カリスマチート転生者先輩 in 北宇治 作:山田太郎
おっす!松宮響16歳です。今日は部活動見学初日。原作よろしく入学式は校門で演奏を披露したけど、結構な生徒が立ち止まってくれた。今年も30人くらい入ってくれるかな?
音楽室でサンフェスの曲を吹いていると、入り口ドアの窓に傘木さんの顔が見えた。窓の下枠の方から目元より上だけをひょっこりと覗かせていて可愛らしい。
演奏がストップするのと同時に立ち上がり、入り口に向かう。なんだかアワアワとしているけど、演奏が止まったタイミングで勝手に入ってくれていいのに。次から看板だけじゃなくて外に誰か立たせるか。
「傘木さん、それからみんなも入りなよ」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「「「よろしくお願いします!」」
近づいて気づいたけど、傘木さんのさらに後ろに隠れるようにして南中の後輩たちがいた。うーん、ポニテ先輩はまだいないのか。彼女も傘木さんが連れてくるのかな。
「あと中川夏紀っていう友達も見学したいと言っていました。初心者だからちょっと気が引けちゃったみたいで……」
「そうなんだ。歓迎するよって伝えておいてくれる?今日は大丈夫だけど、仮入部の日は来てもらえないと楽器希望出せないから」
「分かりました」
まあ僕の推しキャラ第1位ですからね。歓迎しますよ。みぞれも仮入部の日には来るかな?
「早速だけど見学者が来てくれました。自己紹介は2度手間になるから今日はいいかな。みんなは普段通りの練習をするよ」
「てことで、あそこの椅子使っていいから。あ、あと帰る時は何も言わないでもいいからね」
「「「はい」」」
そんな感じで1時間ほど練習して休憩。見学組は8人全員残ってくれていた。そこに田中がダル絡みしにいく。
「ねえねえ君たち、もううち来るのは確定してる感じ?楽器は?低音やる?」
「あはは……。私たちは吹部に入るつもりです。えっと、低音は残念ながらいないです」
「そっかー。まあ高校デビューも待ってるよ!」
「あすか、その子たち困っちゃうからそのへんにして」
「い、いえ大丈夫ですよ」
「ほら〜」
「あすか!」
苦笑いしている後輩たち。田中と小笠原が近づいたからか、他の部員も見学組に話しかけに行く。
「うちにきたらよろしくねー」
「サックスの子いる?」
「トランペットも足りないよー」
見るからに困っているけど、まあいいか。先輩と険悪よりずっといいよね。
☆
そしてついに迎えた仮入部&楽器選択!
なんと25人もの部員が入部してくれた。原作だとこの世代は人数が減りすぎて不利なスタートだったからな。この人数を保っていきたい。しかし、今のところかなり順調に戦力アップできているんじゃなかろうか。本当に今年は関西に行けそうだな。
あ、フルートパートは傘木さんと井上さんの2人が入ってくれた。人気なパートなのに少なくて悲しいが、僕たちの代が4人*1だからね。今のバランス的にはいいか。再来年に人が揃っていればいい。花形なのに人不足だったサックスやトランペットが補充されて良かったと考えよう。
低音にはしっかりポニテ先輩らしき子もいた。しかし相変わらず低音は人気がなく、低音全体で3人の新入生。コントラバスは0人のまま。チューバが3人になったから別にいいっちゃいいけど。部員数が67人しかいないから、今年の1年生は結構コンクールに出ることになる。それも来年、僕たちにとっての本番の力になるだろう。
今年から僕は1年生指導の名目で、キーボード片手に定期的に各パートを回っている。そして今日はトランペットパートにやってきた。実は僕にはある目的があった。今日はそれを達成したい。そのためには……。
「あ、あの先輩。そんなに見つめられると恥ずかしいです……」
「いいから続けて」
「えぇー!?」
「へぇ〜?」
そのために僕は加部さんをガン見していた。中世古はニヤニヤしているがそういうのじゃないから。
「……僕はトランペット吹かないから分からないけど、加部さんは力みすぎじゃないか?顎が歪むよ」
「……?」
「高校からのスタートは大変だよね。中世古もちゃんと基礎から教えてあげて」
「うん、分かった。ごめんね」
「い、いえ!よろしくお願いします」
☆
今年のサンフェスは上手くいった。校庭は1回しか取れなかったけど、各パート毎に空き教室でできるだけ練習していたから、なんとかものにできた。小さい子供が結構いたから、これがきっかけでうちに来てくれたらいいなあ……。その時には黄前先生か?なんか黄前先生の物語も普通に見たいんだよな。終わり方としてはめちゃくちゃ好きなんだけどね。
そしてサンフェスから1週間後、コンクール課題曲自由曲の楽譜を配るというので音楽室に全部員が音楽室に集められた。
「ふむ。揃っていないパートはあるか?……ないようなので、これからコンクールの課題曲自由曲の楽譜を配る。各パートリーダーは楽譜をとりにこい」
先生の元へ行くと、パート毎にまとまった楽譜を渡された。
「よし、枚数を確認して問題があれば手を挙げろ。……大丈夫そうだな。この後のパート練習で配布してくれ。そして、次が大事な話だ」
このタイミングで大事な話?もしかしてこの時期に梨香子先生はいなくなるのか?
