ブルアカの生徒達が現代に転移する話   作:松花 陽気

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第三話:共同生活1日目、希望の知らせ

翌朝。部屋の空気は、夜の間に冷え込んでおりカーテン越しに差し込む冬の朝日に白く透き通っていた。

 

パチッ、パチッという小さな音と、微かな「シュボッ」というガスの音で、僕は目覚めた。遅くにやっと寝れたのだろう。瞼が重くのしかかり、必死に開いて細目で見る。

寝袋から顔を出すと、キッチンの方から何やら不穏な、……いや、気合の入った気配が漂ってくる。

 

「……よし。これで後は卵を巻いて……よし!できた。なんだ、意外と簡単じゃないか」

 

高くよく響く声が扉を挟んだ先のキッチンから聞こえてくる。一瞬、誰だ。と思ったがすぐに昨日の事を思い出して、その声の正体に気付いた。

 

「さて、次はソーセージの方を……切って」

「いたっ!!」

 

そんな声が聞こえ、僕は跳ね起きた。

扉を思いっきり開くと、そこには昨日貸したオーバーサイズのパーカーの袖を思いっきり捲り上げて長い銀髪を後ろに結んだ少女が立っていた。

 

「おいイオリ、大丈夫か!!どこを切った!?」

 

「あっ、タロウ。起きてたんだな」

 

「そんなのいいから、切った指見せろ!」

 

「……だ、大丈夫だよこのくらい。大したことじゃないし、私ならすぐ治る」

 

すぐ治る……そんなことはわかっている。彼女はキヴォトス人でヘイローがある。銃弾一発喰らっても何の致命傷にもならないのは知っている。だけど……そのままでほっとくことはできない。だから僕は、急いで部屋から救急箱を取りに行き、イオリの前まで戻る。

 

「ほら、すぐ手当するから。怪我したとこ見せて」

 

「ちょっと大袈裟過ぎないか?別にそこまでしなくたって問題ないぞ」

 

「こういうのはちゃんとケアしないと、キヴォトス人とはいえ、風邪くらい普通に引くだろ。こういうところから感染していくんだからしっかりしないと」

 

ガーゼに消毒液を染み込ませ、ティッシュでイオリの指の血を拭きとる。そこから先ほどのガーゼで傷口を消毒し、絆創膏を出してすぐに巻く。イオリは茫然としながら指に巻かれたそれを見て、再度僕に視線を合わせる。

 

「意外と上手いんだな……早かった」

 

「まあ、一年前の僕も結構怪我してたから」

 

経験故の手際の良さだ。その要因が料理初心者だった頃の自分というのが、苦いところだが。

 

「……でも、ありがとう。助かった」

 

絆創膏の貼られた自分の指先を不思議そうに見つめた後、イオリは少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。

パーカーの長い袖を捲り上げたその腕は、戦いの中に身を置いているとは思えないほど細く、どこか危うげに見えた。

 

「……で。何を作ろうとしてたんだ?」

 

「何って……朝食よ。ルールの第二条『家事の分担』。世話になってるんだから、これくらいは私がやらないとって。……でも、やっぱり慣れないことはするもんじゃないな」

 

彼女が少し申し訳なさそうに指し示したのは、皿の上に並んだ「料理」たち。

そこにあるのは、あまり綺麗とはいえないなんならオムレツみたいな形をした卵焼きと、切り口がガタガタでまだ火を通していないソーセージがあった。

 

「これでも頑張ったつもりなんだけど。……風紀委員の仕事って忙しいから、あまり料理をする機会がなくて。給食部の人たちが簡単に作ってたから、私でもできると思ったんだけど。包丁の力加減一つとっても、簡単にはいかないな」

 

彼女は自分の不甲斐なさを自覚しているのか、少しだけ肩を落としている。

その一生懸命さと、自分の限界を冷静に認める真面目さに、僕は少しだけ胸が温かくなるのを感じた。

 

「まぁ……初めてにしては上出来だよ。卵も火は通ってるみたいだし、何より準備してくれたのが嬉しいよ」

 

