機動戦士ガンダム Hollows' Warfare   作:怨是

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第2話: 小さな激戦区

 

 オニールがコックピットハッチを開くと、ベイカーの当惑を帯びた声が鼓膜を打つ。

 

《おい、何があったんだ?》

 

「今、かすかに轟音が。訓練は私で最後でしたよね?」

 

《あ、ああ。他に出せるジムが無いからな》

 

 ならば、音は訓練で出たものではない筈だ。

 鳥が曇り空を横切っている。

 オニールは双眼鏡を構え、鳥の進行方向を遡った。

 この近辺は森林地帯が続いており、野生動物が木々に生息している。

 異変を察知すれば必ずその痕跡が生まれる。

 そして案の定、煙を噴いている箇所があった。

 

「独断行動をお許し下さい。我々が狙われていないとも限らんなと思いまして」

 

《いや、いいんだ。カメラのズームでは鮮明に映らないものもある。付近の部隊に回線を繋ぐ》

 

 こちらもモビルスーツの量産化に成功しているのだ。

 ならば、明らかに疲弊しているジオンが攻勢に出る事態には成り得ない。

 日和見主義的な考え方をするならば、わざわざ出向かずとも敵は退散する筈。友軍が抑え込んでくれる為だ。

 逆に、訓練用のジムに傷を作れば、始末書が待っている。

 いずれの場合にせよ、ベイカー軍曹のさじ加減次第だ。

 オニールは口を真一文字に結ぶ。

 ハッチ閉鎖ボタンを押と、プシュウと音を立てて外界の空気が遮断された。

 

《こちら第17モビルスーツ教導隊のジェフ・ベイカー軍曹。付近の友軍は応答願う》

 

《……第6師団32小隊、エリオット・ノークス大尉だ。ベイカー軍曹、そちらは訓練中か?》

 

《ええ。万一に備え、武器はビームスプレーガンを二機分携帯しています。合流しますか?》

 

《上等だ。数が多い方が助かるってもんよ。連中、ゴキブリみてえに隠れやがった》

 

 ――そうするのが常だろうな。不測の事態が起こらないとも限らない。

 手袋の裏側に滲み出る汗。

 オニールはその種類にかかわらず、何かに乗ると手汗をかいてしまう体質だ。

 お陰で、素手で計器を操作していたときに何度汗を零したことか。

 にわかに渇きを覚えた唇をひと舐めし、メインモニタを睨む。

 

《ノークスもといゴート1、敵影を捕捉。敵は分散しているらしい。訓練中の二機はそいつらを炙り出してくれ》

 

《了解》

 

《さあ! ジオンのクソ虫共に、もう一発ブチかましてやるぜ!》

 

 ホバー走行型モビルスーツ『ドム』でなければ、恐らくは着弾地点から然程遠くなかろう。

 ベイカーのジムが、腰のアタッチメントに装着していたビームスプレーガンを指差す。

 

《取ってくれ。生憎、火器の手渡しはマニュアルに載っていない》

 

「何故です? モビルスーツの利点は人体を模した構造そのものにあるのでは」

 

《その必要が無いと考えられているらしいから、だな》

 

 弾が切れたら携行している他の武器を使えば良いとでも考えているのか?

 大破したジムから武器を奪い取り、使用する事態は想定されて然るべきであろう。

 

 とはいえ、それを言うのは憚られるというものだ。

 オニールは苦い顔をしながら、ビームスプレーガンを手に取った。敵はまだ近くに来ていない。

 ベイカーからの通信が来る。

 

《伍長、聞こえるかな》

 

「どうぞ」

 

《モビルスーツの弱点は、装甲の薄いバックパックだ。一発でも喰らったら、それが豆鉄砲だろうとひとたまりもない。ここからは、互いの背後をカバーする形で動く。いいね?》

 

「了解」

 