「我々……というより梨香子先生*2だな。今年から方針を変えるようだ」
まさかオーディションをやるのか?いやでも今年は年功序列とそんなに変わらない結果になりそうだけどなあ。
「1年2年と頑張った生徒をコンクールに出すのは変わらないが、ソロパートは1年生から参加できるオーディションで決定するとのことだ。また、各々の技量確認や1年生から出す人員を決定するために、全員オーディション自体は受けてもらう。そこでソロを希望する者は同時にソロオーディションも行う形だ」
「では私からの話は以上だ。失礼する」
まだどの楽器にソロがあるか分からないけど、これは意外と多くのパートに影響するかもしれない。もう殆どの楽器で2年生がエースだからなあ。
そしてなによりオーボエだ。オーボエは確実にみぞれになる。てか現実になって分かったけど本当にあの子上手すぎる。これでまだ覚醒していないってマジ?この子は唯一1年生でのソロになるだろうし、その相手は3年生ではなく2年生。
僕は3年生たちの反応を見る。大丈夫、全員しっかりと受け止めているみたいだ。と思っていると、オーボエの原田がみぞれに話しかけるのが聞こえた。
「鎧塚、ちゃんとオーディション受けてね。私は譲られても嬉しくないから」
「……はい」
ここはみぞれの方が心配かもしれない。
☆
オーディション当日、パート練習に向かう途中、原田に呼びとめられた。
「松宮、私ソロになれると思う?今年も、来年も」
「正直厳しいと思う」
「だよねえ」
「でも、この1年見てきたから僕は応援しているよ。原田のソロ聴きたいよ」
「ありがとう。あのさ、私は今年だって全国金獲る気だよ」
「そうだね。僕も今ならいける気はしてる」
「お互いソロオーディション頑張ろう」
「おう」
僕たちは拳を合わせた。
原田と別れたあと、教室に向かう。パート練習では傘木さんと井上さんの1年生コンビがそわそわしている。僕たちフルートは自分で言うのもなんだけど、部内の精鋭集団だ。周りからもそう見られていると思う。1年間僕がみっちり育ててきた彼女たちは全員がかなり上手い。
2、3年生を全員出す関係上、一部のパートに若干の偏りがある。余裕のあるフルートはピッコロ含めて4人か5人までに抑えられるだろうから、この2人は片方しか出れないか、最悪両方出れない。
「フルートパート、音楽室前で待機して〜」
「分かった。じゃあ行くよ」
「「「……」」」
他パートから呼ばれた僕たちは移動を開始する。そういえばみんなソロは受けるのかな。気になったけど今は聞かないでおくか。
そして音楽室前に到着して間も無く僕の名前が呼ばれた。
「それじゃ」
「がんば」
☆
今日はオーディション結果発表の日だ。といっても、緊張しているのはパート内で複数人がソロオーディションを受けたという人と1年生だけ。
ただ来年は完全実力制になると考えると、今年のうちからそれに慣れておきたかった感はある。今年の1年生なんかは特に不公平さを感じそうだ。
今も松本先生が機械的にコンクールメンバーを発表している。
「……傘木のぞみ」
「はい!」
「以上5名」
「っ……」
「ソロパートは松宮響に担当してもらう」
「はい!」
やはり井上さんは落ちてしまった。僕たちでフォローしなければ。コンクールに出ないのはパート内で1人だけだからね。
「……続いてオーボエ。原田桃」
「はい!」
「鎧塚みぞれ」
「はい」
「……以上2名。ソロパートは原田桃に担当してもらう」
「え……。は、はい」
「うむ。以上だ!私は職員室にいるので何かあったら呼んでくれ」
松本先生はそう言うと、音楽室を出ていった。
何かが起きている。原田を応援していたのも、彼女が上手いのも本当だけど、みぞれが負けることはまずない。1年生だから?梨香子先生は何を……。
そこまで考えたところで、原田に話しかけられたみぞれの微妙な反応を思い出した。ソロオーディションを受けていないか、わざと下手に吹いた?後者は彼女の性格から考えにくいから、あるとしたら前者か。
原田に失礼な考えだが、本人も困惑しているように、実力差は明らかだった。全員じゃなくとも、部員の間でその事実は広まっていた。だから、次に起こることも決まっていた。
「鎧塚、今年は私の勝ちだね」
「……はい」
みぞれは顔を背けながら肯定する。教室中が2人に注目している。
「……ソロのオーディション、受けなかったの?」
「……」
やっぱりそうだ。みぞれは嘘が苦手だ。沈黙は肯定と同じだと知りながら、口下手なのもあいまって誤魔化すこともできない。
「どうして?譲られても嬉しくないって言ったよね。ただの牽制だと思った?」
「……コンクール、好きじゃないからです」
「……じゃあ、私のために譲ったの?」
「……」
そこでみぞれは一瞬だけこちらを向いた気がした。一方、原田は明確にこちらを向いた。
「松宮くんやみんなは来年全国金獲ろうって言うけど……。私は今年だって獲りたい。10人になった先輩たちの努力は知ってる。なにより、2年生のみんなと獲れるならいくらでも獲りたい。だから!ベストを尽くしたいの。コンクールが好きじゃないのは分かった。でも、私が納得して本番にいけるように、オーディションを受けてくれる?私が先生に頼むから、お願い」
「……いやです」
「1年生だから知らないかもしれない。府大会銅の弱小校が、何をと思うかもしれない。でもみんな本気なん」
「知ってる!」
みぞれは遮るように大声で答えると対面の原田を乱暴に払いのけ、俯いたまま音楽室を飛び出していった。
「「みぞれ!」」
「あー、ここは小笠原よろしく!」
突然の出来事に呆然としてしまい、追いかけるのが遅れた。僕と傘木さんが廊下に出た時には、みぞれは階段のある通路に入り、見えなくなってしまった。