「……お世辞なんていい。結局、太郎に手間かけさせちゃったし」

 

「これだけやれたんだ。火の使い方くらいは知識があったんだろ。本当によくやったほうだ。後は僕がやっとくから、イオリにはちゃぶ台を片付けてもらってもいいか?」

 

「あー、わかった。……でも、次はもっとうまくやってみせるからな。私は学習しないほど無能じゃないから」

 

悔しそうに口を尖らせながら、彼女はそそくさとちゃぶ台に皿を並べ始める。

結局、僕が少し手伝って整えた朝食が、二人の初めての食卓に並んだ。

 

「……いただきます」

 

「……いただきます」

 

二人でちゃぶ台を囲み、彼女が格闘の末に作り上げた卵焼きを口にする。

因みに、今日の朝食はイオリの卵焼きと僕が焼いたソーセージに食パンだ。

何の変哲もない普通の朝食である。

最初に僕が手をつけたのは、

卵焼きは少し形が歪だが、味に関しては問題なかった。普通に美味しい。

 

「…………どうかな?」

 

「美味いよ。……イオリって卵焼き甘い派なんだな」

 

「もしかして、しょっぱい方が好きなのか?」

 

「いや全然。なんなら甘い方が好き。というか甘いやつしか許さん」

 

「……そ、そこまでか。……でも美味しかったなら、良かった」

 

「アドバイスとしては、塩をひとつまみくらい入れると甘さがより引き立つぞ」

 

「へー…知らなかった。次やる時に試してみるよ」

 

イオリも一口食べてそう告げると、イオリはぶかぶかのパーカーの中に顔を埋めるようにして、小さく笑った。

朝日に照らされた銀色の髪がキラキラと光り、その頭上に浮かぶ光輪が穏やかに揺れている。

昨日までの「ゲームのキャラクター」としての認識ではなく、ただの不器用で真っ直ぐな少女という認識に変わった。

 

□□□

 

「……ところでイオリ。さっきから思ってたんだけど、その格好……寒くないか?」

 

「……っ。気付いてたのか。……正直に言うわ。かなり、スースーして落ち着かない」

 

イオリは羞恥心からか、さらにパーカーの裾をぐいっと下に引っ張った。

昨日貸したスウェットパンツだが、ウエストが緩すぎて紐を限界まで絞っても腰に引っかからず、歩くたびにすっぽ抜けてしまうのだ。

結果として、今の彼女はオーバーサイズのパーカーをワンピースのように着ているだけの状態で、すらりと伸びた褐色の足が露わになっていた。

 

「やっぱりか。このままじゃ風邪引くし、見た目的にも……その、目のやり場に困るし」

 

「なっ……! 変なところ見るんじゃない!!」

 

「見てないから!まだ見えてないから!それに、見えないための買い物だろ!ちょっと待ってろ」

 

僕は再びクローゼットを漁り、今はもう履かなくなった細身のチノパンを引っ張り出した。これなら生地がしっかりしているし、裾を捲ればなんとかなるはずだ。

 

「これ、裾を三回くらい捲って履け。あと、これ。昔使ってた穴あきの多いベルトだ。これでウエストを固定すれば、流石に落ちてこないだろ」

 

「……助かるわ。これで寒さから解放される」

 

イオリはベルトを受け取ると、再びキッチンの方へ向かい、着替えを済ませて戻ってきた。

裾は不格好に膨らんでいるし、ベルトも余った部分が長く垂れているが、生足の状態よりは幾分かマシだ。

 

「……よし。それで、次の問題はこの『尻尾』だな」

 

「……そうね。ズボンを履くと、どうしても後ろが盛り上がって違和感が出るわ。かといって、無理に押し込むと痛いし……」

 

イオリが後ろを向くと、細長い尻尾が困ったように左右に振れていた。先端が矢印のように尖った、サキュバスを思わせる独特な形の尻尾だ。

 