 合理的な判断だ。

 股の下でも潜られない限りは、常に正面ならびに側面だけを注視できる。

 左手部のシールドが、何とも頼もしい。

 センサーは未だに敵機を感知していない。

 ミノフスキー粒子影響下に於ける有視界戦闘を前提としている為、レーダーなどという気の利いた代物は搭載していない。元より、無用の長物だが。

 何にせよ、敵が何処に居るかが判然としないのは、気分が悪い。

 

「これじゃあ見失う訳だ」

 

 よりにもよって中途半端に伐採されている所為で、モビルスーツが木々に触れ合ってくれない。

 せめて雪が積もったばかりであれば。

 

 太陽が沈み、空はにわかに黒みを帯びる。

 こうなれば暗視装置に頼る他なく、敵の洗い出しはますます困難を極めるだろう。

 さっさと済ませねば。オニールは痛むこめかみを押さえながら、ちらついたメインモニタを凝視した。

 

 ふと、視界の端で白い飛沫が舞い上がる。

 オニールは間髪入れずに、操縦桿に備え付けられた兵装の発射トリガーを引いた。

 ビームが、照準の方角へと飛んで行く。

 何本もの針葉樹を貫いたそれは、枝葉のみならず幹に至るまで赤く染め上げ、瞬く間に炎を生み出した。

 ミノフスキー粒子を圧縮して吐き出す、エネルギーCAPと呼ばれる技術の賜物だ。

 オニールは戦慄した。こんなものが量産されているのだ。

 戦車砲でも十数発は要するザクの装甲も、このビームスプレーガンなら二発か三発あれば貫けるに違いなかった。

 ただ、この様子だと敵機にまで命中はしていない。良くても掠った程度だろう。

 

《着弾地点へ向かうぞ。敵機は少数だ。囲まれる心配は無い》

 

「了解」

 

 

 

 

 コブラ1――ジャンゴ・セス大尉は間一髪でビームの着弾を免れ、額の汗を拭った。

 

 笑えない冗談だ。

 砲弾よりも素早く、そして同程度の威力を誇りながらも直線状に飛ぶなどと。

 ビームライフルの噂は知っていたが、連邦軍の陸上艇に搭載されているメガ粒子砲の見間違いだろうと思っていたのだ。

 しかし、現に敵のモビルスーツはビーム兵器を携行していた。これが量産されているとは!

 

「焦るな、ジャンゴ。俺はどんな状況でも、どうにか生き存えてきたじゃないか」

 

 ザクの左腕は、以前に両肩のアーマーを損傷してから碌に修理をしていない所為で、可動範囲が思わしくない。

 攻撃補助に用いるのは諦め、コックピットを守らせる。

 これで多少は気休めになってくれると信じたい。

 

 此処から少し北上すれば廃墟郡だ。

 弾避けにはなってくれるだろうし、アスファルトならば雪やぬかるみに足を取られる危険性も低くなるだろう。

 後はこの大きな足跡が発見されないことを祈るだけだ。

 なるべく進行ルートから外れた場所を、向きを変えながら歩く。

 

「コブラ3、状況を」

 

《廃墟郡から南西の距離1500、射撃訓練場らしき場所に生産タイプが一機。タンクモドキは発見できず》

 

 粘着質な声音で答えるコブラ3――フランコ・バッシ少尉。

 彼は言動や態度に難はあるが、戦局を見極める冷静な観察眼と、悪状況から生還するタフネスは頼もしい。

 仕事上の付き合いに留めておけば、だが。

 

「スカベンジャー、ビームは空からは観測できたか?」

 

 もう一つ、スカベンジャー飛行中隊にも打診する。

 彼らは戦闘機『ドップ』を用いて、制空権の確保から空対地攻撃まで何でもやってのける文字通りの何でも屋だ。

 現に、つい先程まで空対地支援を行なっていた。

 

《こちらスカベンジャー1、着弾点まで丸見えだ。それ以外は暗くてよく見えん》

 

「暗視スコープは」

 

《あんなもの、相手がバーニアを噴かしてなけりゃクソの役にも立たん。それに高度が低いとな》

 