走りながら考える。ここでこのイベントが?傘木さんは全く関係なかったけどな……。
「先輩、私はこっちに……」
「いや、こっちだよ。場所は分かるから」
「分かりました!」
傘木さんからしたら何の根拠もない僕の推測だが、傘木さんも焦っているのかあっさりとついてきた。原作では上の方の階の端にある実験室のような教室にいた。ここに来てから得た知識と合わせると、あれは物理実験室だろうか。
そうしてたどり着いた教室。僕も焦っていて、タイミングも訳も違うのに原作で逃げ込んだ部屋にいると勝手に断定していたことに今更気づいた。
どうかいてくれと思いながら教卓の方に回り込むと、丸い頭が見えた。折り曲げた膝に顔を埋めて小さくなっている。こちらにも気づいていないようだ。
僕はできるだけ優しい声色を意識しながら話しかける。
「みぞれ、どうしていきなり逃げ出したんだよ」
「怒鳴っちゃったから、みんなの顔を見れなくて。それに、あそこにいたら、全部聞かれそうだから」
顔を上げて答えてくれた。原作ほど追い込まれてはいないようで、泣いた様子もなくて安心した。ただ敬語が抜けて幼い頃のようだ。
「そっか。コンクール、いやなの?」
「分からない。でも、努力しても報われないのはいや」
「僕たちが報われないと思うの?」
「……そうなるかもしれない。全部無駄になるなら、響さんの願いを叶えたいと思った」
「願い?」
「聞いたの。原田先輩のソロを聴きたいって」
え、それが原因なの!?確かに1年間ともに頑張ってきた原田のソロは聴きたい。でも、それとみぞれのソロを聴きたい気持ちは共存するし、みぞれにソロを降りてほしいなんて一切思わない。
「みぞれの思いは分かったよ。でも、」
「分かるわけない!……私、人が苦手。松宮教室に行くまでずっとひとりぼっちだった。発表会のあとや時間が被った日にご飯を食べたり、二重奏したり、みんな私にも構ってくれて、色んなことを話してくれて楽しかった。響さんもレッスン後に色々教えてくれたり、フルートを聴かせてくれたり……本当に嬉しかった。でも、高校受験を控えた子たちが辞めはじめた。私には唯一の特別な場所なのに、みんなにとってはそうじゃない。……そこにいる私も、ただの友達の1人でしかない」
「ただの友達の1人だから、大切じゃないの?君があの子たちを思うように、向こうもふとした時に君のことを思い出しているんじゃないかな。環境が変わって、会えなくなるのは仕方ないよ。子供のうちは経済的にもそうだし、どうしても新しい場所でできた関係にいっぱいいっぱいになる。僕だって海外でずっと仲良くしていた2人とはもう長い間連絡すらとっていないよ」
「でも、響さんはずっといるのに私を誘ってくれなかった。希美が私を吹奏楽部に連れていってくれた時も、本当に嬉しかった。だけどそれと同時に、数年間一緒にいても響さんは誘ってくれなかったんだって、少し悲しかった。それに、やっぱり希美にとっても私はただの友達の1人だった。私は何年かけても、特別な人たちの特別にはなれないことが分かった。……原田先輩は違う。たった1年の関わりで、響さんがソロを聴きたいって。もし私がソロになって、響さんが嫌な反応をするかもしれないって考えると怖かった」
いや、誘わなかった件は本当に申し訳なかったというか、なんだろう、入ってくるって知っている子をおいでおいでって言うのはなんか違うというか……。傘木さんとのイベントを踏んで欲しかったというか……。
なんと言うべきか考えていると、傘木さんが話し始める。
「みぞれは自分が特別じゃないって言うけど、私はみぞれのこと好きだよ。優子たちも大事だけどさ、同じくらい。みぞれは、私が優子とみぞれをそれぞれどう思ってるって考えてるの?何が違うと思ってるの?」
「希美と吉川さんはいつも賑やかで楽しそう。私と話している時とは違う。それに、私と話していてもすぐに他の人のところに行く。希美は、私が可哀想だから話してくれてる」
「そんなことない。確かに最初、吹奏楽部に誘う時はそういう考えもあったかもしれない。でも今は大事な友達だよ。みぞれはあまり自分から話してくれないからさ。言ってくれないと何も分からないよ。みぞれは我儘だよ」
「……」
「……それに、みぞれのことを可哀想だなんて思うわけない。努力してるのは知ってるけど、私が吹奏楽部に誘ったのに……気づけば私よりずっと上手くなってる。松宮先輩も、みぞれのオーボエは特別だと思ってる。ですよね?」
「あ、うん。ピアノも上手いけどオーボエは天才だと思う」
「ほら。松宮先輩が天才って言うのは自分のピアノとみぞれのオーボエくらいだよ。……どうして私がみぞれのこと可哀想だなんて思うの?寧ろ羨ましいくらいだよ」
あ、ここで嫉妬心素直に打ち明けるのか。この子も色々と変わったのかな。みぞれにとって特別ではない人代表のデカリボンがここにいないから話が難しいな。てかまだ2人は関わりないんだ。ポニテ先輩とデカリボンはどうだろう。
と、僕は場違いなことを延々と考えていた。こういう時って現場にいるのにふとした瞬間に他人事みたいな思考になるよね。クラスで先生が怒っている時、ふと晩ご飯なにかなって考える瞬間がある。
「あー、話戻すけどさ、みぞれはコンクールに向けて努力してる時、何も感じなかったの?1年生2年生の時は全国行けて嬉しくなかった?私は関西銀で悔しかったけど、それに向けて努力した日々はとても大切なものとして残ってるよ」
「私も、響さんや希美と一緒に吹けて楽しかった」
「じゃあいいじゃん。全国金獲れなかったら無駄になるかなんて分からないし、そもそもあとで考えればいいんだよ」
2人の話は終わったかな。
