従順少女ノ魔女裁判 作:夏目
これまで牢屋敷を探索していた時には、何をしようとも開かなかった大扉。その大仰な扉が──【開いていた】。
先ほど牢屋敷中に響き渡った鐘の音。恐らくはそれが鳴り響くと同時に、この大扉も開かれたのだろう。
あまりにも【日常】からかけ離れたそれ。
トウカにはその扉が、あるいは地獄の門にでも見えていたのかもしれない。
(……行こう)
トウカは一度大きく深呼吸してから。
意を決して大扉の先──【裁判所】へと、足を踏み入れた。
……そこは、【荘厳】な空間だった。
牢屋敷に存在するどの部屋よりも広大で、なおかつ細緻な装飾が施されていたそこは、どこか【神秘的】な雰囲気すらも醸し出していた。
中央には台座のようなものが存在していて、円形にそれを取り囲むような形で【証言台】が14台設置されている。見渡す限り、トウカとエマ、メルル以外は既に集合していたようだった。
「やあ、トウカくん! そうして自分の足で立って歩いているところを見るに、身体の方はもう大丈夫なのかな?」
「……うん、もう大丈夫だよ、蓮見さん。心配かけちゃってたらごめんね?」
「
トウカが自らの囚人番号が刻み込まれた証言台に立ったと同時に、そんなキザっぽいセリフを吐いてみせるレイア。
実際それはありがたい申し出だったし、トウカとしてもありがたいことづくめの提案ではあった。
問題があるとすれば。
トウカは今日ここで【処刑】されるので、頼る機会など永遠に訪れないということだけだろう。
(ごめんね、蓮見さん)
トウカがそんな風に、心の中でレイアへ向けた謝罪を述べた直後。どこからか
裁判所内にゴクチョーが現れ、そして入口の扉が大きな音を立てて閉ざされた。
「はい、どうやら全員揃ってくれたようで何よりです──尾形トウカさん、お体は大丈夫ですか? どこか体調が悪いとかあれば、すぐに言ってくださいね。後々申告されても仕事が増えて面倒なので……」
「いえ、問題ないです。お気遣い痛み入ります、ゴクチョーさん」
「結構です。私に礼儀正しく接してくれるのはあなたくらいですよ──で、【魔女裁判】についての説明、必要ですか?」
「いえ、【魔女図鑑】や言伝などで把握はしています。ですが、万が一間違えていては大事ですので、確認だけお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、はい。迅速かつ円滑な裁判のためにも、そのくらいは構いませんよ。で、何を確認したいんです?」
ゴクチョーの許可を取ったトウカは、【魔女裁判】についての基本的な
裁判は囚人同士の議論・投票によって行われ、【魔女】と判断されたものは即座に処刑されること。
処刑はやすやすとは死なない魔女を
全会一致で【自殺である】──つまり【魔女は存在しない】と判断した場合は、裁判そのものがその時点で中断されること。
……そして、【魔女】を特定できなければ、【参加者全員が処刑される】ということ。
トウカの確認に対し、ゴクチョーは首肯を繰り返した。ただただ淡白に、人間的な感情一つも見せずに──ゴクチョーはフクロウだから「人間的な感情」というのはおかしな話だが──懸念点を潰し続けた。
「……どうです? 他に何か、確認しておきたいことはありますか?」
「いえ、十分でした。ゴクチョーさん、ありがとうございました」
「はぁい、どういたしまして。じゃあ確認はただいまをもって打ち切りますけど、確認漏れがあっても、裁判後に文句とか言わないでくださいね? 終わったことをぐちぐちと掘り返されてもめんどくさいだけなので」
こっちも羽を休める暇がなくて大変なんですから。
ゴクチョーはそんな風に、どこか疲労が滲んだ声で呟いた。
