カリスマチート転生者先輩 in 北宇治 作:山田太郎
あれから時は流れて僕たちは関西大会出場を決め、B編成も金賞で幕を閉じた。チームもなかは結成されなかったけど、彼女たちもコンクールに出れて良かった。来年の糧にして欲しい。
合間には公開オーディションはなかったが、原作通り塚本くんはよく指導されるし黄前さんはユニゾンから外された。ただ、B編成のコンクールが近かったのでナックルによるマレット忘れだけは阻止させてもらった。
加藤さんのあのシーンは好きだけど、もう運動部でもないのにあんなに走ったら絶対翌日きついからね。バタフライエフェクトで転んで怪我とかしたら大変だし。
今は朝練前に音楽室でみぞれの伴奏をしている。音大の方の先生から渡されたらしい課題の練習だな。滝先生は原作通りかなり朝早くから職員室に来てくれていて、最近は週1で僕も早く来てみぞれのお供をしている。僕には6時30分でも結構きついけど、滝先生やみぞれ、麗奈は朝強いなあ。
「おはようございます」
「あ、おはよう。黄前さんはこんな時間に来るの珍しいね」
「はい。ついてきてくれました」
おー、これは今日が原作でみぞれが本格的に出てくる最初のところなのかな?
「あの、先輩方はいつもこんなに早く来てるんですか?」
「私はそう。響さんはたまに伴奏するために来てくれる」
「伴奏?」
「私、音大志望だからレッスン受けてるの」
「音大!なんかすごいなあ」
みぞれが音大志望って2、3年生の間では有名だけど1年生は知らないんだな。ファゴットの子も知らないのかな?
「なんかって。みぞれさんは本当にすごいよ」
「ありがとう。麗奈もすごい」
「ありがとうございます。響さんは音大まだ決まりませんか?」
「音楽は趣味としては大好きだけど、仕事になるとまた違うだろうから。音楽以外で就職するなら音大は不利だからさ」
「そうですか……」
「でも誰かに聴いてほしいって気持ちは確かにあるんだよね」
ていうか僕はコネも実績も既にそこら辺の音大生より持っているからね。音大行かなくても閉鎖的なクラシック界にだって入れる気がする。あと最悪大学院から海外の有名音大に留学すればいいかなとか考えている。舐め過ぎな気もするけど、そういう経歴の人もいるからなあ。
「やっぱりプロになるべきですよ。みぞれさんはどう思いますか?」
「なったら良いなと思う。共演したい」
「そうですよね!」
「なんか麗奈って鎧塚先輩と松宮先輩の前だとちょっと違うね」
!それはつまり……
「妹みたいだよね」
「うーん。妹というより、犬?」
「久美子、どういうこと」
「え、あ、ほら!例えだよ例え」
犬か。なんかイチャイチャし始めたけど、1つだけ確認したい。
「そうだ黄前さん。ずっと聞きたいことがあったんだ」
「え、なんですか?」
「君は田中に無理矢理入れられてたけど、ユーフォニアムでよかったの?」
「はい。私、ユーフォ大好きなので」
「……そっか。田中にも伝えてあげなよ。関西と全国ではユニゾン吹けるといいね」
「はい!じゃあ私たちも練習してきますね」
「ちょっと久美子、私が犬って」
「いいからいいから〜」
そうか。無事に原作主人公は前を向き始めているらしい。ここでもポニテ先輩が彼女のトラウマを解消してくれたのかな。
「……」
「みぞれ、どうしたの?」
「確かに麗奈、犬っぽい」
「あはは……」
☆
橋本先生が指導するようになり、パーカスが大きく成長している。先生が来る日の練習は雰囲気も賑やかになって助かる。僕はあまり気にならないけど、ひたすら粛々とこなすのが苦痛な人もいるだろう。
花火大会はピアノ教室の子たちを連れて行った。みぞれや傘木さんは南中からの同級生と行ったらしい。そして盆休みを挟んで今日から合宿が始まった。
新たに指導陣に加わる新山先生が紹介され、僕たち木管楽器+サファイア川島は彼女の指導を受けていた。
「改めて、主に木管楽器の指導を担当する新山聡美です。よろしく」
「「「よろしくお願いします!」」」
「じゃあ早速、ここの実力を確認したいから私が止めるまで自由曲を吹いてくれる?」
「「「はい」」」
新山先生の指揮に合わせて3分ほど演奏したところで止められた。
「はい、ありがとう。……橋本君から今の北宇治は上手いって聞いてたけど想像以上よ。私もみんなが全国金賞を獲れるよう全力を尽くすわ。一緒に頑張りましょう」
「「「はい!」」」
