従順少女ノ魔女裁判 作:夏目
奔走して、遁走して。
走り回って、駆けずり回って。
牢屋敷中を探し回ったけれど。
全力で【魔法】も使ったけれど。
ナノカの姿は、どこにもなかった。
ナノカの痕跡は、どこにもなかった。
朝食を摂らなかったせいで、普段のルーティンを崩したせいで、トウカの身体と心は
身体と心が噛み合わない。
歯車と歯車が噛み合わない。
トウカはいつも規則的な生活を心がけていた。
だからこうして【異常】が発生すると、すぐさま拭いきれない【違和感】に襲われてしまって、どうしようもなく【不安】になる。
朝起きて、監房から一歩踏み出して、するとそこには既にナノカがいて、「おはよう、今日も早いわね、尾形トウカ」みたいなことを言ってくる。
それに対してトウカは、いつもなら「おはよう、黒部さん」と返すところを、今日こそは「おはよう、ナノカちゃん!」だなんて、そんな、普通の【友達】みたいなことを言うつもりだったのに。
どうして。
どうして?
どうしてナノカはどこにもいない?
どこにもいないはずがない。
どこにもいけないはずなのだから。
どこにもいかないはずなのだから。
黒部ナノカは、尾形トウカを置いて行ったりしないはずだ。いつだってそうだった。
ナノカの方が歩幅は大きい。だけど、いつだってトウカに合わせて歩いてくれていた。足並みを揃えて、肩を並べて、隣を歩いてくれて。
たかが数日の付き合いだった。
だけど仲良くなるには、それで十分だった。
何回も助けてもらったんだ。
だから今度は、私が助けてあげないと。
──その時。
トウカはふと、思い出してしまった。
「……そうだ。ナノカちゃん、
だったら、探してあげないと。
牢屋敷の中は、もう全部探したんだし。
それなら。
探すべきは、きっと、【外】だ。
そうだ。
きっとそうだ。
ナノカちゃんは、リボンを探しているんだ。
脇目も振らずに。
部屋にも帰らずに。
昨日の夜から、ずうっと。
もしかしたら、屋敷の外で夜を明かしたのかも。春先とはいえ、外で寝たなら、体が冷えてしまっているかもしれない。
「……じゃあ、早く探してあげないと」
ぎくしゃく、ぎくしゃく。
トウカは何一つとして定められないまま、何か強大な、逆らいようもない流れのようなものに身を任せて、牢屋敷の外を探すことにした。
牢屋敷の外をぐるりと囲むかのように存在している森は、前にリボンを探しにきた時とは打って変わって、不気味なほどに静かだった。
聴覚はどんどん【不調】へと向かっていく。普段の生活リズムを崩してしまったという罪悪感もさることながら、ここ数日はずっと隣にいたナノカが見当たらないことがもっとも大きな要因だった。
とてつもないストレス。
全身の筋肉が
血液が逆流しているかのような不快感。
まとまらない思考回路。
先ほどから【魔法】を全力で使っているせいで、【視覚】と【嗅覚】と【触覚】から得られる情報が、何のフィルターも通さずに、余すことなく脳に流れ込んでくる。
光が目を刺して痛い。
香りが鼻を刺して痛い。
風が肌を刺して痛い。
常人の何倍──
増えすぎた情報は、もはや暴力と何も変わらない。
トウカは森を歩き回りながら、何も見逃さないように──【感じ】逃さないように、疲労など知ったことかとでも言わんばかりに【魔法】を酷使する。
「…………」
トウカの【触覚】は現在【魔法】によってこれ以上ないほど強化されていた。だから、
そんなこと、どうでもよかった。
たかが血液だ。少しくらい失ったところで、今すぐどうにかなるわけでもない。
それに。
それで死ぬとして、
友達の安全をそれで買えるのなら、それでいい。
私の命は、今日まででいい。
だから。
