従順少女ノ魔女裁判 作:夏目
アリサにリボン捜索の協力を要請してから、トウカたちは一度牢屋敷に戻り、そして現在は【二回目】の自由時間となっている。
相変わらずリボンは見つかっていないので、この時間は牢屋敷前に広がっている【森】の辺りを探してみようかと、二人はそう考えていたのだが。
そこには、二人の先客がいた。
「このっ、離しやがりなさいませですわ、このゴリラ女!!」
「いいじゃないですかー、一回だけ試してみましょうって! 一回だけ、ねっ!」
「……えーっと、橘さんに遠野さん、これは一体どういう状況なのかな……?」
「あっ! ハンナさん見てください、トウカさんとナノカさんも見学に来てくれましたよ!」
「見てないで早く助けてくれ、ですわー!」
眼前では、シェリーとハンナが何やら【揉めている】ようだった。どうやらシェリーがハンナに抱きついて、何かを懇願しているようだったが……合流したばかりでは一体何が起きているのかなど、知る
トウカが横をちらりと【見て】みると、ナノカはいつもの無表情で二人を【観察】していた。それからトウカの視線に気付いたのか、ナノカは「……どうかしたのかしら」と小首を傾げる。
「ううん、何でもないよ……ところで遠野さん、今は一体どういう状況なの?」
「見ての通り、ですわ! シェリーさんがその【怪力】を使ってわたくしを【上空に投げ飛ばそうとしている】んですの!!」
「ちーがーいーまーすーよー! ただちょっと、ハンナさんの【魔法】が上空で発動した場合、【その場で滞空】するのか【徐々に高度が下がる】のか確認したいだけなんですってばー!」
「それ見たことか! 結局わたくしを投げ飛ばそうとしているじゃありませんか!」
……この二人はいつもこんな感じなので──というか、シェリーがいつもこの調子でハンナを振り回しているので、もはやこの二人の揉め事は牢屋敷の【名物】となっていた。まだ三日しか経っていないのに。
ともかく。この二人がこうして言い合っていること自体は、さして問題ではない。むしろこの場合問題なのは、
そしてその疑問を、ナノカも有していたようだった。
「一つ聞きたいのだけれど、遠野ハンナの【魔法】は【浮遊】──これは間違いないのよね」
「ええ、そうですわ。というかわたくし、二日ほど前に食堂で披露した気がするのですけど?」
「そういえばそうだったわね。尾形トウカの【感覚強化】の印象が強すぎて、うっかり忘れてしまっていたわ、ごめんなさい」
「あなた、ひっぱたきますわよ……」
そう言うとハンナは両の手のひらに息を吹きかけ始めた。まあ流石に冗談なので、本気でひっぱたこうとしているわけではない……と、トウカは【見て】判断した。
一方ナノカは「……しょうがないわね」みたいな表情を浮かべながら、頬をさすっている。ひっぱたかれる準備は万端だった。どうやらナノカには、冗談があまり通じなさそうである。
「いや、本当にひっぱたくわけがないでしょう……ではなくて! そこのお二人、早くわたくしをこのゴリラ女から解放してくださいまし!」
「えー、ゴリラ女じゃなくて【妖精さん】って呼んでくださいよお」
「あなたのどこが【妖精さん】なのよ! とにかく、トウカさんにナノカさん! 二人がかりであればきっとどうにかなりますから!」
「話がズレたけれど、どうして遠野ハンナを上空に投げるという発想に至ったのかしら、橘シェリー」
「無視!? あなたさてはわたくしのこと舐め腐ってやがりますわよね!?」
「ま、まあまあ遠野さん、一旦落ち着いて……」
「これで落ち着いていられるとお思いなのかしら!!」
トウカの制止も虚しく、きいぃっと悔しげな声を上げながら暴れるハンナ。しかしシェリーの拘束をふり解けるほどの力はなかったらしく、徐々にその反抗も弱々しいものになっていく。
一方のシェリーは、あいも変わらずにこにこしながら「随分と元気がいいですねえ」みたいなことを抜かしている。どう考えても火に油を注いでいた。
……それからしばらくして。
暴れすぎてぜえぜえと肩で息をしていたハンナが、ぽつぽつと語り始めた。
「はあ、はあ……し、死ぬ……すう、はあ。質問に答えるまで一生拘束されそうですから、大人しく答えますわよ……」