木管は精鋭集団のフルート、原作でその位置だったクラリネット、これまた少数精鋭のダブルリードにサックスだからね。サックスは若井さんを筆頭に、本来抜けていたであろう2年生南中組がかなり上手いんだよな。コントラバスのサファイア川島もエース級だから、ここにいる集団は北宇治の中でもかなり上手い。
新山先生の指導にも熱が入り、僕やみぞれは吹奏楽部で久々に個人に向けた指導を受けた。自惚れずに頑張っていこう。
そして合宿2日目のキャンプファイアー。部員たちは物真似を披露したり、線香花火で遊んだりと思い思いに過ごしている。この2日間、いや夏休みは殆ど練習尽くしで大変だったから、こういう時間が何倍も楽しくなる。
しかし、塚本くんが人の輪から離れ、浮かない顔で座っているのが見えた。副部長兼数少ない男子部員仲間として話を聞いてみるか。
「やあ塚本くん、疲れたの?」
「あ、松宮先輩」
「あーいや、座ったままでいいよ」
「失礼します」
目は開いていたが自分の世界に入り込んでいたようで、塚本くんは近づく僕に全く気づいていなかった。僕の声に慌てて立ちあがろうとした彼を止めて、隣に腰を下ろす。
「それで、どうしたの?話しなよ」
「あー……。その、上手くいかないなって。1年生で6人だけ選ばれて調子に乗ってたけど、先輩方はもちろん、他の5人だって俺ほど注意されてない」
「滝先生は大学でトロンボーンやってたらしいからね。1番気になるのは当然だと思うよ」
「でも俺が選ばれたのは運ですよね。トロンボーンは人数少ないから。俺の中学と北宇治は全然違います。周りが本当にすごすぎて、俺だけ場違いのような気がして」
原作ではどんなに注意されてもへこたれず、ひたすら練習を重ねて学年代表や副部長にもなっていた塚本くんだが、北宇治のレベルと目標が上がったことで彼への指導はおそらく原作以上に熱が入っている。相当きているらしい。
だけどなんだろう。むかつくな。
「塚本くん。僕が2、3年生だけでも全国金賞を獲れるって言ったこと覚えてる?」
「はい。目標決めで」
「あれは本心だよ。今でもそう思ってる。で、君はそんな2年生を押し退けてメンバーに選ばれたね」
「だから、それは運で」
「トロンボーンは音量がある楽器だからそんなに問題じゃない。君の技量が選ばれるに値しなかったら、他のパートの2年生が選ばれてたよ」
「……」
「だけど滝先生は君を選んだ。他のパートの2年生ではなく、トロンボーンの塚本くんを。僕はどちらでも全国金賞を獲れると思ってる。だけどどっちの方が良い合奏になるかといえば、君がいる方だと思う」
「!」
「……それにむかつくんだよ。僕たちが北宇治に来た時、府大会金賞すら望めないような環境だった。辞める同級生もいる中、必死に足掻いてここまでやってきて、それでも全国金賞は1回しか獲れない。君に弾かれた2年生もね。だけど、君たち6人は3回も獲れる可能性がある。死ぬほど羨ましい。僕たちが君の世代だったらとすら思う。滝先生にたくさん注意されるからなんなんだよ。寧ろ誰よりも上手くなる機会に恵まれてるだろ。あー、そうだね。君は確かに運が良いんだよ。それをそんなにうじうじとするな。嫌なら今からでも辞退してくれ。きっと2年生から相応しい子が入ってくる」
塚本くんが目を見開いて僕の方を見ている。まずい、熱くなりすぎた。いつの間にか僕は2年生にもかなりの愛着を持っていたらしい。2、3年生あわせて57人。全員一緒に出ることは元々不可能だが、出来るだけ一緒に出たかった。
励ますつもりが逆に刺してしまった彼に申し訳ない。本当に何やっているんだろう。
「あー、冗談だよ。とにかく君が選ばれたのは完全な運じゃない。人数的に有利ではあったけど、実力もちゃんと期待されてるってこと。……じゃあね」
気まずくなったのでさっさと退散する。野口にフォローをお願いしないと。
「松宮先輩!」
と、歩き出して数秒後、塚本くんに呼び止められ振り返る。彼は既に立ち上がり、真剣な眼差しで僕を見ていた。
「俺、上手くなります!それで、今年だけじゃない!来年も!再来年も!全国金賞獲ります!先輩の目標は俺たちが叶えます!だからコンクール、聴きに来てください!」
「その目標、覚えてくれていたんだ。言われるまでもなく君たちがいる内は聴きに行くよ。それとまだ今年は終わってないからね。頑張ろう」
「はい!」
僕は右拳を前に出すと、彼が近づいてきてそれに自らの拳を合わせた。お互いにふっと笑い合う。突然の変わりように驚いたけど、もう塚本くんは大丈夫そうだ。
