従順少女ノ魔女裁判 作:夏目
レイアを発端とする少女たちの自己紹介は、概ね滞りなく完了したと言ってしまっても問題はなかった。
囚人番号658番、
囚人番号659番、
囚人番号660番、
囚人番号661番、
囚人番号662番、
囚人番号663番、
囚人番号664番、
囚人番号665番、
囚人番号666番、
囚人番号667番、
囚人番号668番、
囚人番号669番、
囚人番号670番、
囚人番号671番、
総勢14名。トウカは檻房の部屋割りが【囚人番号順である】と推測していたのだが、しかしこの推理は間違っていたらしい。ほんの少しだけ肩を落とした。
……こんなことを考えるのもどうなのかなと、トウカは思っていたが。しかしどうにも色々と思うところがあったのか、たまらずといった風にレイアへと話しかけてしまっていた。
「蓮見さん、蓮見さん。ちょっといい?」
「ああ、トウカくんか。どうしたんだい?」
「このお屋敷、クセが強い子ばかりを集めて拉致する場所なのかな」
「……まあ、うん……一概に否定はできない意見だね、それは……」
スケッチブックでの筆談を介してしか会話を行わない者。今なお好き勝手に部屋の内装を入れ替えている者。どう見ても殺傷能力のある銃を持っている者。お嬢様口調が再現できていない者。探偵を名乗る者。明らかに不良な者。妖しげに微笑む者。一人称が【おじさん】な者。こんな状況でも動画配信を企てる者。
狙って集めないと、ここまで多種多様な人格のものが集められることはないはずだ。となれば、ここに集められたものたちは【無差別に招集されたわけではない】。
(何か【法則】があるのだとすれば……)
やはり、メルルが使用しようとしていた
と、顎に手を当てながらそんなことを考えていたタイミングで。天井に設置された小さな格子(一応はサンルーフということになるのだろうか? しかしその先には2階の天井が見える)から、先ほどモニターから聞いた声が響いた。
「──あっ、人がいっぱい……えっと、改めまして……この【屋敷】の管理を任されております、
「ッ……さっきの、フクロウ……!」
途端にざわつき始める少女たち。それもそうだ、いきなり拉致されたと思えば、次に現れたのは人語を用いるフクロウ・ゴクチョーだったのだから。
トウカ自身も驚きを隠せない。モニターでゴクチョーが話しているのを見た時は、フェイストラッキング等でフクロウの皮を被っているだけだと思っていたのだが──まさか、そのまんま【フクロウそのもの】だったとは。
(……この屋敷では、常識は通用しないと考えた方がいいかな?)
トウカが考え込んでいる間にも、ゴクチョーは淡々と語り続ける。
曰く、私たちは【魔女】になる【因子】を持っている。
曰く、【魔女】は国に災害をもたらす害悪である。
曰く、私たちは【魔女因子】を多量に有している。
曰く、いずれ【魔女】になる者を野放しにはできない。
故に、私たちはこの【牢屋敷】に収監された──と、つまりそういうことらしい。
トウカとしては、自身が【魔女】になるだなんて話は到底受け入れ難いものである。ゴクチョーが牢屋敷の設備や、看守である【なれはて】の説明──逆らったら殺されるらしい──をしていたが、そんなことはもはやどうでも良かった。
(先ほどゴクチョーさんは牢屋敷の管理を【任されている】と言っていた。それに【国家】という単語から考えるに、
つまり、表立って脱獄等を企てるのは得策ではない。いやまあ、トウカは
そんな感じで、トウカは呆気なく現状を受け入れてしまったのだが。しかし一部の少女はそう簡単に割り切ることもできなかったらしく。
そして、その筆頭が、二階堂ヒロだった。
「……私が、【魔女】? いいや違う、私は魔女などではない──この国に災厄をもたらす危険因子は、
「っ……!」
ヒロは不機嫌なのを隠そうともしないで、他の少女……桜羽エマを指差し、声高に糾弾した。
そういえば先ほど、檻房から出た直後にも何やら二人は揉めていた。何か浅からぬ因縁があるらしい。メルルがエマを気遣っていたので、トウカはひとまず成り行きを見守ることにした。
「あの、頼みます。【悪者】同士仲良くしてください。でないと──」
「私は【悪】ではない。いやむしろ、この世界を正すことができるのは私だけだ」
「──はあ。困るんですよねえ、そういう強情なの……」
直後、ヒロは
剣呑な気配を隠そうともしていないからだろうか。トウカには、この後の展開がなんとなく読めてしまった。
(なるほど、なるほど。二階堂さんは
「私はこの世の悪を排す。まずは──お前からだ!」
直後駆け出すヒロ。視線の先にいるのは、エマとメルル──そして、
が、しかし。ヒロの敵意が向いていたのはエマに対してではなく、この場で最も【
振り下ろされた火かき棒は看守に命中し、その血液が中空を赤く彩る。どうやら異形と化しても血液は流れているらしい。
「死ね! 死ね! 悪は死ね!!」
倒れ伏した看守に対して、ヒロは何度も火かき棒を振り下ろす。何度も、何度も、何度も……周囲の少女たちは、その尋常ではない様子に気押されてしまって、言葉を発せずにいた。
──と、その時。
トウカの視覚が、信じられないものを捉える。
(……看守が、
すわ殴られた反動で動いているのかとも思ったが、しかしどう見ても看守は
看守に逆らえば、殺される。先のゴクチョーの説明が正しいのならば、この後に訪れる展開は一つしかない。
(…………)
結末は、分かりきっていた。
だからトウカは、ヒロのことを──。
──庇うことにした。
トウカは看守が未だに生きているのだということを、ほとんど直感で理解していた。それから、このままではヒロが看守によって殺害されるのだということも。
(それは、ダメだ。目の前で人が殺されるところをみすみす見過ごすことは、私には、どうしたって、できない)
駆け出したトウカはそのまま勢い任せにヒロとぶつかり、彼女を転倒させる。それと同時にその手から火かき棒をかっさらい、
「ぐっ……君は、どういうつもり──」
「二階堂さん、それにみんな。
直後。
鋭い風切り音が、ラウンジに響き渡って。
「…………えっ?」
尾形トウカの、首が宙を舞った。
死の間際。首を切り離されてから、その命が絶えるまでの刹那。トウカは幾億倍にも引き延ばされた時間感覚の中で、様々なものを目にした。
頭部を失い間抜けなシルエットの胴体。
驚愕に目を見開くヒロの姿。
中空を彩った、迸る鮮血。
悲鳴をあげる少女。
凄惨さに目を瞑る少女。
無感情に佇む看守。
──ああ。どうか。
私の無駄な行動が。
私の無意味な絶命が。
私の無価値な人生が。
(どこかの誰かの、お役に立ちますように)
宛先のない願いを遺して。
尾形トウカは、その人生に終止符を打った。
──見守ることにした。
直後。
当然のように起き上がった看守は、そのまま鎌を振り下ろし。
そして、二階堂ヒロの首元に、赤い線が走る。
トウカはその時、一瞬だけ、時間が止まったかのような錯覚を感じた。
「キャアアアアッ!!」
悲鳴を上げたのは、果たして誰だったのか。
ただ茫然と立ち尽くし、ヒロが命を無意味に散らす瞬間を見ていただけのトウカには、それが分からなかった。
(……助けに入っていれば、助けられたのだろうか)
そんなことを考えても、今となっては後の祭りだった。
だって、【時間を巻き戻す】ことなんて。
誰にも、できないのだから。