「そもそもみぞれは、どうして離れたからその人との関係は終わりと思うの?ピアノ教室の子たちだって、きっかけがないだけで君と会ったらまた話してくれるよ。僕たちはまだ高校生だから分からないけど、同窓会で再会した友達とまた連絡をとりはじめたとか、果ては結婚したなんて話はよく聞くじゃん。環境が変わって離れるのは仕方のないことだよ。でもその気になれば会える。連絡先、まだ持っているでしょ?人が苦手って言うけど、その特別な人たちは苦手じゃないでしょ?」
「……」
「みぞれは特別な人たちって言う割に、受動的すぎるんだよ。傘木さんが言うとおり我儘だ。言ってくれないと分からないよ。僕が君のことを妹って言って、あっさりと否定されたことあっただろ?あれ意外と悲しかったよ。だから今は僕もみぞれの特別な人の1人であると分かって嬉しいよ。もちろん、今もみぞれは妹のように大切に思ってるよ」
「!……妹じゃない」
「今でもだめなのか……」
傘木さんがこいつは何を言っているんだ?という顔でこちらを見てくる。いや、精神年齢大人でありながら、肉体に引っ張られて子供な部分もあった僕は、とにかく大人ぶりたかった。だから、純粋に慕ってくる子どもたちというのは本当に可愛かった。アニメ効果で僕から見ると実際に顔もみんな可愛いし。それでみんな5年くらいは過ごしてるからね。
肉体に引っ張られるといえば、幼児のころにママー!パパー!って引っついていた記憶が今でも普通に残っていて、たまに思い出しては悶えている。忘れたい。
「あー、それで話戻すけど、誘ってくれなかったって話ね。なんというか、みぞれは僕が言ったら本当にやってくれそうだからさ。実際、当時は赤の他人の傘木さんに誘われてそのまま来たでしょ?本心がどうかも分からないのに吹奏楽部に入れるのは申し訳ないなって。高校に誘わなかったのは、うち弱小校だからね。これも誘ったら来てくれるだろうけど申し訳ないなって。みぞれや傘木さんなら絶対推薦あっただろうからさ。でしょ?」
「うん」
「はい」
まあこの2人の戦績は全国銅、全国銀、関西銀だからね。それでソロパート担当=世代で1番うまかったし。
「あとはソロの話ね。そりゃ1年頑張ってるの見てきた原田に吹いてほしいってのは当然だよ。でも妹……みたいな存在で、中学時代から、いやその前から頑張りを知ってるみぞれにも吹いてほしいと思ってるよ。この2つの思いは共存できる。みぞれもフルートソロを僕と傘木さんが争うって置き換えて考えてくれたら分かるよ」
「え!?そんな私が松宮先輩とソ」
「分かった」
ソロの件も解決した。あとはいつも通り、お願いしよう。
「じゃあ、僕にみぞれのオーボエを聴かせてくれるかな」
「うん。私は教室のみんなや希美のことを思って吹く」
「頑張ってね。あと敬語……はもういいか。小さい頃みたいで可愛いし」
「あ、ごめんなさい……」
「いや、いいって」
なんとか話はまとまった。ここまで苦労するとは、デカリボンのデカさを改めて感じたな。
そういえば、この子は3年からの音大受験で苦労していたよな。ここは兄心で一つ。
「それにしても、あんなに鬼のように練習していたのが僕たちのためか。可愛い子だな。僕はプロ奏者にでもなるつもりかと思っていたよ」
「……!そうしたら、響さんや希美は聴きに来てくれる?」
「流石に毎回は無理だけどね」
「私も時間が合えばきっといくよ」
「じゃあ、私プロになる」
「え!?……先輩が誘わなかった理由が分かりました。みぞれ、そんな簡単に」
「音楽はみんなが私にくれたものだから」
あれ、これ今更だけど2段階イベント踏んだか?原作ほど傘木さんに依存していないし、心の支えも多いからかな。
この時期から環境キャラである☆6リズと青い鳥 鎧塚みぞれ(超覚醒)が爆誕してしまうのか?
「本当に、自分でなりたいと思ってるの?」
「うん。はじめて、やりたいと思った」
「そっか。じゃあ、今日は時間あるかな?母に音大受験するって伝えにいこう」
「音大……」
「傘木さんも興味ある?」
「興味はありますけど、先輩やみぞれのことずっと見てたから、音楽で生きるのは私には無理だって分かっちゃいました。私は特別な存在じゃない。それに、プロにならなくたってフルートは続けられますから。先輩も、フルートじゃなくてピアノのプロになるんですよね?」
あれ、こっちも☆5リズと青い鳥 傘木希美(覚醒)になっている?うーん、フルートで勝てない僕がずっと上にいて、しかも僕はピアノの方が遥かに得意なんだって考えれば早くに諦めもつくか。
それはそれとして音大ね。行くならピアノ科なんだろうけど、僕はズルをしているから、本気でやっている人と仲良くなりたくないと思ってしまう。彼らのことを知ったらきっとコンクールなんて出れなくなる。
「あ、いや僕はまだ進路を決めかねているから……。まあ音大に行くならピアノ科かな?」
「え、あんなに上手いのに!?やっぱり才能って残酷だなあ……」
「傘木さんの言うとおり、音楽はプロにならなくても続けられるからね。あ、そうだ。僕の母より前におじさんおばさんに伝えないとダメだね。音大は受験も合格後もお金がかかるから。母には明日のレッスンで言えばいいよ」
「分かった」
「あと、みぞれから麗奈に伝えなよ。喜ぶよ」
「!うん」
「麗奈って誰ですか?」
「うちの教室の子。音大志望のトランペット吹き。来年北宇治に来てくれるらしいよ。教室の目標は僕、みぞれ、麗奈で3代連続全国金賞を獲ることなんだ」
「トランペット、すごく上手い」
「そうなんだ。優子も喜ぶだろうなー」
「……そうだね」
先輩とのトラブルなんてなかったから大丈夫かなと思っていたけど、デカリボンはしっかりと中世古信者になっているんだよな。ここでも事件は起きるか……?