僕は振り返ってキャンプファイアーの方に歩き出すと、みんながこちらを見ていることに気づく。そりゃ賑やかだったとはいえ、そんな広い空間ではない。あんな大声出したら流石に気づく。
幼馴染の黄前さんが呆然としていますよ、塚本くん。いやなんか僕も恥ずかしいな。誰かどうにかしてくれ。と思っていると橋本先生が遠くで声をあげた。
「えーと、トロンボーンの子だよねえ?いいねえ、アツいじゃない!そんなの聞いたら僕も指導に熱入っちゃうよ!パーカスの子は明日から覚悟してね?」
「俺たちにくるの!?勘弁してくださいよ!」
「「「あはは」」」
助かったよ橋本先生。ちょっとだるそうとか思っていてすみません。
「それでー!?後輩にそんな言わせておいて、松宮先輩からは何もないのかな!?」
なんだこの人、だるすぎだろ。
「えーと、3年生!絶対全国金賞獲るぞ!そんで後輩たち!僕らが卒業したあとも絶対全国金賞獲れよ!……北宇治ファイト〜!」
「それ私の!」
「「「おー!」」」
この時期に来年以降のコンクールの話をするのも変な話だが、こういうのはノリなんだ、ノリ。
☆
あの後から、実際に指導陣には更に熱が入ったように思う。新山先生からは木管楽器セクション練習中に「ごめんなさい、私はどこかで高校生だからって妥協してた」という謝罪を受けた。
そうして更に本気モードになった北宇治は、当然のように全国大会への切符を手に入れた。部員たちは府大会の時より堂々としていたし、北宇治の演奏は間違いなく過去最高のものだった。というか会場で1番だったと僕は思う。全国行きを決めた時も他校生は全く驚いていなかったし。
夏休み明けは前の席の前田やクラスメイトから祝福され、文化祭の演奏も大盛況で終えた。ここまで順調だったが、今日は台風が直撃した日の翌日。つまりはあの日だ。
練習後、少しして職員室に向かう。入り口でノートの束を抱えた黄前さんが立ち尽くしているのが見えた。彼女の肩を軽く叩いてから田中たちの所へ向かう。
「ひっ!?あ、松宮先輩?ちょ、今は……」
この件に関しては悩んだ。家庭の事情に首を突っ込んでいいものなのか。そもそも僕が出なくても、黄前さんたちが解決する。田中が一時離脱しても、全国までには実力を戻せると思う。
田中のお母さんの言い分も理解できる。1人で大事に育ててきた娘の将来に関わることなのだから、神経質にもなる。更にいえば、その娘が幼い頃から熱中している対象が、よりにもよって元夫の生業にしているものだなんて気が狂いそうになる。家庭環境はあまり分からないが、中世古は田中のお母さんとも付き合いがあるらしいし、原作で田中をぶったあとは落ち込んでいた。精神的に弱い人ではあっても、本当にヤバい人ではないと思う。外でバリバリ働けているみたいだし。
色々考えたけど、結局のところは単純だった。田中と濃い2年を過ごしてきた仲間として我慢できないものがあった。
「あすか、この場で退部すると言いなさい」
「え?」
「言いなさい。今、辞めるの」
「お母さん、私」
「辞めませんよ」
間に合った。家庭内のことはどうしようもないけど、田中が人前でぶたれるなんて知っていて放置はできなかった。
「貴方は吹奏楽部のお友達かしら?今大事な話をしているの。後にしてくださる?」
「いいえ。田中……あすかさんには全国金賞を獲らせてやると1年の5月に約束しました。あすかさんは辞めさせません」
「はあ。先生、部外者です。場所を移動できますか?」
「場所を移動することはできます。しかし、私としても田中さんが望まない以上は絶対に退部を受け付けません」
「滝先生!松宮くん、君は戻りなさい」
「松宮?」
僕の名前を聞いたことがあったのか、田中のお母さんが黙って思案しはじめた。ここでしかけることにした。
「いいえ、戻りません。お母様の言いたいことは分かります。しかし、あすかさんの将来を思うなら寧ろコンクールに出すべきだと思います」
「何を言って」
「コンプレックスというものは一生付き纏いますよ。2年間……、いや、幼少期から取り組んできたユーフォニアムの結末が、家庭事情で全国大会に出場できなかったなんて、一生ものの傷です」
「はあ。私も貴方の言いたいことは分かるわ。だけど、それを言うなら学歴だって一生付き纏う。就職してからは関係ないとは言われるし、一理あると思うわ。だけど、就活と交友関係にはダイレクトに関わるのよ。この大事な時期に部活なんて……!」
