ブルアカの生徒達が現代に転移する話   作:松花 陽気

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第二話:期間限定の共同生活

秋葉原から出て電車に揺られて30分したところの駅に降り、10分くらい歩いたところにある建物に僕たちは入っていく。僕の住むアパートは、築年数相応のくたびれた1Kだった。 玄関を開ければすぐに小さなキッチンがあり、その奥に六畳の居室が一つ。 人一人暮らすには十分な広さだ。

だが今日、そこにもう一人加わった。

 

「……意外と狭いわね。学園の寮の方がもう少しあるわよ」

 

イオリは部屋の中央に立ち、尻尾を所在なげに揺らしながら室内を見渡している。

 

「悪かったな狭くて、これでもいい物件なんだぞ。収納あり、ベランダあり、おまけに床は畳で壁も厚くて音漏れなしだし、トイレと風呂場は別々て脱衣所までしっかりある。その分通り道は狭いけど。どうだ?一人暮らしの安アパートにしちゃ、理想的だろ?」

 

「それはそうだけど。……こんなところに二人はやっぱり狭くないか?」

 

「んなことは僕も百も承知だよ。文句言わない。とりあえず、そこ座って。……あ、そうだ。その制服、少し汚れてるよな?洗濯するから脱いでくれ」

 

「なっ……! いきなり何を……!」

 

「……だから、変な意味じゃないって。代わりに貸せる服を探すから。そのままだと風邪引くぞ」

 

彼女の服から香る匂いは、なんとも嗅ぎ慣れない硝煙の匂いが漂っていた。風紀委員の中で一番前線で戦うことの多い彼女からそんな匂いがするのは当たり前でもあった。

部屋の大きなタンスから着れそうなものを引っ張り出す。厚手のグレーのパーカーとスウェットパンツが見つかった。スウェットが履けるかどうかは怪しいが、とりあえず出しておく。

 

「今あるのでこれくらいしかないから試したてくれ」

 

「……分かったわよ。じゃあ、着替えるから一旦キッチンに出ていてくれ」

 

「りょーかい」

 

キッチンと居室の扉を閉め、彼女が着替え終わるのを待つ。待ってる間、暇だった僕は風呂場の掃除をし、湯船にお湯を溜める準備をする。速やかに掃除を終え、スイッチを押すと、ドア越しに「終わったぞ」と声が聞こえてきた。戻って扉を開けると、そこには言葉に詰まるような光景があった。

 

「……その、もう少し丈が長いのはないか?これだと……み、みぇちゃぅってぃぅか」

 

側には、履けなかったであろう脱ぎ捨てられたスウェットパンツがあった。予想はなんとなくしていたが……案の定、入らなかったのだろう。それに……。

 

僕より少し小さいイオリならピッタリだと思ったのだが太郎のパーカーは明らかにオーバーサイズだった。 肩の位置は大きく落ち、袖からは指先がほんの少し覗くだけ。パーカーの裾は彼女の太ももの中間あたりまで隠している。自分より少しだけ小さな女の子が、自分の服に包まれている。その事実が、1Kの密室において妙な現実味を持って太郎を襲った。

 

「……しょうがないだろ、俺の服なんだから。……よし、じゃあ座れ。約束通り、『ルール』を決めるぞ」

 

とりあえず話を逸らしつつ、二人でストーブを挟んで、小さなちゃぶ台を囲んだ。僕はノートを広げ、ペンを握る。

 

「まずは……イオリから。希望はあるか?」

 

イオリは、ぶかぶかな袖を必死に捲り上げながら、真剣な面持ちで口を開いた。

 

「……一つ。過度に距離を近づけないこと。ただし……移動とか、何か必要な場合は除く」

 

「了解。二つ目は?」

 

「家事を分担してやらせてほしい。タロウに一方的に世話を焼かれるのは、流石に申し訳ないからな。できる範囲で頑張るから、やらせてほしい」

 

意外な提案に、僕は少し驚きつつも「分かった」と頷きそれを承諾する。

 

「それと、襲ったりとか……その、変なことはするな。したら殺す、いいな!……最後に、私をちゃんと助けること。……絶対に、キヴォトスに帰れるように協力して」

 

最後の一言は、祈るような響きを含んでいた。その言葉の下に、力強くペンを走らせていく。物騒な言葉もあったが、どうやら彼女からの提示はこれで終わりのようだ。

 

「分かった。次は僕からな。……一つ、一人での外出は禁止。出る時は必ず一緒に行動すること。何があるかわからないからな」

 

「……ちょっとそれは過保護じゃないか?」

 

「そうかもしれないな。でも、日本は銃社会じゃないとはいえ、治安が悪いところだって中にはある。それに君の頭のそれや耳、尻尾も、必ず目立ってしまう。一応、明日はそれの対策のため、買い物に出るつもりだけど、それでも安心はできない。だから、近くにいてなんかあったら助けるつもりだ」

 

「なるほど……確かに、それもそうだな」

 