「あ、あとみぞれ。音大ってどこ行きたいとかある?」
「分からない。でも、できるだけ上に行きたい」
「それなら母の母校が日本一で、多分母が大学でオーボエ教えてる人と連絡取れると思う。だけど指導してくれるってなっても、定期的に関東通わないといけないんじゃないかな。それとは別にこの近辺でも音大向けの指導してくれる人を探さないとね。部活との両立はかなり厳しい」
「……やる」
「そっか。なら本当に頑張ってね。本当に」
「分かった」
「……じゃあ僕は先に音楽室戻るよ。落ち着いたら戻ってきてね」
話は終わったので音楽室に戻ることにした。
「あー、私も先に」
「希美、待って」
「どうしたの?」
「ん、大好きのハグ」
「え?あはは」
……成ったな。
☆
音楽室に戻ると、原田と小笠原が残っていた。
「どうだった?」
「あの、私……」
「大丈夫。原田、多分みぞれからソロオーディションやらせてって頼まれると思う。頑張れよ」
「!うん」
結果報告を終えてパート練習の教室に行くと、またどうだったか聞かれたため、同じ答えを返す。
「大丈夫だよ。それより明日からみぞれのオーボエは凄まじいものになるかも」
「……?」
☆
次の日。今日はパート練習のあとに全体練習がある。音楽室に行くと、既に1年生により準備は完了していて、梨香子先生もいた。
「全員揃ったかしら。……では、2点報告があります。まず、今年はみんな本気で全国に行きたいとのことなので、私もそのつもりで指導することにしました。本番直前には日曜日も練習します。また、コンクールに出られない部員たちは松本先生が指導してくださります」
これには2、3年生からざわめきが生まれる。まあ元々あの方針も部員のためみたいなもんだしな。部員が全国目指すならそういう指導もしてくれるか。
うーん、練習環境って本当に大事だからなあ。今の1、2年生は全体的に見たら原作開始時の彼女たちと比較しても、下手すりゃこれ今の方が強いんじゃないですかね。3年生もそこそこ上手いし、先生も指導してくれるなら本当に全国いけるかもな。
「次に、オーボエソロについてです。昨日、原田さんと鎧塚さんからもう一度ソロオーディションをやらせてくれと頼まれまして、今日のパート練習中にソロオーディションを行いました。結果として、オーボエソロパートは鎧塚みぞれさんに決定しました。急な変更で申し訳ありません」
これはなんとなく分かっていたことだ。原田の方を見ると、晴れやかな顔をしている。みぞれも堂々と前を向いている。2人は大丈夫そうだな。
「では、練習を」
「あ、その前に。1年生から自分たちも朝練に出てもいいか聞かれたけど、全然大丈夫です。松本先生が朝の6時30分には職員室にいらっしゃるから、最初に来た人が鍵をもらって音楽室を開けています。来なくても責めないし、私も毎日行ってるわけじゃありません。連絡も不要です。先生、遮ってすみません」
「いえ、大丈夫よ。勉強と体調管理も怠らずにね。……では最初から」
あー、そういえば朝練ってみんな来てるけど体裁的には自主的なものだから特に1年生に話していなかったな。
☆
「いやー、先生結構厳しかったね」
「うん」
今はみぞれのことを母に報告するために帰宅中。母のレッスンに被らないよう、ファミレスで時間を潰した。あれからすっかり敬語はなくなってしまった。
みぞれのおじさんおばさんはやっぱり音大受験を許してくれたらしい。まあそれどころか娘の我儘に喜んでそうだよな。オーボエもより上位のものを買ってくれるらしい。みぞれ本人は遠慮していたが、僕からは受けることをお勧めしといた。全く同じ技量なら楽器の質が勝敗を分けるだろうし、予備にもなるからね。
「僕も、僕程度にはもったいないフルートを2本使ってるよ。それでどっちも新品同様ピカピカ。どっちも大事にすればいいよ」
「分かった。買ってもらう」
「それがいい。……着いたね。開けるよ?」
「大丈夫」
「よし。……ただいまー!」
「お邪魔します」
うちの玄関を開いて挨拶をしたが、母からの反応はない。
「多分防音室にいるね。このまま行こうか」
「はい」
防音室の扉からはピアノが微かに聴こえてくる。演奏途中に扉を開けるとたまに怒られるので、終わるのを待つ。
「じゃあ改めて。……ただいまー」
「お邪魔します」
「あらお帰り、みぞれちゃんも。音大受けるんだって?」
「え」
「お昼にお母様が挨拶に来たわよ。よろしくお願いしますって」
「……。えと、よろしくお願いします」
「はーい。みぞれちゃんならピアノは心配しないでいいわ。問題はオーボエね。私の母校行きたいんだって?」
「はい」
「大学でオーボエ教えてる人とは連絡取れるんだけど、音楽やってる人って基本プライド高いからさ。自分が指導した子が落ちた!とかなるのも嫌なわけ。音楽家のプロフィールって師匠の名前が載るでしょ?」
「はい」
「中1から部活で始めて高3までずっと部活を続けるつもりって言ったら多分反発されるのね。私はオーボエならそういう子もたまにいるんじゃないかと思うんだけど」
「……はい。でも部活は辞めません」
「ええ。だから部活やりながらでも行けるって示せばいいわ。2月3月にある全日本学生管打楽器コンテストってソロコンに出なさい。伴奏は響がやるから」
「え?ぼ」
「分かりました」
「そこで銅賞以上取ったら紹介してあげる。かなり厳しいけど、まあこれは私のプライドも関わってるわ。半端な子は紹介したくないから」
「はい」
「ここら辺でやってるオーボエ教室についてはご両親と探して。入る前に音大受験向けの指導ができるかどうかを先生に確認すること」
「はい」
「あと国語と英語ね。特に英語は将来役に立つから頑張って。それ以外は赤点取らなければいいわ。3年間大変よ」
「はい。頑張ります」
話はまとまったらしい。みぞれの3年間は本当に地獄だろうな……。英語くらいは教えてあげよう。てかそのソロコンって本当にかなり厳しいんじゃないか?いやでも、超覚醒したみぞれは演奏で人を泣かせるレベルだからな。そう考えると表現はトッププロとも戦えるくらいなのか?