あなたは、あなただけは──。
(──……あれ、おかしいな)
何がおかしいとか、詳しいことが分かるわけではない。でも、
【聴覚】は、未だ【不調】だ。それ
だって、そうだろう。
普通に考えれば、それはおかしい。
肌を刺す音の、鳴り方が、どう考えてもおかしい。
──
──恐らくは、
発信源は、一つではなく、複数。
だけどその【複数】は、【一箇所に集まっている】。
「……いかないと」
いかないといけない。
もしかしたら、そこにナノカの行方のヒントがあるかもしれない。
というかそもそも、一連のハプニング自体がドッキリだという可能性もあるのだ。トウカは昨日、マーゴを怖がらせてしまったようだし、その報復と考えれば辻褄も合う。
「そうだ、うん、きっとそう。……そうだよ、きっと。違いない、うん。そう、そっか、そっかあ」
震える声は、きっと気のせいだ。
トウカはそう思った。
──ばさ、ばさ。
──トウカが音を追いかけて、辿り着いた先は【湖】だった。
数日前にナノカと訪れ、そしてアリサと出会った湖。変わったところは、特にないように見えた──否。一つだけ、たったの一つだけ、
──ばさ、ばさ。
「……ここに、いたんだ」
湖に一番近い木の裏。
そこに、いた。
ナノカが、いた。
──ばさ、ばさ。
ナノカは木の裏に座り込み、背中を預けているらしかった。
やはり夜のうちにリボンを探しに出て、疲れたからそのままここで眠ってしまったのだろう。そうに違いなかった。それ以外は、あり得なかった。
──ばさ、ばさ。
「よかったあ! やーっと見つけたよ、ナノカちゃん! 本当に心配したんだからね!」
安堵のあまり、トウカは大きな声を上げた。大袈裟に体を使って、普段なら絶対にしないようなオーバーリアクションで。
──ばさ、ばさ。
「さ、早いとこ牢屋敷に戻ろう? 本当なら自由時間外の外出だから、ゴクチョーさんたちにバレたらまずいけど──大丈夫、多分バレてないからさ!」
ずんずんとナノカに向かって直進していくトウカ。かなり大きな声を出しているのだが、しかしナノカが目覚める気配はない。
──ばさ、ばさ。
「そういえばナノカちゃん、ここ最近はずっと寝不足だったんだっけ! ごめんねえ、私があちこち行くのに着いてきてくれてたから、そりゃあ疲れも溜まるよね!」
トウカは笑顔でそう語りかけながら、ナノカに向かって進んでいく。少なくとも本人としては、笑っているつもりだったし、ずんずんと進んでいるつもりだった。
──ばさ、ばさ。
「うるさい。うるさい、うるさい、うるさい──」
近づけば近づくほど、大きくなる【音】。
ここまで近づけば、【不調】な聴覚でもはっきりと聞き取ることができた。
──ばさ、ばさ。
「……ナノカちゃん、そろそろ起きないと、私、怒るよ」
ついにナノカが背中を預けている木まで辿り着いたトウカは、そんな言葉を吐いた。嘘だ。怒りなんてするわけがない。
──ばさ、ばさ。
無事でよかった。身体、冷えてるんじゃない? 急いで医務室に行こうよ、温かい紅茶を氷上さんに注いでもらって、身も心も暖まりに行こう。
そう、言いたかった。
だけどなぜか、トウカの口は、はくはくと動くだけで。
──ばさ、ばさ。
ひゅっ、ひゅう、と。
意味のない音ばかりが、漏れ出るだけで。
何もかもが。
夢みたいに感じられて。
──ばさ、ばさ。
だから、頬をつねった。痛かった。
だから、【魔法】で痛覚を消した。
痛くない。よかった、これは夢なんだ。
安心した。
よかった、よかった。
──ばさ、ばさ。
これは、夢だから。
何が起きても安心だ。
だって、夢だから。
そんなこと、現実では起こるわけないもん。
──ばさ、ばさ。
……あれ?
