従順少女ノ魔女裁判 作:夏目
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マーゴの追求をなんやかんやでやり過ごしたトウカたちは、その後ナノカのリボン探しを再開したのだが、しかし目立った成果を得ることもできず。
いたずらに時間を浪費し続け、そして気付けば時間は既に夜。【三回目】の自由時間となってしまっていた。
腹が減っては戦はできぬ、ということで。現在二人は食堂で、食べない方が健康には良さそうな夕食を摂っているところである。
「うーん……なかなか見つからないねえ、黒部さんのリボン。探せるところ、大体は探したと思うんだけどなあ……」
「ここまで見つからないと、そろそろ【風で飛ばされてしまった】線を視野に入れるべきかしら。もしそうだとすれば、既にこの【孤島】からリボンがなくなってしまっていても不思議ではないわ」
少女たちが拉致された牢屋敷は【絶海の孤島】に建造されており、つまりは周囲を海で囲まれている。そのため脱出は限りなく【不可能】に近い。
ナノカが言いたいのは要するに、リボンが風で飛ばされてしまっていれば、今頃波に飲まれているだろうということだ。そうなっていれば、回収は一生かけても【不可能】だった。
「えっと、【幻視】はもう使ってみたんだっけ?」
「ええ。でも私の【幻視】は、あなたの感覚操……【感覚強化】とは違って、任意で発動できるような便利なものではないから」
「それも難儀なものだよねえ。だって仮に見えた時は【
「そんなの……そうだけど、そんなことはあなたも同じでしょう、尾形トウカ。その目の包帯は見え過ぎたものを、見え透いたものを、見えなくするために巻いているのだと、そう思っていたのだけれど」
リンゴを齧りながら、何でもないようにそんなことを言うナノカ。無闇に気を遣われたりしても困るだけなので、トウカとしてはむしろありがたかった。
実際のところ、トウカとナノカは
トウカは人の内心を【見る】ことができる。
ナノカは人の内面を【知る】ことができる。
トウカは【能動的】に人を【見る】しかない。
ナノカは【受動的】に人を【知る】しかない。
トウカの【魔法】は【制御可能】だ。
ナノカの【魔法】は【制御不能】だ。
似ているようで似ていない二人。
似ていないようで似ている二人。
何もかもを【見る】ことができる少女。
何もかもを【知る】ことができる少女。
なのに、内心ばかりで人を見ようとしない。
なのに、内面ばかりで人を知ろうとしない。
強くて弱い、不完全な子供。
弱くて強い、不安定な子供。
尾形トウカ。
黒部ナノカ。
だから、何を取っても真逆の二人が。
だから、何を取っても正反対の二人が。
こうして出会ったことにも。
きっと、何か意味があるのかもしれない。
「……私たち、結構似てるところ多いよねえ」
「そうかしら。性格といい色合いといい、それに服装も……どこを取っても、あまり似ているとは言えないと思うのだけど」
「いや、まあ、それはそうなんだけど……。なんというか、こう──なんて言うんだろうなあ?」
「別に、そういうのは無理して言い表すものでもないと思うわ。ただ
ナノカは芯だけになってしまったリンゴを机の上に置きながら、何でもないかのようにそんなことを言う。
それっぽいものは、それっぽいままでいい。
なるほど、確かにナノカの考え方は一理あった。
だけどトウカは、曖昧なままにはしたくなかった。
この関係は、名付けられるべきである。
「でもさ、黒部さん。私は黒部さんとの関係、【それっぽい】では済ませたくないよ? これからも
「……仲良く、ね。私はあなたの【護衛】でしかないというのに──しかも、勝手に付き纏っていただけだと思うのだけれど」
「えっ!? あっ、あはは……ほらあれだ、私ってば小中どころか幼稚園でも友達いなかったから勘違いしちゃった! ははははは!! はあ……」
「……そんなに分かりやすく落ち込まないでちょうだい。別に仲良くしたくないだなんて言っていないでしょう」
今までもナノカは何度かため息をつくことがあったけれど、しかし今までのそれとは、どこか違うように感じられる。