この後も迷惑をかけることになるだろうから、トウカは今のうちに頭を下げておくことにした。ゴクチョーは何が何だか分かっていない様子だったが、普段から礼儀正しくしていた彼女のことだったので、
「まあいいでしょう──それじゃ、さっさと始めちゃいましょうか」
首をくるくると。目をきょろきょろと。
そんな風にして、裁判所を隅々まで見渡しながら、そんな口を叩いたゴクチョーは。
気怠げに。なんでもなさげに。
高らかに。どうでもよさげに。
そして、
「──それでは、【魔女裁判】開廷です!」
……もう、後には引けない。
この【魔女裁判】は、既に
だから、その流れに沿って──
万が一にも、自分以外に疑いが向かないように。
トウカは再び、命を捨てる覚悟を決めた。
──ゴクチョーが【魔女裁判】の開廷を宣言した瞬間から、【魔女候補】の少女たちの間には、なんとも言えない緊張感が走っていた。
どうしたって、互いに疑いを向けざるを得ない状況……とはいえ今回に限っては、少女たちの見解はほとんど一致していた。
数人の例外がいるのは当然のことだったが、しかし共通の見解として【ナノカの自殺】であるという前提が存在している以上、やはりそこを目指すのが最も手っ取り早かった。
それに、この裁判にはトウカも参加している。あまり長引かせても可哀想だと、少女たちはそう考えていた。
……確かに、【疑わしい人物】が
「……さて。とりあえず私たちが目指すべきは、何を置いても【裁判の早期閉廷】だろうね。こんな悪趣味な催し物を長引かせるわけにもいかない」
「おじさんもレイアちゃんに賛成かな……、それに結論なんて、もう
『わがはいも同感である。早く終わらせてしまおう』
「シェリーちゃんとしては、もうちょっと考えを巡らせてもいいとは思うんですが……ただ、そうも言っていられない状況ですしね!」
「つーかそもそも、何かの間違いであてぃしが犯人ってことにされたらたまったもんじゃねーし! ちゃちゃっと──じゃなくて、ナノカのためにも早く終わらせちゃおーよ!」
「その通りですわ! トウカさんだって、きっとお辛いはずですもの……」
牢屋敷に拉致された少女たち。
一癖も二癖もある人物ばかりだったけれど、彼女たちはみな一様に、【根は善良】だった。
少女たちは
世界はいつだって、トウカの思い通りにはならない。
思い通りになんて、なってくれない。
「……とりあえず、まずは死体の第一発見者である、私から一言いいかな?」
「ああ、もちろんだとも──では、トウカくん。まずはキミの話から聞かせてもらおうではないか!」
芝居がかった身振り手振りでそんなことを言うレイア。彼女なりになんとか場を和ませようとしてくれているのは、誰が見ても明らかだった。
それもそうだろう。だってこの事件で一番心を痛めているのは、先日ナノカと友人になったばかりのトウカのはずなのだから。
その内心は想像するのもおこがましかった。生まれて初めてできた友達が、翌日の朝、次第で発見されるだなんて……どんな言葉を尽くしたとしても表しきれない悲しみが、そこにはあるはずなのだから。
──だから。
──だからこそ。
その一言は、まさしく青天の霹靂だった。
「──……は? …………いやっ、えっ、と……?」
トウカの口から発された文章。
聞き間違えようがないくらい、はっきりと口にされた言葉。
レイアはその文章を耳にしてから、ぴったり五秒間フリーズした後、その表情を【困惑】に歪ませた──というか、レイア以外の少女たちだって、それは同じことだった。
今、トウカはなんと言った?
少女たちの内心としては、おおよそそんな感じで一致していた。
ナノカちゃんを殺したの、私なんだよね。
殺した? ナノカを? 誰が?
