機動戦士ガンダム Hollows' Warfare 作:怨是
オニールは頭を二、三度ほど横に振り、混乱を追い払う。
――こうなったら、賭けに出るか?!
スロットルレバーを限界まで押し倒し、ジムのバーニアを最大出力で噴かした。
被弾による反動で思った程の速度は出ないが、それでも歩くよりはマシだ。
既にシールドは大きく歪んでおり、第三波が来れば使い物にならなくなるだろう。
急減速を行なうべく機体を反転させ。
オニールはそのまま、自機をビル群の瓦礫へと突っ込ませた。
舌を噛み切りそうな衝撃の後、視界が空を向く。
足下から重たい音がしたのは、ぶつかった際にビームスプレーガンを取り落とした所為だ。
それから記憶を頼りに予備電源を作動させ、メインエンジンを停止。
これで、傍目から見れば黒焦げの残骸だろう。予備電源を作動させたのは通信機とカメラを動かしておくためだ。
当然、頭部センサーの光量は落としている。赤外線のみを作動させた場合、よくよく注視せねば目立つまい。
出撃前にあれこれと弄ったのを、外から確認しておいて良かった。
「こちらオニール伍長。ベイカー軍曹、自分はこのまま残骸に偽装しつつ待機します。連中を誘い込めますか?」
《何とかしてみる》
「申し訳ありません。軍法会議ならびに叱責は覚悟の上です」
《つくづく、可愛げの無い新人だよ。君という奴は》
ベイカー軍曹が溜め息混じりに返答し、通信は終了した。
コックピットは暗がりに赤色が混じっただけの、不安を煽る色合いへと戻る。
辛抱強く待て。オニールは自身にそう言い聞かせた。
ほどなくして、装甲ヘリの重たいローター音が鳴り響く。
そして、空対空機関砲の掃射が開始された。ドップ編隊はその弾幕をかいくぐり、散開。
いくら図体の大きいT-VATがその搭載武装も比例して大型化されているとはいえ、できることは牽制程度。
しかしながら、それこそがゴート1――つまりエリオット・ノークス大尉の狙いなのだろう。
散発的に撒き散らされる弾幕のせいでドップは攻撃に集中できない。
これでミノフスキー粒子の濃度が薄ければ文句なしの状況だったが、残念ながら敵はそういった面で抜かりが無かった。
いわゆる戦闘濃度と呼ばれる状態にまで、彼らは少しずつ押し上げていたのだ。
それも、気付かない内に。おかげでレーダーは殆ど機能していない。
それゆえにオニールは、メインモニタを注意深く観察する必要があった。
間もなく、ベイカー軍曹の機体が横切って行き、ザクが居るらしい方角へとビームスプレーガンを発砲する。
《ホイッスルよりベイカー軍曹へ!》
鈴の音のごとく透き通った、女性の声が入る。
サブモニタに、インカムを左手で押さえた赤毛の女性が映った。
オニールはサブモニタに続けて目を遣りたかったのを我慢し、敵機の動向を覗う。
若い美女の顔を拝んで好機を逃し、あまつさえそれで死んだとあっては地獄で笑い物にされる。
何より今は独断行動の最中。それ以上の愚行は控えねば。
《センサーに手応えあり、攻撃を続行して下さい!》
《こちらベイカー、了解!》
鼓膜がオニールの脳にけしかける。
足音が二つ。間もなくだ、そろそろ準備をしておけと。
付近のT-VAT装甲ヘリが高度を上げている。
恐らくは散開したドップを各個撃破するためだろう。
細かい指示がどうなっているのかは、こちらでは窺い知ることはできない。
通信の混線を防止すべく、それぞれの部隊ごとに周波数が細分化されているのだ。
それを、上の人間や作戦本部で統合的に処理する。
末端の兵士は各部隊の隊長から、そうして下された命令・指示を聞いて実践するだけでよい。
ジオン公国や、連邦軍の他の部隊はどうであれ、オニールが経験してきた方式はこれだけだ。
では、限られた情報をどうにかまとめて、その上で判断を下す必要がある。
そして、その役目はベイカー軍曹に委ねるしかない。
敵のザクが視界に入る。あと少し近くに寄せて貰おう。
ベイカーの射撃はそれほど正確なものではないが、それでもオニールの機体には当てないように配慮してくれた上でのものだというのは、すぐに解った。
射線上にこちらの機体が居ない時にだけ撃っていたためだ。
そのせいで何度か斜めに誘導せざるを得ず、遠ざかったり、近付いたりを繰り返していた。
その間にも、T-VATはドップに攻撃を加えた。
時たまどちらのものともつかない機銃が自機をかすめたのは肝を冷やしたが、ルナ・チタニウム製の装甲は戦車のものより頑丈に出来ているらしい。
尤も、それだけの剛性がなければこんな巨体を走らせられる筈もあるまい。
……いよいよザクが射程圏内に収まった。コンソールを幾つか叩き、メインエンジンを再始動させる。
駆動音、震動、モニタの赤色、それらがオニールの鼓動を早めた。
「アーヴィン・オニール、敵を……ヤります!」
かくしてジムは再び、大地に立った。
手元にはビームスプレーガンが無い。
落としてしまっていたからだ。今から拾っても間に合うまい。
オニールは背中の『ビームサーベル』が破損していないことを確認してから、操縦桿のスイッチを親指で押し、スロットルレバーを引く。
ジムはぼろぼろの足を引きずりながらも、再び加速した。
ビル群に突っ込んだ時ほどではないにせよ、彼我の距離は瞬く間に縮まっていった。
ザクの動きが硬いのは、中に居るパイロットが突然の事態に固まっているのだろう。
――行けるぞ、これは!