心底呆れたかのような──それでいて、
「私に友達になってほしいなら、ただ一言そう言えばいいだけなのよ。それとも、おいそれと友人だとは言えない理由があるのかしら」
「うん。お父さんとお母さんがね、仲良くする相手は選びなさいって言うんだよ。だから黒部さんのこと、もっとちゃんと知りたくて」
「……そう。それなら改めて自己紹介をさせてもらおうかしら。黒部ナノカ、囚人番号は665。持っている【魔法】は【幻視】、触れた物体の【過去を視ることができる】わ。たまに【未来も視える】けれど」
「それじゃあ私も! 尾形トウカ、囚人番号は671。持っている【魔法】は感覚そ──【感覚強化】で、五感を【強化】できる。そのせいで
「実際には【感覚操作】で、強化も弱化もできる──だったわね」
「その通りだよ、黒部さん」
万が一にも周囲に真実が知られないよう、ひそひそと小さな声で話す二人。そんなことをすれば何か勘繰られそうなものだが、しかし二人の距離感がどこかおかしいことは既に周知の事実だったので、今更気にすることでもなかった。
簡単な自己紹介は終わった。
続いてトウカは、前々から気になっていたことについて質問することにしたらしい。
「黒部さんが持ってる【銃】ってさ、どこで拾ったものなの? やっぱりあれかな、この服みたいに牢屋敷から支給されたもの?」
「いえ、これは【牢屋敷で回収した】のよ。ここに拉致された直後、私の【幻視】でこの銃が隠されていることを知った──誰かの【魔法】で作られた【魔法の銃】なのよ、これは」
「おお……何だかときめく響きだね、【魔法の銃】。わざわざそんな言い方をしたってことは、何か特殊な性能をしているんだよね?」
「ええ。この【魔法の銃】は
「へえ……いいなあ、銃。私もそういう、身を守れる武器が欲しかったなあ」
「私に何かあったら、あなたに譲るわよ」
「またまた、ご冗談を。……何も起こさせないってば」
また慣れない冗談など言ってしまって──と、トウカは一瞬そう考えたが。しかし、ナノカはこういう場面でつまらない冗談を言うタイプの人間ではない。
多分、本気で言っているのだろう。
その覚悟を踏み躙るような真似はしたくなかった。
「ま、そうだね。何かあったらその銃は貰ってあげる──から、黒部さんも、もし私に何かあったら、私の包帯とか持ってってよ」
「……そうね、貰っておきましょう。形見にするわ」
「あはは、そうしてそうして! ……でもまあ、お互いそうならないといいねえ」
「本当にね。まあ、ことがそう上手く運んでくれればいいのだけど──それで? 尾形トウカ、私はあなたのお眼鏡に
「そりゃあもちろん。というかそもそも、ここにお父さんとお母さんはいないわけだし……誰と仲良くしたって怒られないんだから、聞く意味なかったね」
「だったらなんでわざわざ一回聞いたのよ……」
無邪気に笑うトウカに対し、苦々しげにため息をつくナノカ。ここでもやはり、二人は対照的に、対称的だった。
直後。ナノカは突然、机に対面して座っていたトウカの隣へと移動し、顔と顔との距離をぐんと縮めた。
しばらく見つめあってから、トウカは小さく声を発する。
「……ないしょの話?」
「ええ、そうね。これは周りに聞かれたら困ってしまう話よ」
「いいね、友達っぽい。どんな話かな、たのしみ」
「尾形トウカ──あなた、もしかすると、元々は
「…………あれえ? 黒部さんに話したっけ、そのこと」
「いえ、話されていないわ。だけどその反応を見るに、やはり私の【推測】は間違っていなかったようね」
真剣な眼差しで秘密を暴いたナノカは、未だ何故バレたのか分からないとでも言いたげな、困ったような表情を浮かべたトウカに向けて、【推測】の内容をただ淡々と語った。
当然のことだが、周りには聞こえないように。
小声で、そして至近距離で。
「あなたの話し方には癖があった。例えば今日なら、
「そう、なんだ? 気付いてなかったな……」
「そして今日のあなたは、この牢屋敷に来てから一番【声が大きい】。そのことから私は、あなたの【聴力は日によって乱高下している】と推測したの」
