従順少女ノ魔女裁判 作:夏目
──トウカが眠りに落ちてから、実に8時間後。彼女は【医務室】のベッドの上で目を覚ました。
剥いだはずの包帯はどうやら【巻き直されている】らしい。睡魔に負ける前のことは覚えていたので、恐らくアリサが気を遣って巻いてくれたのだろう。
と、そこまで考えたのだが。
トウカとしては、そんなことはもうどうでもよかった。
(……つかれた)
口を開く気力すらなかった。
目覚めたばかりだったけれど、すぐに目を閉じた。
首からじんわりと襲いかかる痛みに身を委ねて、そのまま泥のように眠ってしまいたかった。全身を覆う虚脱に身を投じてしまいたかった。
だけどそんな怠慢は、どうやら許されないようだった。
「あっ……! と、トウカさん、おはようございます……」
「トウカちゃん! よかったぁ……【8時間】も寝てたんだよ、トウカちゃん。体の調子はどう……?」
「…………」
呼び声がしたので、虚無感を抱えたまま、なんとか起き上がる。どうやらトウカの身体は、未だ彼女の思う通りに動かすことができるようだった。
身体が【思い通りになった】ところで、何にもならないというのに。
……医務室のベッドの隣には、メルルとエマがいた。二人とも心から安堵しているようで、その表情は微笑んでいた。
微笑んでいた。
うっすらと、微笑んで──。
──
──そんな、物騒な思考が頭を埋め尽くしかける寸前で。トウカは自身の側頭部をぱしっと叩き、頭を抱え、その思考を彼方へと追いやった。
次に浮かんだのは、当然の【疑問】だった。
(──……?
「あの……トウカさん? ど、どうしましたか? もしかして、頭が痛かったり──」
「ああ、いや……気にしないで、氷上さん。ちょっと色々と、混乱していて。桜羽さんも、ありがとうね」
「……うん。ボクは気にしてないよ──そんなことより、トウカちゃん、その、大丈夫……?」
「えっ? 大丈夫って、一体何が? 私は平気だよ、全然平気。平気だから、気にしないで」
トウカが当然だとでも言いたげに口にした【疑問】に、メルルもエマも視線を下げるしかなかった。
トウカが無事に目覚めたことに喜んでいた彼女たちの気分はどん底に沈む。そこに追い討ちをかけるかのように、トウカは再び口を開いた。
「そうだ、氷上さん。あなたの【治療】で、ナノカちゃんを治してあげることって、できたりしないかな」
「……トウカちゃん……」
「……私たちが、アリサさんから聞いて、ナノカさんを見つけた時には、もう──」
「お願い。何でもするから。私にできることなら何でもするから」
「──……むっ、
……はらはらと涙を流すメルル。その言葉を聞いた時のトウカの表情は、筆舌に尽くすことが──
【無】。
【なにもない】が、そこにはあった。
まさしく、
これまでに牢屋敷で見たトウカの姿とは、似ても似つかない。
まるで何か大切なものが抜け落ちてしまったかのような虚無。まるで誰か大切な人を奪われてしまったかのような無気力。
端的に言えば。
トウカには、
「……桜羽さん、氷上さん。ナノカちゃんが
──【魔女裁判】。
この牢屋敷に囚われた際、ゴクチョーから説明が行われた──【魔女】という名の【殺人犯】を断罪するための【裁判】。
魔女図鑑の規則に書かれていたことだが、【魔女】を特定することができれば、その者はその場で即座に【処刑】される。特定できなければ、【全員死ぬ】。何ともまあ悪趣味な催しだった。
そして、その【魔女裁判】に関する規則の一つに、
このまま行けば、当然のように、【魔女裁判】は中止となる。ナノカが勝手に死んだだけ。ナノカが身勝手に朽ちただけ。そうして処理され、徐々に
だから規則を読み込んでいたトウカにとって、こんなことは首を吊る前から思いついていたことだ。
だから、返答にもおおよその検討は付いていた。
「……
「やっぱり、そうなんだ……」
知ったところで、何も変わらない。
トウカの心は急速に停滞し、外側と内側の
だから、やはり。
トウカには、
「は、はい……エマさんの言った通りで、
「ちょっと待って、氷上さん」
トウカには、
突然の急な動作に、メルルとエマは驚かされることになった。だってそうだろう、先ほどまでの【抜け殻】と現在のトウカとでは、
……目は包帯に覆われていて見えないが。
さて。
肝心のトウカはといえば、先ほどのメルルの発言に【気になるところ】があったらしい。
「氷上さん、今、確かに【犯人を特定しなければならない】と言っていたよね?
