機動戦士ガンダム Hollows' Warfare 作:怨是
スペースコロニー・サイド3がジオン公国を名乗り、地球連邦に宣戦布告してから間もなく一年が経過しようとしていた。
両軍の戦力の大半が宇宙へと移行する最中に於いても、地球での戦いは散発的ながらも続いていた。
序章: 戦場へようこそ
「……視界が高すぎて落ち着かないな。まるで地面に足が付いていないみたいだ」
アーヴィン・オニール伍長は両手の黒革手袋の裾を引きながら呟く。
同時に、暖房の効いたコックピット内で軍服の襟を正す。
モニタ越しの光景は、うっすら雪化粧の施された森林地帯と、廃墟ばかり。
吹雪いていないのが救いだが、曇り空は夕日を吸い込んで赤く染まり。
視界の高さに比例して空が重くのし掛かってくる。
今もなお、慣れない憂鬱な景色である。
故郷のスペースコロニーの空には、分厚い雲などなかった。
彼は今、連邦軍が新たに量産を推し進めている、『ジム』の実機演習に参加している。
オニールは入隊してから八年もの間61式戦車を駆っていたが、このたびジムの本格的な量産開始に伴い、モビルスーツパイロットとして志願したのだ。
見事適性試験に合格し、この海に面した、ユーラシア大陸東端の基地へとやってきた。
ジオン公国は未だこの付近に幾つも前線基地を構えているらしい。
この演習はそれへの示威行為も兼ねているということは、想像に難くなかった。
教官の到着を待ちながら、この基地に到着した当日の出来事を、オニールは追憶する。
*
遡り、同年11月30日。
この日の夜、オニールはハバロフスク基地に到着するや、基地司令の個室へと通された。
案内してくれた士官は席を外し、オニールは初老の基地司令官と二人きりになった。
部屋には、無味乾燥な壁には不釣り合いな木造デスクや絨毯があった。
「私はハゾット・オスパル名誉技術大佐。このハバロフスク基地の司令官だ」
オスパル司令が右手を差し出したのを、オニールは硬直した顔で握りかえした。
「アーヴィン・オニール伍長であります」
「よろしく。早速だが、これから面接をしたい。いいね?」
司令は長机に向かいながら、こちらに振り向く。
「面接……でありますか」
オニールは前日に手渡された、自身のプロファイルデータのコピーを思い出す。
『アーヴィン・オニール伍長。
29歳、男性。
サイド5コロニー、ワトホート出身。
父子家庭。母、兄は死別。
軍に志願したのは宇宙世紀0071年、経済的な理由によるもの。
モビルスーツパイロット転換訓練を受けた理由は、乗機であった61戦車の性能に限界を感じたため』
確か、そう書かれてあった。
書類の内容と、オニールの自己認識に相違は無い。
しかし書類だけでは表層を窺い知ることしかできない。
ゆえにこうして直接の会話で人間性を確かめるつもりなのだろう。
失言をすれば、また戦車兵へと逆戻りに違いない。
オニールの表情は自然と強ばった。
オスパル司令はその様子を見、苦笑交じりに姿勢を崩す。
「いやいや。面接とは銘打っているが、そうだな、簡単な取材みたいなものだと思ってくれて構わない」
とはいえ、相手は基地の司令官。
オニールに出来ることといえば、ぎこちなく笑うのが精々だ。
「まずはモビルスーツについて聞かせてくれ」
こちらの知識が正確かどうかを調べるための質問だろう。
扱うのは兵器なのだから理解していなければ問題外だ。
オニールは即答する。
「“戦術汎用宇宙機器”の略称。
我々、地球連邦に対して独立戦争を宣言したコロニー、サイド3のジオン公国が初めて実用化した、
人型の機動兵器で、それはミノフスキー粒子影響下におけるレーダー無効化との相乗効果により――」
「――ああ、すまない。すまない。そういう意味ではなくて」
オスパル司令は両手を振る。
「君がモビルスーツの概要を理解してくれているのは私としては非常に嬉しいことではあるが、私が聞きたいのは君個人の所見だよ」
「所見……ですか」
個人の所見など、初めてだ。
兵士とは常に平均化された知識と、統一化された認識を持っている必要があると教えられてきた。
「どんなことでも構わない。君の持論を披露してくれ。一切の遠慮なく」
「手足の付いた戦車、だと思いました」
「ほう。続けたまえ」
司令は長机に身を乗り上げ、目を輝かせた。
咄嗟の一言だったが、存外に気を引いたらしい。
それが面接官特有の、その気にさせるための演技だったとしても。