「やれやれ……ボスのご機嫌を伺ってみるか」

 

 チャンネルを切り替える。

 ボスのアナコンダ――テルシオ・テルマルト中佐がすぐさま通信を割り込ませた。

 

《コブラ3の見付けた生産タイプが、コブラ2をやった奴だ。

 地形を見るに、視界がそこだけ一直線に開けてる。

 隙を覗って、予め予想した方角に撃ち込んできたんだろう。まったく、ツイてねえ》

 

「出来る奴が相手だと、苦労しますな」

 

《だがボヤいてる場合でもねえぞ。残った連中の位置が割り出せない以上、無闇に動き回るのは危険だ》

 

 このまま敵の包囲網を脱出できるとは思えないが、むざむざ捕まってやるのも癪だった。

 

「ハイパースコープを使います。識別コンピュータのレベルを落として、真新しい奴を狙ってみましょう」

 

《訓練機を狙い撃ちにして退路を確保するか。悪くねえな。スカベンジャーは、コブラ1の援護を》

 

《スカベンジャー全機了解》

 

《コブラ3はそのまま、指示があるまで待機しとけ》

 

《了解、ボス》

 

 

 

 

 オニールは、にわかに騒がしくなった空を眺めた。

 TINコッドにしては音が低すぎる。いや、これは聞き覚えのあるエンジン音だった。

 

「ジオンの戦闘機だ」

 

 上海攻防戦で何度も聞かされ、煮え湯も飲まされた。

 ジオン製の戦闘機ドップは、独特なベクタードノズルを採用しているのか異様に機動力が高い。

 空力特性を殆ど無視した形状でありながらも、それは有視界戦闘に最適化されたものであろう。

 そして機数は不明だが、この作戦領域に来ている。

 

 オニールは、血の気が引いていた。

 制空権は半年前に連邦側が有利を勝ち取ったとはいえ、地上の戦力というものは戦闘機に対して非力だ。

 

「頼むから、もう俺に悪夢を見せないでくれ」

 

 オニールの脳裏に、上空からのロケットによって木っ端微塵になった友軍の戦車がフラッシュバックする。

 今乗っているのは戦車ではなくモビルスーツだが、それは気休めにはならない。

 

《こちらベイカー。司令部に報告。敵戦闘機を多数確認、上空パトロール中の機体を援護に回すことを提案します》

 

 暫しの間を置いて、再びサブモニタにウィンドウがポップした。

 

《こちら本部。部隊長からの返答を待つ》

 

《ゴート1より本部へ。軍曹の提案には概ね同意。

 但しそれのみでは不足と思われます。基地に温存した戦闘機部隊にもスクランブルを回されたし》

 

《許可しない。最小限の被害にとどめよ。以上》

 

《……へい、了解》

 

 パトロール中の空挺部隊は確か、空対空機関砲搭載の装甲ヘリ『T-VAT』を中心に構成されていた筈だ。あんなものでは的になるだけだろう。

 しかしながら、オニールは彼らの作戦に口出しする権限が無い。

 と、思案に耽ったのが間違いだった。

 

「――!」

 

 気付けば被弾していた。

 立て続けにロケットの雨が降り注いでおり、雪の飛沫がそこかしこに立ち上がる。

 致命的な打撃は受けていないが、回避のためにバーニアを噴かしたのは悪手だったらしい。第二波はより激しさと正確さを増していた。

 

《オニール伍長、無事か?!》

 

 応答しようにも、口が渇いて言葉が出ない。

 情けないが、オニールは八年間の経験を持ちながら、半ば恐慌状態に陥っていた。

 苦し紛れにシールドを上に掲げ、頭部内蔵バルカンを掃射。

 視界が悪い。命中しているのか? それすらもわからない。

 

 

 

 

