従順少女ノ魔女裁判 作:夏目
──トウカが【殺人事件は起こさせない】と宣言してから、既に
……いやまあ、いくつか事件が発生したりはしたのだが。例えば不良少女ことアリサが脱獄を企てた結果、屋敷の地下1階に存在する【懲罰房】に入れられたり。お絵描きが大好きな
他にもタロット占い師ことマーゴがエマにちょっとだけ意地悪なことを言ってみたり、ギザ歯
舞台女優であるレイアや自らを「おじさん」と呼称するミリアなど、他の面々に比べればいくらか冷静な少女たちは、さしたる問題を起こしていないというのが、ひとまずの救いではあった。
それはそれとして。
この三日間、常に気を張り続けていたトウカは、極度に疲労していた。
「……みんな、元気があって、個性的で──うん、これこそ、【青春】って感じなんだろうな……」
「そう、なのかな……? 【青春】ってこんなにも大変な物なんだっけ……」
「そうだとも、そうに違いない。こういう混沌こそが【青春】ってやつなんだと思うよ、桜羽さん。黒部さんもそう思うよね?」
「……探し物を手伝ってもらっている手前、こんなことを言うのも何だけれど、あなたたちは何か【青春】を勘違いしていると思うわ」
トウカとエマの発言に苦言を呈したのは、小銃少女こと黒部ナノカだった。どうやら何か大切な物をなくしてしまったということで、それを探すのを手伝っている所である。
時刻はお昼過ぎ。一日に三回訪れる【自由時間】のうち【二回目】。12〜15時の三時間で、ナノカの落とし物を見つけてしまおうという算段だ。
ナノカは銃を持っているので、やはり二人としては少し怖気付いた部分もあったのだが、しかしどうしてもナノカが
トウカが「頼ってくれて嬉しいよ、よろしくね!」と言いながらナノカと握手をした時、即座に「もう少し睡眠を取ったほうがいいと思うわ」と寝不足を看破されたのには流石に驚いたようだったが。
ちなみに、シェリーとハンナも捜索には参加している。二人は今頃、牢屋敷の二階を探し回っているはずだ。メルルは【医務室】で未だ体調不良のアンアンを看病している。
そういうわけで。
三人は現在、中庭を捜索している最中である。
「いやしかし、黒部さんの方から私たちに頼み事をしてくるとは思っていなかったよ」
「……それはどうしてかしら、尾形トウカ」
「黒部さん、何だか私たちとは
「まあ、紛れもないただの事実ね。実際私は、大半の【魔女候補】たちとは距離を置いているわけだし」
あっけらかんとそう言ってのけるナノカ。本日のトウカの聴覚は【不調】ではあったが、しかしそれでも、五感に頼らずとも、その言葉が本心であるというこたははっきりと理解できた。
というか、普通であればそれが正常なのだ。
マーゴしかり、アリサしかり──こんな状況(殺人事件がいつでも起こりかねない、という意味)であれば、出会って三日の赤の他人など、信用する方が無理というものである。
「……それなら、ナノカちゃん。どうしてキミは、ボクたちを信用してくれたの?」
「桜羽エマ。間違いを訂正させてもらうのだけど、私は別に、あなたたちを完全に信用したわけではないわ。蓮見レイアの派閥よりも【行動力がありそう】だから。それだけのことよ」
「そ、そうなんだ……?」
「ええ。今ここで嘘をついても、どうせすぐに【バレるだけ】だもの──でしょう? 尾形トウカ。あなたならその程度のことは造作でもないはずよ」
「トウカちゃん、ナノカちゃんはこう言っているけど……。それって、本当なの? その、【読心術】みたいなのが使えるのかな?」
「そうだなあ。昔からそうなんだけど、私は【色々考える】とか【服芸】とか、そういうのは何でか苦手でさ。だからまあ、
「……その態度だけで返答としては十分ね」
それだけ言って、ナノカは再び中庭の草木を掻き分けて失せ物の捜索を再開する。その様子を目にしたエマとトウカの二人も、木の上や噴水の周辺など、ありとあらゆる場所を捜索し始めた。
……実際には、トウカは完璧には他人の嘘を【見抜いたりすることはできない】。できてせいぜいが顔色から【表情から感情を察する】くらいだ。
だけど、ナノカが【トウカは人の嘘を見抜ける】と思ってくれているのならば、わざわざそれを否定する理由もない。極端な話、ナノカに真実を話してしまえば、彼女を経由して他の【魔女候補】の少女たちにトウカの
もしかすると、
だから本当ならば、トウカはこの牢屋敷の誰とも関わるべきではない……とはいえ、それはそれ、これである。
だって、形はどうあれ
どんな形であれ、