オニールは思わず舌なめずりをした。
しかし――。
《伍長、避けろ! ロケットだ!》
喉から絞り出された声、焦燥感の塊とも取れるベイカー軍曹の声に、オニールは咄嗟にレバーをひねった。
フットペダルで逆方向に制動を掛け、他のビルに左肩から突っ込んだ。
舌を噛みそうになっただろうと、胸中で恨み言を述べるとほぼ同時に、先程自分が居た場所とあのザクの間にロケットの雨が降り注ぐ。
直進していたなら頭部は粉々になっていただろう。ここまででメインカメラをやられなかったのは、もはや奇跡としか言えまい。
安堵も束の間、ザクは少しずつ離れて行く。
ベイカーのジムに、マシンガンによる牽制射撃を交えながらだ。
オニールの機体に弾丸が飛んでこないのは、恐らく優先順位から外れたためだ。
それも道理だ。接近されなければ頭部の60mmバルカン程度しか武装が残されていない、それも昨日今日で乗ったばかりの素人同然の機体なのだから。
オニールは無性に悔しくなった。まるで、寄って集って自分だけを無力化しているみたいではないか。
自分には八年間の経験がある。戦車だが。
あの頃は平和だったといっても、地球連邦政府に対する反政府運動は存在していた。
少なくとも戦闘経験は、皆無ではなかった。
――やめろ、やめてくれ。俺が無為に過ごしてきたみたいに嘲笑うのは!
《伍長、体勢を立て直せ! ひとまず、ビームスプレーガンを回収してから援護しろ!》
再び、ベイカー軍曹の言葉でオニールは我に返った。
そうだ。悪態をついている場合ではない。
サーベルをバックパックに戻し、空中を念入りに警戒しながら、盾を頭上に構えてビームスプレーガンの下へと向かう。
ドップはまた、T-VATの機関砲によって掻き回されていた。
今が好機だと、機体を屈めてスプレーガンのグリップを握ろうとしたとき、煙を噴いたT-VATの一機が真横のビルに突っ込んだ。
心拍数が跳ね上がる。間近に、死そのものを見てしまったからだ。
オニールは「ひ」とも「は」ともつかぬ声を短く上げつつも、平静を保つよう努めた。
呼吸が整う前に向き直り、ドップに向かってビームを乱射した。
それから頭部のバルカン砲も。当たるか否かはもはや問題ではない。相手が脅威に感じてくれればそれでいい。
地上ではもう一機、形状の異なるジムタイプ――恐らくこれが俗に言う『陸戦型ジム』だろう――が到着しており、ベイカー機と共同でザクを追い回していた。
ひととおり乱射したのち、自機周辺空域のドップがあらかた去って行ったことを確信した。
では改めて、ザクを倒そう。三対一ならばやれる。
……事がそう単純に運んでくれたら、どんなに楽だったか。
オニールは操縦桿を今すぐ引き千切って外に捨てたい衝動に駆られた。
眼前でベイカー機の右脚部がヒートホークで両断され、ビルの残骸に足で押し込まれていた。
陸戦型ジムがそのザクにマシンガンを向けてはいるが、数の有利はすぐさま覆された。
雲間から何機ものドップが降りてきて、周囲を旋回していたのだ。
死骸に群がる鴉の如き様相。どう足掻いても戦術的な敗北が確たるものと思えるだけの絶望感が漂う。
あれだけバラバラと弾幕を張っていたT-VATの姿もいつの間にか消えていた。全滅であろう。
《連邦軍。武器を捨てろ》
外部音声の、しわがれた声。十中八九、あのザクだ。
ザクのパイロットはなおも続ける。
《俺達が作戦領域から離脱するまで、そっとしておいてくれよ。お仲間の犠牲は少しでも減らしたいだろう?》
「くそったれ!」
隣の陸戦型ジムがマシンガンを地面に落としたのを見て、オニールは自棄気味にスプレーガンを投棄した。
《協力、感謝する》
ザクが振り向き、頭部のモノアイがこちらへとスライドした。
暗闇にまみれた中で、ひときわ不気味に煌めくモノアイ。
《――だが、不十分だ》
ザクのパイロットがそう告げるや、ヒートホークがこちらへ目掛けて投擲。
メインモニタに刻まれる、真一文字の傷。
頭部への打撃。
バルカン砲はこれでめでたくお陀仏だ。
ザクはベイカー機の放ったビームを回避しながら、バーニアの光の尾と共にビル群へと姿を消した。
《ゴート1より各機に通達。戦闘終了につき帰還する。ここじゃフラウンダーで回収できないから、付近の平地まで行くぞ》
陸戦型ジムはゴート1の機体だった。
ゴート1は器用にベイカー機の脇からアームを回し、ちょうど負傷兵を起こすようにしてベイカー機を立たせた。
《新入り。お前の機体、両脚は無事か?》
「はい、大丈夫です」
《じゃあ、一足先に基地へと帰還しろ。後で話があるから、格納庫で待機だ。いいな》
叱責のたぐいだろうということは、声音からすぐに予想できた。足取りが――もちろんオニール本人ではなく乗機のジムとはいえ――重かった。
伍長、死にませんでした。
死んだと思ったら生きていた、なんて展開はよくある話ですよね。
それにしても読みやすい文体ってどういうものだろう。日々研究の連続です。
ゴールデンウィークも始まったばかりですし、終わるまでにはせめてヒントになるものを見出したいですね。
それでは、順調でしたらまた明日にでもお邪魔いたします。