「はい。僕もそう思います。だから同級生には1年の頃から勉強させてきました。今の3年の上位4人は2年の頃から吹部で独占していますよ。他の3年生や2年生も上位ばかりです」
田中のお母さんは教頭先生の方を向く。
「え、ええ。そうなんです!吹奏楽部はとても成績が良くてですね。部活と勉強をハイレベルに両立できています。あと少しですし、今部活を辞めなくても」
「そうですか。しかし、この学校で上位を取ったって本番で落ちたら意味がありません。それに、それなら貴方たちもあすかも、部活がなければもっと伸びていたんじゃないかしら」
「かもしれませんね。でも逆もあり得ます。僕たちが勉強を頑張れた理由には間違いなくコンクールのことがあります。あすかさんの話に戻りますが、仮にここで退部させられた彼女が抜け殻のようになったらどうしますか?勉強もまともにできない状態です」
「貴方の話には根拠がない。今は受験期なのだから、コンクールなんて理由は必要なくなったでしょう。あすかは勉強に専念して、いい大学に入るのよ」
「松宮くん、ありがとう。もういいよ……」
「よくない。お母様の話にも根拠はありませんよ」
そう言った途端、田中のお母さんの顔が変わった。目が吊り上がっていき、口角が横に広がる。頭の奥ではもう1人の僕がいて、なんか溜めモーションみたいだなと馬鹿なことを考えていた。
「何を!貴方のことはあすかや香織ちゃんに聞いたことがあるわ。松宮響くんでしょう?貴方は天才として生まれ、天才のご両親に育てられてきた。私たち一般人の苦しみなんて分かるわけがない。貴方のご両親はどちらも演奏だけで裕福な暮らしを送れる超一流。それに対して、同じ音楽家である私の元夫は演奏以外にも色々やっているようだけど、養育費すら最近まで送ってこなかった。あの忌々しい楽器は送りつけてきておいて!……とにかく!一般人には一般人の生き方があるの。天才の価値観を押し付けてこないで」
「あすかさんは少なくとも勉強という面では天才ですよ。僕が知る限り1番頭がいい。あすかさんはコンクールを終えたあとから勉強に専念しても、第1志望に確実に受かります。それならば、コンクールに出れなかったなんて傷はない方が将来的にも良いでしょう。学生時代の不完全燃焼は死ぬまで尾を引きますよ」
「だから、貴方の話には根拠がないの」
「じゃあ大学受験に対する根拠ってなんですか?例えば、90%で受かる人が落ちて、90%で落ちる人が受かるなんてことがありふれた世界です。お母様は、どうすれば安心できますか?」
「……」
と、ここでさりげなく視線を田中に向ける。田中のお母さんも釣られて田中を見て、固まる。彼女が家ではどのような娘なのかを僕は全く知らないが、こんなに悲しそうな表情を母の前で浮かべることは殆どなかっただろう。
「お互いの妥協案を出しましょう。田中、8月の京大模試は受けてたよね?」
「うん。2つ」
「その結果がそろそろ返ってくるはずです。お母様が安心できる結果であれば、あすかさんは部活を続ける。また、結果が返ってくるまであすかさんは月水金の練習と、駅ビルコンサートしか参加しない。どうですか?」
「……分かったわ。どちらの模試も余裕を持ってA判定だったら部活を続けていいわ」
「余裕とは、具体的に教えていただけますか?」
「……A判定の最低値となる偏差値に+5くらいかしら」
思っていたよりあっさりと話がついた。これでも原作よりはマシな状況になったはず。昂ったあとに冷静になった時間が長かった分、田中の悲しそうな顔が効いたかな。
それにしてもかなり厳しい条件だが、田中なら大丈夫だろう。原作ではちょっと休んでいる間に全国模試で30位以内を取ってしまうという、設定ミスを疑うレベルの頭の良さだからな。そりゃお母さんも説き伏せられる。
1年生の頃から暇を見つけては勉強してきたし、僕も理系科目は結構教えた。田中ならいける。
「田中はどうする?もう終わった模試だけど」
「大丈夫、自信あるから。お母さん、私は部活も勉強も全力でやってきた。だから信じて」
「あすか……」
「先生はどうですか?」
「田中さんが受け入れるなら私も受け入れます。顧問として中川さんに準備はお願いしますが、私は田中さんが出ることを前提として指導します」
「はい。……お母さん、今日はもう帰ろう。先生方、今日は休ませてください」
「ええ……」
「あ、ああ」
「分かりました」
そこで田中は入り口の黄前さんに気づき、軽く会釈して職員室を出た。それを棒立ちで見送った黄前さんが振り返る。