トウカが。
──トウカが、ナノカを、殺した。
トウカが、ナノカを、殺したのか。
尾形トウカが。
黒部ナノカを。
殺したと言ったのか。
「なっ……!? トウカくん、キミは……
「おっ、落ち着いてトウカちゃん! えっと、あの……【言い間違えてる】よ! 一旦深呼吸しよっか! その、気が動転してるのは分かるんだけど──」
「ありがとう、蓮見さん、佐伯さん。でも別に、私の言い間違いでもみんなの聞き間違いでもないから、安心してね」
「──安心しろって、言われたって……!」
当然のようにざわめく少女たち。
それもそうだろう。だって、
どうしてトウカは突然そんなことを言い始めたのだろう? 彼女の考えていることが、見据えているものが、まるで分からない。
トウカの発言の意図。それは分からない。
だから少女たちの思考は、自ずと【そんなことを言い始めた理由】の方に向いていた。
それは例えば、錯乱しているとか。
それは例えば、やけになっているとか。
それは例えば──【魔法】で操られているとか。
そのことに思い至ったのであろう少女たちの視線が、それを可能とする人物──
『違う! わがはいではない!』
手に持ったスケッチブックに、そう殴り書くアンアン。それもそうだろう、ナノカの死
こんなことで猜疑の視線を向けられてはたまったものではない。だから当然アンアンは、自らに降りかかった不幸を振り払うことにした。
「わっ……わがはいはそもそもトウカと会話すら交わしていないのだ! だから──【わがはいを疑うのはやめろ】!」
「ぐっ……
「ああそうだ! そしてわがはいは、トウカに対してこの【魔法】を使っていない! 本当のことだ、だから【信じろ】!」
アンアンはこの牢屋敷に拉致されて以来、一番大きな声を出していた。それほどまでに真剣、あるいは本気だったのだろう。
実際のところ、【現時点では疑わしい】というだけで、アンアンの【魔法】の行使を確定づける【証拠】はない。故に少女たちは、彼女の言い分を聞き入れたようだった。
「……夏目さんに何かされたとか、別にそういうんじゃないんだよ。ただ、私が自分の意思で、ナノカちゃんを【射殺】したってだけなんだ」
「いやっ、いやいや……ちょっと待てよトウカっち! もしあんたが言ってることがマジだったとして、なんでそんなことしたのさ!?」
「なんで……なんでだろうね? 実は昔から因縁があって、そのツケを今払ってもらったからとか。あっ、銃を持ってる人がすっごく怖かったからっていうのはどう?」
「冗談言ってる場合じゃねーんだって! あてぃしはマジで聞いてんだよ、真面目に答えろよ、トウカ!!」
「……やっぱ、言わなきゃ信じてもらえないよねえ」
のらりくらりと躱すつもりだったのだが、しかし意外にもココは真剣な様子を見せていた。一応はトップリスナーであったところのトウカに対し、情のような何かを感じていたのかもしれない。
……ただ、トウカは【全会一致】を取るために、
だからトウカは、
「別に──【四六時中付き纏われてうざったかった】だけだよ。やりたいこともできないし……本当に邪魔だったんだ」
「っ……本当にそんな理由で殺したんだったら、くっっそ気持ち悪いぞ──つーかお前だってあてぃしらのことは監視してたんじゃんっ……!!」
「
今度こそ、ココは絶句した。
ココだけではない。ほとんどの少女たちは驚きや不安、蔑みの視線をトウカに向けている。
そうだ。それでいい。
私のことなど、嫌って欲しい。
そうしてみんなは、生き残って。
「……トウカさん。シェリーちゃんとしては気になるところがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。これが最後だからね」
「それじゃあ遠慮なく。トウカさん、
「…………なんでだろうね?」
「それに、トウカさんがナノカさんを殺害した犯人だったとして、
「あっ、ああ……シェリーくんの言う通り、そこは私も気になっていたんだ。以前役作りのために色々と勉強したんだけと、私は【検死】──の、
シェリーの【追求】に乗っかってきたのは、牢屋敷の少女たちのリーダー(つまりはまとめ役)を買って出たレイアだった。
レイアはそのまま言葉を継ぎ、トウカへ
「【検死】の結果、ナノカくんの【死亡推定時刻】は──
「……それが、どうかしたの?」
「どうかするさ。だってその時間──キミは【ココくんの配信に参加していた】じゃないか! 配信の【アーカイブ】だって
「はい! 名探偵シェリーちゃんもそのことが言いたかったんです! レイアさんとは名探偵コンビを組めるかもしれませんね!」
「っ……!」
レイアとシェリーの指摘はもっともだった。トウカは昨夜、ナノカと別れた後に【ココの配信にゲストとして参加した】。二人で自作トランプを用いたババ抜きをした記憶が、トウカにもはっきり残っている。
そしてその配信は、【21時30分】まで行われた。ナノカが死亡していた位置から考えると、その30分の間に殺害したという主張には無理がある。
ただ、トウカにもその辺りの矛盾を指摘されることは想像がついていたので、対処法は考えついていた。
──論理的な主張は無理だから、
「……私には、【感覚強化】がある。自由時間外に抜け出したところで、【魔法】を駆使すれば、看守や他のみんなに見つからずに戻ってくることなんて容易いよ」
「いや、でも! 仮にトウカさんがそうしてナノカさんを殺害した後に監房へと戻ったのだとしたら、そこには【メルルさんがいた】はずじゃありませんの!? 一体どうやって、そこを──」
「遠野さん。氷上さんは昨日、【医務室】で夏目さんの看病をしていたはずだよ。貧血気味らしいからねえ、おかげで監房を抜け出しやすくて助かってるんだ」
