ブルアカの生徒達が現代に転移する話   作:松花 陽気

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今回は、色々と心配のなかさくせいした回です。

イオリといえば、先生を狂わしたあれです。タイトル通りです。
一話でも説明したけど。
このイオリは、先生に脚生を強要してないし、舐めさせた経験がないです。

作者としては、どうしてもやりたい回だったのでやりました。満足です。


第七話:舐めろ

アパートの階段を上がるタロウの足取りには、自覚している以上の軽やかさがあった。

背負ったリュックの中には、空になった弁当箱。その中身が綺麗に消えていた事実は、今の彼にとって何よりの充足感を与えていた。

 

「ただいま」

 

「おかえり。……今日は少し早かったな」

 

時刻はもう夕方。まだ外は夕焼け空で明るい。イオリは鍋の前で何かを煮込んでいた。

 

「ああ、今日は早く終わってさ。……これ、弁当箱。完食したよ。めちゃくちゃうまかった」

 

タロウが差し出した弁当箱を受け取るとき、イオリの指先がわずかに触れた。彼女はそれを奪い取るように受け取ると、そっぽを向く。

 

「……そ、そう。ならいいわ。世話になってるんだし、これくらい当たり前」

 

そう言いながらも、彼女の腰から伸びる尻尾は、誤魔化しきれない喜びを映すようにパタパタと揺れていた。

 

「あ、そうだ。あのメモ。学校で友達に見られそうになって、マジで焦ったんだからな」

 

「っ!あれは……あんたがだらしない顔をしないように、私が活を入れてやっただけ!……それだけだから!」

 

顔を真っ赤にして言い返すイオリに、タロウは苦笑いしながら「わかってるよ」と返した。素直じゃないなと、その様子にタロウは口元が緩むのを抑えきれなかった。

 

「……あ。洗濯物、まだ干しっぱなしだ。取り込んでくるわ」

 

「ごめん。ありがとう」

 

タロウは上着を脱ぐのももどかしくて、そのままベランダの窓を開けた。外の空気は昼間よりも少し冷え込み、干されていたタオルやシャツは少しパリッと乾いて冷たくなっている。

 

自分のシャツの隣に、イオリの服が並んで揺れている光景。イオリの下着から目を逸らしながら先にそれらから中に入れていく。

少し前には想像もできなかった、この不思議な共存を噛み締めながら、タロウは次にハンガーから衣類を外していった。

 

最後の一枚をカゴに入れ、部屋の中へ戻った、その時だった。

 

ピンポーン。

 

静かな部屋に、不意のチャイムが鳴り響いた。

 

「あ、私が出るわ!」

 

キッチンで味噌汁の味を調えていたイオリが、反射的に玄関へ向かおうとする。タロウは慌てて洗濯物のカゴを床に置き、彼女を制した。

 

「待て、いい。僕が出る」

 

「……えっ?」

 

「誰が来てるかわからないだろ。お前はそこにいろ」

 

タロウはイオリの頭上に浮かぶヘイローを指差して、短く言った。イオリは「あ、そうだった……」とバツが悪そうに一歩下がり、再びコンロの方へと向き直った。

 

タロウは特に深く考えず、いつものように玄関のドアへと手をかけた。宅急便か、あるいは隣人か。そう高を括って、勢いよくドアを開けた。

 

「はい、どちらさ――」

 

だが、言葉は最後まで続かなかった。

 

「よっ、タロウ!」

 

そこに立っていたのは、昼間に別れたばかりの友人、真里だった。

彼女は屈託のない笑顔で、手に持った菓子折りを掲げている。

 

「ま……真里!?なんでお前がここに……!」

 

「なんでって、つけてきたんだけど」

 

タロウが絶句していると、真里の視線は彼の肩越しに、その奥へと吸い込まれていた。

 

そこには、夕食の仕上げをしていたイオリが、お玉を持ったまま、驚きで目を見開いて立ち尽くしていた。

 

夕方の照明に照らされた、見慣れない褐色肌の美少女。

エプロンを締め、髪を纏めた、同年代くらいの、けれど浮世離れした美しさを放つ少女。

そして何より――その頭上に浮かぶ、不自然な光を放つ紋章は異様だったが、真里はその姿に呆然としていた。

 

「……え」

 