「あすか先輩!全国一緒に吹いて、金賞獲りましょう!」
「うん!」
☆
あの後は田中の参加頻度が一時的に落ちたものの、部員は田中を信じて練習し続けた。そして彼女は10月前には無事に完全復帰できた。駅ビルコンサートも模試の返却前ではあったが無事に参加できた。
黄前さんの周りでは他にも色々あったんだろうけど、吹奏楽部としては10月は大きなイベントもなく、ついに全国大会前日を迎えた。前々日にはサブメンバーが演奏を聴かせてくれた。来年もきっと大丈夫だと思ったよ。
そして名古屋での宿泊施設に到着したところ、サブメンバーから話があるらしい。
「えー、私たちサブメンバーのチームもなかが、みなさんへのお守りを作りました。今から配りますので、どうぞ受け取ってください。」
「イニシャル入りです」
いつの間にかチームもなかはできていたのか。名前はどうやって決めたんだろう。関西大会前に渡すか悩んだらしいが、全国大会前に渡すことにしたらしい。そんなことをフルートの1年生からお守りを貰いながら聞く。
手元のもなか風お守りを見る。もう3年も後半なのに、改めて北宇治に来たんだなって実感する。なにやら小笠原が話しているが、耳に入らない。本当に嬉しいよ。吹奏楽部として最後まで楽しもう。
☆
そして本番前のリハーサル。
「ついに本番だよ。私ね、今心の底からワクワクしてる。私たちが渾身の演奏をできれば、間違いなく結果がついてくる。だからいい演奏して、金獲って帰ろう!」
「「「はい!」」」
「じゃあ副部長から」
「はい。まずはみなさん、特に3年生のみなさんここまでありがとうございました。1年生の5月に全国金賞を獲ることを約束して、それを信じて辛い練習についてきてくれた。今だから言います。僕は全国出場を確信していたけど、金賞は厳しいと思ってた。それが今では金賞を獲れると確信してる。なのにどうしてか、結果なんてどうでもいいと思いはじめた。そんなことよりまだここにいたい。だから今日は、このメンバーでの最後の合奏をただ楽しみます。みなさんも楽しみましょう」
「「「はい!」」」
「田中からも何かある?」
「えーと、全国に関してみんなにいろいろ迷惑をかけてしまいました。こうやってこの場にいられるのは、本当にみんなのおかげだね。ありがとう。今日はここにいるみんな、北宇治全員で最高の音楽を作ろう!それで、笑って終われるようにしよう!」
「「「はい!」」」
「ご清聴ありがとうございました。晴香!」
「よーし!ではみなさん、ご唱和願います」
これも最後か。
「北宇治ファイト〜」
「「「おー!」」」
☆
僕らの合奏は終わり、今は表彰式が行われている。これまでは演奏しながらでもなんとなく合奏の質が分かったけど、何故か今日の出来がどうだったか全く分からない。だけど、今までフルートを吹いてきて1番楽しい12分間だった。
前を向く。明るいステージから暗い客席の表情はよく見えないけど、北宇治も、他の学校の生徒もみんな同じことを祈っているんだろうな。前に座る小笠原は震えている。
「小笠原、代表なんだから堂々としなよ」
「うん、でも……」
とコソコソ話しているとついに準備が整ったらしい。
「お待たせいたしました……本日のコンクールに出場された指揮者の方々に指揮者賞を贈呈します」
始まった。相変わらずよく見えないけど、向こうではみんな焦っているんだろうな。
「……滝昇」
少し間をおいて、立ち上がるシルエットが見えた。
「先生!好きです!」
拍手をしながら、有名シーンを見られたことを密かに喜ぶ。
さて、いよいよ結果だ。
「お待たせいたしました……1番……高等学校、銀賞」
「ぅ……」
「2番……高等学校、ゴールド金賞」
「「「きゃぁぁ!」」」
次だ。
「11番、北宇治高等学校、ゴールド金賞」
「「「わぁぁあ!!」」」
小笠原が賞状を受け取り、僕はトロフィーを受け取った。ずっと体が浮いているような感覚があったけど、トロフィーの重さが僕を現実に引き戻してくれた。
この2年半の様々な思い出が頭の中を駆け巡る。礼をしながら、僕も客席のみんなのように叫び出しそうだった。やっぱり副部長は田中に押しつければ良かったな。
ぼーっとしていると式は終わり、会場前に集合していた。
「先輩、私たち来年も絶対金賞獲ります」
「頑張ってね。次のパートリーダーは傘木さんに任せるから」
「っはい!」