「そっ、そうですが! 私は確かに、医務室にいましたけど……それではトウカさん、ほ、本当に……!?」
「だから、本当だってば」
──今度こそ、全員の疑いは、確信に変わった。
理屈は分からないが。
理由は分からないが。
こうして【自白】している以上は、トウカが犯人なのだろう。
「さ、さっさと裁いてよ。なーんか全部、どうでも良くなってきちゃったからさ。こんな茶番、早くお開きにするに限るでしょ? ゴクチョーさんも休ませてあげたいしさ」
「……それはどうも。いやあ、案外早く終わりそうで助かります。じゃ、さっさと【投票】に移りましょうかねえ──」
トウカの目論見通りに、【全会一致】への道は整った。これでいいのだ。こうすれば全員、助けることができる。
(……しょうがない、よね)
本当は、生きていたいけど。
でも、責任を取らないと。
そうじゃないと。
ナノカに合わせる顔がない。
「じゃ、みんな、よろしくね──」
そう一言だけ呟いて。
トウカは、その【目を閉じた】。
──突如として、少女の叫び声が裁判所に響く。
その少女は、恐らくは【激怒】していた。
両目を吊り上げて、今にも爆発しそうな勢いで、全身で怒りを表現していた。
「さっきから黙って聞いてりゃあ、訳わかんねぇことばっか言いやがって……尾形。テメェのあっさい考えなんざ──」
その、少女の名は。
燃え盛る怒りと、優しさを秘めた少女の名は。
紫藤アリサ。
世界はいつだって、トウカの思い通りにはならない。
思い通りになんて、なってくれない。
【魔女図鑑】
【証拠品】
・黒部ナノカの死体写真
湖のほとりで死亡していた黒部ナノカの写真。
頭部に二発の弾痕があり、即死ではなかった可能性がある。
左手の爪が剥がれており、土が付着していた。
・魔法の銃
黒部ナノカが所有していた魔法の銃。
装弾数は六発。一日一発ずつ銃弾が復活する。
弾を撃ち切っているらしく、引き金を引いても発砲されない。
現在はトウカが所持している。
・黒部ナノカのスマホ
シンプルながらも所々にゴシック風味の装飾が施されたスマホカバーが装着されている。
指紋のつき方から推察するに、パスワードは0606だと思われる。
・気持ちを落ち着ける薬
青色をしている、鎮静作用のある薬。
紫藤アリサが服用しており、尾形トウカもほんの少しだけ口にした。
かなり強い薬らしく、副作用として眠気を誘発するらしい。
・空きビン
薬液を入れておくためのビン。
紫藤アリサが黒部ナノカの死体の付近で発見し、持ち歩いていた。
・牢屋敷前の壁画
城ケ崎ノアが牢屋敷前の壁に描いた絵。
牢屋敷に拉致された少女たち14人をモチーフとした蝶が飛び交っている。
今後絵を増やしていく予定らしく、今のところ他の絵はない。
・腐ったリンゴ
食堂のフルーツかごに放置されていた、沢渡ココの配信で蓮見レイアがレイピアを用いて貫いたであろうリンゴ4個の内の1個。
前日まではまだ食べられる状態だったのだろうが、現在は腐ってしまっていて食べられそうにない。
・ココの配信アーカイブ
娯楽室にて行われたココの配信のアーカイブ。
ゲストとしてトウカが参加しており、手作りのトランプでババ抜きをしていた。結果はトウカの全勝。
21時30分に終了している。
【
☆10
アートット 出汁巻き豆腐 おとうふSP
☆9
鏑木さん 桜 テス
お気に入り登録やここすき、感想など大変励みになります、ありがとうございます。
今後とも何卒よろしくお願いします。
現時点で怪しいのは誰?
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桜羽エマ
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二階堂ヒロ
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夏目アンアン
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城ケ崎ノア
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蓮見レイア
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佐伯ミリア
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宝生マーゴ
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黒部ナノカ
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紫藤アリサ
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橘シェリー
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遠野ハンナ
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沢渡ココ
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氷上メルル
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尾形トウカ
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ゴクチョー