機動戦士ガンダム Hollows' Warfare   作:怨是

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第1話: 曇天

 

《こちら第17モビルスーツ教導隊のジェフ・ベイカー軍曹だ。オニール伍長、訓練用の操縦マニュアルには目を通しているね?》

 

 通信だ。左側サブモニタに番号と、黒人男性の顔が表示された。

 

「イエス・サー。合計七回ほどです」

 

《身に付いているならそれで充分だ。それと“サー”は省略してくれて構わんよ。》

 

「すみません。私の部隊では、そういう“しきたり”でしたので、つい……」

 

《ハハハ。今時“サー”を使えなどという海兵隊かぶれの鬼軍曹が居るなんて、珍しいもんだ。

 俺のような身分でそれを使われるのは初めてだったから、びっくりしちまったよ》

 

 格納庫で説明を受けていた時からだが、ベイカーは教官を務める軍曹の割に随分と腰が低い。

 人種による社会的格差は宇宙世紀の到来と共に取り払われたというが、オニールはどうにもその触れ込みには懐疑的だった。

 地球連邦の役人も、白人種が大半。

 しかし、本来ならそれは些末な問題だ。

 今や地球全体がジオン公国の脅威を前にして、一丸となっている。

 たとえそれが、表向きであったとしても。

 

《ここまでで、何か問題はあるかな? 伍長。問題がなければ訓練を続けよう》

 

 オニールは短く首を振り、それから「了解」と応答することでベイカーの話を促した。

 

《では、手筈通りに此処から500メートル先へと歩行移動する》

 

 オニールは固唾を呑む。シミュレータとは違い、転倒すればひとたまりもない。

 シミュを何度動かそうと、マニュアルを何遍読み返そうと、その事実は揺るがないのだ。

 

 ――それでも段差一つ乗り越えるのが苦ではなくなるなら、安い代償か。

 オニールのコックピットの右側から、ゴツンと小さく響く音。

 ベイカーのジムが、いつの間にか隣からオニール機の右肩にマニピュレータを置いていた。

 手慣れた動作は恐らく、ジムが生産される以前からモビルスーツに乗っていた為だ。

 だからこそ教導隊に配属されたのだろう。

 

《伍長。歩きながら接触回線に切り替えられるか?》

 

 だがそれを鼻に掛けることもなく、ベイカー軍曹は殆ど頼み事のように指示を出した。

 

「了解」

 

 モビルスーツの回線は三種類に分けられる。

 広範囲での通話が可能である代わりに傍受の危険性が高い電波通信。

 ミノフスキー粒子散布状況下での主な通信手段であるレーザー通信。

 そして機体同士を触れ合わせることで内緒話のできる接触回線通信だ。

 

 前線に近い基地での演習だが、訓練中の通信を傍受されたところで、致命的な損失を被る事などあるのだろうか。

 などと逡巡したところで、反発する理由も見当たらなかった。

 

「切り替えました」

 

《オーケイ。ところで、君が七回も読んだあのマニュアルな。俺の知人が編集したんだが、どうだった?》

 

 オニールは脱力した。

 下士官の部下教育マニュアルには、教育時に雑談を交えろとでも書かれていたのだろうか。

 人類史上に於いて前例のない兵器に乗せられるのだから、確かに一理あるとは思う。

 その一方で、もやもやする。

 

「詳細に亘って解説が為されていると思いました」

 

 オニールは「事細かに書きすぎて解りづらい」という愚痴を、無難な言葉に直した。

 あれはマニュアル失格だ。

 読み手はマニュアルである事を期待してあれに目を通すが、余計な記述が幾つもあった。

 実際、仕様書から一部抜粋しただけではないのかという不平不満を、耳にしたことがある。

 ベイカーもどうやら思うところがあったらしく、会話ウィンドウ越しに、ばつの悪いといった顔を見せている。

 

《正直、良く言えば読み応えがあるが、頭が灼けそうになると思わないか?》

 

「良し悪しに関しては……。私は、モビルスーツは素人ですので」

 

《他に読んでないなら比べようが無いか。まあ、忘れてくれ》

 

「了解、忘れます」

 

 さて、このジムの歩行に伴う震動。

 もっと胃を揺らされるのではと戦々恐々だったが、思った程には大きくなかった。

 原理はよくわからない。ついこの前まで門外漢だったオニールには。

 とにかく、いざ実戦でも棒立ち射撃をやらかさずに済みそうだ。

 

《間もなく折り返し地点だな。ガイドビーコンがメインモニタに表示されている筈だ》

 

 確かに、黄色いアイコンと“Point A-1”という文字が表示されていた。

 

「到着しました」

 

《次はバーニアを用いたジャンプ機動を行なう》

 

 ついに来た。これこそ、オニールが今日まで待ち望んできたものだ。

 これを使いこなせたなら、少なくとも上海のときと同じ失敗はするまい。

 たかがジャンプ如きと笑うだろうか?