パートメンバーで話していると、散らばっていた部員が集められる。
「みんな!私たち3年はこれで引退です。最後になりますが、今日までこんな不甲斐ない部長についてきてくれてありがとう。嫌なこともいっぱいあったけど……不安なことばっかりで辛かったけど、それ以上にみんなとの演奏が楽しくて……」
小笠原は注目を集めたはいいけど、話の途中で泣き出してしまった。
「では、泣き虫部長に代わってひと言。正直、今日の演奏で言いたいことは何もありません。北宇治の音は全国に響いた!本当にみんなお疲れさま。そして3年生はこれで引退。あとは2年生の天下です。もう不安だらけです。でも、演奏面では不安はありません。みんななら金賞を獲れる。この最高の気持ちをみんなにも味わって欲しい!……私は北宇治が好き。だから来年も再来年も必ず金賞を獲って。分かった?」
「「「はい!」」」
「松宮くんは?」
「これまで10年以上フルートをやってきたけど、最も楽しい12分間だった。あと、リハーサルではああ言ったけど、やっぱり金賞で嬉しいものは嬉しかった。僕も後輩にこの気持ちを味わって欲しい。だから来年以降も頑張ってください。ついてきてくれて、ありがとう」
最後にはあまり言うことが思いつかなかった。まあ彼女たちなら大丈夫だろう。
☆
コンクール翌日、日曜日は母のピアノレッスンもやっていないのでうちで3年生の打ち上げを行っている。
「ほんとお疲れ。やりきったって感じ〜」
「燃え尽きないでね。明日からは勉強に専念しないと」
「うげー……」
「そういえば松宮は結局音大?普通の大学?」
「普通の大学。まだ音楽を仕事にするか決めきれていないから、潰しがきくように」
「はー、音大行かなくても演奏家なれるって?流石だな響」
「これだから天才様は……」
「ねー」
やっぱり大学は普通に理系で進むことにした。母には残念そうな顔をされたけど、音楽をやめることはない。来月には3年前に2位だった桜井雅子国際コンクールにリベンジするし。
「岡部と葵はー?2人とも去年から成績爆伸びしてるじゃん」
「俺は阪大を目指してる。前の模試ではBよりのC判定だったけど、これからは勉強一本に絞るから絶対受かってやる」
「え、すごっ。頑張ろうね。葵は?」
「私は……。1年生の頃目指してたところが今じゃセンター利用でも受かりそうだから、国立受けようかなって」
「?受ければいいじゃん」
「親にそんな実家から離れちゃダメって言われてるから京大か阪大なんだけど、迷ってて」
「てことは阪大は自信あるの?すごいなあ」
「葵、その実家近くから出ちゃダメってのはちゃんと話し合いしたの?」
「うんん。初っ端からそう言われちゃったからそれで」
「じゃあちゃんと話し合いしなよ。早慶受けてもいいってなったら京大にチャレンジする勇気も湧くんじゃない?受験に妥協したくないんでしょ?」
「……そうだね。今日話してみる」
「僕はみんなに受験でも後悔して欲しくないから、暇な時はいつでも勉強教えるよ。苦手な人が多いであろう数学や物理、化学なんかは特にね」
「はあ。こいつが1番忙しいはずなのにこの余裕……。俺らはいいから来月のコンクール、1位獲ってこいよ」
「「「がんばれー」」」
「……ああ、絶対獲るよ」
不安だったけど、ちゃんとみんな進路のことも考えていたようで安心した。本当にみんなには第1志望受かって欲しいな。
「あ、それで次の幹部とか決めないと。何か案ある?」
「あるけど、すごく南中出身者に偏っちゃうんだよね」
「分かる」
「んー、でも仕方ないんじゃない?ドラムメジャーは希美ちゃんに継がせるよ」
「私も部長やって欲しいんだけど両立できるかな?パートリーダーもやるんでしょ?」
原作では一時離脱した故に役職なしだった傘木さんがここまで認められていると、中学からの先輩として嬉しい。しかし……
「部長は吉川さんの方がいいと思う。彼女は幹部に入れないと幹部と衝突しそうだし。傘木さんはドラムメジャーを継がせれば?」
「そうだね、優子ちゃんならきっと大丈夫だよ」
「香織……。分かった。部長は吉川さんにする」
「じゃあ副部長は夏紀かなー?」
「うん。パーリーは各パートで、学年代表とか定演係は彼女たち自身に決めさせようか。それで、会計って結局どうなってるの?」
「一応私が係やってるけど、殆ど何もしてないよ。梨香子先生には消耗品の補充頼んでたんだけど、滝先生は気づいて勝手に注文してくれるから。金庫の番号も知らないし」
