従順少女ノ魔女裁判   作:夏目

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【第九審】飛行→技巧

 

 

 

 シェリーがハンナを上空に投げ飛ばし、【魔法の実験】と称したじゃれあいを終えたところで、トウカとナノカを含めた四人は【医務室】を訪れていた。

 

 理由は単純、着地の際にハンナが膝を擦りむいたため、念には念を入れて傷口を消毒するためである。傷口から病原菌が入れば、碌な設備があるかも怪しいこの牢屋敷では死に直結しかねない。

 

 そういうわけで、四人は医務室へと足を運んだわけだが。そこには先客──というかもはや【住人】──である、メルルとアンアンがいた。

 

 それ自体はさして驚くことでもない。何故ならアンアンは体調を崩して(とこ)に伏せがちだし、メルルは彼女の看病をほとんど付きっきりでやっているからだ。

 

 だからこの場合、トウカたちを驚かせたのは。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アンアンちゃん、大丈夫……? のあのせいでこうなっちゃったからには、一生懸命付きっきりで看病するからね!」

 

 ──城ヶ崎ノア。ストリートアーティスト〈バルーン〉の正体であり、アンアンを医務室へと送り込んだ張本人であるとも言える。

 

 三日ほど前。ノアが檻房中の物体という物体を全てスプレーで真っ赤に塗りつぶすという事件が発生したのだが、その見た目のインパクトや匂いのせいで、同室であるアンアンが貧血を起こしてしまったのだ。

 

 どうやらアンアンはあまり気が強くないようで、少し驚いたりするだけで、息が荒くなったりするらしい。憶測でしかないが、【スケッチブックでの筆談】を用いて会話を行うあたり、もしかすると肺が弱かったりするのかもしれない。

 

 今だって、アンアンは『暑苦しい、離れろ。付きっきりの看病とは体を密着させるという意味ではない』と、スケッチブックにそう書いてノアに見せている。

 

「えー、そうなの? アンアンちゃん、のあ、間違えちゃった?」

 

『間違いだ、大間違いだ! そもそもわがはいは肌寒いわけでもなければ人肌が恋しいわけでもない!』

 

「それじゃあ、どうすればいい? お水飲ませてあげよっか、お布団干してあげよっか──あっ! アンアンちゃんのスケッチブックに【お絵描きしてあげる】なんてのはどうかな? どうかな!」

 

『名案を思い付いたみたいな表情をするな。このスケッチブックはわがはいのものだ、ノアには、というか誰にも渡すつもりはない!』

 

「えー、けちー……」

 

『お前絵が描きたいだけなんだろう!』

 

 いっそ見事な殴り書きだった。筆談だけで感情を精緻に伝えることができるというのは、それはそれで一つの【特技(スキル)】のような気もする。

 

 一方ノアの方は「なんで書かせてくれないんだろう」みたいな雰囲気を醸し出しながら頬を膨らませている。一生懸命看病すると言った時の彼女はどこへやら、すっかりお絵描きのことで頭がいっぱいだった。

 

 そこでトウカは、ふとメルルの方を見やる。看病疲れからか、簡素な椅子に腰掛けたまま船を漕いでいた。無理のないことだろう、彼女はほとんどの時間をアンアンの看病に(つい)やしている。

 

 医務室に関連して、【特別な規則】が二つある。それは【拘束時間であっても体調不良者や傷病者等は医務室への滞在が許可される】ということと、【一人までは介助の付き添いが許可される】ということである。

 

 その規則のおかげで、メルルはアンアンの看病を付きっきりで行うことができたわけだが、しかし裏を返せば、その規則のせいで()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 

 献身は確かに美徳だし【正しい】けれど、行きすぎればそれもまた【間違っている】ということになるのだろうか。【身を尽くす】と【身を削る】は違うよなあ──トウカはらしくもなくそんなことを考えつつ、ノアの肩にぽんと手を置いた。

 

「あっ、トウカちゃん! えっとね、のあはまだ、お腹空いてないよ?」

 

「ああいや、うん。今は別にご飯を持ってきたわけじゃないからね……」

 