どうにかして応えてあげたいと思うのは、ごくごく自然なことだった。
──結局。ナノカの探し物……リボンは見つからなかった。三時間たっぷり使って様々なところを探し回ったのだけど、それでも駄目だった。
それはエマたちだけではなく、シェリーとハンナの二人も同じだったようで、そろそろ自由時間の終わりも近いということで、泣く泣く解散という顛末になったわけである。
そして、トウカが1階から地下1階へと向かう階段を降りようとしたところで。突如として、ナノカが後ろから声をかけてきた。
「尾形トウカ。あなたに一つ、聞きたいことがあるのだけど……構わないかしら」
「えっ、今……って、ああ。
「ええ、そうよ。その様子を見た限りだと、どうやら【嘘がわかる】というのは【嘘】だったようだけど」
「…………」
「別に気にしなくていいわ。その【嘘】はここで生き延びるためには必要なことだもの」
トウカは一瞬だけ身構えたが、しかしナノカに敵意がないことだけはしっかりと理解できたので、すぐさま肩の力を抜き、安堵のため息をついた。
しかし、自分に聞きたいこととは何だろう? トウカはその辺りの疑問を氷解させるため、ナノカに質問の意図を尋ねることにした。
「それで、質問があるなら何でも答えるよ。私は意味のない嘘はつかないから、この言葉は信じてね」
「……それなら。尾形トウカ、あなたはあの時──なぜ自ら一番に殺されかねないような言葉を吐いたのかしら」
「…………それ、聞いちゃう?」
「必要なことよ。それに【質問には何でも答える】と言ったのはあなただったはず」
なるほど鋭い質問だ。
トウカは少しだけ頭を抱えたくなった。
「ゴクチョーが言っていた通り、この牢屋敷では【魔女化】したものによって【殺人事件】が引き起こされる可能性が極めて高い。だというのに、どうしてあなたは、あんなに目立つ形で【誰も殺させない】なんて宣言してしまったの」
「うん、その通りだ」
「もし仮に少女Aの殺害を企てている少女Bがいたとして。その時【
「それもまた、その通りだね。分かってたよ」
「……それなら、あなたはどうして──」
「私は誰にも死んでほしくないから」
珍しく、トウカはナノカの言葉を遮ってまで自分の意見を主張した。
この牢屋敷で三日も過ごせば分かることだが、トウカは人の話を基本的に遮らない。必ず最後まで言葉を聞いてから、それから話し始めるのだ。
だというのに。
それでもトウカは、ナノカの言葉を遮った。
「私は誰にも死んでほしくない。だけど、そんな綺麗事だけじゃやっていけないんだろうなってのも薄々気付いてる」
「…………」
「牢屋敷中を探し回って気付いたことがいくつかある。それは【前回】ここに閉じ込められたであろう少女たちの【痕跡】──つまりは、【魔法】だね」
「…………」
「きっと今まで、何度も同じことが繰り返されてきたんだ。止めようとした子たちだっていたと思う。団結しようとした子たちだっていたと思う。でも、結果は変わらなかった……んだと思う」
「…………」
「私はああやって啖呵を切りはしたけれど、それでもやっぱり、心のどこかで【お前にそんなことができるわけない】って思ってる。私は考えるのが苦手だから、多分今回も失敗するんだろうなって思ってる」
「…………」
「だから、本当の狙いは【殺人事件を起こさせないこと】なんかじゃないんだよ。黒部さん、私の言いたいこと、もう分かってくれたかな? これ以上自分の口から説明するのは、何だか恥ずかしくってさ」
「……それ、は──
尋常の様子では考えられないほど、苦しげに表情を歪めるナノカ。突如として彼女の鉄面皮が剥がれたものだから、トウカは内心ぎょっとした。
だって、そうだろう。
先ほどまで、あんなに冷静だったナノカが。
黒部ナノカは。
「あなたの、狙いはッ──【
「……【正しい】だなんて、口が裂けても言えないよ。ただ単に、私の頭で考えつく最善の策はこれだったってだけで……それに、それだけのリスクで確実に一人守れるんだから──」
「【誰か】は守れても【あなた自身】を守れていないでしょう……!」
ナノカが胸ぐらを掴み上げる力はどんどん増していく。トウカは軽く振り払おうとしてみたが、しかし抵抗すればするほど、ナノカは逃がすまいと力を強めた。
一体この作戦のどの部分が、ナノカの逆鱗に触れてしまったのだろうか。トウカはあれこれ考えてみたものの、しかしついぞ【答え】に辿り着くことはなかった。
何故なら。
(……このまま行くと、階段から落ちる……っ!)