 だが、立体機動と装甲による有視界戦闘での優位性こそが、モビルスーツ最大の強みだ。

 ビームだの何だのは、あくまでオマケでしかない。

 

 ――そうとも。弾の種類はあくまで各々の環境に適しているものを選ぶというだけだ。どんな装甲でも破壊する万能の弾薬など、作れるものかよ。神は死んだ。今からおよそ八十年も昔に。

 バーニアの作動ペダルを踏み込み、機体を上昇させる。

 歩行時とは比べ物にならないGが、血液を下へと追い遣った。

 

《右側のフットペダルを二秒踏み、着地の手順を実行してくれ》

 

 着地の手順は、マニュアルに書いてあったものを指している……筈だ。

 いまひとつ確信が持てなかった理由としては、ジェフ・ベイカーという男からは独特な気配が漂っている為だ。

 何に起因するものかまでは、判然としないが。

 

 果たして、着地は難なく成功した。

 早めにバーニアを噴射してしまったが、驚く程完璧に着地してくれた。

 ガンダムのパイロットが戦闘データを蓄積してきた、学習コンピュータの賜物だ。

 熟達したパイロットであればこういう“お利口さんの動き”に物足りなさを感じるのかもしれないが。

 オニールは己に問い掛けた。

 そこに辿り着くまでに、生き延びる事が出来るだろうかと。

 

 

 

 

 ジオン公国地球方面軍は、度重なる戦術的敗北により全体的な士気を著しく低下させていた。

 元より“北の毒蛇”テルシオ・テルマルト中佐には、さして実感できるものでもなかったが。

 ホバー走行は伊達ではないのか、ギャロップ級陸上艦“エスパダ・ヴェルデ”の乗り心地は悪くない。

 パイロット時代が遠い記憶に感じられる。

 あれからまだ、たかだか十ヶ月余りが経過したに過ぎない筈だった。

 戦争が、月日を鮮血色に染め上げ早送りにしたのである。

 

 テルマルトは丸形のサングラス越しに、管制室のレーダーを睨む。

 黒を基調としたプラズマテレビタイプのレーダーは、光の灯されていない部分にテルマルト自身の顔を映り込ませていた。

 頭頂部の禿げ上がった白髪頭、胸元まで伸ばした白髭、そしてサングラス。

 苦々しく歪めた顔に刻まれた皺は、明らかに加齢のみによるものではない。

 

「ったく、不便な老眼鏡だな。ちっとも度が合わねえ」

 

 サングラスを取り、目を軽く擦ってからレーダーを見返した。

 レーダーに表示されている『FT』のアイコンは戦闘機を意味する。

 上空の偵察および対地攻撃支援を担い、十機のドップ戦闘機で編成されるスカベンジャー飛行中隊だ。

対して『MS』と表示されているアイコンのコブラチームは三機編隊で、その全てが使い古しのザクIIで構成されている。

 旧ザクでないだけまだましだが、十全な補給が保証されていない状況下だ。

 本作戦の目的がハバロフスク基地の偵察だということを差し引いても、些か心許ない。

 

 さて、その三機の内ひとつが想定したルート――廃墟と森林地帯を抜けるというもの――から逸れて動いているのをテルマルトは見逃さなかった。

 すぐさまマイクのボタンを押す。

 

「こちらアナコンダ。コブラ1、進路を外れてるぞ」

 

《コブラ1よりアナコンダ。連邦のモビルスーツ二機を視認しました。北方、距離3000。動きを見るに、まだ感付かれてはいません》

 

 通信機越しに聞こえる掠れた男の声に、テルマルトは眉を顰めた。

 

「ガンダムタイプか?」

 

 押し殺した声で、静かに問うた。

 既にガンダムが複数機存在することは、オデッサ防衛戦より以前に確認されていた。

 はじめのうちは上から知らされる者はあまり居なかったが。

 ツノ付きなら後方基地への手土産にもなるだろうなどと楽観視できるほど、ジオンは潤沢ではない。

 当然、このヴァイパー小隊も貧乏部隊だ。

 負け戦が続いているのだ。

 コブラ1――ジャンゴ・セス大尉が暫し間を置く。

 

 《いいえ、生産タイプです。マッドアングラー隊のデータと外見が一致しています。

 脚部の形状から、恐らくはジャブロー製かと》

 

 確か妙に足が角張った同型機が居るから、それとの見間違いをしたくなかったのだろう。

 言葉の端々に、どことなくジャンゴ自身に言って聞かせるような響きがあった。

 

《一方が先行し、動作をもう一方に繰り返させているところを鑑みて、訓練機と思われます》

 

「ひよっこかよ、おどかしやがって。まあ、何にせよ交戦は避けろ。敵が動きを見せたら、障害物を利用しながら戻って来い」

 

《了解。コブラ1および2と3、偵察に専念します》

 

「スカベンジャー隊もだ。指定の高度を維持しろ。対空砲火に捉えられたら、終わるぞ」

 

