アパートの階段を降りると、冬の乾いた風が吹き抜けた。
「……っ。やっぱり外は寒いな」
イオリは肩をすくめ、オーバーサイズのパーカーの襟元をギュッと合わせた。腰に尻尾を巻き付け、その上から僕のチノパンをベルトで固定している今の彼女は、少し個性的な着こなしをした女の子といった風情だ。
「悪いな。とりあえずスーパーの衣料品コーナーで、まともな冬服を探そう」
僕たちは地元のスーパーの二階へ向かった。そこには、近所の住民が重宝するような実用的な衣料品が並んでいる。
まずは変装の要である帽子だ。厚手のニット帽を被せると、銀色の髪と共に尖った耳がすっぽりと覆い隠された。光輪(ヘイロー)は帽子の編み目を透過してその上に浮いているが、知らない人が見れば最新のファッションか何かに見えるだろう。
「ふむ。意外とわかんないもんだな」
「そうなのか?自分じゃ見えないからどうなってるかわかんないけど」
鏡で自分の姿を見ながら、それ越しに頭上を見るイオリ。
「あれ?そうかそうか……確かヘイローってあることは認識できても、相手のヘイローの判別とか、自分の奴は見えないんだっけ?」
「そうなのか?それも、そのゲームの情報か?」
「まあ、そうなるかな。もしかして、そっちでは違う?」
「いや、同じだ」
「そっか。ところで、先生にも見えてるのか?」
「うん、そうだけど。なんか先生はヘイローの形とかもわかるらしい」
「やっぱり、先生はわかるんだな」
「……先生も外の世界の人だったな。もしかして、タロウも先生みたいに私のヘイローがよく見えるのか?」
「うん。見えるよ?イオリのは、薄紫で二重丸。内側の丸から三角形の頂点に位置するところに棒が伸びてる」
聞かれた僕は、どんな形をしてるのか気になったのかと思い、具体的に説明してあげた。
「そ、そうか。ふ、ふ〜ん」
「……?」
なぜか顔を逸らされた。なんだろう?そんなに怒ることだったのか?もしかしなくとも、セクハラだったかこれ!?そういえば、先生の発言から詳しいヘイローの形を言及するところはなかったな……。そう考えると失礼なことをしてしまった気がする。
「すまんイオリ。無神経だったな」
「い、いや。別にいいんだ。……そっか、私のヘイローってそんな感じなんだな」
(私のヘイローをしっかり視認できてるって事は……もしかして。私、こ……ここいっ)
「おーい?どうしたー?大丈夫か?」
「な、なんでもない!大丈夫だ、さあほら、次行くぞ次!まだ買うものがあるんだからな!」
と、急にテンパりながら歩き出す彼女に。
「おーい、場所わかんねえのに勝手に一人で行くなよ。次こっちだぞ」
と、注意して。
「わかってるよ!うるさいなぁもう!早く案内して!!」
何故かキレられた。……理不尽だ。怒られるような事してないだろ!?
その後、パジャマや数日分の私服、コートなどを手早く選んでいく。イオリはファッションを楽しむ年相応の女の子らしく「これはどうかな?」とか「これ似合う?」などを僕に聞きながら少し楽し気に選んでいた。
結局、実用性重視でダッフルコートなどを選んでいた。彼女らしいシンプルながらも似合うカラーのものを買った。
少し休憩ということで、少し早めのお昼にありつくことにした。僕たちは一階に降り、甘い香りに誘われるまま、イートインスペースのあるドーナツ屋に腰を下ろした。
「……すごいわね。こんなに種類があるなんて、キヴォトスの外にもこういう店があるのね。なにより……こっちのも美味しそう」
ショーケースを覗き込むイオリの瞳が、今日一番の輝きを放っている。
「好きなの選んでいいぞ。予算は……まぁ、ドーナツくらいならなんとかなる」
「じゃ、じゃあ……この、玉が輪っかに連なったやつと、チョコがコーティングされたクリーム挟んだやつにしようかな」
「へ〜……。意外とオシャレそうなの食うのな」
「なによ?似合わないって言いたいわけ」
「そうは言ってないよ。でも、そう見るとやっぱ、年相応に女の子なんだな〜って再確認しただけ」
「?……なに当たり前のことを。同い年なんだから当然だ」
「いや、そういう意味じゃ無いんだけど……まあいいや。僕はいつも通りに黒糖がかかったやつに、穴の無いドーナツにしようかな」
僕は彼女の分と、二人分のコーヒーを注文しそれを受けたとり、席に着いた。
「んっ……! なにこれ、モチモチしてる……! それに、このチョコも甘すぎなくて美味しいわ!」
一口食べた瞬間、イオリの頬が緩んだ。普段の「風紀委員」としての険しさが消え、ただの幸せそうな女の子の顔になっている。
「……なんだよ、そんなに美味いか?」