「先に述べた通り、ミノフスキー粒子が戦場に現れて以来、戦争におけるレーダー技術は無意味となり、有視界戦闘が主たるものとなりました」
「書類には目を通したが、君はもともと、戦車兵だったそうだね」
司令は手元の書類を手に取り、指で叩く。
士官以上が閲覧する内容だろう。
オニールが事前に手渡されたコピーより少し分厚い。
「はい。上海駐留軍の所属でした」
「不便だったろう? 61式は何から何まで電装品頼みで、ハイテクを過信するきらいがあった」
――辺境基地の司令にそれが解るのか? いや、名誉技術大佐という肩書きである以上、兵器には精通していてもおかしくないか。
話を続ける。
「ええ。旧来ならば三名ないしは四名だった乗員を二名に減らしたこと、
および歩兵の随伴を光学機器など最新のアヴィオニクスで補ったのが仇となり、ミノフスキー粒子影響下では機能不全に陥っています」
「続けて」
「はい。しかし、モビルスーツは戦車とは異なり、バーニアによるジャンプ……つまり陸戦兵器としての側面を持ちながら、立体的な機動が行なえます。
今やジオン公国のザクと呼ばれるモビルスーツにとって大半の61式戦車は、もはや単なる的にしかなりません。
上海防衛網でも、それで友軍が……」
上海防衛網での作戦では、それが原因で友軍の援護が出来なかった。
高架下で戦闘していた為に、ハイウェイに展開していた友軍は、後方から迫ってきたザクに対応できなかったのだ。
あの戦場での友軍戦力は、61式戦車と戦闘機のセイバーフィッシュだけだったが、ミノフスキー粒子の影響下に於いて、それらは役立たずとなった。
モビルスーツは恐るべき兵器だ。
連邦軍に『ガンダム』が生まれるまで、ジオン公国の一ツ目連中はモビルスーツの王者として各地の戦場を闊歩していたし、それは今に至っても変わらぬ事実だ。
「だからこそ、私もその土俵に立ちたいと思ったのであります」
オニールが締め括ると、オスパル司令は深々と頷き、神妙な面持ちでこちらを見据えた。
「より強い兵器を扱いたい、そうすることで友軍を救いたいと考えたがゆえの、パイロット志願ということだね?」
「はい。私にそれを扱えることが可能なら、一人でもモビルスーツを扱える人間が増えるのなら、
この戦争を早く終わらせることもできるのではと思ったのです」
――俺の力量不足や、兵器の特性による枷に起因する、あの悲しい思いをしないで済む。
オスパル司令は、いささか大袈裟に頷いていた。
「そうだろう、そうだろう。今月初頭に行なわれたオデッサ作戦は記憶に新しい。
レビル将軍はモビルスーツを温存するために、敢えて戦車などの既存の兵器を前線に出した。周囲に鬼と誹られることも恐れずにね」
戦略的見地ゆえの決断なのは事実だろうが、それでも感情は別だ。
実際これをタネに、反レビル派の将校達がゆさぶりを画策しているという噂もある。
「将軍のご決断は、それはもう立派なものだよ」
感じ入ったように言うオスパル司令は、どうやら親レビル派らしい。
捕虜の話には、ジオンを公国制に改めて戦争を指揮しているザビ家は、兄弟同士の派閥争いが絶えないとあった。
彼自身、ザビ家の兄弟喧嘩に巻き込まれ、孤立無援になったことが原因で投降したとも。
対する連邦軍内部も一枚岩ではないが、ジオンほど露骨であってほしくはないというのが、オニールの正直な願望だった。
組織人というものは個人に帰した途端に脆弱化するが、オニールも例外ではない。
奥歯を噛むオニールをよそに、オスパル司令は続ける。
「連邦に蔓延する厭戦気分を覆したジオンに兵無しの演説、
大量破壊兵器の使用を禁止した南極条約締結、
我が軍にモビルスーツをもたらしたV作戦……
数々の英断は、まさに将軍のご慧眼があってこそ成功したと言える」
オスパル司令はそこで一旦区切り、溜め息をつく。
「そうだ。だからこそだよ……」
僅かに震える声のトーンは低く。
これは、憤怒だ。
「旧態依然な連中の、足の引っ張り合いさえ無ければ、たった一ヶ月だけでも計画を早めてさえいれば、未来ある若者達が、命を落とすこともなかった。
オデッサ作戦など、まさにその好例だ。
あの時点では外縁に並べ立てる程度しか先行量産型ジムが生産されていなかったから、艦上から花束を落とさねばならぬほどの戦死者が出た。
しかし、あの61式戦車がすべてモビルスーツのガンキャノンであったなら?