「……なぁ、その尻尾。ベルトみたいに腰に巻き付けたりできないか? ちょうどそのベルトのラインに沿わせる感じで」

 

「えっ……? まあ、細いからできなくはないけど。……あんた、意外と頭柔らかいのね」

 

「どうだ、天才的だろ?」

 

そう言いながらも、イオリは器用に自分の尻尾を腰回りにピタリと密着させた。先端の尖った部分をベルトの隙間に差し込むと、まるで少し太めの革ベルトを巻いているようにも見える。その上からパーカーを被せれば、不自然な盛り上がりも消え、一見するとただの厚着に見えるようになった。

 

「……よし、完璧だ。あとは頭のヘイローと耳だけど、これは帽子でなんとか誤魔化すしかないな」

 

「これ、本当に隠れるのか?キヴォトスじゃ、こんなの隠して歩く人なんていないわよ」

 

「あそこではそうでも、ここでは違う。あまり騒ぎにして面倒ごとになるのは嫌だからな……さて。さて、朝飯も済んだし洗濯物も干したし、着替えも済んだ。作戦開始だ、イオリ」

 

「作戦……? 何を始めるつもり?」

 

「この日本に馴染むための本格的な変装の買い出しだよ。今のあり合わせの格好じゃ、まだ不十分だし。こっちには制服のみできたわけだから変えもないだろ?パジャマとか何日分の服が必要にもなる」

 

僕は、今日買うべきリストを頭の中で反芻する。いつまでいるかもわからないし、いつ帰れるかもわからない。そんな彼女を泊めるとなれば着替えとかも必要になる。

 

「いいか?もしアパートの人に聞かれても、君は僕の親戚の女の子という設定で通すからな!合わせろよ」

 

「……分かってるわよ。……でも、その設定で私のこの不自然な格好を誤魔化せるのか、タロウ?」

 

「まあ、大丈夫だろ。だからこそ、それを見えなくしに行くんだよ。……ほら、行くぞ。遅くなると混み合うからな」

 

「……ええ。頼むわよ、タロウ!」

 

イオリは不慣れなベルトの位置を一度だけ正すと、決意を秘めた目で僕の隣に並んだ。

1Kの密室から、冷たい冬の空気が待つ外の世界へ。

二人の期間限定の共同生活が、本格的に動き出そうとした。次の瞬間に、聞き覚えのない電子音が部屋に鳴り響いた。

 

ちゃぶ台の上に置かれたイオリの端末が、聞いたこともない電子音を鳴らして震えた。

 

「なっ……何!? 私の端末が鳴ってる……?」

 

イオリが慌てて端末を手に取る。画面には、見慣れたブルーのアイコンと共に、一つの通知が表示されていた。

 

『イオリ、大丈夫!? 返事をしてくれ!』

 

「……『先生』!? 先生なの!? どうして……電波も何もなかったはずなのに!」

 

イオリの指が震えながら画面を叩く。開かれたのは「モモトーク」の画面。

そこには、彼女が信頼を寄せるシャーレの顧問、――『先生』からのメッセージが連なっていた。

 

「繋がった……繋がったわ、タロウ! キヴォトスと通信できてる!」

 

「マジかよ……!」

 

歓喜に沸くイオリの隣で、俺も身を乗り出した。

画面越しに、イオリは今の状況を必死に打ち込んでいく。マンホールに落ちたこと、気がついたら見知らぬ世界にいたこと、そして――。

 

「あ、自己紹介しなきゃな。ちょっとかしてくれ、俺もその先生と話がしたい」

 

「あぁ、わかった」

 

俺は端末を借り、先生に向けてメッセージを送った。

 

『今、イオリからスマホを借りています。初めまして。僕は長島太郎って言います。一応イオリとは同い年ですね。もうわかると思いますが、こっちの世界の人間です。今、イオリは僕のアパートで保護しています。怪我はありません。安心してください』

 

数秒の既読の後、先生からの返信が高速で返ってきた。

 

『太郎くん、イオリを助けてくれて本当にありがとう! 恩にきるよ。君みたいな生徒が一緒なら、安心だね』

 