「あぁ。キヴォトスのスイーツも美味いけど、これはまた違った感動があっていいな。……ねぇ、タロウも一口食べてみなさいよ。ほら」
そう言って、彼女は食べかけのドーナツを無防備に僕の口元へ差し出してきた。
「え、あ……いや、いいよ。自分のがあるし」
「いいから、ほら!」
有無を言わさず、彼女が差し出す中にクリームを挟んだドーナツが近づく。これは食べないと、治らないな……と。意を決して食べることを決意した。
「……あ、あーん」
差し出されたドーナツをかじる。生地はサクっとしてコーティングのチョコの甘さが広がる。中のクリームは控えめな甘さで重くなく、結構美味かった。一瞬だけ、あまりの美味さに頭の中でそんな思考が働いたが、すぐに現実に引き戻された。
「うん。美味いな……」
「でしょ!」
共有できて嬉しいのか、嬉しそうに先程僕が齧ったドーナツを頬張りすぐに食べ終わる。
彼女は純粋なんだろう。でも、なんか自分だけ心を乱されてるのが少し気に食わないので、仕返ししてみることにした。
「なあイオリ、僕の黒糖リングも美味しいよ?食べてみるかい?」
「いいのか?」
僕はそれに「どうぞ」と返し、さっきとは逆の構図でさっきやられたことをやり返す。
不意にイオリが「あ」と声を漏らし、僕の手が届く距離まで顔を近づけていたことに気づいたのか、耳まで真っ赤になった。
「ん〜?どうしたんだイオリさん?なにか問題でも?」
「いや、これ!……ちょっと恥ずかしいというか」
「何をいまさら?さっきは平気にやっていたじゃないか?」
「そ、それは……!わ、悪かった!謝るから、それやめてくれ!」
イオリが謝るので、周囲から注目されている。やめろ、僕だって今結構恥ずかしくてやばいんだから、余計に恥ずいことすんなよ!だからと言って、やめたと切るのもそれはそれで負けた気がする。なにより、まだ仕返しは終わっていない。ここで終わるには、僕的にスッキリしない。だから、悟られないようなるべく表情を作り、続ける。
「ほら、早くしてくれ。腕伸ばし続けるのも疲れるんだぞ?」
「っ!!?……わ、わかってやってるだろお前!あー、もう!わかったから、食べればいいんでしょ!食べれば!」
勢い任せに声を上げながら、イオリがドーナツ持った手に顔を近づける。僕はそれに二マリと微笑んで、あの一言を添える。
「ほら、あ〜んっ!」
「〜〜〜っ!!!」
顔を真っ赤にしながら、文句を言いたそうに僕のまだ口のついてないドーナツに齧り付く。イオリは、顰めっ面しながら、なんとか味わおうと真剣な顔で食べている。
「……んで、どうだ?美味いだろ!」
「……な、なかなかね。モチッとしてて甘いな」
「ふふふ……そうかそうか」
気まずさを誤魔化すように、彼女は残りのドーナツを必死に口に詰め込んだ。小さな口を動かしながら、一生懸命に甘味を堪能する姿は、まるで冬に備える小動物のようで……。
とても愛らしいと感じた。
「……満足したか?」
イオリは真っ赤な顔のまま、恨めしそうに僕を睨み上げた。その瞳は潤んでいるし、銀色の髪の間から覗く耳はさっきよりもさらに赤くなっている気がする。
「ああ、お互い様だろ。これで恨みっ子なしだ」
「なっ……! 私は純粋に感動を共有しようとしただけなのに、あんたは……あんたは、確信犯じゃないの!」
ぷりぷりと怒りながら、彼女は残ったコーヒーをストローで一気に吸い込んだ。その勢いがあまりに良すぎて、案の定『ツン』と鼻にきたのか、今度は涙目になって自分の鼻を抑えている。
「あいたたた……。もう、散々な目にあってるわ」
「はは、どんまい。ほら、少し落ち着けよ」
僕は笑いながら、トレイに残ったナプキンを彼女に差し出した。
イオリはそれをひったくるように受け取ると、ぶつぶつと文句を言いながらも、どこか楽しそうに口元を拭った。
「……でも、まあ。……その、悪くなかったわ。こういうのも」
「え?」
「聞こえなかったんならいいわよ!ほら、さっさと残り食べて次行くわよ次!」
「あ、ああ……。そうだったな」
イオリは先ほどとは打って変わって、逃げるように席を立った。さっきまでの「あーん」のやり取りで心拍数が上がりすぎたのか、彼女の歩調はどこかぎこちない。
「(……ったく。あんなことしなきゃ良かった……。心臓がうるさすぎて、全然落ち着かないじゃないか)」
「おい、イオリ! また逆方向だぞ、エスカレーターはあっち!」
「わ、分かってるわよ!」
そんな風に騒がしく言い合いながら、僕たちは二階の婦人服売り場へと向かった。
□□□
そして、最後の買い物を買いに僕らはその前に来ていた。女の子なら決して外せないものを買いに……。
「……いや、あの」
僕は今、凄く気まずいところにいます。