「でもまあ、係があるなら一応引き継ごうか」
「定演は私たちもコンクール曲だけ出る?」
「うーん、なんかもううちの部活は終わったって感じなんだよね。スケジュール的には多分出れるけど」
「私も。出たい人は出ればいいんじゃね?」
「私はパートの後輩に誘われてるから出ようかなって」
「俺は今はもう満足してるけど、受験終わったら出たくなるかもなあ」
「どっちでもいいけど、出る人は遅くても3月前には1、2年生に知らせてね」
「「「お〜」」」
引き継ぎの話も終わり、僕たちは2年半の思い出を語り合いながら、2月まではもうないかもしれない休みを楽しんだ。
「それじゃあ明日からはただの受験生として頑張ろう!」
「「「おー!」」」
☆
次の日登校すると、「吹奏楽部 全国大会金賞」の垂れ幕がかかっている。2年前の春は誰がこんな光景を想像できただろうか。みんなに感謝だな。梨香子先生にも良い報告ができる。
教室の席に着くと前の席の前田が話しかけてくる。こいつとも2年半の付き合いだ。
「全国大会聴いたよ。俺合奏の善し悪しなんて分からないけどさ、お前たちの演奏は鳥肌立った。なんつうか良いものって本能で分かるんだよな。金賞って何校も獲れるの知らなかったけど、俺には北宇治が1番だった。おめでとう」
「ありがとう」
会話はそれきりで朝の会まで沈黙が続いたけど、とても心地よかった。
☆
11月。僕は最高のコンディションでピアノのコンクールを迎え、日本人初の1位を勝ちとった。また取材なども受けたけど、受験生ということで最低限にしてもらった。そんな気分でもなかったしね。入賞者のコンサートには参加するから許してください。
学校にはしっかり垂れ幕があった。吹奏楽部じゃなくなったけどどうなるかと思ったら、普通に僕の名前だけ出ていた。まあそりゃそうか。だけど寂しいな。
開いてもらったお祝い会は楽しかった!父にも会えたし。こんなん何度祝われてもいいですからね。
☆
さて、センター試験だけど、前世の僕がこの年度の試験を解いた記憶はあったのだが、普通にそれと同じ問題が出てきたため、おそらく満点を取った。やっぱり辞書的に記憶を検索できるのが便利すぎる。
満点を逃したとしたら、それは記憶の中の過去問の解答が間違っていた場合だね。すごく申し訳ないけど、前世の僕が頑張ったということで許してください。結果の葉書がきたら記念に取っておこう。
てかそれでいうと二次試験も……。流石に同級生に教えるとかは倫理観がストップした。類題を教えることなんかもしていない。みんな受かって欲しいな。
☆
そして3月。僕たちはほとんど全員第1志望に受かった。落ちてしまった子も、きっと1年生から努力していなかったらもっとダメだったと前向きに考えてくれた。ありがとう。
斎藤と岡部はそれぞれ無事に京大と阪大に受かり、ご両親がわざわざ僕に挨拶をしに来た。まあそりゃ嬉しいよね。気持ちは分かるけど、同級生の親御さんに家まで来てペコペコ頭を下げられると……。
当然、僕と田中もそれぞれ東大と京大に受かった。北宇治高校からすると、今年の進路実績は本当にすごいと思う。職員室は大盛り上がりなんじゃないか?実際僕たちが職員室に挨拶に行った時は校長や教頭まで担任のデスク周りに集まっていた。
とにかく良かった。みんな僕が1年から巻き込んでしまったから、笑って進路に向かってくれそうで良かった。
今日は卒業式の2日前。後期試験を受けた人も全員受験が終わったことで、1、2年生が卒部会を開いてくれた。僕たちも彼女たちには聴かせたことのない曲を披露した。1年の辛かった時を思い出す。辛かったけど、あの時が僕たちの始まりだった。
「先輩たちと過ごした時間は、その全てが私たちにとってかけがえのないものです。それを後輩にも伝え、北宇治吹奏楽部を作っていきたいと思います。そして全国金をかにゃらず……」
「大事なとこで」
「うるさい!」
「えーと、では、私たちの決意を込めて、卒業生のみなさんにこの曲を贈ります!」
そして後輩たちだけの三日月の舞を聴いた。やっぱり彼女たちは大丈夫そうだ。あとは勉強も頑張って欲しいけど、2年生には口酸っぱく言っていたし1年生も先輩たちに影響されている。大丈夫かな。
もう僕たちは吹奏楽部に必要ない。といっても、僕含め21人は定演でコンクール曲に参加することにしたのでまだ少しいるんだけど。推薦で受かっていた子たちなんて全部参加するからね。
☆