なんか、すぐに信用されたな。

 

『流石に信用するの早くないですか?名前の通り僕は男です。色々と心配する面があると思います。それに、今はこのままでも何かの拍子にタガが外れる可能性だってあるはずです。その上で、先生は僕を信用するんですか?』

 

『…………じゃあ、君はイオリにそういうことをするの?』

 

『いや、しませんけど』

 

『やっぱりそうだよね。もしそのつもりだったなら、そんな言葉が出るはずがないんだ。だから、私は君を信用してるんだ。君なら間違えないってね……多分』

 

おい。その多分はなんだよ?書いてる途中で思わず不安が出てきたのか。信用するなら最後まで貫けよこの大人は。

 

『それと。生徒ってさっき呼びましたけど、別に僕はキヴォトス人でもなければそこの生徒でもないんですけど?』

 

普通に読み流しそうになったが、疑問に思ってたことを聞いてみる。すると、先生はこう答えたのだった。

 

『だって、君も学生なんでしょ?私は数千の学校の教師。先生だからね、たとえ同郷の別世界でも、私からすれば皆生徒だよ。だから、君を信用したっていうのもあるんだ』

 

そういうことか。つまり先生は、僕を同じ生徒だと認識して信用してくれたのか。全く、どこまで先生してるなあの人は。ゲームと違い、ストーリーとかは異なっても、根本は同じのようだ。

 

『イオリ、風紀委員のみんなが君を必死に探している。ヒナも、口には出さないけどずっと捜索の陣頭指揮を執りながら、荒れるゲヘナの治安維持に奔走しているんだ』

 

画面を見つめるイオリの瞳が、じわりと潤む。

 

「……そう。あいつら、私のこと……。委員長も、無理してないかしら……」

 

「心配されてるぞ、風紀委員。……とりあえず、今いる場所の情報と、こっちの世界に銃がないこと、それから今のイオリの状況について」

 

俺たちが代わる代わるメッセージを送る中で、キヴォトス側の切迫した状況も見えてきた。イオリが消えた後、ゲヘナでは混乱が続き、風紀委員会の面々は休む間もなく走り回っているという。

 

『今のところ、そちらへ行く方法は見つかっていない。でも、この通信が繋がったことが希望だ。必ず方法を見つけるから、それまでイオリを頼めるかな、太郎くん』

 

「……任されました」

 

画面の向こうにいる「先生」の言葉には、不思議な安心感があった。

それは、ゲームの中で見ていたあの「先生」そのもののように感じられた。

 

「……良かったね、イオリ」

 

「ええ……。正直、もう一生あっちには戻れないんじゃないかって、心のどこかで思ってた。でも、先生が探してくれてるなら……私はまだ、戦えるわ」

 

イオリは力強く頷くと、僕から借りたチノパンのベルトをギュッと締め直した。

繋がったのは、ただの通信ではない。それは、帰るべき場所があるという確信だった。

 

「よし。先生に安心してもらうためにも、まずはこの『変装』を完璧にしなきゃな」

 

「あぁ!それじゃあ、秋葉原へ行くぞ!向こうの技術で、帰還の方法が見つかった時のために、いつでも動ける準備を済ませるぞ!」

 

「あっ、行くのは秋葉原じゃなくて近所のスーパーだぞ?」

 

「えっ?秋葉原じゃないのか?」

 

「そこまで行かなくていいよ。というかあそこ人多いから目立つし。安心しろ、スーパーにも品揃えはまあまああるから。好きなの選んできなよ」

 

「そうか?まあ、とりあえず行くか。」

 

イオリの声には、先ほどまでなかった活力が宿っていた。

通信が繋がったことで、光が見えたのだ。転移してきて二日目だが、早速希望が見えた。こっちでできることは無さそうだし、とりあえず、しばらく彼女を養えるように僕もバイトの時間を増やすべきだろうか。

と、軽くそんなことを試行しつつ、僕らは外に駆り出すのだった。




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