「ありがとう、助かるわ、遠野ハンナ」
「なんでこういう時だけ素直なんですの……まあいいですわ。ことの発端は、わたくしが【もう少し空を高く飛べたら、ナノカさんのリボンがもっと見つけやすくなるかもしれない】と思ったことですのよ」
「……へえ? それだけ聞くと、どうしてこんな挙句になっているのかまるで分からないね……」
「もちろん続きがありますのよ、トウカさん。ほら、わたくしの【魔法】は、【浮遊】とは名ばかりで……ちっとも
「食堂でお披露目した時も、10
「ああ……合点がいったわ。つまり私のリボンを探すついでに、遠野ハンナの【魔法】が
「そういうこと、らしいですわ。わたくしは別に、今のままでも構わないと言っていますのに……。ほんっと、余計なお世話ですわ! ふんっ!」
そうは言うものの、ぷいっと顔を背けたハンナの頬にはほのかに朱がさしている。案外彼女も乗り気だったりするのかもしれない。
つまるところが、照れ隠し。
自分の【魔法】が気になって気になって仕方がない──ということを、誰にも【悟られたくない】のかもしれない。
トウカはなんだか、微笑ましい気持ちになった。
「……そ、その顔は何なんですの、トウカさん? そんな風ににっこり笑われましても、わたくし困るのですけれど……」
「いやあ、その気持ちなんとなく分かるなあって」
「……いや別に、わたくしは別に、【魔法】のことなんてまったく気になっていませんからね? 本当ですから」
「ハンナさんハンナさん、トウカさんは別に一言も【魔法】の話なんてしてませんよ?」
「そうね。私が聞いた限りだと、尾形トウカは【魔法】という単語をただの一度も口にしていないはずよ」
ハンナはしまった、という顔をするがもう遅い。3対1、あまりにも分の悪い勝負──どころか、もはや勝ち目なんてなかった。
そのことに気づいたハンナは、しばらくの間何か反論しようと口をはくはくと動かしていたが……、そのうち逆転の一手が何も考え付かなかったのか、がっくりと
「そうですよ、そうですわよ……! 不謹慎かもしれませんけれど、わたくしこの牢屋敷に来てからは【魔法】を隠す必要もなくなりましたから、いっそのこと鍛えまくってやろうと思っているんです、何か文句がありやがりますかしら!!」
再び大声を出したハンナはやはりぜえぜえと肩で息をしていて、トウカとしてはもう少し安静にした方がいいんじゃないかみたいな、少し的を外した意見しか出てこなかった。
シェリーは楽しそうにしているし、ナノカも少しだけ口角が上がっている気がする。トウカだって、吹き出しそうになるのを必死で堪えている有様だった。
トウカは思った。
これが、これこそが。
いわゆる【青春】というやつなんじゃないのか。
夢にまで見た、【青春】なのではないだろうか。
馬鹿みたいに馬鹿やって、馬鹿馬鹿しいことで馬鹿笑いする。何にも考えてなくたって、他に何にもなくたって……、こうして仲睦まじく過ごせているのならば、それだけできっと幸せなんだろう。
牢屋敷に閉じ込められたことは最悪と言ってもいいところだったけれど、しかしそのおかげで、こうしてみんなと出会えているというのもあって。
(……色々と、複雑だなあ)
トウカはそう考えつつも、やはり皆と出会えたことそれ自体には、感謝の心を送った。
──ちなみに。
結局この後、ハンナは上空へと投げ飛ばされた。
シェリーのコントロールや力加減は完璧だったし、ハンナの【魔法】はしっかりと発動して、【上空で滞空】するという目的自体は完璧に達成された。
ただし。ナノカのリボンは見つからなかったし。
ハンナは着地に失敗して、膝を擦りむく羽目になった。
……だけど当のハンナ本人は、膝のことなんて気にしないで、きらきらと目を輝かせながら、興奮気味に上空からの景色を語っていて。
シェリーも、トウカも──恐らくはナノカでさえも。
きっとその姿を見て、温かい気持ちになったはずである。
今日もまた、牢屋敷は平和そのものだった。
【
☆9
Pokoter せろリーヌ 食べかけの春雨 トリニティの閃光弾 rinngoame
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