「……い、いえ……恐らくは、【言葉のあや】だとは思います……。ナノカさんが自──
「ボクもそう思う。というか……もしそうじゃなかったとして、ボクたちの中に【殺人犯】がいるかもしれないだなんて、信じたくないよ……」
「──ふぅん、なるほど、なるほど。そういうことなんだね……」
トウカは再起動した脳細胞で、すぐさま思考をまとめ始める。【裁判】と銘打ってはいても、所詮は【魔女裁判】。
つまりは【人狼ゲーム】のようなものだろう。
少女たちの中に紛れ込んだ【人狼】──この場合は【魔女】と言うべきか──を見つけ出し、
そうなると気になってくるのが、仮にナノカが【自殺】していて、その上で
現在牢屋敷に存在していて【投票権】を持つ少女たちの数は【12人】。その内6人が【ナノカの自殺】だと判断し、残りの6人が【他殺である】と判断し、結果として
この場合は──
(──まずい、なあ……)
トウカはとある【事実】に思い至り、ただでさえ真っ白な肌をほとんど青色に染め上げた。嫌な汗が体躯を伝うのが認識できた。
再三のことになるが。
ミステリ小説の基本だ。
このまま行けば。
(そのせいで──私の存在のせいで【全会一致での自殺判決】を取れなかった場合……)
──
それだけは、駄目だ。
正しくないのは、私だけだ。
それなのに、私のせいで全員巻き添えを喰らうだなんて。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私のせいでみんなが死ぬなんて、そんなの耐えられない。
どうにかしないと。
どうにか、【全会一致】を取る方法を考えないと。
どうにか。
【全会一致】の、判決を。
全員の心を、合わせないと──。
「……えっ? と、トウカさん、今……何か、言いましたか……?」
「……いーや? 別に、何も。そんなことより! 桜羽さん、氷上さん。【魔女裁判】の開廷まで、もう時間がないんだから、ナノカちゃんが
「トウカ、ちゃん……」
「ほらほら、早く行かないと……っ、おっとっと……」
勢い勇んで立ち上がったトウカだったが、しかし彼女は間違いなく先ほどまで衰弱していた。だから彼女がベッドから降りた直後、バランスを崩してしまったことも当然のことだった。
あわや地面に崩れ落ちる──といったところで。
トウカの肩を支えたのは、桜羽エマだった。
「っ、大丈夫!? その、トウカちゃんは──
「いや、いい、行かせて。初めてできた友達の、死の真相くらいは、この手で暴きたいんだ……」
「……そ、そうですよね……気持ちは、分かります。で、でも! やっぱりトウカさんは、まだ休んでいた方がいいと思います……!」
「氷上さん……ごめんね、これが全部終わったら、ちゃんと休むから。約束する。私は嘘はつかないよ。だから、行かせて?」
明らかにトウカの身を案じている二人。
それが分からないトウカではなかったが、しかしその厚意をあえて無視する形で、彼女は二人に頼み込んだ。
すると二人は、しばらくの間顔を見合わせたあと、ゆっくりと、そして遠慮がちに頷いた。本当ならば休んでいて欲しいのだろうけど、しかしトウカの気持ちも理解できるのだろう。
本当なら、二人の言う通りにしたかった。
実のところ、そうしたってよかった。
(だけど、そうするわけにはいかないんだ)
トウカは知りたかった。
ナノカの【死】の真相を、知りたかった。
あなたが何を考えていたのか知りたい。
あなたが何を考えてそんなことをしたのか知りたい。
──それはそれとして。
トウカはとある目的……
ナノカの【死の真相】は、まず間違いなく【自殺】だろう。知りたいのは
──そう。
──【最後】にそれさえ、知ることができれば。
……トウカの
それは、【魔女裁判】で【全会一致】の判決を取り、そして【誰も死なせない】ことだ。
最初に約束したことだ。
だけどトウカが生存し、未だこうして存在している限り、ナノカの自殺が【正真正銘の自殺】であると証明することは、ほとんど不可能に近い。
少なくとも、トウカが「殺していない」と訴えたところで。全員がそれを鵜呑みにするようなお人好しとは思えなかった。
絶対に【ナノカの自殺】と【トウカによる殺害】とで票は割れる。そうなってしまえば、全員が【処刑】されてしまう。
それは、回避しなくてはならない。
しかしそれは、【
そう、
ナノカの【自殺】を【全会一致】で証明することは、現実的ではない。できないことはないのだろうけど、しかし
だが。【魔女裁判】があくまでも【裁判】のていを取っている以上。確実に【判決を確定させる方法】が、一つだけある。
それは──【
先述の通り、このまま行けばトウカが疑われることは明白だった。だったら、
(私は、魔女裁判で──【私がナノカちゃんを殺した】と証言する)
そうすれば、【魔女裁判】での投票が【全会一致】の判定になることは自明だった。
──そうすれば、トウカは【魔女】として【処刑】される。
やはりトウカは、もう死んでしまいたかった。
だけど他のみんなには、死んで欲しくなかった。
だから。
それなら自分が、【魔女】になってしまおう。
虚偽の証言だろうが、無実の罪だろうが、どうだっていい。トウカが死ねば、ひとまずは全てが丸く収まるのだから。
私が死ねばいい。
私だけが、死ねばいい。
もう誰も、死なせない。
そのためなら、私のどうでもいい命などくれてやる。
全部使って。
全員守る。
「さ、行こっか、二人とも!」
その目を覆う包帯の裏に、仄暗い虚無と希望を携えたまま、トウカは薄っぺらい笑みを浮かべて。
エマとメルルに肩を借りたトウカは、医務室を後にした。
【
☆10
すきわかめ かしわもち0725
☆9
みつばち とある旅人 せんきゅ〜 茶々茶
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