《了解。基地周辺に攻撃ヘリが見えますが、こちらに気付いている様子はありません。スカベンジャー各機、同じく偵察に専念》

 

「あいよ。やれやれ。面倒な事になっちまったな……」

 

 テルマルトは禿げ上がった頭をぼりぼりと掻き毟った。

 ジャブローでの戦闘記録のみでは、連邦の新型の性能を推し量るには些か不足だ。

 ジオン公国地球制圧軍は度重なる作戦失敗により、その戦力を当初の30%程にまで規模を縮小していた。

 オデッサ作戦、伝聞にて知るジャブロー侵攻作戦はいわずもがな、他にも様々な戦闘でモビルスーツを損失していたのだ。

 

 このヴァイパー小隊も、とばっちりを受けた。

 二ヶ月前にはドムを三機受領する手筈だったが、今や旧型のザク一機ですら有り難いという有様。

 連邦の新型とかち合うのは得策とはいえない。

 

「やれやれ、置いてけぼりの俺達に、追い打ちをかけて欲しくはないね」

 

 革張りのシートに腰掛けながら、ざまあないなと自嘲する。

 既にジオン公国軍は宇宙――ソロモンでの決戦に注力している。

 とはいえ再び宇宙に戻るにはHLVが必要不可欠だ。そして、それらを守る部隊も。

 

 テルマルト含むヴァイパー小隊は後者。

 ジオンの余り物、はぐれ者ばかりが集まるこの部隊など、公国軍の上層部にとっては捨て石に過ぎない。

 無駄な戦闘で犬死にするよりは、HLV護衛という大役を担えた事は本来ならば「身に余る光栄」と喜ぶべきであろう。

 ましてや本来なら外人部隊や懲罰部隊行きの人事を、少しの賄賂で免れ得たのだ。

 己の悪運強さを褒めてやるべきかもしれなかったが、テルマルトはそうしない。

 自らの経歴を追憶すれば、この釈然としない感情を理解できた。

 

 テルシオ・テルマルトの人生は、常に破滅的な倦怠感と共にあった。

 南米で育った幼少期には既に父親の姿は無く、また母親は病床に伏せっていた。

 出稼ぎ労働による収入だけでは薬代が賄える筈もなく。

 十歳頃には母が逝去。

 人口増加抑制政策の名残で出産が厳しく取り締まられていた為に、テルマルトは天涯孤独となった。

 頼れる人脈といえば、出稼ぎ先の採掘場くらいのものだった。

 使えるものは使える限り使う。それがあの過酷な労働環境によって与えられた唯一にして最大の教訓。

 激動の最中にあってもそれは変わらない。

 そうして綿密な計画と、豊富な人脈の末に得られたのが最高の商売道具――麻薬だ。

 

 地球圏では実に上手く行った。

 開戦直後の連邦軍は劣勢に立たされることも多く、またその頃には売却ルートがあった。

 加えて、連邦軍北米支部との癒着関係により、揉み消しが円滑に行なわれていた。

 開戦当初に収監および移送中の事故を偽り、ジオン公国に亡命してから数ヶ月の間は、ズムシティから地球へと指示を少し出してやるだけで懐が潤ったものだ。

 

 ――それも、今となっちゃあ過去の栄光だ。

 儲けの大半は生き残る為に使い果たし、かつての部下達とは連絡が途絶えて久しい。

 確固たる信念やらとは無縁なテルマルトだったが、それでも在りし日の仲間が少しずつ姿を消して行く現状には気が滅入っていた。

 

 艦橋モニタのレーザー通信一覧から、コブラ2の表示が消えた。

 これでザクIIと、そのパイロットを損失した事になる。

 

《こちらコブラ1! コブラ2、被弾! スカベンジャー、援護を!》

 

《スカベンジャー了解。対地支援を行なう》

 

「何処からだ?」

 

《南東、距離は不明です。弾頭の爆発規模からタンクモドキと推測されます》

 

 連邦軍のモビルスーツ部隊など、性能に頼り切った素人ばかりだろうと高をくくって、進軍速度を重視したのが仇になったようだ。

 まさか哨戒機が針の穴を通すが如く砲撃を成功させるとは、テルマルトは夢にも思っていなかったのだ。

 

「……コブラ隊は戻れ。スカベンジャー隊は上がりすぎるなよ。何度も言うが、対空網に引っ掛かったら、今までの努力が水の泡だ」

 

《了解。指定高度を維持します》

 

 操舵をしつつ、指示を飛ばさねばならない。

 先の白兵戦でオペレーターと操舵手を一気に失った今、かつてのパイロット時代に培った経験を活かすしかないのだ。

 

 

 

 





 連日の投稿で失礼しております。
 しかしアレですね。
 プロットも予め決めている上に、投稿済の文章を分割、再構成しているだけなので、あまり新鮮な驚きはありませんねw

 感想文は長文が多めに映るかもしれませんが、皆様が無理して長文を投稿して頂く必要は一切ありません。どうぞお気軽に立ち寄って下さると幸いです。
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