「ああ! そういえばトウカさん、檻房から出てこないノアさんのために、毎食ご飯を持って行っていましたね!」

 

「なるほど、その結果【刷り込み】が成功したと言うことね──さながら、パブロフの犬のように」

 

「その例えは流石にどうなのって思うのですけど……犬って!」

 

 後ろがやかましかったが、トウカはさして気にも留めなかった。

 

「というか、聞いてよトウカちゃん! のあ、アンアンちゃんのスケッチブックにお絵描きしてあげたいんだけど、だめだって言われちゃって……」

 

「……城ケ崎さん、いきなりお絵描きはダメだよお。書かせてってお願いするにしても、ちゃんと看病してから。一生懸命、夏目さんの看病するんでしょう?」

 

『そうだ。わがはいは忘れていないぞ、ノアが【一生懸命看病する】と言っていたのを。やれるものならやってみろ』

 

「アンアンさん、あなたどうしてそんなに上から目線でいられるんですの……」

 

 そう言いながら、ハンナたちはぞろぞろと入室してきた。アンアンはそれに対して筆談で反応を寄越そうとしたが、しかしハンナの膝に痛々しく滲む血を見てしまったらしく、眉を顰めて青ざめていた。

 

 どうやらかなり血が苦手らしい。

 かくいうトウカも、血はそこまで得意ではない。痛々しいのは苦手だ。

 

「夏目さん、大丈夫?」

 

『……問題ない。何のようだ、ハンナ』

 

「見ての通り、ですわよ。牢屋敷の外で転んでしまったので、念のため消毒でもしておこうかとこの医務室を訪れたのですわ」

 

「その反応を見るに、もしかしてアンアンさん、赤とか血とか、そういうのが苦手なんですか? シェリーちゃんとしては、その辺り気になりますが」

 

『苦手などではない。ではないが……いきなり血を見せられると、一気に身体が芯から寒くなる』

 

 強がってそう言いつつも、アンアンはどう見ても気分が悪そうだった。擦りむいた膝から滲む血だけでこうなるのだから、部屋中真っ赤に塗りつぶされたりなんかしていたら、失神もやむなしといったところだろう。

 

 悪気がなかったとはいえ、しょうがないことであるとはいえ……現状を作り出してしまったハンナは気まずそうだった。視線をあちこちに飛ばし、明らかに落ち着きがない。しかし服は汚したくないらしく、スカートは持ち上げたままだった。

 

 そんな風に、しばらくの間静寂が場を支配して──それから、その静寂は、ノアの声によって破られることとなる。

 

「……アンアンちゃん、もしかして【血が怖い】の? 血が怖いから、調子が悪くなっちゃうんだ……」

 

『……だから、怖いというわけでは』

 

「それならさ、【血が怖くなければ】、アンアンちゃんもきっと元気になれるよね!

 

 直後、ノアが(おもむろ)に【筆】を取り出したかと思うと、その筆先が【()()()()()()()()()()()()()()()()()()】。

 

 そして。

 ノアが、()()()()()を発する。

 

「この牢屋敷で流れる【血】は、ぜーんぶ蝶になっちゃえ!」

 

 直後、医務室全体が──否、()()()()()()()()()()()が、【ほのかな光に包まれた】。トウカたちは目元に手を(かざ)し、その光をほんの少しだけ遮って。

 

 そして、光が収まった頃には。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……なんっ、なんですの!? わたっ、わたくしの膝が、膝が!」

 

「ほっほーう……、いやはや、ノアさんの魔法、いくらなんでも凄まじすぎますね!」

 

「感心していないでどうにかしてくださいまし! いや、確かにこの【赤い蝶】は幻想的とも言えますけれど、わたくしの傷口から続々と蝶が生まれてくる絵面はギリギリでホラーが勝っているのですけど!!」

 

 ハンナは膝に張り付いている蝶を慌てて払うが、しかし次から次へと小さな蝶が現れ続けるだけで、なんの解決にもなっていなかった。

 

 そうしてハンナが自らの膝と格闘し続けることおよそ5分。医務室の中には五、六頭の赤い蝶が舞っていたが、やはり彼女の膝には七頭目の蝶が引っ付いたままだった。

 

