長い長い――実に100年分の独白が始まったのだった。
ミミック系ヒロイン。