先ほどからトウカたちが話し込んでいたのは、1階から地下1階へと下る階段の前である。そんなところで揉み合えば、【最悪の結果】にだって発展し得るだろう。
そして、その【最悪の結果】は。
避けようもないほどに、眼前まで迫っていた。
激昂している現在のナノカが、トウカの話を素直に聞いてくれるかは分からない。というかそもそも、そんな悠長なことをしている暇はない。
故にトウカは、考えなければいけなかった。
この状況を脱するための手段を。
(そんなの、
必死に考え抜いた末に、トウカは──。
──必死にもがくことにした。
今なお胸ぐらを掴まれているトウカは、そこから逃れるべく必死で抵抗する。もちろん、ナノカが自分に害意を持っているとは露ほども思っていないが、それはそれとして、このままでは二人とも危険だからだ。
「ちょっ、と……落ち着けっ……!」
「っ、なにを……!?」
だからトウカは、必死にもがいて、ナノカの手から逃れるために、必死に突き飛ばして、必死に、必死に、必死──だったのが、いけなかったのか。
ナノカを【突き飛ばした】はずのトウカの方が、どうしてか【突き飛ばされていた】……。いや、違う。その表現は正確とはいえない。
トウカがナノカを突き飛ばした時に、【バランスを崩した】。
ただ、それだけのことだった。
ただ、それだけのことだったのに。
それはまさしく、【致命的】だった。
「尾形トウカっ!!」
トウカの本日の聴力は【不調】だったというのに、それでもなおはっきりと聞こえるほどの声量で、ナノカは叫んでいた。
必死に手を伸ばしているのが見える。表情は悲痛だった。先ほどまで激怒していたというのに、想像していたよりもナノカは表情豊かな少女なのかもしれなかった。
そんな風に、ころころと変わる表情は、いつまでだって見ていられそうなほどに、年相応の、あどけなさが残っていて──。
(…………あれ)
──だから。
(あれ……おかしいな)
この場合は、きっと。
(私、何をしていたんだっけ)
【誰が悪い】とかじゃなくて。
(というかここ、どこだっけ……)
【運が悪かった】だけなのだ。
(
尾形トウカは後頭部から落下し、【首の骨が折れた】。いつもなら、受け身の一つくらいは取れたのかもしれないが、しかし。トウカは現在、気を張り詰めていたために
(……視界の角度がおかしいのに、痛みを感じない──【魔法】が、勝手に発動しているのか)
意識があるならばまだ生命は首の皮一枚で繋がっているのかとも思ったようだが、しかし明らかに
そして、その最後の数秒。
踊り場に倒れ伏すトウカの視界に写ったのは。
駆け寄ってきたのだろうナノカの足と、地面を濡らすいくつかの水滴だけで。
(……ああ、でも。こんなことで【死ねる】ってことは、わたしは、【魔女】じゃなかったって、ことなんだ)
少しの寂しさと。
(よかったぁ)
一抹の安堵を抱えて。
(わたし、は────)
尾形トウカは。
無意味に、命を散らした。
……黒部ナノカが、その後どのような結末を迎えたかは、語るまでもない。
──あえて、身を任せてみた。
ナノカは別に、トウカを殺そうとしているわけではないのだ。だから、今の彼女は【魔女化】しているわけでもないし、まして【正気を失っている】わけでもない。
だから、何も恐れることはないのだ。
ただ、ナノカに身を任せていれば──。
「……はあ。何が何でも、意思は曲げないつもりなのね、あなたは」
──こんな風に。すぐさま冷静になってくれる。
とにかく。トウカの意図するところはナノカにしっかりと伝わったようだし、彼女もひとまず(呆れ半分とはいえ)納得してくれたようだった。
だからトウカは、言葉を継いだ──
「ごめんね、黒部さん。私にはこれくらいしかできることがなくて──」
「尾形トウカ。あなたがそういうつもりなら、私にも考えがある」
「──えっ?」
「【自己犠牲】とか、本当に、本当に本当に、腹が立つことこの上ない……。だから、
「なんで?」
突然訳のわからないことを言い始めたナノカに対して、トウカは首を傾げざるを得ない。
いまいち言っていることの意味も、その結論に至った理由の方も、トウカはまるで理解が及ばなかったが……。しかし、どうやらナノカが、トウカのせいで変な結論に落ち着いてしまったらしいということだけは理解ができた。
「あなたが【自分にできることをやる】なら、私も【自分にできることをやる】だけよ……そろそろ自由時間も終わりね、また夜に落ち合いましょう」
「えっ? あっ、ああ、うん……?」
何だか押し切られてしまった気がするが、しかしまあ、【守ってくれる】ということは、別に悪いことではないし。それにこれは、ナノカと仲良くなるチャンスかもしれない。
トウカは能天気にもそんなことを考えつつ、檻房へと帰って行った。
【
☆9
西蓮寺琴音 Hiinoki
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