周囲の商品には、淡いピンクや黒、可愛い柄の物からシンプルなもの、色気あるそれらが並ぶ、婦人向けの下着コーナーだった。
「なんで僕は、ここにいるんですかね?」
心が気まずさで支配される。当たり前だ。男が女の下着コーナーにいる場合なんて、恋人か変態ぐらいしかいない。僕は彼女の恋人でもなければ、変態というわけでもない。
「……ねえ、本当に僕も行かないとダメか?」
下着コーナーの入り口で、僕は一歩も動けずにいた。ここから先は、男が踏み入るにはあまりにハードルが高すぎる。
「当たり前でしょ!替えがないのよ!……でも」
イオリもまた、入り口に広がるパステルカラーの光景を前に、頬を朱に染めて立ち尽くしていた。さっきまでの彼女なら、女の子らしく色々と手に取って楽しみそうだと思ったが、今は所在なげに指先をいじっている。
「……でも、何だよ」
「……その、あんたも一緒に来てくれない?」
「はぁ!? 何言ってんだよ、俺がそこにいたら通報案件だろ」
「いいから!私あんまりこういうのわかんないから!一緒にいてほしいの!……ほら、親戚の付き添いだって顔してればバレないから!頼む!」
イオリは僕のパーカーの裾をギュッと掴むと、必死な目で僕を見上げてきた。
「……分かったよ。変に挙動不審にすると余計怪しいからな。……行くぞ」
「……ええ」
僕は意を決し、彼女を先導するように一歩を踏み出した。
……危なかった。褐色美少女の上目遣いとか攻撃力高過ぎだろ。勝てるわけがないyo……(絶望)。まあ、僕じゃなかったら耐えられなかっただろうな。世の男なら、きっと理性が吹き飛んでいた事だろう。
結局、一人で行かせるのも不安だということで(本人も「一人だと何を選べばいいか分からない」と弱気になったため)、僕は彼女に付き添ってコーナーへ足を踏み入れることになった。
周囲からの「若者のカップル」を見るような生温かい視線が突き刺さり、僕の精神力は削られていく。
「……ねぇ、タロウ。……どっちがいいと思う?」
イオリが、震える手で二つのブラジャーを手に取り、衣服の上から自分に被せて見せてきた。一つは白地に控えめなレースがついた清潔感のあるもの。もう一つは、少し大人びた黒い刺繍が入ったもの。
「いや、僕に聞くなよ……。自分のサイズとか、好みで選べばいいだろ」
「だから、その……サイズは分かってるけど、こっちの世界の流行りとか、その……あーもう! どっちが『女の子』として正解なのかってこと聞いてるの!」
必死な形相でそう叫ぶイオリ。やめてくれ。目立つだろ!
「……強いて言うなら、白の方がイオリっぽいんじゃないか? 清潔感あるし、フィギュアになってるイオリの奴も白……あっ」
「な、なななななな!!!???」
やべ、口が滑った。やらかしちゃった。
「お前!なんで私のぱ、ぱば……下着が白ってわかった!てか、フィギュアってなんだ!!」
マジで白だったのかよ。とりあえず、言い訳のためスマホで画像を調べてそれを出す。
「これ、私か?……フィギュアって奴?」
「先に言い訳しとくが、別に見たくて見たとかじゃなくて、画像調べてる時に関連する奴の中にローアングルの奴があって、なし崩し的に目に入っただけだ」
「でも、見たのは見たんだろうが!忘れろ!もしくは死ね!」
「理不尽!」
そこからまた少し言い合いになったが。注目を集めてしまったため、落ち着いて選ぶことにシフトした。
「……っ。じゃあ、こっちは? この、リボンがついてるやつ」
「それは……可愛すぎる気がするけど、似合うとは思うぞ」
「そうか?……じゃあ、こっちは?」
「ちょっと、派手じゃないか?もうちょっと落ち着いてる方がイオリらしいと思うけど」
「じゃあ、これとかはどうだ?」
「黒か…………いいな。」
「……っ! 変態! なんでそんなにジロジロ見てるのよ!!」
「聞いたの君だろ!? 理不尽すぎるだろ!!」
僕が小声で叫ぶと、イオリは真っ赤な顔で「もういいわよ!」と、結局僕が「似合う」と言った数枚をひっつかんでレジへ向かってしまった。
後ろ姿からも、彼女がどれだけ動揺しているかが伝わってくる。
「……ったく。なんで僕が怒られなきゃいけないんだよ」
愚痴をこぼしながらも、彼女の「女の子」としての部分に触れてしまった気まずさと、妙な胸の高鳴りを抑えきれず、僕は頭をかきながら彼女の後を追った。
レジ袋を提げてスーパーを出る頃には、二人の間には買い物前とは違う、なんとも言えない気恥ずかしい空気が流れていたが、この一日で距離がだいぶ縮まったような気がした。
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