「みんなには、私から言いたいです」
「あ、そう?それなら結構先になるけど、どうせならソロコンのお祝い会で発表しましょうか」
「はい!」
「じゃあこれからレッスンね。響は出ていいわよ」
「あ、はい」
☆
あれからみぞれはより一層オーボエの基礎練に熱が入っていた。表現力も凄いしな。彼女のソロパートは鳥肌が立ったよ。
さて、今日は府大会当日。正直関西に行けない気がしない。だけど油断はしないように。いや、緊張するよりは油断してるくらいの方がいいのかな。
「えーと、みんなこれまでの成果を出し切れば大丈夫。正直、ここで終わるわけないと思ってる。だからあまり気負わないように。……最後に部長から」
「え!?……私はみんなの努力を見てきた。私もここで終わるわけないと思ってる。絶対関西大会に行きましょう。それではみなさんご唱和ください。北宇治ファイト〜」
「「「おー!」」」
☆
あれから2ヶ月。僕たちは今、全国大会のリハーサル中。関西大会で全国大会出場校として北宇治の名が呼ばれた時のどよめきは気持ち良かった。だけどまだだ。北宇治が4年連続で全国に出場して、関西3強が崩壊する。今年はその始まりに過ぎない。
……いやまあ、めっちゃ嬉しかったけどね。はい。
「正直に言うと、はじめは今年ワンチャン関西行けるかもなーくらいに思ってた。だけどいつからか、あ、これ全国行けるなって確信してた。みなさんの努力を見ていたからです。ありがとうございました。全国の舞台だけど、気負わないように。最後に部長。……いや、3年生から」
そう言うと既に立ち上がっていた小笠原は引っ込み、3年生が顔を見合わせたあと、茅野先輩が立ち上がった。
「私たちは昨年まで、適当に楽しもうってだらだら過ごしてた。多くの同級生がおう……お勉強のために辞めた時から後輩たちに目を向けるようになった。なんというかすごい輝いてた。かっこいいなって思って私たちもそれを真似した。そうしたら凄く楽しくて。毎日しんどいけど本当に楽しくて。……うん、本当に楽しかった。1、2年生のみなさん、ありがとうございました。梨香子先生、松本先生も、ご指導ありがとうございました」
「……いえ、私の方からもありがとう」
「……ああ」
梨香子先生は吹っ切れたような爽やかな笑顔で、松本先生は右手で目元を隠しながら答えた。
「最後みたいになっちゃいましたが、これからの本番よろしくお願いします」
「先輩、あれやってくださいよ!小笠原の」
「え?あ、そっか」
岡部が茅野先輩にお願いする。あの愚痴ばっか言っていた岡部がなあ。
「えーと、それじゃあみなさんご唱和ください。北宇治ファイト〜」
「「「おー!」」」
本当に今年はもう大満足だ。原作が開始するまで、土の中で過ごすつもりだった。だけどもう、目標の一歩手前にいる。
だから、この結果も悔しくない。
☆
休みが明けて北宇治高校に登校すると、「吹奏楽部 全国大会銅賞」の垂れ幕があった。本当は悔しい。あそこまで行ったら、10人の3年生にも金賞を取らせたかった。
教室に入ると、みんなが祝福してくれた。でも喜びきれない自分がいた。本当に欲張りになったなあ。最初は2年間コンクールにも出ないつもりだったのに。
席に座ると、前の席の前田が話しかけてくる。
「松宮、お前本当にすごいよ。毎朝頑張ってたもんな。俺たちがグラウンドについた時にはもう吹奏楽部の演奏が聞こえるもん」
「ああ、ありがとう」
「来年の全国大会は俺も聴きに行くわ」
「は?なんでだよ気持ち悪い」
「はー!?お前酷いって。友達が全国金賞獲るって分かってたら行くだろ」
「!……チケット取るの難しいらしいけどね」
「頑張るわ」
こいつとも長い付き合いだしな。来てくれるというのならやぶさかではない。
そうして迎えた放課後。今日は2年生で今後の方針を決めるため、1年生は自由にさせている。
「てことで定演ね。定演係やりたい人いる?あ、先に言っておくけど僕は無理だよ」
「なんでー?」
「僕は今年もピアノのコンクール出るし、みぞれが定演の直前にソロコン出るから。それも音大志望のガチの子たちが出るやつ。僕も伴奏としてついていくけど神奈川まで行かないといけない」
「みぞれちゃんソロコン出るんだ!後で応援しよ〜」
「頑張ってほしいね。てか音大?」
「あの子上手いしね〜」
あの、僕は?