 エリオット・ノークス大尉は追撃を行ないながら、爆発の炎を横目に見た。

 あれは確か新入りを乗せた訓練機だ。

 有事の際にはそのまま戦闘に参加させることが出来るように、武装は全て本物を積み込んでいる。

 物量に於いて勝っているのだから機体など幾らでも補填できるだろう。

 だが問題はパイロットだ。

 技量や経験もそうだが、彼らの人生というものは替えが利かないのだ。

 

「おい、新入り! 聞こえるか!」

 

 しかし、返答は無い。

 それも道理だろうかと、エリオットは訓練機へと向かった。

 あの状態で一ツ目に襲われたりでもすれば、それこそ只では済まされまい。

 エリオットは乗機のバーニアを噴かし、しゃにむに走った。

 学生時代にフットボールで地元のチームを大金星に導いた自慢の脚力も、機械であるモビルスーツには反映されない。

 しかし奮闘虚しく、新入りの機体がビル群へと突っ込んだ。

 瓦礫の土煙でその周囲が見えなくなるが、あれでは恐らく助からないだろう。

 

 基地から戦闘機部隊を出撃させていれば、すぐにでも救援に来ることは可能だった筈だ。

 それをあの碌でなしの司令官が面子を欲張った結果、前途有望な若造を殺した。

 それもこれも、ジオンがモビルスーツを開発してコロニーを地球に落とし、大義名分を振りかざして地球連邦を挑発したからだ。

 

「……ジオンのクソ虫共! この落とし前は付けて貰うからな!」

 

 怒鳴り声とは裏腹に、内心は冷静だった。

 目標を一機片付けたなら、その隙に一ツ目もといザクは逃げる筈。

 それを叩き、ご退場いただこう。

 

「ゴート1よりホイッスル。爆発地点から敵機の割り出しは済ませたか?」

 

 ホイッスル――オペレーターのリタ・アルバ少尉に通信を入れる。

 彼女の仕事はホバートラックに搭乗し、ソナーをはじめとする各種センサーで敵の位置関係を割り出すというものだ。

 

《はい。位置情報を送信します。リンク、しましたか?》

 

「バッチリだ」

 

 エリオットの『陸戦型ジム』の右側サブモニタには、しっかりと赤い点が表示されていた。

 同時に、味方部隊を示す青い点も。

 

 内訳はこうだ。

 青い三つの丸印がモビルスーツ。

 五つの三角印が装甲ヘリの『T-VAT』。

 赤い二つの丸印はザク。

 残った赤い三角印の七つほどがあの忌々しい奇天烈戦闘機……とどのつまり下手人だ。

 

 対空砲は敵ドップ編隊の高度が低すぎて射撃角度が取れないため、今回は頭数から外す。

 それと、隅っこで怯えている我等が母艦であるビッグトレー級陸上艇『フラウンダー』も。

 艦砲射撃は基地周辺の被害と、敵に対する命中率の釣り合いが取れないので当然の判断だ。

 しかも艦長は司令官の腰巾着で、とびきり上等な平和主義者だ。

 鳩が大鷲の縄張り争いにやってきたような。

 

 エリオットはひとまずそれを頭の隅に追い遣った。

 後はこれを元に作戦エリア内からジオン軍を追い払い、新入りを供養してやらねば。

 そのことに意識を集中させる。

 

「T-VAT部隊は動けているな?」

 

《配置につきました。空対空機関砲を掃射します》

 

「よし、やっちまえ!」

 

 轟音がスピーカーを揺らすと同時に、蜘蛛の子を散らしたが如くドップの編隊が逃げ惑って行く。

 

「ゴート2はもう一機のザクをやれ。俺はベイカー軍曹を援護する」

 

《ゴート2了解。幸運を》

 

 さて、反撃開始だ。

 作戦記録を付けている連中を焦らせないよう、確実に事を運んでやろう。

 そして、神になったつもりで見て貰うとしよう。

 エリオットは少しだけ口元に笑みを浮かべ、それから神妙な顔に戻りながらスロットルレバーを引いた。

 

 





 前回と今回で通常版におけるFile01を消化いたしました。
 どうぞ、次回もよろしくお願い申し上げる次第です。
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