「じゃあ次……二つ目、洗濯物は節約のために一緒に洗うこと。一応聞くけど、一緒に洗うことに抵抗はある?ほらやっぱり、女の子だしさ?」

 

「泊まらせてもらってるのに、そんな図々しいこと言うはずないだろ。かまわないよ私は」

 

「オッケー。三つ目は、僕が困ってる時に助けてもらいたい」

 

「まあ、恩返しにもなるしそれは構わないけど。……私に助けられるようなことなんてあるのか?」

 

「それはわかんないけど。あるかもしれないだろ?一応僕も、無い前提で考えてるから心配はないと思う」

 

「……そっ」

 

「最後、四つ目は不満があればその都度ちゃんと言うこと。溜め込まれるのが一番面倒だからな」

 

「あー確かに。わかるかも、それじゃあそれで行こう」

 

僕は書き終えたノートを彼女に向け、内容を確認させる。

 

「タロウはこれでいいのか?私はこれ以上はもうないけど」

 

再度、イオリが僕に確認を取る。

 

「う〜ん。僕も特にはないかな……まあ、もし何か思いついたらその都度、相談しながら書いていけばいい。とりあえずはこんなもんでいいだろ」

 

もっと探せばあると思うが、色々と制限をかけ過ぎると息苦しくなるだろうし。少しずつ考えればいいだろう。流石にこの生活も、そんな長くは続かないだろうし……。

すると、タイミング良く風呂が溜まったのか合図のメロディーが流れると、「お風呂が沸きました」という音声が耳に入ってきた。

 

「うわぁー!!?……突然鳴り出したから、ビックリした」

 

「どうやら、準備してた風呂が溜まったようだな。ほらイオリ、先行きなよ」

 

「えっ……いいのか?家主はタロウなんだからタロウが先行きなよ」

 

「その家主が行っていいと申してるんだから素直に従いなよ。今日はバイトも学校も休みで大して汗もかいてないからさ」

 

「そう……じゃあ、先行くね」

 

「あっ、シャワーの使い方とかわかるか?多分同じだと思うけど、わからないかもしれないから一応教えようか?」

 

「舐めるなよ……流石にそれくらいわかる」

 

「そうか。なんかあったら呼べよ」

 

「分かったわよ」

 

「あと、制服。玄関近くに洗濯機置いてるから中放り込んどいて」

 

「うん。わかった」

 

イオリはぶかぶかのパーカーの裾をギュッと握りしめ、逃げるように脱衣所へと向かった。 パタンと閉まるドアの音。直後、微かにシャワーの音が響いてきた。

 

一人残された居室で、僕は深く息を吐いた。 狭い1Kという箱の中に、自分と、同年代の褐色銀髪赤目エルフ耳の女の子という個性の詰め込まれた娘と二人。漂うのは、いつも使っているはずの自分の石鹸の香りなのに、今はなぜか酷く異質なものに感じられる。

変な気分だ……余計な想像をしてしまう。

 

「……落ち着け落ち着け。まずは、寝床の確保だ」

 

他のことをしていないとなんだか、心が落ち着かなかった。ゲームのキャラとはいえ、初めて同い年の異性を部屋に入れたのだ。緊張しないわけもないのだ。だから、僕のこの反応も至極真っ当なもので決して変ではない。

 

僕は押し入れから予備の毛布と寝袋を引っ張り出し広げる。それと、自分がいつも使っている普段のベッド……部屋の角で三つ折に畳まれた布団を広げ、準備をする。

 

三十分ほど経っただろうか。 湿った熱気と共に、イオリが戻ってきた。

 

「……ふぅ。なんか久しぶりに湯船に浸かれたな……ちょっとぬるかったけど悪くはなかった」

 

風呂上がりの彼女は、上気した肌に銀髪を少し湿らせ、貸したスウェットの裾をさらに捲り上げていた。パーカーからは、洗いたての髪の雫が滴っている。

 

「それはよかったけど。……あれでぬるいってマジ?」

 

壁に取り付けられた風呂を操作する機械の表示には、41℃と表記されている、至って普通の温度だ。

 

「ゲヘナの温泉は熱いことで有名だけど。私らからすれば別にそうでもないんだよな」

 

「参考までに……何度だったか聞いても?」

 

「ん〜……正確にはわかんないけど80℃くらいじゃないか?」

 

「はちっっっ!!!???」

 

今の二倍じゃねえか。火傷じゃ済まねえだろそんな温度!?

 

「他の学園の人たちが入ったことはあるのか……?」

 

「まあ、何人かは入ったらしいけど。人伝程度に聞いてたし、興味もなかったから感想とかは知らないな」

 

「……そ、そうか」

 

まあ、流石にあの温度を平気で浸かれるのはゲヘナ生徒ぐらいだろう。他学園の生徒であれを平気で入れる人はいないはずだ……いないよね?