「……でも、それだけだとちょっと【根拠】としては弱くないかな?」
「他にもこれ以上ないほどの【根拠】がある。それは、
実際、ナノカの指摘は的中している。
トウカの【聴力】は、基本的に常人のそれよりも低い。
ただし、【感覚操作】は応用が効きやすい【魔法】でもある。だから例えば、聴覚が【絶不調】の日なんかは、代わりに全身の【触覚】をそれなりの範囲で引き上げたりしていた。
当然のことだが、トウカが自身の【魔法】を自覚したのはこの牢屋敷に拉致されてからのことだ。だから、一連の【魔法】の行使を、トウカはほとんど無意識で行い続けていた。
物心ついた時から──あるいは、それ以前から。
「……何よ、その顔は」
「いやあ、さすが【護衛】なだけあって、私のことをよく見てくれてるなあって」
「……そうね。あなたは──危なっかしくて見ていられないわ。……これでもね、私らしくもなく、心配していたりするのよ」
「うん、知ってる。でもね? 私も結構、黒部さんのことは心配してるんだよ。ほら、だって──【黒幕】、探してるんでしょ?」
──和やかな雰囲気は、瞬時に霧散した。
トウカの眼前では、ナノカが「どうしてそれを知っているの」とでも言いたげな表情を浮かべている。
「だって、黒部さんばっかり私の目的を知ってるのはずるいよ、そんなのちっとも対等じゃない──それだと、【友達】にはなれないから。だから、ほんのちょっと【見た】だけだよ」
「……そういう、こと。はあ、心臓に悪い言い方をしないでちょうだい。あなたとの付き合い方を考え直さなければいけないところだったわ」
「あはは、そうならないといいな──黒部さん。私の【護衛】についたのも、実は私が【
「それもあるわ。それもある、けど……あなたが心配だったのも、本当のことなの。信じて欲しい、とまでは言わないけれど」
「信じるよ。黒部さん、一回も私に嘘ついてないもん。今だってはぐらかそうとしてもよかったのに、そんな
「……あなたの【魔法】は確かに強力だし、それを用いて私の何もかもを知られてしまうことは、確かに怖い。だけど、尾形トウカ。あなたがそんなことをするような人ではないだなんて、とっくに【知っている】もの」
「……それも、【幻視】で知ったこと?」
「まさか。この目で見て、この耳で聞いて──そうして、【魔法】なんかに頼らないで、他の何者でもない【私自身が知った
ナノカの視線は、包帯一枚を隔てた先にあるトウカの双眸を捉えて離さない。少し照れてしまいそうな台詞だって、彼女からすれば本当の、本気の、本心からの本音だった。
ナノカの本音は、トウカに伝達する。
伝わらないとは言わせてやらない。
こんなにはっきりと、伝えているのだから。
──だからこそ。
──本音だからこそ、きっと伝わる。
「……黒部さん」
「何かしら」
「私ね、昔から空気が読めないから、友達ができないの」
「そうかもしれない。でも、あなたは周りをよく見ている」
「昔から頭が固いって言われて、誰とも仲良くなれなくって」
「でも、あなたは誰にでも優しいじゃない」
「昔から考えることも苦手で、一人では何にもできない」
「だけどそれでも、【正しい】と思っていることを貫き通せる力がある。他の何者にも揺らがせることのできない芯がある」
「……そうかなあ。私って、そうなのかなあ」
「私が見た限りでは。というか、尾形トウカ。私は一つだけ、あなたに文句があるわ」
少しだけ、怒ったような表情を浮かべて。
少しだけ、困ったような表情を浮かべて。
少しだけ、悲しむような表情を浮かべて。
淡々と、しかし感情的に。
黒部ナノカは、【普通】のことを語った。
「私の友人を侮辱しないでちょうだい。いくらあなたの発言といえど、私だって怒る時は怒るのよ」
それが意味することは、たった一つ。
だからトウカは、考えを改めた。
そして、【普通】の返答を口にする。
「……黒部さん」
「何かしら。私、怒っているのだけど。変なことを言ったら余計に怒るわよ」
「……私と、【
「
即答だった。
一瞬の間すらも置かず。
反論を挟み込む間隙すらも存在せず。