真里の掲げていた菓子折りが、床に落ちた。

沈黙が、重く、冷たく、三人の間に流れる。

 

「……太郎?その子は、まさか…………?」

 

真里の震える声が、静かな廊下に響いた。

 

銀色の長い髪、赤く鋭い瞳、そして何より、物理法則を無視して頭上に浮かぶ、不吉ながらも美しい黒と紫の紋章。

 

「……太郎。あんた、これはいったいどういうこと?」

 

真里の声は、困惑とは違った怒りを露わにして、震えている。

 

「あ、いや、これは……その、説明すると長くなるっていうか」

 

タロウが冷や汗を流しながら言い訳を探している間にも、真里の歩みは止まらない。律儀にも靴を脱ぎ散らかしながら、彼女は床に落ちた菓子折りすら無視して、吸い寄せられるように一歩、また一歩と玄関へ踏み込んだ。

 

「嘘……マジで? ヘイロー……本物?っていうか、質感……え、CG?じゃないよね?」

 

「な、なによあんた!何勝手に人の家に上がってるんだ!?ちょ、離れろ!」

 

お玉を剣のように構え、鋭く言い放つイオリ。その凛とした、けれどどこか余裕のない「いつもの」トーンを耳にした瞬間、真里の中で何かが弾けた。

 

「声……声まで……完全一致……!!」

 

真里はガタガタと膝を震わせ、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。両手で顔を覆い、けれど指の隙間からは狂気的なまでの熱を帯びた視線がイオリを射抜いている。

 

「太郎、あんた……なんてことしてんの。これ、国家機密?それとも新手のホログラム?違うよね、生きてるよね、今、喋ったよね……!?」

 

「真里、落ち着け!ちゃんと話すから、話すから!落ち着け!」

 

「落ち着けるわけないじゃん!!」

 

真里が叫びながら飛び起き、タロウの胸ぐらを掴んだ。その顔は、いつものからかい好きなギャルのものではなく、愛が暴走した“ガチ勢”という形相だった。

 

「なんで私のイオリが、太郎の家でエプロンして味噌汁作ってるわけ!?なんで日本に!?風紀委員会はどうしたのよ!?それともここはゲヘナなの!?キヴォトスだったの!?」

 

「いや、お前のでは無いだろ!?あと、落ち着け落ち着け!!気づいたら空から降ってきたんだよ!」

 

「空から推しが降ってくる生活!!!???どんな徳を積んだらそうなんのよ!!!!」

 

真里がタロウから手を離したので、タロウは咄嗟にそこから離れる。

怒涛の勢いで詰め寄る真里に、イオリは完全に引き気味でタロウの背後に隠れた。

 

「……ねぇ、タロウ。この女なんなの?さっきから私の名前を呼んでるみたいだけど……アンタの知り合い、なのか??」

 

「いや……一応友達。その……お前の『ファン』……みたいなもんだよ」

 

タロウが力なく答えると、真里は「ファン」という言葉に過剰反応し、さらに一歩距離を詰めた。

 

「ファンなんて生ぬるい言葉で片付けないで!!私は先生(プレイヤー)なの!わかる!?毎日あなたの脚をペロペロして……じゃなくて、見守ってる存在なのよ!!」

 

「……は? 足を……何?」

 

イオリの顔が、みるみるうちに軽蔑と恐怖で引き攣っていく。それはタロウも同様だった。彼女の豹変ぶりを初めて目撃した。

 

□□□

 

ひとまず真里を無理やり座布団に座らせ、コップ一杯の水を飲ませることで、嵐のような騒動はようやく小康状態を迎えた。

 

キッチンからは、イオリが再び調理に戻る音が聞こえてくる。トントンと規則正しく野菜を刻む音が、異常な状況の中で唯一の平穏を保っていた。

 

「……で。信じられないだろうけど、これが全部なんだ」

 

タロウは、約一週間前に空からイオリが降ってきたこと、行く当てもないので仕方なく同居させていること、そして彼女がゲームの世界とは異なる所から来た事など、現時点でわかっていることを包み隠さず話した。

因みに、真里なら言いふらす心配はないだろうとタロウが判断したから、今真里にそれを説明した。

 

真里は空になったコップを握りしめたまま、抜け殻のような呆然とした顔でタロウを見つめた。

 

