へんなところ見聞録   作:百万回エタった猫

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あなたはへんなところにいる。

 

 あなたは今深い森の中に居る。

 太陽の光が地面に届かない程に鬱蒼とした森だ。ジメジメと湿気が多く、コケやキノコが巨木にモサモサと生えている。

 地面には獣道すら無く、鳥の鳴き声すら全く聞こえない。

 

 キチキチ、あるいはギチギチと。あなたの後ろで巨大な顎を鳴らすクワガタのような虫しか生き物の気配は無かった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 あなたは日本の某所に自宅を構えていた。ギリギリ首都圏と言える位置の一軒家。今は亡きあなたの母親の父親が所有していた一軒家とその周囲の土地を相続していた。

 あなたは今年で20歳になる。だが、あなたの家族と呼べる存在は皆死んでしまった。自分と、兄弟、両親、その両親。親子三世代で旅行に行った際、不慮の事故で……否、()()()()()()で、家族は全員死亡し、あなたは名前を失った。

 家族全員の葬式を上げ、()()()()()な遺体を全て灰にして代々の墓へ埋葬した後の事。あなたは()()()()()()の現場に向かった。

 

 ()()には何もなかった。事故で飛び散った筈の家族の血も、砕け散った車の破片も、それどころか『道路』も、『自然』も、『空』さえ無かった。

 そこには、奇妙な事に【何もない】があった。

 あなたは【何もない】に向けて、体をねじ込んだ。家族と同じところに行きたかったのか、あるいはそうでないのか、今となっては分からない。あるいは何も考えていなかったのかもしれない。

 【何もない】先へ、体をねじ込んだ瞬間。景色が……否、()()()変わった。

 その世界を正しく認識する事はあなたには不可能だった。目まぐるしく移り変わる赤や藍、紺、白。ぐるぐる回る自分の身体。ねじ切れそうな紐になってしまったように伸びる自身の身体。それは、まるで()()()()()になった家族の死体のようであった。

 

「―――」

 

 声が聞こえた。

 可聴域を超えた音であった()()を、確かに声と認識した。

 声の出処へ向かって、ぐにょんぐにょんになった腕を伸ばす。すると、何かに触れた。

 

「―――」

 

 

 

 

 

「―――♥」

 

 

 

 

 

 あなたが伸ばした腕が、何かに捕まれた。

 そして、目まぐるしく移り変わっていた景色が、固定された。

 辺りは、まるで夕暮れの神社のようであった。あなたが知る限り、この近くには神社は無く、また時刻もまだ正午を過ぎた辺りであった筈だった。

 ふと、紐のように伸びていた腕が元に戻っている事に気が付いた。あなたの腕の先、掌を恋人のように繋ぐ存在が居る事に気が付いた。

 

「―――♥」

 

 ()()は、恐らくヒトであった。腕が二本、脚が二本。顔には目が二つあり、鼻が一つあり、口が一つついている。

 恐らくヒトであったと思うが、その()を正しく認識することが出来なかった。

 わしわしと確かめるように手を揉む存在の柔らかさは、まるで本当に恋人に出会ったかのような感覚をあなたに想起させた。

 

「―――♥」

 

 ()()があなたの腕を優しく引っ張り、神社の建物内へと連れていく。

 あなたは抵抗しようと思えば出来たと思うが、何故か抵抗する気が起きなかった。

 神社の戸が開かれると、その内側は外観からでは全く想像が出来ない程に豪奢な空間であった。まるで西洋の城を思わせるような純白の石畳、その上を覆うふわふわの赤いカーペット。壁にはキラキラと輝く宝石のようなランプが点燈され、天井一面に夜空を想起させる絵が描かれていた。

 カーペットの上をふわふわと歩いていくと、奥にも豪奢な扉が鎮座していた。

 色とりどりの宝石と金……のようで少し違うピンクの輝きを放つ金属で装飾された扉であった。それが勝手に開くと、中は昔の日本を思わせるような畳の部屋であった。

 その部屋の中では複数人の女が同じ服を着て、顔に大きな札を張り付けて正座してあなた達を迎えた。女である、と判断出来たのは、その髪の長さと服を押し上げる豊体であった。

 

 手を引かれるままに部屋の中へ連れていかれ、部屋の真ん中に鎮座していた巨大な布団の上に投げられる。

 衝撃の一切を漏らさず吸収した布団の上で、あなたは()()を見上げる。すると、()()の着ていたものが空間に融けるように消えていき、そのまま()()はあなたに覆いかぶさる。

 ふわりと、どこか懐かしいような匂いが鼻に届いた後。あなたの意識がそのまま()()()

 視界に映るもの、耳に届く音、鼻に入る匂い、その全てを認識していても意識が出来ない。

 指先からてのひら、腕、肩。足の先から足首、腿、股関節。髪も、目も、鼻も口も、そして心臓も。あなたの全てが融け、()()と【一つ】になっていく。

 

 

 

 そうして、再び意識をとりもどしたあなたは自宅のベッドの上に居た。

 あなたは、この世界とは異なる()()()()を知覚する感覚を得た事を理解した。

 あなたは、自分が死んでも大丈夫であることを理解した。

 あなたは、()()()()がどうなっているのかが気になった。

 

 そうしてあなたは、旅の準備を始めた。

 

 

 

 日本の某所、とある巨大な駅の中。あなたはリュックサックを背負って立っていた。

 道行く人はあなたの事を、何処かへ旅行する人なのだろうと思っている。

 あなたは、駅の中のとある掲示板に触れる。すると、あなたの存在は唐突に消えた。周りの人達は、貴方が突然消えた事に対して一切驚いていなかった。まるでそれが当然の事であるかのように認識していて、次の瞬間には忘れていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 あなたは今深い森の中に居る。

 太陽の光が地面に届かない程に鬱蒼とした森だ。ジメジメと湿気が多く、コケやキノコが巨木にモサモサと生えている。

 地面には獣道すら無く、鳥の鳴き声すら全く聞こえない。

 

 キチキチ、あるいはギチギチと。あなたの後ろで巨大な顎を鳴らすクワガタのような虫しか生き物の気配は無かった。

 あなたは後ろを振り向き、自身の身体よりも遥かに大きなクワガタ虫を撫でて、その口元に日本のコンビニで買ったパンを寄せる。

 大きなクワガタ虫はギチギチと顎を鳴らしながら、何処か嬉しそうにパンをモサモサ食べていった。

 

 

 あなたは、この大きなクワガタ虫と顔見知りである。

 

 




ねこです。

書いてる小説に感想が来ないので、怒りの別作品投稿します。
こっちは普通の全年齢向けです。よろしくおねがいします。
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