「話戻すけど、誰かやりたい?」」
「じゃあ私がやろっか?司会進行も私がやる。その代わり低音が活きる選曲にするけどいい?」
「僕はいいよ。じゃあ田中がやるので賛成の人」
「「「はーい」」」
「うん。じゃあ田中、定演係よろしく。1年は吉川さんが希望集めてるみたいだから、直接聞きに行くか中世古に聞いて。それと今年は3年生もコンクール曲だけ参加したいって。受験終わりから練習来るから」
「分かった。じゃあみなさん、定演係として精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
それに合わせてみんなが拍手する。ここまでは昨年通りで、僕にとっての本題はここから。
「それで、今年はみんな編成組んでアンサンブルコンテストに出ない?」
「アンサンブルコンテスト?」
「うん。何か目標があった方がやる気出るかなって」
僕は原作であったのと同じ話をして、結果的にみんなアンコンに向けて動き始めることになった。
「あ、ただみぞれは今回のソロコン、本当に進路に大きな影響出るからアンコンは出ないかも」
「進路に?」
「あー、まあ今はそっとしといてあげて」
「分かった」
☆
あれからしばらく経って3月。アンコン代表は僕らのフルート6重奏で全国銀賞だった。嬉しいけど金賞獲りたかった!リベンジは今年のコンクールでと誓いあった。
合間にあったことといえば、まず梨香子先生が産休に入った。本人は申し訳なさそうにしていたけど、全国金賞を獲るので安心して元気な子供を産んでくださいと言っておいた。実際、優秀な後任が来るからね。
そして、みぞれがソロコン本選に出場決定した。あと、みぞれは麗奈にだけ音大志望にしたことを話したらしく、大喜びしていた。小さい頃から彼女は音大仲間を欲しがっていたからね。
そしてその麗奈も話を聞いてソロコンに出たくなったらしく、こちらも中学生の部で本選に出場決定した。もちろん僕が伴奏する。
運がいいことにオーボエとトランペットの部は同日だったので、一緒に向かって一緒に帰れる。麗奈のトランペットの先生が引率してくれるらしい。随分気合い入っていたな。
それと前日はみぞれの親戚がご厚意で泊めてくれることになった。麗奈の先生は遠慮してホテルをとったみたいだけど。
あと僕も無事にピアノのコンクールで優勝した。今年も吹奏楽部は関係ないけど垂れ幕に書いてあった。学生コンクールではなく、大人も参加する国内最大級のものにでたけど、みんな慣れたのか去年ほど祝福はされなかった。そのせいもあるのか、僕に負けて泣いていた人の顔が頭からしばらく離れなかった。勝って良かったはずなのにな。
さらに今年は中3の時に2位をとった桜井雅子国際コンクールがある。周りからはリベンジを期待されている。特に両親には応援されていて、時期的にも全国大会よりあとだから問題ない。だけど、本当に大きいコンクールなんだよな。みんな血が滲むような努力をしているんだろう。
この桜井雅子国際コンクールの優勝者には、そのまま世界最高のピアノコンクールの1つと言われるトマシュ・ラスキ国際ピアノコンクールに本選から出場する権利を与えられる。僕はそんなことさえ知らなかった。
☆
無事に2人の演奏が終わった。僕の伴奏も2人もミスはなかったと思う。練習以上の出来だ。僕まで緊張してしまい、他の人たちの演奏をあまり聴けていないから分からないけど、かなり良いんじゃないか?
麗奈の先生は結構自信ありげな顔をしている。みぞれはどうなるかな……信じていないわけじゃないけど、とても不安だ。
「トランペットの部……中学生……銀賞、高坂麗奈」
きた!隣にいた麗奈の先生と抱き合って喜ぶ。ステージ脇から麗奈が出てきて、賞状と盾?トロフィー?を頂いて椅子に座る。
とりあえずほっとした。本人は銀で悔しそうだけど、本当にすごいことだ。
「あとは鎧塚さんですね」
「ええ……」
頼む、みぞれの進路がかかっているんだ。
「オーボエの部……高校生……銀賞、鎧塚みぞれ」
きたぁ!もう「よろ」まで呼ばれた時点で先生と抱き合って喜んでいた。ステージ脇からみぞれが出てくる。こちらは本当に嬉しそうな顔をしている。
良かった。下手したら自分のコンクールより緊張した。
「しかし麗奈ちゃんも鎧塚さんもストイックですね。銀で悔しそうです」
「?いやみぞれはかなり喜んでいますよ」
「ええ……」
嬉しそうな顔しているだろうが!