「……空から、降ってきて。急にこの世界に転移して来たと……。それで、戻る方法が見つかるまでの間、ここに住まわせてるって訳ね。昼の弁当も彼女が作った物だったんだね」

 

「ああ。全部、あそこにいるイオリがやったことだよ」

 

真里は再び顔を覆って、深い、深いため息をついた。

 

「ありえない……。普通、そんなラノベみたいなこと起きる?そもそも、ヘイローがあんなにはっきり見えてるのに、なんで警察とか騒ぎになってないわけ?」

 

「それが不思議なんだよ。どうも、僕以外の人にはあのヘイローが見えてないみたいなんだ」

 

これは最近知った事である。どうやら、タロウ以外にイオリのヘイローは見えなかったらしい。前に大家やこのアパートの住民に、帽子を外したイオリを見られたのだが、誰も頭上のそれに視線を向けないどころか、指摘すらしなかった。

だが、油断もできないため前に買ったニットキャップや耳当てなど変装はしてもらった。……あと、冬だから着込まないと寒い。

 

「……でも、真里には見えたんだな」

 

「当たり前でしょ!私は『先生』なんだから! 徳の積み方が違うのよ!」

 

そんなことを言っている真里だが全く根拠は無い。太郎もブルアカを少しやった程度で最初のプロローグで止まっているし、なんならアプリも消している。確証はないが、ブルアカのプレイヤーなら誰でもヘイローが見えるのかも??

真里が鼻息荒く宣言する。彼女はそのまま、震える手つきでスマホを操作し始めた。

 

「冷静に見ると、あり得ない話よね」

 

「まあ、お前の言いたい事はわかるよ」

 

自分でもよく受け入れたよなと、タロウは最初の出会いを思い出しながら思った。

 

「でもさ、あっちからこっちに来れたってことわさ!こっちからあっちに行くこともできるんじゃないかな!」

「イオリちゃんにチラッと聞いたけどさ、シャーレの先生もいるらしいじゃない?先生はキヴォトスの外から来た人で、こっちに来た方法は電車だから、もしかしたら電車でイオリちゃん帰せるかも。あわよくば私たちも……ぐへへ」

 

「……いや、そんな上手い話があるとは思えんな。大体、摩訶不思議な方法でイオリはここに来たんだぞ?それに、必ずしもそのシャーレが僕らの世界と同じ住民とも限らない。広い意味で言えば、僕たちとは違う並行世界の日本という場合もある」

 

「うわっ。そんなややこしいとこまで考えてたの、アンタって考えたくないところ突くことあるよねぇ」

「……ま、理屈はさておき、一番大事なのは『絆』でしょ!設定がどうあれ、本物のイオリちゃんがここにいる。これだけでこの世界は救われてるわ」

 

真里はそう言って、再び興奮気味にキッチンの方を見やった。引き戸の向こうからは、トントンと小気味よい音と共に、どこか食欲をそそるスパイスの香りが漂い始めている。

 

「……あ。ねぇ太郎。ここのイオリが、ゲームとは違うパラレルなのはわかったんだけどさ。……一個、どうしても確認したいことがあるんだ」

 

急に真里のトーンが真剣になった。その瞳が、獲物を狙うハンターのような鋭さを帯びる。

 

「……何だよ、改まって」

 

「イオリちゃん……あっちの世界でさ。先生には脚を舐めさせたの?」

 

「…………お前は何を言っているんだ??」

 

冷静にそんなツッコミが出る。

 

「だって、それがブルーアーカイブの様式美っていうか、イオリといえばこれでしょ!絶対に見逃せない名場面よ!」

 

「そんなわけないでしょ!!」

 

勢いよく引き戸が開いた。キッチンで鍋をかき混ぜていたイオリが、顔を真っ赤にして怒鳴り込んでくる。

 

「お前は、さっきから黙って聞いてれば!な、なんて破廉恥なことを……!私が、あの先生にそんなことさせるわけないし、先生もそんなこと頼まないわよ!」

 

「えー、でもゲームだとさ……」

 

「ゲームなんて知らないわよ!先生は……先生はもっと、ちゃんと尊敬できる人なんだから!そんな変態みたいなこと、頼んでくるはずないじゃない!!」

 