 それを見たノアは満足げな笑みを浮かべている。どうやら自身の【魔法】が望み通りの結果をもたらしたことが嬉しかったらしい。

 

「えへへー、のあの【魔法】すごいでしょー? でも、()()()()()()()()()使()()()()んだけどねー」

 

「城ヶ崎ノア、あなたの魔法は確か【液体操作】……だったかしら」

 

「へえ、城ヶ崎さんの【魔法】、噂には聞いていたけど、まさかここまでのものとは……」

 

「なんてったってノアさんはあの〈バルーン〉ですから! いやあ、いいもの見れましたね、ハンナさんのドジに感謝です!」

 

「いいから早くこの蝶をなんとかしてくださいですわ!」

 

『ノア、早くなんとかしてくれ。このまま騒がれるとわがはいの体調が悪化する』

 

 ハンナの大声にうんざりした様子でアンアンがスケッチブックを見せる。するとノアは、笑顔で人差し指を頭上に掲げた。

 

 しばらくすると、ノアの人差し指に七頭の蝶が集い。それから医務室に備え付けられている【流し】の方に移動すると、彼女の指に集っていた蝶が全て【元の血液に戻った】。

 

 ノアの指には元に戻った血液が付着していてもおかしくはなかったが、しかし【彼女の指は白魚のようにたおやかだった】。血が染み込んですらいない。

 

 シェリーはそれを見てすごいすごいと騒いでいるし、ハンナも【魔法】の凄まじさに興奮気味だった。

 

 と、そこで突如として口を開いたのは、ナノカだった。

 

「……城ケ崎ノア。少し、指を見せてもらってもいいかしら」

 

「んー? えへへ、いいよー」

 

 ナノカはノア本人に許可を取り、その手に慎重に触れる。そして、どうしてか()()()()()()()()()()から、ゆっくりと手を離した。

 

 それから何故か【しばらく迷った様子】を見せて、やはり口を開くのをやめたらしく、一言「ありがとう」とだけ口にした。

 

 当然ノアの方としては、どうして突然そんなことをされたのか疑問が残る。トウカが【見た】限りでは、やはりその表情は疑問一色だった。

 

 もちろん、ナノカもそれは分かっている。

 だからこそ、行動の理由を説明することにしたらしい。

 

「……城ケ崎ノア。私たちが【リボン】を探しているのは、あなたでも知っているわね」

 

「うん、知ってるよー? でもそれが、どうしてのあの指を触ることに繋がるの?」

 

「それは……私の【魔法】が【幻視】といって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……えっ、それじゃあ黒部さんが私と握手してくれたのって、もしかして──」

 

「ええ、直接触れれば触れたものの過去を見ることができる──()()()()()というだけで、別に確実に見れるというわけではないわ。実際、あなたに触れた時も、何も見えなかったし……」

 

「──じゃあ、のあの時は【何か見えた】の?」

 

「……ええ、見えたわ。それも、とんでもないものが」

 

 いっそ清々しくそう宣言するナノカ。

 それを聞いたノアは、心配そうな表情を隠しもしない。

 

(何か、見られたら困る【過去】でもあったのかな……)

 

 トウカはそんな風に考えていたわけだが。

 すぐさま、ナノカは語った。

 

 触れてしまった、ノアの【過去】に──。

 

「城ケ崎ノア。あなた──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「えっ、ええっ!? なんのことかなー! ぴゅー、ひゅー!!」

 

「やかましい!!【メルル以外全員出ていけ】!!」

 

 ノアの驚愕すべき過去がナノカによって語られた直後。突如としてメルル以外全員の体が【意思に反して動き出し】、そして医務室の外へと足を動かし始めた。

 

「わがはいの【魔法】は軽度の【洗脳】──騒ぐくらいなら出て行かれた方がましだ! だから【早く出ていけ】!」

 

 ……そんな感じで。

 色々と有耶無耶になったまま、二回目の自由時間は終わりを告げた。

 

 

 











共犯者(評価者)様紹介(敬称略)
 ☆9
 あみたいと Ⅳ肆③ 橋本さん




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