或いは君は、生き延びることができたと思わんかね?」
その質問は極論だ。現実的ではない。
だがオニールは反論せず顎に手を当てて考える仕草をしてみせつつ、この場における最良の返答を組み立てることにした。
「少なくとも、現実の戦死者に比べてその数は大きく軽減できていたかと思います。同時に、生き残った人の感情も」
実際、オニールは生き残った側の人間で、兵器の不自由ゆえに歯痒い思いをした。
「だからこそ、ジオンがジャブローに攻め込んでくるまでの間に、ジムの大量生産に踏み切ったのだと思います。
当初の設計より性能を落としたとの声もありますが、それでも戦車でザクに立ち向かうよりは希望が持てるのではないかというのが、私の見解です」
司令が微笑む。
伊達に八年間も僻地で伍長をやってきたわけではない。
能力の優劣よりも都合の良いイエスマンを求める者は数え切れないほど居た。
僻地の基地司令など左遷された者が大半。
彼もそうであろう。
「君もそう思ってくれるか。ああ、そうとも。
“全部をガンダムにしろ”などという非現実的な妄言は吐かない。
しかし、ガンキャノンの走破性と両肩に搭載された240ミリ無反動砲、堅牢な装甲……あれは実に魅力的だ。
量産体制がととのっていたならば、オデッサ作戦など一日で終わった筈だし、事実、私はそれを上申したものだよ。何度も、何度も」
オニールはここまでの遣り取りで、司令は何から何まで本気であると断定した。
でなければ初対面の相手に、いきなり身の上話をするだろうか?
「レビル将軍の反対派をのさばらせる結果にもならなかった。
エルラン中将の内通も、マ・クベの水爆も、隙を与えず、すぐに対処できたかもしれない。まったく、ジャブローの石頭どもは何も解っていない!
私の進言に耳を貸すどころか“ならば君がやってみたまえ”などとのたまい、こんな僻地に追い遣り……」
今にも立ち上がらんばかりの勢いで捲し立てたオスパルは、オニールの気圧された顔を見て我に返ったのか、ミネラルウォーターに口を付ける。
「いや、歳を取ると愚痴っぽくなっていかんな。すまない。続けよう。
話は変わるが、我々連邦軍は今日というこの日、ジャブロー防衛に成功し、オーストラリアでも反攻作戦が順調に進行している。その件について、所見を聞かせてくれ」
「ジャブロー防衛の要は、ホワイトベース隊のガンダムによる活躍が大きいかと」
事の真偽は、移動中に通信を聞いただけなので定かではない。
司令の言動と、ホワイトベースのジャブロー到着を統合し、このように希望的観測を述べるべきと思ったのだ。
「やはり、君もそう思うかね。そうとも。
ガンダムは我等が連邦軍の救世主、切り札、起死回生の一手だ。既に陸戦型や、様々なガンダムの開発計画が動いている。
君が乗るモビルスーツは、既に頭に入っているだろう?」
「RGM-79、ジム……ガンダムの量産型だと存じ上げております」
「その通り。そして、オーストラリア反攻作戦、およびキャリフォルニアベース奪還作戦の要でもある」
司令は水を一気に飲み干して席を立ち、部屋を歩き回りながら、演説じみた話を続ける。
「これからの時代はモビルスーツだ。宇宙世紀はモビルスーツが動かす。私には、その確信がある。
ギレン・ザビの言葉を引用するのは憚られるが、我が連邦はジオンの三十倍もの国力を有する。
連邦の兵士全員がモビルスーツパイロットなら、ジオンなど物の数ではあるまい?」
「同感であります」
――技術屋のジョークであることを祈りたいな。些か極端に過ぎる。
と思うも、オニールは胸中で言い聞かせた。
一介の兵士よりは見聞きする情報も多いだろうから、司令には司令の考えがある筈だと。
司令はオニールの眼前に立ち、最初と同じように右手を差し出した。
「ようこそ、ハバロフスク基地へ。理解ある若者に巡り会えたことを、私は嬉しく思う」
皺の刻まれた顔に浮かんだ司令の笑みは、子供じみていると表現しても過言ではないほどの若々しさに満ち溢れていた。
どこまで取り入ることができるかで、進退が決まるというのなら。
オニールは手を握りかえしながら、決意を固めた。
簡易版をご覧頂きありがとうございます。
トップページや雑記でもアナウンスさせて頂きましたが、通常版との違いは文章の密度くらいです。
手軽に楽しみたい方々は簡易版を、小説らしい密度もガッツリ楽しみたい方々は通常版をと、ニーズによって使い分けてみるという試みです。
基本的に簡易版は5000文字前後を予定しております。
頑張りましたが3000文字までダイエットすると長台詞を全カットせねばならなくなってしまいますので……。
あと、全く重要でない部分がほんの少し変わっているかもしれません。
両方を楽しんで下さる優しい方々に、ちょっとしたファンサービスです。