お玉を握りしめ、必死に「あっちの世界の先生」の名誉を守ろうとするイオリ。どうやらこちらの世界で公式とされている洗礼は、彼女のいた世界では起きていなかったらしい。

 

だが、一度火がついた真里の暴走は止まらない。彼女はそのままタロウとイオリの間に割り込み、畳に額を擦り付ける勢いで土下座した。

 

「お願いします!! 一生のお願い! 先生がやってないならなおさら……このタロウに、あなたの脚を舐めさせてやってください!!そしてそれを私に見せてください!!それこそがこの世界の法……聖地巡礼の完成なんです!!」

 

「だからどんな法だよ! そもそも俺はあっちの先生じゃないし、ただの同い年の高校生だっつーの!」

 

タロウが必死に止めに入るが、真里の力は異常に強かった。

 

「いいから! タロウ、あんたも協力して! これを見なきゃ、私は死んでも死にきれないの! ほら、行きなさいよ!!」

 

「ちょ、押すな真里! 離せって!」

 

もみ合うタロウと真里。その勢いで、タロウの体がイオリの方へと大きくよろめいた。

 

「っ……ちょっと、来ないで……!」

 

イオリが後ずさりした拍子に、床に置いてあった洗濯カゴに足を取られ、バランスを崩す。タロウは咄嗟に彼女を支えようと手を伸ばしたが、運悪く床に散らばった洗濯物――それも、先程取り込んだばかりのイオリの下着――の上で足を滑らせた。

 

「わっ……!」

 

重力が無情にもタロウを突き落とす。視界が回転し、気づいた時には――タロウの顔は、床に尻餅をついたイオリの、剥き出しになった足元に直撃していた。

 

「…………っ」

「…………あ」

 

静寂。

キッチンに、カレーの煮える音だけが虚しく響く。

タロウの唇に触れているのは、紛れもなく、柔らかく冷えたイオリの足の甲だった。所謂、足キスという物だろうか。なんともロマンのない光景だなと、真里は考えながら前もって起動したスマホのカメラアプリで録画する。

 

イオリの足の甲は柔らかく、まさに女の子らしい柔らかみがありつつどこか硬いが、それと同時にいい匂いが太郎の鼻口をくすぐった。臭さを感じない。なんなら、少し心地がいい気分になる。

 

数秒のフリーズ。その後、イオリの顔がこれまでに見たこともないほどの鮮血のような赤に染まった。耳から煙でも吹き出しそうなほどヤカンのようにピーピーと体を震わして――。

 

「……………………っ、この…………変態………………っ!!!」

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

イオリの全力の蹴りがタロウの顔面に炸裂し、彼は居間まで吹き飛ばされるのだった。

 

それから十分後。

部屋には、これ以上ないほど重苦しく、気まずい空気が充満していた。

鼻を抑えてうずくまるタロウと、顔を背けて肩を震わせているイオリ。

 

その中心で、真里だけが満足げな、どこか賢者のような清々しい顔でイオリの作ったカレーを食す。

 

「……うん。いいものが見れたし、推しの手料理も食べれた。これぞ『絆』の形……。もう思い残す事はない!最高の聖地巡礼だった」

 

「お前、いつか覚えてろよ?」

 

鼻を赤くしたタロウが恨みがましい声を出すが、真里は軽く手を振って玄関へと向かう。

 

「じゃ、私はこれで失礼するね! 二人の夜を邪魔しちゃ悪いし! カレーおいしかったよイオリちゃん!また来るねぇ〜!!」

 

「……二度と来ないで!!!」

 

イオリの絶叫に見送られながら、真里は嵐のように去っていった。

残されたのは、キッチンで煮えるカレーの香りと、目を合わせることすら不可能になった、修羅場以上の気まずさを抱えた高校生の二人だけだった。

 

「………………」

「………………」

 

タロウは、実況で見たブルアカのストーリーを思い出す。先生は、脚を舐めてもイオリに蹴られるなんて事は無かった。まあ、あれはイオリが冗談でお願いした事で、今回みたいな無理矢理ではない。それでも、先生は蹴られなかった。何が違うのか……大人だから?同い年だから?高校生だから?

タロウは、自分が決してあのゲームの『先生』などではないことを、今この瞬間、痛いほどの鼻の熱さで実感していた。




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