でも、夢なら、どうして。
心臓のあたりが、こんなに苦しいんだろう。
「…………」
……………………………………………………。
「………………」
…………………………………………………………………………。
「……………………」
…………………………………………………………………………………………………。
「……………………」
………………………………………………………………………………………………………………………………。
──何頭もの赤い蝶が、ひらひらと宙を舞っていて、ばさばさと羽音を立てていて、美しかったし、醜かった。
目も覚めるような赤、赤、赤──
見たこともないような、真紅の蝶が、ほのかに赤く煌めく鱗粉をはらはらと散らしながら、ただそこに存在していた。
そして、その中心に、【それ】はいた。
当たり前のように、鎮座していた。
「……ナノカ、ちゃん──」
──黒部ナノカは、真紅の蝶に包まれて眠っていた。
いっそ、芸術的な眠りざまだった。
真紅の蝶が至る所に止まっているナノカの姿は、ともすれば神秘的な印象すら与えかねないほどに、美しかった。
木々の隙間から差す木漏れ日が、まだあどけなさの残るナノカの顔を照らしている。頬に止まっていた蝶が飛び立つと、そこに残された鱗粉がきらきらと反射して光り、余計に絵画のように見えた。
本当に、綺麗だった。
誰が見ても、同じ感想になったはずだ。
──だから【それ】の存在にだって。
誰もが、同じ感想を抱くはずだった。
──ああ。【
トウカはナノカが持っていた【それ】を丁寧に持ち上げる。眠っている彼女からそれを取り上げるのは、簡単なことだった。
思えば【それ】を持つのはこの数日でも初めてのことだった。ナノカは「これは危ないから」と言って、一度だって触らせてすらもらえなかったから。
手に持ってみると、ずっしりとした重厚感がある。男の子なら、きっとこういうので喜んだりするんだろうなあ。トウカはそんなことを考えつつ、【それ】を持ち変える。
先端には、小さな蝶が止まっていた。気にも止めず、トウカは蝶ごと【それ】の先端を【
でも、そんなことは、どうでもよかった。
全部。
ぜんぶ。
ぜーんぶ。
どうでもいい。
もう、どうでもいい。
どうしてそうなったのかは分からないけど。でも、こんなことになったのは、私が約束を守れなかったという【証拠】だ。
だから、責任を取らないと。
無責任な夢を語った責任を。
夢など見るからいけなかった。
だから、何も見れなくなればいい。
希望など抱くからいけなかった。
だから、何も抱けなくなればいい。
考えなど持つからいけなかった。
だから、何も考えられなくなればいい。
生まれて初めてできた友達だった。
色々なことをして遊びたかった。
いや、色々なことなんてできなくてもよかった。
あなたと一緒にいられればそれでよかった。
きっとそれだけで、私は幸せだった。
一緒に牢屋敷から脱出して。
そして、外の世界を、二人で歩きたかった。
私は、誰とも遊んだことがないから、きっとたくさんの迷惑をかけるだろうなあ、なんて、そんなことまで考えていたんだ。
だけど。
もう、無理だ。
二度と叶わない。
二度と会えない。
二度と話せない。
だって。
だって、そうでしょ。
「……ああ」
きっと、私のせいだ。
悪いことは、全部私のせい。
いつもそうだ。いつもそうだった。
だから今回も、きっとそうなんだ。
私が、勝手なことをしたから。
私が、余計なことをしたから。
だから、そんなことになっているんでしょ。
「ああ──ああっ!」
だめだよ、【これ】を──【魔法の銃】を、
まあ、でも。
今から私も、同じことをするから。
ナノカちゃんのこと、言えないや。
……痛いの、こわいなあ。
でも、きっと、ナノカちゃんはもっと怖かった。
「ああぁっ、ぅあああ!!」
だから、身勝手だけど、償わせて。
あなたがいないなら、私はいらない。
あなたが生きていないなら、私は生きていられない。
初めてできた友達だったの。
初めてできた友達だったのに。
ひどいよ。
どうしてこんなことになるの?
どうして私ばっかり、こんな目に遭うの?
考えれば、答えが出るかもしれない。
だけど、もう、そういうのもどうでもいい。
自分で考えて動くと、いっつも失敗する。
酷い目に遭って、恥ずかしい思いをして。
だから、もう、何も考えたくない。
ナノカちゃん。
守れなくって、ごめんなさい。
約束破って、ごめんなさい。
連れ回して、ごめんなさい。
こんなところに放っておいて、ごめんなさい。
あなたが死んだのに、私が生きてていいわけがない。
あなたが死んだのは、きっと私のせいだから。
私と仲良くならなければ。
あなたは死ななかったんだから。
──だから。
──いま、いくね。
本当に悲しい時って、涙、出ないんだ。
泣けなくて、ごめんなさい。
悪い子でごめんなさい。
トウカはどこか他人事みたいに、そう考えて。
呆気なく。
銃の引き金を引いた。
【
☆10
風玉狐 zye医師 新生ふわふわ
☆9
かふやーく ひーりん
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