 

「それで、タロウは何してるんだ?」

 

「寝床の準備だよ。流石に同じ布団で寝るわけにはいかないだろう。君はこっちを使え。自分が使ってるやつであれだが、僕はこっちで寝るよ」

 

「はぁ!? お前の家で、家主を床に寝かせるなんて、そんな図々しい真似、できるわけないだろ!私がそっちの寝袋で――」

 

「いやいや、流石に客人に寝袋はダメだって、体だって痛めるかもしれない。それに、ベッドで俺が安眠してたら、それこそ不満が溜まるし、家主としてもそんなことできねえよ」

 

「……で、でも」

 

「それに、キヴォトスって毎日のように銃撃戦が起こってるらしいし。多分、まともに休めてないんじゃないか?風紀委員の仕事って、殆どがヒナ委員長って人で回ってるとは言っても、寝れない程忙しいんだろ。いいから、寝とけって」

 

「いや、それでも」

 

「いいから、黙ってそこで寝ろ」

 

僕が半ば強引に布団を指差すと、イオリは「……っ」と何か言い返そうとしたが、結局は負けたように肩を落とした。自分を気遣っての事であることは理解しているのだろう、でも納得はあまりいってないといったところか。

 

「…………分かったよ。その代わり、明日からは交代制にするからな」

 

「はいはい。じゃあ、俺もさっと浴びてくるから。上がったら消灯するぞ」

 

「了解。待ってる」

 

僕は浴室へ向かい、手早く汗を流した。シャワーを浴びながら、ふと考える。マンホールから落ちてきた銀髪の少女との共同生活。彼女が、僕のパーカーに包まれながら部屋にいる。……非日常すぎて、なんだか頭がふわふわする。それに、さっきまでこのお風呂は彼女が使っていたのもあって、余計に心臓がドキドキしてろくに温まりもせずすぐに上がってしまった。

こんな調子で大丈夫だろうか?この夜を僕はちゃんと我慢できるのだろうか?

 

風呂から上がると、居室にはまだ明かりが付いている。口では言ってないが、別に先に寝てくれてもよかったんだが。……と、考えながら部屋の電気を消す。

カーテンの隙間から差し込む街灯の光と、ストーブの消えかかった赤いランプだけが、暗い部屋を薄っすらと照らしている。

 

「……起きてるか?」

 

僕が寝袋に潜り込みながら小声で尋ねると、布団の方から「……起きてるわよ」と、少し硬い声が返ってきた。

 

「……タロウ。……その、悪かったな」

 

「……なにが?」

 

なぜ謝られたのかわからず思わず聞き返す。

 

「ほら、最初に会った時にタロウのこと、変態呼ばわりしただろ。……そのことだ。たまたまとはいえ、落ちてきた私のクッション代わりになってくれたわけだし。そんなお前に、ついキツイ言葉を浴びせたのを、ちょっと後悔してたんだ」

 

「なんだ、そのことか」

 

別にもう気にしてないというのに、律儀な子だなと思う。なんだ、意外と優しいところもあるじゃないか。

 

「……気にすんな。それに、女の子を助けるなんて展開。一度はやってみたかったし」

 

暗闇の中で小さく笑うと、イオリも「ふん」と鼻を鳴らした。

沈黙が流れる。静まり返った六畳間には、僕たちの呼吸の音だけが響いていた。

 

「……タロウ」

 

「ん?」

 

「……ありがとう。助けてくれて」

 

その声は、喫茶店で見せた強がりな態度とは違う。どこか幼くて、震えるような響きを含んでいた。

 

「……別に、お前のためにやってるわけじゃない。自分のためにやってるんだ。つまりは、ただの自己満だ」

 

「それでもだ。……マンホールから落ちて、わけの分からない場所に来て。正直、かなり怖かったから。……あんたが拾ってくれなきゃ、今頃どうなってたか」

 

布団が衣擦れを起こす音が聞こえる。彼女が寝返りを打ったのだろう。横を向くと、彼女がこちらに顔を向けていた。そんな彼女に、再度僕は口にするのだった。

 

「……キヴォトスには、必ず帰してやるから。約束だ」

 

僕がそう告げると、イオリの頭上に浮かんでいた薄紫色のヘイローが、安心したように一度だけ淡く瞬き、そして明滅している。精神を集中させるのをやめ、深い眠りにつこうとしている証拠だ。

 

「……期待してるぞ。おやすみ、タロウ」

 

「ああ、おやすみ。イオリ」

 

やがて、隣からは規則正しい、穏やかな寝息が聞こえてきた。

時折、パタパタと布を叩く音が聞こえてきた。見ると、彼女の尻尾が揺れておりそれで布団を叩いているようだった。

布団の中で小さく丸まって眠っている姿を見て、思わず顔が熱くなった。今イオリの顔は、寝返りをうった事で僕の真横にきていた。抱き合う距離ではないが、窓から差し込む月明かりで彼女の寝顔がよく見える。流石は、美少女しかいないゲームのキャラだな。顔が整い過ぎて、可愛過ぎて……こんなん、なにもしないのが無理だろ。だが、そんなことはしない。バクバクと震える心臓を押さながら、寝ようと奮闘する。

結局、しばらくの間天井を見つめ続けることになったのだった。




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