卒業式の3日後、僕は東京に引っ越した。音大生ではないけど、防音物件でピアノも入れてもらったから、準備にはお金と時間がかかった。そして今日、僕は麗奈とみぞれが出場していたソロコンに出る。
今年も麗奈たちの伴奏は僕が行うため、最終確認として土日から2人は僕のマンションに泊まっている。引率の麗奈の先生も一緒に。最初は遠慮していたけど、女子高生2人だけを放り込む方がまずいと思ったんだろうね。
僕の伴奏はみぞれがやってくれる。僕はこれから、2人は明日が本番だ。それが終わったら全員で京都に戻って定演練習。定演後に僕は東京に戻る。そういえば結局、僕は麗奈とみぞれの伴奏としても定演に出ることになった。僕のソロは定演では吹かない。
☆
「あー、銀賞かあ。せっかく2人は金賞獲ったのに落ち込んでてごめんね」
「いえ。フルートは激戦区でしたね」
「伴奏が良ければ」
「みぞれの伴奏は問題なかったよ。金賞の子上手すぎだよ。あれが1年生っておかしい」
「貴方の方がおかしいですよ。私ピアニストやフルーティストじゃなくて良かったと思いました」
「失礼な」
「おふたりもそう思いますよね?」
「はい」
「響さんは特別ですね」
特別か。フルートは必死にやってきたつもりだけど、ピアノもそうだと言えるかな。フルートで銀賞を獲って本当に嬉しいし本当に悔しかった。ピアノの時もこんなこと思っていたかな。みんなに祝福された時は本当に嬉しかったけど、中3の時はこんなに悔しかったかな。
いや、今は僕の悩みよりも2人の結果を祝福しないと。
「……改めて、金賞おめでとう。文部科学大臣賞も楽しみだね。2日間分しか聴けてないけど、僕は2人ともあると思ったよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます。だけど、あるとしたらみぞれさんだと思います」
「麗奈ちゃんを応援したいところですが、私も鎧塚さんかフルートの子だと思いました」
「だけど麗奈も本当に良かったよ。……2人は来年も受けるの?」
「スケジュール次第。でも、今年文科大臣賞獲れたらもう出ない」
「そっか。麗奈、勝ち逃げされちゃうかもね」
「はい。悔しいですが、私は夏受験なので3年まで出場して、必ず文科大臣賞も獲ります」
「頑張ろうね。いや、来年からは僕が伴奏するのは練習時間的に厳しいな。無伴奏か他の人か」
「私でよければやりますよ〜」
「是非お願いします!響さんも、2年間ありがとうございました」
「いえいえ。麗奈ちゃんの実績はうちとしても助かりますから」
「いいってこと。だけど、どんどん北宇治や吹奏楽部から離れていくみたいで悲しいな。これからはピアノの比率が大きくなるし」
「……全国大会、絶対行くから聴いてほしい」
「うん。絶対帰国間に合わせるよ」
「海外のコンクール出る予定なんですか?」
「はい。トマシュ・ラスキ国際ピアノコンクールに挑戦します」
「ええっ!あ、そっか。桜井コンで1位獲ったから次は……。応援しています」
「ありがとうございます」
☆
定演当日。すごい人だ。今年は市のご厚意もあり、1200席ある大ホールの方をとったが8割は埋まっている。全国金賞ブーストに加えて、みぞれが文部科学大臣賞を獲って、麗奈や僕も合わせてローカルニュースになったからかな?ニュースの最後には軽く定演を宣伝してくれたらしいし。
来年からは関係者向けの小ホールと一般向けの大ホールで2回に分ける必要があるかもしれない。加えて整理券を配るとか。でもデータがないから、整理券を何枚配れば当日ホールを過不足なく埋められるか分からないんだよな。有料にするのは色々面倒だからなし。
来年の定演に僕は関わらないというのに、自然とそんなことを考えてしまった。多分そこら辺の懸念は滝先生から後輩たちに伝えられるだろう。頑張ってください。
☆
そして定演は今年も大好評で終わった。これは対策しないと本当に来年溢れそうだ。僕としても大満足だった。3年生は現地解散だったので同級生や後輩たちと数分だけ話し、僕は1人で北宇治高校へ向かった。
春休み中だけどしっかり僕たちのソロコンの垂れ幕がかかっていて、ついでに東大1名京大2名阪大1名北大1名の進路実績の垂れ幕もかかっていた。なんだかんだ、ここに載せられることは嬉しかったな。僕が北宇治にいるんだって感じがして。
でも、本当にもう終わりだ。
「3年間、ありがとうございました」
そして、次の曲が始まるのです。
ここでオリ主世代は終わりですが、あと1年分続きます。