☆
明日には教室のお祝い会もあるけど、今日は新幹線までの時間潰しを兼ねて打ち上げとして焼肉屋にきた。麗奈の先生が奢ってくれるらしい。太っ腹だな。
「2人とも本当におめでとう!ご両親には連絡したかな?」
「はい、母からはもう返信があって、喜んでくれました。でも金を獲りたかったです。伴奏はあの会場で1番上手いはずだから」
「ありがとう。高校生になったらリベンジしようか」
「はい!」
「みぞれは?」
「2人とも喜んでくれた。これで先生を紹介してもらえる。良かった」
「何の話ですか?」
みぞれは人見知りして先生とはあまり話していない。
「あー、うちの母がですね、ここで銅賞以上獲れば音大の先生を紹介するって言ってたんです」
「え、厳し!ていうか、鎧塚さんはこれまで独学なんですか?」
「8月から、地元の教室には通っています」
「8月から……。しかもまだ1年生ですもんね。会場にいた子たちが聞いたら絶望しますよ。ちなみにオーボエ自体はいつから?」
「中1から、部活で」
「ええ……あまり言われて嬉しくないかもしれませんが、天才ですね」
「いえ。ありがとうございます」
いや本当に天才だよな。僕のピアノも周りからそんな感じで見られているのかな。
何故か麗奈が誇らしそうにしている。この子も見た目詐欺というか、中身は友達大好きでピュアな女の子だよな。
「でもいいなあ。僕も来年最後だしフルートで出ようかな」
「部活にピアノの国際コンクールに受験もあるから、スケジュールやばくないですか?」
「今受けても最難関校受かるくらい自信あるから勉強は大丈夫。音大行くにしても実技はすぐ対策できるかなって。だから実質やることは最初から最後までピアノとフルートの練習で変わらない」
「それなら響さんは両立……よんりつ?できるかもしれませんね」
「できる」
「ええ……この子が1番やばいのか……」
勉強に関しては本当に前世に感謝だな。辞書式記憶検索のお陰で暗記系は勿論、数学や物理の難問ですら一瞬で考え方見えてくるからな。そもそも参考書によっては全問題が記憶されていたりするんだけど。
「あ、先生はお祝い会来ますか?明日うちでやるんですけど」
「良ければお邪魔したいです」
「分かりました。ではそういうことで。今日はごちになりますね」
「あはは……加減してくださいね」
そして今は新幹線の中。麗奈と先生、僕とみぞれで2人ずつ分かれて座っている。
「みぞれ、明日辞めていった子たちもお祝いに来るって」
「!良かった」
「忘れられたわけじゃなかっただろ?オーボエ聴かせようね」
「うん!」
☆
そして今日はうちで開かれるお祝い会当日。辞めていった子たちも春休みだから集まってくれた。大人は大人組としてまとまって話している。
母は人の輪の中心に立っていて、みぞれと麗奈を呼んだ。
「はい、みなさん注目!この2人が今日の主役です。2人は全日本学生管打楽器コンテストという大会に参加してきました。一応説明しますと、学生向けのソロコンとしては国内トップのものです。小さい頃から楽器をやっていて、音大を目指すような子たちが出る大会です」
「「「おー」」」
銀賞を獲ったことはしっていても、そんなにすごい大会とは知らなかったんだろうな。母の言葉に会場がざわめいた。
「そこで、麗奈ちゃんがトランペットの部、中学生銀賞、みぞれちゃんがオーボエの部、高校生銀賞を獲りました。おめでとうございます!」
「「「おめでとう!」」」
拍手が鳴り響く。人数の割には狭い空間だからすごい響くな。
「では2人から何かありますか?」
「私から。ピアノとは関係ない賞ですが、このような会を開いてくださりありがとうございます。これからもプロ目指して頑張るので応援してください」
「「「おー」」」
頑張れよー!僕は大きく拍手する。
「みぞれちゃんは?」
「はい。まずは、ありがとうございます」
みぞれがぺこりと頭を下げる。
「私からは報告があります。私は音大を受けることにしました。この大会で銅賞以上を獲ったら、大学のオーボエの先生を紹介してもらう約束でした。無事に達成できて、良かったです。」
「「「おー」」」
ここでまた拍手があり、それが収まるとみぞれが続ける。
「……ありがとうございます。私は小さい頃からひとりぼっちで、この教室のみんなに救われていました。私は、音楽を通して知り合ったみんなを思いながら吹く。応援、よろしくお願いします」
「「「おー」」」
おじさんおばさん号泣してら(笑)……分かるよ(泣)
またまた起きた拍手が止んだところで、母がまた話し始める。
「改めて2人ともおめでとうございます。……ではみなさん、食事の前に2人が演奏を聴かせてくれるようなので、防音室に移動しましょう。伴奏は本番同様、響が担当します」
そうしてお祝い会は終わった。みぞれの演奏はみんなに会えたからか、また一段と凄まじかった気がする。この子は前向きな気分の時に良い演奏ができるタイプだよな。これから2年間本当に大変だろうけど頑張ってね。
来週の土曜日は定演だ。僕も頑張ろう。
☆
お祝い会の次の日、登校すると春休み中だというのにしっかりとみぞれの垂れ幕がかかっていた。「吹奏楽部 鎧塚みぞれ 全日本管打楽器コンテスト オーボエの部 銀賞」と、しっかり今回も関係ない……いや、これは吹奏楽部関係あるか。吹奏楽部はよく垂れ幕がかかっていて、強豪感が出ているなあ。
そして音楽室につくとみぞれがもみくちゃにされていた。僕を見つけると、「助けて」という顔でこちらを見てきた。
「おう、君たち本当にすごい賞だからね。本当に音大志望が集まるコンクールで、中学から部活でやってる子が高校1年で銀賞なんてなかなか獲れない」
「みぞれすごーい!」
「ねえねえ、定演でも吹かない?」
「みぞれー!」
みぞれはさらにもみくちゃにされ、諦めた表情で身を任せていた。
それを見ていた僕に、岡部が話しかけてきた。
「お前がそれ言ってもなあ……。定演今年は人どんくらいくるかな?」
「もしかしたら立ち見ができるかもね。全国銅だし、みぞれもやってくれたから」
「盛りすぎだろ。でも去年より人数も増えてできる曲も増えたし、楽しみだな」
☆
当日はほぼ満席だった。去年も8割ほど埋まっていたけど、今年は全員が僕ではなく吹奏楽部を目当てに来た観客たちだ。アンケートによるとリピート率が高い。
2部の最後にねじ込んだみぞれのソロコン曲はすごかった。狭いホールを包み込む音色に、これまで何度も伴奏している僕も鳥肌が立った。進化の勢いがすごい。感極まって泣いている観客もいた。2部と3部の休憩中の静けさは異様だったよ。やはり天才か……。
そして3部、その静けさを吹き飛ばすようにフルメンバーで数曲演奏して定演は終わった。大成功と言っていいと思う。今年来た人の多くがまた来年も来てくれるんじゃないかな。大ホールの方を借りることになるかもしれない。
☆
定演から1週間。早くも今日は入学式。
そして、原作が始まるのです。
繰り返しになりますが、コンクールについて参考にした大会はありますが、完全な別物です。
また、コンクールにつけた人名については完全に適当です。