「……へへ、えへへ。私、15年も生きてきたけど、初めて友達できちゃった」
「そう、それは良かったわ。これからは私の友人を馬鹿にしたようなことを言うのは慎みなさい、傷付くから」
目を瞑りながらもそんなことを言ってのけるナノカ。その頬はいつもよりも朱が差しているような気がしたが、しかしトウカはそれを見ていないふりをした。
言葉にしなくていいこともある。
伝えなくていいことだってある。
きっとそれが、正しい意味での【友達】だった。
「……ところで、黒部さん。私、友達ができたらやってみたいことがあったんだけどさ!」
「何かしら。言うだけ言ってみなさい」
「ナノカちゃんって呼んでもいい……?」
「──はあ、何かと思えば……、そんな風に緊張して言うことじゃないでしょう。勝手に、呼びたいように呼びなさい」
「〰〰っ! じゃ、じゃあさ! せっかく、せっかくね? せっかく友達になったんだし、この後お泊まり会とか、パジャマパーティーとか、それか、女子会とかも……!」
「別に、それも息抜きがてら構わないのだけれど……あなた、今日もまた沢渡ココの配信にゲストとして出演するのでしょう。予定を無闇に重ねるべきではないわ」
「あっ……そ、そうだったね、あはは……」
端的に言えば、トウカは舞い上がって浮かれていた。
地に足が付いていないというか、まるっきり夢見心地だった。
その点ナノカは冷静沈着、あくまでも落ち着き払っていた。その辺り、やはりこの二人は相性からして抜群だったのかもしれない。
なるべくして、こうなった。
こうなることは、決まっていた。
きっと、初めから。
「なんか、くろ……じゃなくてナノカちゃんって【お姉ちゃん】みたいだよねえ」
「──【お姉ちゃん】? 私が? 尾形トウカ、あなた正気?」
「え……? うん、正気だよ。もし私に【お姉ちゃん】がいたら、ナノカちゃんみたいな感じかなあって思ってさ。ほら、しっかり者だし!」
「そう……そう。案外、そうなのかも、しれないわね」
ナノカの呟きは、聴覚が【絶不調】だったトウカの耳には届くことなく、しばらくの間宙を漂ってから、空に溶けた。
だからその呟きが存在していたことを知るものは、ナノカ以外にいなかった。
「……とにかく。もう沢渡ココの配信は始まっているわ。さっさと行きなさい、尾形トウカ」
「うんっ! 行ってきます! じゃあナノカちゃん、また明日!」
「ええ、また明日」
短く会話を交わして、互いに手を振り合って。それからトウカは食堂を後にし、ココの待つ【娯楽室】へと向かっていった。
その場に残されたナノカは、しばらく食堂の入口をぼーっと眺めた後、目を瞑ったまま。
「……前の私なら、こんなことはしなかったのかしら」
一人、ぽつりと呟いた。
「本当に、危なっかしくて、そそっかしい──【お姉ちゃん】も、きっと
そうして。
何事もなく、夜は
それぞれの想いを胸に。
新しい、朝が来る。
「……おはよう、ございます…………?」
──その日は、普段より静かな朝だった。
──その日は、どこか騒がしい朝だった。
朝早く目を覚ましたトウカは、目覚めた瞬間から、どこか漠然とした
いつもと何も違わない朝。
なのに、
その違和感は。
檻房から一歩踏み出した瞬間に、
いつもなら存在しているはずの、何かが足りない。
いつもならそこにいるはずの、誰かが足りない。
代わりに、いつも誰かがいたはずのそこには。
宝生マーゴが、いた。
「……トウカちゃん? おはよう、随分と早起きなのね」
「宝生さん……? どうしたの、そんなに【焦ってる】なんて、珍しいね」
「焦りもするわよ──ねえ、トウカちゃん。一つだけ、聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
どこか必死さが滲むマーゴの表情に、トウカは一も二もなく頷いた。
頷くしか、なかった。
「昨日から……」
「昨日、から……?」
そして。
音が、耳に届く。
その音が聞こえてから、脳に伝達されるまで。
伝達されてから、意味を理解するまで。
きっと、無限にも近しい時間を浪費した。